農業環境技術研究所は、2016年2月に 「環境報告書 2015」 を刊行・公開しました。農環研の11冊目の環境報告書となるこの冊子では、2014年度の実績を中心に、研究所における環境負荷低減の取り組みや、農業環境の安全性と持続性を確保するためのさまざまな研究活動を報告しています。
今回の報告書では、将来予測される高い大気CO 2 濃度に農業生態系がにどのように応答するかを、屋外の囲いのない条件で実証する実験施設である 「つくばFACE実験施設」 を、とくに紹介しています。
報告書冒頭の農業環境技術研究所理事長からの「ごあいさつ」と目次を、以下にご紹介します。
農業環境技術研究所 環境報告書 2015 「ごあいさつ」
国立研究開発法人農業環境技術研究所
理事長
宮下清貴農業と環境に関する問題が重要性を増し、環境の保全や食の安全に関する国民の関心が高まっているなか、農業環境技術研究所(以下、農環研)は、自然と社会と人間の調和をめざした高い水準の研究活動によって世界の食料と環境問題の克服に貢献することを基本理念に掲げて研究を推進しています。
人間が環境問題を強く意識するようになったきっかけは、日本では公害問題でしょう。農環研の歴史は、1893 年(明治26年)に国の最初の農業試験研究機関として設立された農商務省農事試験場に始まります。農環研の農業環境インベントリー展示館では、日本の公害問題の原点といわれる足尾銅山鉱毒問題や別子銅山の煙害問題に関連した資料を展示しています。これらは、農業への影響が深刻化していた19 世紀末頃の被害状況や、被害の原因究明にあたっていた農事試験場の当時の研究を知る上で、大変貴重な資料です。資料は東京から筑波への移転時に持ち込まれ、そのまましばらく人目に触れることなく保管されていましたが、2003年(平成15年)に偶然見出されたものの一部です。今年(2015年)になって、古い事務文書を整理している中で、農作物の被害状況を克明に記した文書や図面など、足尾関係、別子関係のさらに多くの資料が新たに発見されました。
足尾銅山では明治維新後の採掘量の増加とともに、明治10年代から農業や林業に甚だしい被害が発生し、被害地の農村は惨状を呈していました。こうした状況の中、明治20年代に入ると古在由直(農事試験場2代目場長)、沢野淳(初代場長)、横井時敬といった、当時を代表する農学者たちが農業被害の実態調査と原因究明にあたっています。最初は半信半疑で調査に入った古在は、被害状況の酷さに、「感慨胸に迫り被害民に対し同情の涙禁じ能わざりき」であったとされています。分析機器などなかった時代、原因究明の困難さは容易に想像されるところです。
今日、食品中のカドミウムやヒ素などの含有量の国際基準が厳しくなるなか、国民の食の安全安心に対する関心は高まっています。農環研ではコメなどの農作物中のカドミウムやヒ素を低減する技術の開発を行なっていますが、こうした研究は、足尾鉱毒問題や別子煙害問題以来の研究の延長線上にあるといえます。
農環研は環境研究機関として、環境への取組に高い配慮をする必要があることはいうまでもありません。本環境報告書は、2014年度に実施してきた研究所の環境配慮の取組みを中心に、シンポジウムやセミナーの開催、各種イベントへの出展、専門家の派遣や技術相談等の社会貢献をめざす活動、さらにはコンプライアンス推進の取組み等をまとめたものです。中期計画を推進するリサーチ・プロジェクト、研究トピックスについても紹介しています。
最大のエネルギー消費要因である電力使用量は、2001年と比較して2011年度以降、大きく減少しています。2011年の東日本大震災以来重点的に進めてきた節電については、電力使用量は前年度比8.9%(約130万kWh)減、2001年度比36.9%(約800万kWh)減と大きく削減できました。節電に対する職員の意識の定着、省エネルギー機器や設備の導入による効果と考えられます。CO 2 排出量についても、昨年度比14.0%減、2001年度比34.1%減と大きく削減できました。
2014年度も、農環研の成果を広く広報するとともに農業環境問題への理解を増進するため、多数のシンポジウム、セミナー等を開催しました。また、小中学生を対象とした「のうかんけん夏休み公開」を実施し、2013年度を大きく上回る来場者を迎えるなど、広報活動のさらなる強化を図りました。一方、本研究所職員による植物防疫法違反事案及びDNA合成製品等の取引等に関する不適正な経理処理事案が発生したことを受け、事実関係の調査を行なうとともに、発生要因を解明し、再発防止に向けた管理体制の整備、職員に対する教育訓練等を実施しています。コンプライアンス確保のための取組みを引き続き強化します。
農環研は1983年の設立から今年で設立から32年となります。平成28年4月には同じ農水省所管の国立研究開発法人である農業・食品産業技術総合研究機構と農業生物資源研究所、それに独立行政法人種苗管理センターと統合し、新たな国立研究開発法人として出発します。農環研としての「環境報告書」の発行はこれが最後になります。農業環境問題解決のための研究開発、国立研究開発法人としての環境配慮の取組みの重要性は今後も何ら変わるものではありません。長年の研究の蓄積と伝統に則り、社会の要請に応え、また社会から信頼を得るべく、さらなる努力を続けて参ります。