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農業と環境 No.185 (2015年9月1日)
国立研究開発法人農業環境技術研究所

本の紹介 350: 人類が変えた地球 −新時代アントロポセンに生きる−、 ガイア・ビンス(Gaia Vince) 著、 小坂恵理 訳、 化学同人(2015年7月) ISBN978-4-7598-1598-6

原題は Adventures in the Anthropocene, A Journey to the Heart of the Planet We Made (アントロポセンの冒険、人類が形作った惑星の中心部への旅)。

地質年代的にみると、現代は約1万年前から始まった完新世の継続上にある。変動する地球環境の歴史のなかで、完新世は例外的に穏やかな気候に恵まれた時期であり、この間に人類は農業を始め、文明を発達させ、自然環境に対して絶大な影響力を持つに至った。アントロポセン (Anthropocene) は、オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンらが2000年に提唱した造語で、地球上で人類の影響が圧倒的となった現代はもはや完新世の延長線上から大きくかけ離れてしまったとの認識のもと、人類が形づくった更新世の次の地質時代という意味で使われる。地質学の正式な用語とはまだなっていないが、その方向で議論が進められており、学術誌や一般向けの科学誌などで目にすることが多くなった。日本語では「人新世」と訳されているが、本書では「アントロポセン」で通している。アントロポセンの始まりの時期については、どのような指標で定義するかによっていくつかの意見がある。

著者ガイア・ビンスは科学と環境が専門のジャーナリスト。ネイチャー・クライメイト・チェンジ誌のフロントエディター,ネイチャー誌のニュースエディター等、幅広く活躍している。人類は完新世の穏やかな環境条件に適合して進化してきたが、環境変動が進んだ今、それ以前と同じ条件に戻ることは不可能であろう。完新世のような安定した気候はもはや期待できない。過去1万年間でもっとも厳しい状況に直面している中で、今後人類はどのように暮らせばよいのか、人類はどのような運命をたどるのか。そのことを問いかける。

一般に、環境変動は科学者から提供される数字やグラフをもとに論じられることが多いが、本書はそうではなく、世界各地の実際の環境変動の最前線で起こっている変化の実態と、それに対してそこに住む人々はどのような体験をし、どのように対処しようとしているのか、そのことを実際に探る旅に出る。

世界中の氷河が後退、消滅し、その結果利用できる淡水が減っていく。水不足から生活が脅かされる。灌漑(かんがい)水を雪解け水に頼っているところも多い。それに対して水不足を解消するために、冬の間に雪を集め、水の流れを変えて人工氷河をつくる。しかし降雪が少ないと、人工氷河はつくれない。ペルーの山岳地帯では世界銀行の資金により、山を石灰塗料で白く塗るプロジェクトが行われている。温度を下げる効果が得られ、夜の間に氷結が起こる。

こうした太陽放射管理による温暖化緩和の試みは、氷河に限らず世界各地で行われている。スペイン南部の乾燥地帯で開発された世界最大の温室群では、プラスチックが太陽光を反射することで気温低下の効果が認められている。低い場所に発生する層積雲に塩粒子を注入することで、明るい色となった雲が太陽光を強く反射するようになり、地域的に冷却効果が得られる。火山爆発の際の模倣として、上層の成層圏にイオウを含む粒子を注入した場合の冷却効果について、解析が進められている。ジオエンジニアリング(地球工学)である。環境に対する副次的な影響への懸念から、現在は実験室段階での研究だが、こうした技術の導入は、真剣に検討されるべきと考える。

「農地」に関しては、灌漑水に使われる化石水が世界でもっとも多いインドと、アフリカ・ウガンダをルポする。世界の食料生産の現状は、小規模農家が世界の穀物の半分を生産し、摂取カロリー全体の半分以上を提供している。豊かな先進国で大勢の人が有機農業を評価するようになった背景には、環境に対する配慮の必要性が強く認識されるようになるにつれ、近代科学によって実験室で開発された新たな技術対して一種の文化的不信感を抱くようになることがあげられる。遺伝子組換え作物に対する反発が強いのも、同様の理由による。遺伝子組換えなど新しい技術を用いた大量生産技術が必要と考える一方、農業は小さな規模で行われるべきで、有機農業がふさわしいと考える人もいる。両者は両極端だが、実際にはどちらかに偏るのではなく、さまざまな方法が採用される傾向が強まっている。アフリカのほぼすべての農家は、肥料を使うだけの余裕はまだない。

今後アントロポセンの時代が進むとともに、人類と農業の関係は変っていくと予想する。世界的な傾向として小規模な自作農は減少する。人々は都市との結びつきを強め、農業は日常の場面から消えていく。人々は飽食の食習慣を改め、食料の持続可能性に配慮する必要がある。いまよりも狭い土地で、水の使用量を抑える一方で生産量を増やし、環境への負荷を減らす。昔ながらの移動式農業、遊牧、有機農法が行なわれる一方で、遺伝子組換え等の新しい技術も取り入れられていく。そうすることで、気候変動などの圧力を受けても増え続ける人口を支えられるだけの食料を確保できると考える。

現在の72億人から2050年には90億人以上と急増する世界人口の多くを収容するのは、都市となろう。都市にはすでに人口の半分以上が生活しているが、今後急速に増え続け、現在の世界人口とほぼ等しい70億人が居住するようになると予測される。都市住民を今までの人類とは異なる生き物と考え、ホモ・アーバヌスと呼ぶ。資源利用効率などの点で、都市は高い優位性を示す。都市建設のために自然の劣化や資源の消費が続く一方で、人類の文明の化身である都市は緻密な有機体であり、大きく発展するにつれてイノベーションも進められていくはずである。しかし、環境変動の進行とともに、都市に対するさまざまなリスクが増大していくことも間違いないであろう。

エピローグでは、今から85年後、2100年の地球での、環境変動に適合した人々の生活、人類の姿を予想する。気候は確実に変化していく。珊瑚礁(さんごしょう)は消滅し、多くの希少種も姿を変え、人工的にデザインされた都市で、人工的な自然が保たれている。地球環境の変化を止めることは困難で、温暖化緩和のためのジオエンジニアリング、農業では遺伝子組換え技術も利用した新たな技術開発も必要となる。

地球上の生命の38億年の歴史の中で、生物は環境の変化に適応できた種だけが生き延びてきた。しかし、それは生物みずからが決めた結果ではなく、偶然で受動的な結果であった。それに対して人類が直面している脅威の多くは、みずからまいた種である。地球に大きな影響を与える力を得た人類は、地球の未来を選択できる立場に立ったともいえる。

人類がみずから及ぼした影響を自覚するようになったのは、最近のことである。未来はかつてないほど予測が難しくなっている。アントロポセンの時代、人類は持続的に発展することができるのか? そのためには、「人類が自ら地球に加えた行動の結果について理解を深め、環境への負荷低減のために人類の知恵を生かす」 ことが必要であり、「すべての生物と分かち合う未来が選ばれる」 ことを訴え、結んでいる。

目次

序   人類の惑星

1章 大気 : 山奥のワイファイネットワーク

2章 山 : 氷河を作り,山を塗る

3章 川 : ダムがもたらすもの

4章 農地 : 食は確保できるか

5章 海 : 沈んでいく島

6章 砂漠 : 不毛の地の可能性

7章 サバンナ : 作られた野生

8章 森 : アマゾンで何が進んでいるか

9章 岩 : 枯渇する地下資源と向き合う

10章 都市 : アントロポセンの希望

エピローグ 私たちが作った時代

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