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情報:農業と環境
No.20 2001.12.1

 
No.20

・日韓共同研究に関する覚え書き(MOUの締結)

・環境研究機関連絡会(9研究所)設置される

・シンポジウム:導入昆虫の生態系への影響とその評価法
   −農業環境技術研究所・昆虫研究グループ−

・農作物におけるダイオキシン類

・農業環境計画によるオランダの農地の生物多様性保全の効果は不十分

・本の紹介 65:OECDリポート 農業の多面的機能,
   農文協 (2001)

・本の紹介 66:環境保全と新しい施肥技術,安田 環・越野正義著,
   養賢堂 (2001)

・盈科而進(えいかじしん):横井時敬書


 

日韓共同研究に関する覚え書き(MOUの締結)
 
 
 大韓民国農村振興庁農業科学技術院と独立行政法人農業環境技術研究所は,20011031日,韓国水原市農村振興庁において,今後5年間に渡り共通の農業環境問題を共同で解決するため,その基盤となるMOU(協定覚え書き)を締結した。
 
 内容は以下の通りである。農業科学技術院の鄭 武男院長と農業環境技術研究所の陽 捷行理事長は,両研究所の関係者が列席する前で,立会人のもとに覚え書きに署名した。この覚え書きは,この日から発効することになった。日本と韓国との農業環境技術に関する研究協力は,この覚え書きにより新しい時代に入ったといえる。
 
 この覚え書きのもとに実施が計画されている最初の研究テーマとして,「農業生態系における水質・水収支にかかわる環境影響評価の研究」が挙げられている。このテーマについては,現在両国の間で調整が進んでいる。
 
 今回締結した協定覚え書きは,韓国との共同研究を実施する際に必要最低限の条項を約束するものである。今後この協定のもとにさまざまなテーマの共同研究が,推進されることを期待する。
 
 

環境研究機関連絡会(9研究所)設置される
 
 
 このたび,9研究所による環境研究機関連絡会が発足した。第1回の連絡会は,平成13年11月13日に国立環境研究所において開催された。この会の目的は,連絡会設置要領に述べてあるように,環境問題を解決するためには,総合的視点が必要であり,各専門領域の情報交換の場を設け,関係機関がより一層,連携・協力を緊密にしていくことにある。
 
 今回の連絡会には,下記の9機関の理事長・所長はじめ主要メンバー26名が出席した。連絡会では,設置要領並びに今後の活動計画が検討されるとともに,9機関の研究所等の最近の研究の取り組み状況が紹介された。
 
 なお,平成14年10月までの本連絡会の事務局は独立行政法人国立環境研究所が担当することになった。
 
環境研究機関連絡会設置要領
 
1.背景
 環境研究を推進する多くの研究所は,平成13年4月1日から独立行政法人となり,組織及び運営形態が大きく変化した。
 一方,総合科学技術会議では,「環境」研究を重点分野の一つとしてとりあげ,その重要性はますます高まっている。
 今日発生しているさまざまな環境問題を解決するためには,各専門領域にとどまることなく,これらを包含した総合的視点から,各専門分野の研究を推進する必要がある。
 環境研究に関する多様なニーズに応え,効果的,効率的な研究を進めていくため,新たな情報交換の場を設け,より一層,連携・協力を緊密にしていくことが不可欠となっている。
 そこで,環境問題に関わる情報交換の場を設け,各機関がより一層,環境研究の連携・協力を緊密にしていくために本連絡会を設ける。
 
2.目的
 環境研究に携わる国立及び独立行政法人の研究機関が情報を相互に交換し,環境研究の連携を緊密にするため,「環境研究機関連絡会」を設置する。
 
3.討議内容
  (1) 環境研究の推進状況の紹介と相互理解
  (2) 環境研究の主要成果の紹介
  (3) 環境研究の協力・連携・連絡
  (4) その他環境研究に関連すること
 
4.構成
 環境研究機関連絡会は以下の機関で構成し,理事長,所長等で構成する連絡会及び各理事長,所長等が指名する者で構成する幹事会を置く。
 
  独立行政法人防災科学技術研究所
  独立行政法人農業環境技術研究所
  独立行政法人森林総合研究所
  独立行政法人水産総合研究センター
  独立行政法人産業技術総合研究所
  国土交通省気象研究所
  国土交通省国土技術政策総合研究所
  独立行政法人土木研究所
  独立行政法人国立環境研究所
 
5.事務局
 環境研究機関連絡会の事務局は10月1日からの1年を任期とし,各研究所が担当する。
 
 
 

シンポジウム:導入昆虫の生態系への影響とその評価法
−農業環境技術研究所・昆虫研究グループ−

 
 
主  催 (独)農業環境技術研究所
開催場所 (独)農業環境技術研究所(茨城県つくば市観音台3−1−3)
開催日時 平成13年12月12日(水)10時30分〜17時
 
 
 わが国の農業においては,環境を保全し,同時に農作業の省力化を図る技術の導入が進められている。そのような技術の一つとして,天敵昆虫による害虫防除ならびに花粉媒介虫による受粉作業の省力化がある。
 
 しかし,海外からの昆虫などの導入に当たっては,植物防疫法や天敵の環境安全性ガイドラインなどの行政的措置が必要である。また,1992年に締結された「生物の多様性に関する条約」を踏まえ,わが国では「生物多様性国家戦略」が定められた。この中では,導入種などに関する調査研究の必要性が述べられており,導入昆虫の環境影響評価法の確立が急務となっている。ところが,わが国の生態系に及ぼす導入昆虫の影響は明らかではなく,環境への事前影響評価手法も十分には確立されていない。
 
 そこで,本シンポジウムにおいては,導入昆虫をめぐる国内外の動向,環境影響評価基準の策定の現状,わが国における導入昆虫の生態系影響の実態と問題点,導入昆虫の環境影響評価法研究について各方面から講師を招いて検討し,導入昆虫に関する今後の調査研究の方向ならびに環境影響評価法の策定に向けた研究の課題について総合的に討議する。
 
プ ロ グ ラ ム
 
開会あいさつ 10:3010:40
導入昆虫の環境影響を巡る国際動向 10:4011:20
九州大学名誉教授 広瀬義躬  
導入天敵の環境影響評価ガイドライン(環境庁報告書を巡って) 11:2011:50
日本植物防疫協会研究所長 岡田斉夫  
(昼 憩)
環境ビジネスとしての導入昆虫と環境影響試験 13:0013:30
アリスタ・ライフサイエンス株式会社 和田哲夫  
導入寄生蜂と在来寄生蜂の競争関係の評価手法の試み 13:3014:00
農業環境技術研究所昆虫研究グループ    
科学技術振興事業団特別研究員 光永貴之  
導入天敵昆虫の生態系への影響評価の考え方 14:0014:40
九州大学生物的防除研究施設教授 高木正見  
(休   憩)
セイヨウオオマルハナバチの導入に伴う生態系への影響を巡る諸問題 15:0015:40
 
国立環境研究所地球環境グループ 五箇公一  
導入昆虫の環境影響評価研究の今後の課題 15:4016:10
農業環境技術研究所生物環境安全部    
昆虫研究グループ 望月 淳  
総合討議      (司会: 昆虫研究グループ長 松井正春) 16:1017:00
 
参集範囲 行政部局,民間団体,公立試験研究機関,独立行政法人,大学
連 絡 先 農業環境技術研究所 昆虫研究グループ長 松井正春
電話・FAX
 
0298-38-8251,電子メール:whitefly@niaes.affrc.go.jp
 
    なお,当日参加も受け付けます。
 
 

農作物におけるダイオキシン類
 
 
1.はじめに
 ダイオキシン類は主として廃棄物焼却施設から排出され環境中に拡散される。また,過去に使用された農薬の不純物として含まれていたダイオキシン類が土壌中に蓄積している。これらのダイオキシン類による農作物への影響については,約220種のダイオキシン類異性体の完全分離と超微量分析が困難であるために,汚染実態をはじめほとんど解明されていなかった。ところが,19992月に,ホウレンソウ等農作物におけるダイオキシン汚染が報道され,農業生産に大きな衝撃を与えた。これを契機に,ダイオキシン問題は人の健康等に関わる環境保全上の重要課題として政府一体となった取組みが進められ,20001月に「ダイオキシン類対策特別措置法」が施行された。本法では,一日耐容摂取量が見直され,大気及び水質の排出規制,さらに大気汚染,水質汚濁,土壌汚染に関する各種環境基準等が設定された。
 
 このような状況から農水省を中心に,農作物に対するダイオキシン類の影響について調査・研究が始まった。当所でも,イネ等農作物におけるダイオキシン類の汚染経路の解明と汚染軽減の技術開発を目指した研究を開始しており,ここでは,これまで得られた研究成果と各省庁での調査結果について紹介するとともに,今後に残された問題点を整理したい。
 
2.農作物におけるダイオキシン類の分布実態
 先の所沢での誤報道から生じた混乱は,これまで,我が国において農作物へのダイオキシン類の汚染実態がほとんど把握されていなかったことに起因する。
 
 広範囲の農作物におけるダイオキシン類の汚染実態を早急に把握するとともに,土壌との関係を詳細に解析する必要があった。そのため,農作物を農林水産省が,農用地土壌を環境庁が分担し平成11年度から4年計画で大規模な調査が開始された。11年度分の結果は「情報:農業と環境No.62000.10)」に掲載しており,平成138月に公表された12年度分について紹介する。
 
 調査は,廃棄物の焼却施設等ダイオキシン類の発生源の周辺地域(発生源から1km以内)と,発生源の影響が少ない地域を対象とし,全国188地点(各都道府県4地点)の農用地土壌と,そこで栽培されている農作物を採取して,それぞれの試料中のダイオキシン類濃度が測定された。その結果を 表1 に纏めた。なお,農作物については同一地区において更にもう一つの調査地点を確保し,同種作物の検体を採取した。 表1の数値はダイオキシン類(ポリ塩化ジベンゾダイオキシン(PCDDs),ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs),ポリ塩化ビフェニル(PCB)の中の12(Co-PCBs))の総和で示され,各異性体の濃度を毒性当量(TEQ)として計算されている。また,土壌は風乾した試料を,農作物は生のままで分析に供している。
 
表1 平成12年度農用地土壌及び農作物に係る
ダイオキシン類実態調査結果報告
(gifファイル:174KB)
 
 その結果,農作物(37品目)376検体のダイオキシン類濃度は00.47pg-TEQ/g-wetであり,これまでの関係省庁の調査結果と同程度であった1,2,3)。農作物中の汚染濃度は一般的に葉菜>果菜>根菜の順で表され,大気と接触する植物体表面積が大きい葉菜で検出値が高くなる傾向にあるとされている。今回の調査でも,ほうれんそう,モロヘイヤ,こまつな,ぶどう,茶で高い濃度が確認された。また,188地点の農用地土壌中のダイオキシン類濃度は0.028200pg-TEQ/g,平均値26pg-TEQ/gであり,全て環境基準値(1000pg-TEQ/g)および調査指標値(250pg-TEQ/g)を下回っていた。なお,農作物中のダイオキシン類濃度と,その栽培土壌におけるそれとの相関性は認められていない。さらに,発生源周辺と一般地域で採取した農作物および土壌中のダイオキシン類濃度を比較した場合,発生源の影響が明確であるとはいえない。
 
 次に,農作物におけるダイオキシン類汚染濃度の,人の健康に対する影響の有無が問題となる。我が国では一日耐容摂取量が「4pg-TEQ/kg体重」と設定され,平成10年度現在,食品全体からの平均摂取量は2.0pg-TEQ/kg体重と計算されている(この場合,有色野菜0.03pg-TEQ/g-wet,米0.001pg-TEQ/g-wet)。所沢でのダイオキシン汚染問題の発生に伴って実施した調査結果(ほうれんそう,茶:今回と同濃度レベル)について,「人の健康に影響あるとはいえない」という結論が出されており4),農作物中のダイオキシン類濃度の現状については「問題ない」といえる。
 
 なお,茶のダイオキシン類濃度は,今回の調査の中で特に高い検出値であった。これまでの結果からも,他作物と比較して汚染程度は高いとされてきている。その理由として,茶葉の構成成分に起因すると推定されているが,詳細に検討すべき課題である。なお,生茶葉から検出されても,荒茶の熱湯浸出液(100℃,5分間)の検出値は極めて低いこと,生茶葉から荒茶への蒸熱処理等の製茶工程でダイオキシン類の一部消失が示唆されること等の結果も得られている5) 表2)。
 
表2 茶におけるダイオキシン類濃度
(gifファイル:53KB)
 
 大気,土壌,水系に存在するダイオキシン類が農作物汚染を引き起こすと仮定すれば,汚染経路として,(1)大気中の排ガスや飛灰に含まれるダイオキシン類が落下して作物体に付着する,(2)土壌中のダイオキシン類が根に付着する,(3)土壌中のダイオキシン類が大気中に気化して再度,地上へ落下し,作物体に付着する,(4)ダイオキシン類に汚染した土壌粒子が巻き上がって作物体に付着するなどが想定される。なお,作物体表面(根を含む)から体内への吸収・移行は,一部の農作物を除きその可能性は小さいと考えられてきている6,7)
 
3.ダイオキシン類は農作物中に吸収・移行するか
 農作物のダイオキシン類濃度は上記に示したように必ずしも高くないが,その分布する場所が植物体表面のみか,あるいは体内に吸収されるのかを明らかにしておくことが重要である。同時に,植物体内で浸透移行や分解を受けるのかについても興味ある課題である。
 
 研究を実施する過程で,試験法の設定が大きなポイントであることが判った。水及び有機溶媒に対して難溶性であるダイオキシン類を均一に水あるいは土壌に添加し,栽培作物と接触させることは非常に難しい。そのため,ダイオキシン類をすでに含有している土壌に作物を栽培(ポット栽培など)し,一定期間経過した後に,作物体各部位における各種ダイオキシン類の異性体濃度を測定することが有効である。また,水洗等により根に付着した微細な土壌粒子を完全に除去することは困難である。根のダイオキシン類濃度については,根表面に付着した土壌そのものを分析している危険性が極めて高い。さらに,作物はダイオキシン類が広く拡散している大気,土壌,水の多種多様の環境要因の中で栽培される。そのため,作物中のダイオキシン類の汚染源を特定する上で,解析不可能な問題が生じる(すなわち,検出されたダイオキシン類が大気由来か,あるいは土壌由来かなどの関与割合が決定できない)。
 
3.1 水稲におけるダイオキシン類の挙動
 温室において120pg-TEQ/gのダイオキシン類を含む土壌ポットで稲を栽培し,収穫時の茎,葉,籾殻,玄米でのダイオキシン類の各種異性体濃度を分析した。その結果を 図1 に示す8)。なお,根については土壌の完全な剥離が不可能なため,分析に供していない。玄米では0.0011pg-TEQ/g-wetと検出値は極めて小さい。しかし,葉,籾殻ではかなりの濃度のダイオキシン類が検出され,特に土壌中で低濃度のCo-PCBsが高い傾向を示した。また,玄米を除く稲体各部位のダイオキシン類の異性体組成は類似しているものの,土壌のそれとの相関性は小さい。この結果から,稲体は土壌から低分子ダイオキシン類を特異的に吸収したのか,さらに,空気中に存在するダイオキシン類が稲体に落下,付着したのか等が推察された。なお,水田,乾田状態で稲を栽培しても,稲葉中のダイオキシン類濃度及び異性体組成に差は認められなかった。
 
図1 稲体におけるダイオキシン類異性体組成
(gifファイル:13KB)
 
3.2 にんじんにおけるダイオキシン類の挙動
 にんじんを露地栽培,トンネル栽培,トンネル+マルチ栽培の3種の異なる方法で栽培し,にんじん部位別でのダイオキシン類濃度を測定した9) 表3に示すように,濃度的には葉>根の皮部分>可食部(根の皮を除いた内部)の順にあり,特に,可食部では0.390.49pg/g-wet0.00070.0008pg-TEQ/g-wet)と低く,多くの異性体が検出限界以下(N.D.)であった。なお,根皮部はたわしで十分水洗したが,検出されたダイオキシン類の異性体組成は土壌のそれと非常に類似しており,根皮部の数値は,根に付着した土壌微粒子中のダイオキシン類そのものと推測された。今後,根菜のダイオキシン類測定方法について検討を要する。さらに,異なる栽培法の場合,根(皮及び内部)ではダイオキシン類濃度の差異が認められなかったものの,地上部(葉)では露地栽培>トンネル栽培>トンネル+マルチ栽培の順となった。大気の影響を遮断する栽培法により,ダイオキシン類の暴露軽減が可能であることを確認したことになる。葉のダイオキシン類の異性体組成をみると,稲と同様に4塩素ダイオキシン(T4CDDs),4塩素フラン(T4CDFs),Co-PCBsの割合が高く,低分子化合物ほど植物体で検出されやすいことを明らかにした。
 
表3 にんじんの各部位におけるダイオキシン類濃度
(gifファイル:63KB)
 
3.3 トウモロコシにおけるダイオキシン類の挙動
 わが国におけるダイオキシン類摂取量の約9割は食品経由であり,さらに,その4分の1は畜産物からである。ダイオキシン類の畜産物に対する影響の軽減を図るため,飼料用作物のトウモロコシにおけるダイオキシン類の挙動が解析された10)。その結果,トウモロコシ全体でのダイオキシン類濃度(単位:pg-TEQ/g-wet)は,種子0.00001,幼苗期0.030,出穂期0.085,収穫適期(826日)0.14,刈り遅れ期(924日)0.31と生育ステージが進むにつれ増加した。また,蓄積したダイオキシン類の異性体組成は,いずれのステージも類似している。さらに,ダイオキシン類濃度が極端に異なる土壌(41及び800pg-TEQ/g)にポット栽培した場合でも,トウモロコシ各部位でのダイオキシン類の濃度及び異性体組成は類似していること,その異性体組成については土壌中のそれと一致しないことが明かにされた。すなわち,トウモロコシへの汚染経路は栽培土壌中のダイオキシン類の汚染状況を直接反映したものではなく,他の要因が関与することを示唆している。
 
3.4 ホウレンソウにおけるダイオキシン類の挙動
 これまでの各種農作物調査から得られているように,ホウレンソウのダイオキシン類濃度は一般に高い。その汚染経路の解明に向けて,ホウレンソウの根,葉部,および栽培環境の大気,土壌中のダイオキシン類濃度を測定し,異性体組成を比較した。各試料中の2,3,7,8-塩素置換のPCDDs体とPCDFsの測定値を 表4に示した11)。ダイオキシン類濃度(単位:pg/g-wet)は,根で96 0.48pg-TEQ/g-wet),葉で150.097pg-TEQ/g-wet)であった。また,これらの異性体組成を解析した結果,根の場合は,栽培した土壌と非常に類似していた。根は十分に水洗して分析に供しているが,根から検出されたダイオキシン類については根の表面に付着した土壌粒子そのものを分析していることも示唆された。なお,葉から検出されたダイオキシン類の異性体組成は,大気,土壌あるいは根におけるいずれの異性体組成とも類似性が低い。今後,この可食部となるホウレンソウの葉部へのダイオキシン類の移行経路の解明が必要である。
 
表4 ホウレンソウにおける2,3,7,8-塩素置換PCDD/PCDFsの
濃度レベル(gifファイル:65KB)
 
 以上のように,農作物へのダイオキシン類の影響が少しづつ解明されてきている。しかし,農作物表面(根及び地上部)に付着したダイオキシン類がどのように植物体内に吸収され,移行,蓄積,あるいは分解されるのかは,これまでの研究では十分に解明されていない。この点については,アイソトープで標識したダイオキシン類(すべての異性体ではないが市販されている)の活用も考えられるが,同時に,各種農作物の栽培法を熟慮する必要がある。作物の種類及び栽培時期(気象条件等による作物の生理作用の違い),土壌有機物含量等の土壌特性,土壌及び大気中のダイオキシン類濃度と異性体組成等によって,作物体における各種ダイオキシン類異性体の挙動が異なることも想定される。また,ダイオキシン類側からみると,置換塩素数の多少,PCDDsPCDFsCo-PCBs間の相違,各種異性体の水溶解性や各種ダイオキシン類の立体構造等の物理化学的特性が大きく関与することが推定される。これらは,今後の研究課題である。
 
4.おわりに
 農作物を経由するダイオキシン類の摂取量は総じて小さい。しかし,現在,一日耐容摂取量4pg-TEQ/kg体重について見直しの検討が開始されており,この数値が小さくなることも想定される。いずれにしても,農作物を取り巻くダイオキシン類研究は緒についたばかりであり解明すべき課題は多い。
 
 農地土壌中に残留・蓄積するダイオキシン類については局所的に濃度が高い事例もあり,これらの除去対策が必要である。ひとつの方法として化学的資材を汚染土壌に処理し,非加熱分解によって濃度を軽減できることが明らかになった12)。さらに,分解微生物によるバイオレメディエーションの利用も考えられる。また,植物(農作物を含む)によるファイトレメディエーションの利用の可能性を探る方向で,ダイオキシン類を特異的に,吸収,浸透移行,分解させる植物の検索も必要であろう。この観点からも,農作物におけるダイオキシン類の動態に関する基礎研究の充実が重要となる。なお,これらのダイオキシン類研究で常に問題になるのは分析法であり,精度の高いより簡易な分析法の開発が待たれる。
 
参考文献
1) 環境庁「平成10年度農用地及び農作物に係るダイオキシン類調査結果について」(1999
2) 厚生省「平成8910年度食品中のダイオキシン類等汚染実態調査結果について」(19971999
3) 環境庁・農水省「平成11年度農用地土壌及び農作物に係るダイオキシン類実態調査」(2000
4) 環境庁・厚生省・農林水産省,「埼玉県所沢市を中心とする野菜および茶のダイオキシン類等実態調査結果について」(1999
5) 上垣隆一,殷熙洙,桑原雅彦,石井康雄,小原裕三,上路雅子,中村幸二,成田伊津美:製茶過程における茶葉中のダイオキシン類の挙動,食衛誌42(2):1541582001
6Muller, J.F., . Hulster, O. Papke, M. Ball and H. Marscher: Transfer pathways of PCDD/PCDF to Fruits. Chemosphere 27:195-2011993
7) Hulster A., J.F. Muller, and H. Marschneret: Soil-plant transfer of polychlorinated dibenzo-p-dioxins and dibenzofurans to vegetables of the cucumber family(Cucurbitaceae): Environ. Sci. Technol.28:1110-11151994
8) 桑原雅彦,上垣隆一,清家伸康:土壌中ダイオキシン類の稲による吸収・移行,第10回環境化学討論会講演要旨集: 2082092001
9) 殷熙洙,石井康雄,小原裕三,石原悟,上垣隆一,清家伸康,桑原雅彦,中村幸二,成田伊津美,上路雅子:農作物におけるダイオキシン類吸収・移行に関する研究(T),第10回環境化学討論会講演要旨集: 2062072001
10) 上垣隆一,黒川俊二,吉村義則,殷熙洙,清家伸康,桑原雅彦,上路雅子:トウモロコシにおけるダイオキシン類の挙動,第10回環境化学討論会講演要旨集: 2042052001
11) Heesoo Eun, Y. Ishii, Y. Kobara, S. Ishihara, R. Uegaki, N. Seike, M. Kuwahara, K.Nakamura, I. Narita and M. Ueji: PCDD/Fs levels in spinach: open field culture, Organohalogen Compounds, 51,321-3232001
12) 清家伸康,上垣隆一,殷熙洙,桑原雅彦,上路雅子:土壌中ダイオキシン類の非加熱分解:10回環境化学討論会講演要旨集: 4664672001
 
 

農業環境計画によるオランダの農地の
生物多様性保全の効果は不十分

 
Agri-environment schemes do not effectively protect biodiversity
in Dutch agricultural landscapes
D. Kleijn et al., Nature, 413, 723-725 (2001)
 
 農業環境技術研究所は,農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに,侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって,生態系のかく乱防止,生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の一つとしている。このため,農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが,その一部を紹介する。
 
要 約
 オランダは,農地環境の生物多様性,環境,景観を保全するための定められた農地管理を実行する「管理契約」農家に対して直接支払いをしている。この制度はオランダでは1981年から開始されており,EEC(現EU)では1992年から同様の制度が始まった。オランダの農地環境は牧草地の鳥類一般やオグロシギ,ミヤコドリなどの類にとって重要である。後者についてはヨーロッパの個体群のかなりがオランダで繁殖しており,その保護が管理契約の重要な目的である。管理契約農家は,鳥がひなを安全に育てられるように農作業時期を遅らせなければならない。また,草地やその周辺の,多数の植物種からなる植生を保全するため,肥料使用の制限や最初の採草や放牧の時期の延期を行う管理契約もある。
 
 しかしながら,管理契約草地での維管束植物の種数は,慣行栽培の草地と比べて有意に高いとは言えなかった。また,管理契約期間の長さとその効果との間には関係が認められなかった。管理契約農地での窒素の平均投入量は慣行の半分以下であるが,植生の多様性を高めたり,競争に弱い種を定着させたりするには,まだかなり多いためであろう。
 
 地域内で巣作りが観察された鳥類のなわばりの数や種の数については,管理契約による効果は認められなかった。逆に,農作業時期を遅らせている管理契約農地では,その対象である鳥の観察数が少なかった。これは窒素の施用量が少ないためにえさの土壌動物が少なく,そのため巣作りの場所として選ばれなかったと考えられる。
 
 ハナアブ類の管理契約農地での種類数は,5月の調査で有意に多かった。管理契約により5月の採草や放牧がなく,ハナアブ類のえさである花粉が供給されたためであろう。オランダの農地環境のハナバチ相は貧弱であるが,その種数は管理契約圃場で多かった。
 
 実験では効果が証明されていても,管理手法として農家で実施されると,このように,期待した効果がなかったり(植物),予想外の逆の効果が出たり(鳥)していることがわかった。こうした知見は,関係国すべてが農業環境計画を評価しなおし,新たな農業環境計画のすべてに科学的にしっかりした評価方法が確保されるようにする必要性を示している。
 
 

本の紹介 65:OECDリポート 農業の多面的機能
農文協
 (2001) 4600円 ISBN4-540-01078-6
 
 
 わが国は,農業の公共財的性格を表現する多面的機能の発揮を農政の基本的理念としている。他方,アメリカやケアンズ・グループの諸国は,多面的機能の強調は新たな保護主義の口実をつくるものと主張する。また,EUのように農業の多面的機能という概念を肯定的に受け取っている諸国のなかでも,その主張は一様でなく,その概念規定の不明確さも反対論の根拠とされている。
 
 このような状況の中で,19983月のOECD農業大臣会合は,農業食料分野での共通の目標に合意し,農業活動はその多面的機能を通じて農村経済における重要な役割を果たしていることを確認した。これを受けて,OECDは1999年から多面的機能に関する研究を行い,その機能の経済的な特徴を明らかにするとともに,どうすればその機能を発揮することができるかについて分析することになった。この書は,200012月に合意された第一段階の作業の結果である。目次は,以下の通りである。
 
はじめに
第T章 要約と結論
 背景/報告書の構成/多面的機能の「暫定的な定義」/政策的な位置付け/生産面の要約/外部性および公共財的側面についての要約/分析枠組みから政策議論へ/参考文献
 
第II章 多面的機能の基礎をなす生産関係
 はじめに/何が重要な問題点なのか?/一体的生産とその多面的機能への適用/農業における農産物と非農産物の一体的生産の特質/地域性およびスケールの問題/農業と非農業セクターによる非農産物供給/参考文献
 
第III章 多面的機能の外部性,公共財的側面
 はじめに/外部性の側面/公共財的側面/参考文献
 
 アネックス1:生産における一体性の概念に関するノート(省略)
 アネックス2:4つの生産物の一体的生産:2つの農産物および正および負の外部性(省略)
 アネックス3:他の経済分野における多面的機能
 アネックス4:輸入価格の低下に伴う厚生損失
 アネックス5:純粋ならびに準公共財の性格と最適供給についての補足ノート
 アネックス6:公共財の自発的供給を支援するいくつかの要素
 アネックス7:外部性が存在する場合の貿易と国際的な所得分配問題
 
 

本の紹介 66:環境保全と新しい施肥技術
安田 環・越野正義著,
養賢堂
 (2001) 5200円 ISBN4-8425-0086-7

 
 
 多くの識者が指摘しているように,日本の農業が抱えている問題は数多くある。食糧自給率はカロリー計算で40%までに低下し,農耕地は1人当たり400m2になった。さらに,この農耕地が毎年5万ha
ずつ減少している。先は明るくない。
 
 食事の欧米化が進み,ファーストフードが普及し,脂肪の取りすぎなど栄養のアンバランスが指摘されるようになってきた。海外に依存した畜産は,規模拡大と相まって局所的に大量の排泄物を生じ,水域などの富栄養化の原因となっている。
 
 農家の総所得のうち,農業所得はわずか14%で,農外所得は60%も占めている。このことが農家の農業離れを助長し,ひいては農業従事者の高齢化を招いている。一方,農業の持つ公益的機能を高く評価するかけ声は大きい。しかし,それを維持・向上させる担い手がいないという実態がある。
 
 一方,農業は地球温暖化というこれまで経験したことのない事態に遭遇している。ましてや,農業活動が地球温暖化の原因の一つでもある。これは,日本ばかりでなく地球全体の食料生産の問題である。化石燃料依存の社会体質が続く限り,温暖化は進む。その対策には,食料生産を含むすべての経済活動のスタイルの見直しが必要であろう。
 
 このように,日本農業が抱えている問題は環境面以外にも多岐にわたる。本書は,これらの問題について研究当事者の反省も含めて解りやすく解説してある。目次は以下の通りである。
 
第1章 日本農業をとりまく環境(安田 環)
 1.はじめに
 2.日本の土壌環境
 3.世界の土壌環境
 4.大気環境
 5.水環境
 
第2章 持続的食料生産と肥料(越野正義)
 1.世界における人口増加
 2.世界における食料の供給
 3.利用可能な農耕地面積
 4.わが国における食料自給率
 5.肥料の役割
 6.日本と他の国との肥料形態の差異
 7.肥料生産とエネルギー
 8.肥料原料,特にリン酸原料の有限性
 9.有機性資源のリサイクリング
10.肥料生産に持続性
 
第3章 輸入食飼料と窒素循環(袴田共之)
 1.はじめに
 2.わが国の食料システムにおける窒素の循環
 3.地域における窒素循環
 4.食料の世界貿易と窒素循環
 5.歴史を概観する
 6.窒素循環からみた農業のあり方
 
第4章 家畜排泄物の環境保全的利用(原田靖生)
 1.はじめに
 2.家畜排泄物の資源量としての推定
 3.わが国農地の家畜排泄物の負荷量と受容量
 4.流通している堆肥類の品質の状況
 5.家畜ふん堆肥の施用効果
 6.未熟な家畜ふん堆肥の過剰施用による影響
 7.家畜ふん堆肥の環境保全的施用量
 8.おわりに
 
第5章 窒素負荷を軽減する新施肥法
 1.新しい機能をもつ肥料(越野正義)
 2.水稲の省力・環境保全的施肥管理(上野正夫)
 3.露地野菜の省力・環境保全的施肥管理(高橋正輝)
 4.施設野菜の省力・環境保全的施肥管理(加藤俊博)
 5.野菜の品質と窒素施肥(建部雅子)
 6.果樹類の省力・環境保全的施肥管理(梅宮善章)
 7.茶の省力・環境保全的施肥管理(加藤忠司・太田 充)
 
第6章 窒素揮散と施肥管理(鶴田治雄)
 1.はじめに
 2.大気中の主な窒素化合物
 3.農耕地に投入される窒素
 4.亜酸化窒素と一酸化窒素の生成機構
 5.栽培期間中のガス発生の経日変化
 6.日本の農耕地からの亜酸化窒素の発生量
 7.亜酸化窒素と一酸化窒素ガスの発生要因
 8.発生削減技術
 9.今後の課題
 
第7章 持続的農業の展開のために(安田 環)
 1.高齢化と農業形態
 2.自給率向上は輸入の削減から
 3.水田こそ持続的農業の典型
 4.日本型食事と栄養バランス
 5.環境保全型施肥技術
 6.畜産農家と耕種農家との連携
 7.有機農産物
 8.土地利用率の向上
 9.物質循環のすすめ
索引
 
 

盈科而進(えいかじしん):横井時敬書
 
 
 農業境技術研究所の理事長室に古い掛字がある。「盈科而進 農学博士横井時敬」と書かれている。横井時敬の揮毫である。
 
 水の流れは,科(あな)に満ちて(盈)から先の方に流れていく。転じて,学問をするにも順を追って進むべきであると解釈される。
 
 近代農学の始祖といわれる横井時敬(よこいときよし)は,万延元年(1860)肥後国熊本城下の藩士横井久右衛門時教の四男として生まれた。幼名を豊彦という。15歳で熊本洋学校を卒業し,ここでアメリカ人教師のジェーンズの助手となって,後進の指導に当たった。20歳の明治13年(1880),東京駒場農学校農学本科を卒業し,駒場農学校農芸化学へ入校した。
 
 その後,兵庫県植物園長兼農業通信員となった。明治18年(1885)から福岡県農学校教諭となり,この間に「種籾の塩水選種法」を考案した。明治27年(1894)に東京帝国大学農科大学教授,明治44年(1911)から昭和2年(1927)まで東京農業大学学長を務めた。また,大正11年(1922)に東京帝国大学を定年で退職した。
 
 この間,作物学および農業経済学の泰斗ととして活躍するのみならず,農業教育者,社会啓蒙家として,日本の社会のために大きく寄与した。特に,氏の言う「実学思想」は,彼が残した多くの「言葉」の中によく表れている。
 
 曰く,「一国の元気は中産階級にあり」,「農民たる者は国民の模範的階級たるべきものと心得,武士道の相続性を以って自ら任じ,自重の心掛け肝要のこと」,「人物を畑に還す」,「農学栄えて農業亡ぶ」,「稲のことは稲に聞け,農業のことは農民に聞け」。とくに最後の二つの「言葉」は,多くの農業関係者の知るところである。
 
 また,氏は書道の大家であった。政治家の後藤新平は,現在の能書家として誰を挙げるかと聞かれ,躊躇なく「それは,犬養木堂(毅)と横井虚遊(時敬)だろう。特に虚遊の仮名文字は絶品」と答えたという。誰かが,同僚の農芸化学者古在由直(2代農事試験場長)のほうが時敬より字がうまい,と言ったのを聞いて悔しがり,土肥樵石について本格的に字を習ったと言われている。
 
 農学博士横井時敬の書が,どのような経過を経てこの研究所にあるのか,多くの先輩にお聞きしたが,いまだ明らかでない。ご存じの方があったら教えていただきたい。
 
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