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農業と環境 No.189 (2016年1月4日)
国立研究開発法人農業環境技術研究所

第29回気象環境研究会「気候変動に対する植物の応答とその分子生物学的な理解に向けて」 開催報告

国立研究開発法人農業環境技術研究所(農環研)は、2015年11月20日、つくば国際会議場において、第29回気象環境研究会「気候変動に対する植物の応答とその分子生物学的な理解に向けて」 を開催しました。

気象環境研究会は、農業環境技術研究所の大気環境研究領域が中心となって、定期的に開催している研究会です。大気環境研究領域の前身である環境資源部気象管理科、地球環境部気象研究グループの時代から数えて29回目となる今回は、「気候変動に対する植物の応答とその分子生物学的な理解に向けて」というテーマで開催し、大学や研究機関などから約100名の方に参加いただきました。

地球温暖化による地球規模での気候変化が、作物の生産におよぼす影響が懸念されています。将来にわたって安定した食料生産を維持するためには、二酸化炭素濃度の増加や気温上昇などの環境変化に対する作物の応答を正しく把握し、品種改良や栽培技術の開発などに取り組むことが重要です。

これまで、植物生態学や農業気象学の分野では、環境の変化に対する植物のさまざまな応答を、野外での計測やモデルを用いて理解し、予測する研究が実施されてきました。農業環境技術研究所では、1998年よりイネの開放系大気 CO2 増加実験を開始し、野外環境で、高 CO2 濃度や高温に対するイネの応答を多方面から調べることで、気候変動の作物影響に関する研究でさまざまな成果をあげてきました。

一方、近年、植物の生理的な機能に関する分子生物学的な研究が進展し、植物の機能を支配する多くの遺伝子が特定され、それら遺伝子の環境応答が分子レベルで評価できるようになりました。これらの分子生物学的な研究結果は、主として実験室内の制御された環境で得られたものです。しかし、野外では光環境や気温・地温条件などの複数の環境がさまざまな時間スケールで変動し、実験室内の環境とは大きく異なります。研究の次のステップとして、植物の環境応答に関する実験室での分子生物学的な研究と、これまで当研究所が進めてきた野外での研究とを結び付けることが重要となります。

そこで、植物の環境応答に関わる野外での生態学・農業気象学的な研究と、主に実験室内で実施される分子生物学的な研究の双方を取り上げ、両者の相互理解を深めるとともに、今後の連携のあり方について議論することを目的として、本研究会を企画しました。

会場のようす1(講師は寺島一郎先生)

会場のようす2(講師は吉本真由美)

研究会のプログラムは以下の通りです。

本研究会の趣旨

桑形恒男(農業環境技術研究所)

地球環境変化と植物の生理生態

寺島一郎(東京大学)

気象条件が群落微気象におよぼす影響とイネの高温障害

吉本真由美(農業環境技術研究所)

群落レベルのイネの気孔コンダクタンスの変動特性と環境応答

小野圭介(農業環境技術研究所)

気孔開閉の環境応答の分子機構

射場 厚(九州大学)

気候変動下における寒冷地のイネ生産とそれを制御する遺伝子ネットワーク

下野裕之(岩手大学)

生育モデルを用いた遺伝子-環境相互作用の理解

中川博視(農研機構 中央農業総合研究センター)

屋外環境における植物の遺伝子発現の変動と機能

永野 惇(龍谷大学)

総合討論

宮下C貴理事長の開会挨拶、桑形による本研究会の趣旨説明に引き続き、東京大学の寺島一郎先生から、気孔の環境応答の生理生態学的な研究に関してご講演をいただきました。次に当研究所の2名(吉本、小野)が、野外計測に基づくイネの群落微気象の多様性と、群落スケールでの気孔の環境応答に関する話題を提供し、さらに招へいした4名の専門家の方々から、気孔開閉の環境応答の分子機構、イネの冷害発生に関わる遺伝子ネットワーク、作物生育モデル用いた遺伝子−環境相互作用の解析、野外での植物の遺伝子発現の変動特性とその役割に関して、分子生物学などに関わる最新の研究成果についてご講演いただきました。

総合討論では、「生態学・農業気象学的な研究と分子生物学的な研究の統合的な理解」のために、今後必要とされる課題について議論しました。この中で、野外での遺伝子発現の変動を環境応答としてそのまま捉えることの意義や、これまでに蓄積された生物気象学的な知識を分子生物学的な立場から解釈することの重要性、両者の研究を橋渡しする上での生理生態学者やアグロノミストの役割と、それら専門家の人材育成の必要性などが話題となり、参加者を交えて意見交換を行いました。

今回の研究会は、例年に比べて大学関係者(大学院生や学生を含む)の参加が多かったことが特徴でした。参加者からは、「この分野の最先端の研究を知ることができた」、「今後の研究方向を考える上で大いに参考になった」などの好評をいただき、とても有意義で充実した研究会となりました。講師のみなさまと、本研究会に対してご後援をいただいた国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、および日本農業気象学会関東支部の関係者のみなさまに、厚くお礼を申し上げます。

気象環境研究会は、農業気象分野およびその関連分野での農業環境技術研究所と他の研究機関や大学との連携の推進に重要な役割を果たしてきました。2016年4月には農業環境技術研究所を含む4つの法人の統合が予定されていることから、農業環境技術研究所としての気象環境研究会の開催は今回で最後となりますが、次年度以降も気象環境研究会を引き継ぐ形での研究会の開催を検討したいと考えています。

(大気環境研究領域 桑形 恒男、宮田 明)

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