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情報:農業と環境 No.51 2004.7.1
独立行政法人農業環境技術研究所

No.51
・第4回有機化学物質研究会
−土壌中におけるPOPs残留メカニズムとリスク低減技術:
土壌吸着現象の原理と利用−
・第21回農薬環境動態研究会
−農薬散布におけるドリフトの環境リスク評価−
・農業環境研究:この国の20年(6)農業分野における温室効果ガスの放出削減
・農業環境研究:この国の20年(7)統計解析と情報システムの開発と利用
・農業環境技術研究所報告 第23号が刊行された
・論文の紹介:ハワイなどの太平洋の島々に侵略的な有害植物を導入しないためのリスク判定システム
・本の紹介 142:食料と環境、環境学入門7、
大賀圭治著、岩波書店(2004)
・本の紹介 143:身近な水の環境科学、
安富六郎・土器屋由紀子・楊 宗興・三原真智人著、
環境修復保全機構(2004)
・本の紹介 144:地球白書 2004−05、、
クリストファー・フレイヴィン編著
エコ・フォーラム21世紀日本語版監修、
地球環境財団/環境文化創造研究所(2004)
・2003年12月17日の理事会の結論文書
「有機食品および有機農業のための欧州行動計画に向けた基本方針」
 

 
第4回有機化学物質研究会
−土壌中におけるPOPs残留メカニズムとリスク低減技術:
土壌吸着現象の原理と利用−
開催趣旨
ダイオキシン類、ドリン剤等POPs(残留性有機汚染物質)は土壌中できわめて安定で残留性が高く、農作物汚染の可能性や周辺環境への拡散性について懸念されている。POPsの土壌残留性には土壌中の各種吸着基等の物理化学性が深く関与しており、POPsは土壌中で様々な相互作用を繰り返しながら安定化すると考えられている。30年以上前に使用禁止となっているにも関わらず,ドリン剤がキュウリから現在でも検出される事例は、土壌中に未だに作物に吸収される状態でドリン剤が残留していることを示している。このようにダイオキシン類、ドリン剤等POPsの土壌中での残留性には、食の安全・安心の視点からも一層の関心が寄せられている。
 
本研究会では、土壌中でのPOPs等の吸着や安定化メカニズムに関連する最近の研究を紹介する。また、吸着メカニズムを応用した環境リスク低減技術などについても論議し、今後の研究方向を探る。
 
    開催日時: 平成16年9月29日(水)10:00〜17:00
    開催場所: 農業環境技術研究所 大会議室
 
 プログラム(予定)
 10:00〜10:10  あいさつ
農業環境技術研究所理事長 
 
POPs問題の現状
 10:10〜10:50  我が国の農薬環境行政におけるPOPs対策
環境省・農薬環境管理室   更田真一郎
 10:50〜11:30  過去40年間における農耕地土壌中POPsの推移
農業環境技術研究所      清家伸康
 11:30〜12:10  農耕地におけるドリン剤の土壌残留および作物への移行
東京都農業試験場       橋本良子
 
土壌残留メカニズムとリスク評価
 13:10〜13:50  除草剤の土壌吸着量は予測できるのか?
畜産草地研究所       江波戸宗大
 13:50〜14:30  火山灰土壌の有機汚染物質吸着特性
農業環境技術研究所     平舘俊太郎
 14:30〜14:50  休憩
 14:50〜15:30  土壌中における有機化学物質の生物有効性(bioavailability)の評価
名古屋大学          片山新太
 
吸着現象を活用したリスク低減技術
 15:30〜16:10  水田からのダイオキシン類等POPs流出防止技術の開発
農業環境技術研究所      牧野知之
 
 16:20〜17:00  総合討論
 
参集範囲:
  国公立・独立行政法人試験研究機関、大学、行政部局、関連団体等
 
参加申込み・問合せ先:
  農業環境技術研究所 化学環境部 有機化学物質研究グループ長 長谷部亮
  305-8604  茨城県つくば市観音台3-1-3
  TEL 029-838-8301; FAX 029-838-8199; E-mail hasebe@niaes.affrc.go.jp
 
 
第21回農薬環境動態研究会
−農薬散布におけるドリフトの環境リスク評価−
開催趣旨
農薬を散布する時のドリフト(漂流飛散)については、健康や環境への影響という観点からこれまで以上に関心が高まっており、その対策が急がれている。平成15年3月の農薬取締法の改正により、居住地域における農薬使用ではドリフト防止に努めること、また航空防除では一層適切なドリフト防止対策を講ずることが定められている。一方、ドリフトした農薬が収穫間際の近接作物に付着した場合、作物中の農薬残留により出荷ができなくなることも指摘されている。また農薬のドリフトは、公共水域への農薬汚染の経路のひとつでもあり、農薬の環境リスク低減を図るために、製剤の改良や施用法の改善によるドリフト低減化技術の開発が急がれている。
 
本研究会では、農薬のドリフトに関する環境リスクの今日的問題点を整理し、その環境リスク低減に向けての技術的課題を抽出し、今後の研究方向を探る。
 
     開催日時: 平成16年9月30日(木)9:00〜15:00
     開催場所: 農業環境技術研究所 大会議室
 
 プログラム(予定)
 9:00〜 9:05 あいさつ
農業環境技術研究所理事長 
 
 9:05〜12:00 農薬散布におけるドリフトの環境リスク管理
  1.開催趣旨について
農業環境技術研究所    長谷部亮
  2.農薬飛散影響防止のための取り組みについて
農林水産省植物防疫課   三角 隆
  3.ヘリコプター(有人・無人)による農薬散布におけるドリフトについて
農林水産航空協会     齋藤武司
  4.野菜畑・果樹園でのドリフトの事例について
長野県農業総合試験場   小林富雄
  5.農薬散布時のドリフト防止対策ガイダンスについて
生物系特定産業技術研究支援センター  宮原佳彦
  6.農薬散布時のドリフト抑制技術の評価
千葉県長生農林振興センター  山本幸洋
 
 12:00〜13:00       (昼  食)
 
 13:00〜14:00  地域特産作物における残留農薬の評価:調査方法と試験結果の検討
 14:00〜14:30  イムノアッセイを利用した残留農薬分析:調査方法と試験結果の検討
 14:30〜15:00  質疑及び意見交換
 
参集範囲:
  国公立・独立行政法人試験研究機関、大学、行政部局
 
参加申込み・問合せ先:
  農業環境技術研究所 化学環境部 有機化学物質研究グループ長 長谷部亮
  305-8604  茨城県つくば市観音台3-1-3
  TEL 029-838-8301; FAX 029-838-8199; E-mail hasebe@niaes.affrc.go.jp
 
 
農業環境研究:この国の20年(6)
農業分野における温室効果ガスの放出削減
前回の「情報:農業と環境No.50」の「農業環境研究:この国の20年(5)」では、「生物を活用した持続的農業技術」と題して、天敵生物・フェロモン利用による害虫制御、拮抗微生物・抗菌物質による病害制御、植物のアレロパシー現象を利用した雑草制御、微生物・植物利用による養分供給の促進に関する研究をとりまとめた。今回は、「農業分野における温室効果ガスの放出削減」を紹介する。
 
1.はじめに
2003年,温暖化と見られる兆候が世界各地で報道された。たとえば,ヨーロッパは熱波に襲われ,フランスなどでは酷暑により死者がでた(6月〜8月)。北極ではカナダにある北極圏最大の氷床が割れ、流出した(9月)。南極のロス棚氷が崩壊し巨大な氷山が海に流れ出した(10月)。米国西部では高温・少雨が続き,カリフォルニア州などで大規模な山火事が発生し、何週間も燃え続けた(10〜11月)。日本沿岸の海面水位が1985年から8〜10 cm上昇している(11月)。日本の夏は冷夏で10年ぶりにコメに冷害がおこったが(7月〜8月),その冬は記録的な暖冬であった(2004年3月)。とくに,2004年2月の平均気温は各地で観測史上最高を記録し,東京都心では平年を2.4℃も上回る8.5℃,最低気温が0℃未満になる冬日を記録しない冬となった。
 
温暖化傾向は世界の千数百地点の気象観測データからも確かめられている。地球全体の平均地表気温は,20世紀の100年間に約0.7℃上昇しており,とくに1970年代中ごろ以降の上昇が顕著である(気象庁, 2002)。人類がエネルギーや食料を大量に生産・消費し,物質的に豊かで便利な生活を求めた結果,大気中の二酸化炭素(CO2),メタン(CH4)および亜酸化窒素(N2O)などの温室効果ガスが産業革命(1750年ごろ)以降急速に増加したことが,その原因と考えられている(Houghtonら, 2001)。
 
温室効果ガスとは,太陽から地表が受けるエネルギーの一部(赤外線)を地表にとどめる性質を有する気体で,CO2,CH4,N2O以外にもハロカーボン類,水蒸気(H2O),オゾン(O3)などがある。温室効果ガスのうち温暖化への寄与率は,大量に存在するCO2が60%を占めており,メタン,ハロカーボン類およびN2Oの地球温暖化への寄与率は,それぞれ20%,14%および6%である(Houghtonら, 2001)。
 
1980年代中ごろより顕在化した地球環境問題に対処するため,世界各国はオゾン層破壊や地球温暖化問題に取り組んでいる。地球温暖化問題では,1988年には科学的な議論を行う「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」を設置するとともに,1992年の地球サミットで「大気中の温室効果ガスの濃度を支障のない水準で安定化させること」を目的として,国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change; UNFCCC)を採択し,その実践のための締約国会議を発足させ,具体的な対応を開始した。
 
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は,世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)が協力して,気候変動に関する科学的な知見をとりまとめて評価し,各国政府に助言などを提供することを目的とした政府間組織である。IPCCはこれまでに1990年に第1次評価報告書,1995年に第2次評価報告書,2001年に第3次評価報告書を公表している。第3次評価報告書(Houghtonら, 2001)では,1990年から2100年までの間に全球平均表面気温は1.4〜5.8℃上昇すると予想し,過去50年間に観測された温暖化の大部分は温室効果ガスの増加に起因している可能性が高いとして,温暖化は人間活動の影響であることを認め,警鐘を鳴らしている。
 
国連気候変動枠組条約は,1992年の地球サミットで155カ国が署名し1994年3月に発効した。この気候変動枠組条約に基づき,第1回の締約国会議(Conference of the Parties: COP)が1995年ドイツのベルリンで開催され,第3回の京都(COP3)では,温室効果ガスの削減数量,政策措置等について法的拘束力のある京都議定書が採択され,地球温暖化防止に向けて大きく前進した。京都議定書では,CO2,CH4,N2O,ハイドロフルオロカーボン(HFC),パーフルオロカーボン(PFC),六フッ化イオウ(SF6)の6種類の温室効果ガスについて,1990年を基準として2008年から2012年の第一約束期間で,附属書T国(先進国およびロシア等市場経済移行国)全体で5.2%削減するというものであり,日本は6%,米国は7%,EUは8%となった。京都議定書の削減目標値を達成するための運用ルールに関する事項がCOP4以降議論され,2001年のCOP7でマラケシュ合意が成立した。しかし,京都議定書の発効には、附属書I国の総排出量の55%を占める国が批准する必要があり(わが国は2002年6月に批准),京都議定書からの米国の離脱とロシアの未批准により,京都議定書は未だ発効されていない。
 
このような国際情勢の中で,迫りくる温暖化に「農業」をいかに適合させ,安全な食料を確保するかが重要な課題となっている。本章では,農業活動に係わりが深い温室効果ガス(CO2,CH4, N2O)の生成・吸収メカニズムを理解して,農業生産を維持増進し,その上でそれらの排出を削減する技術の方向性を探る。
 
2.温室効果ガスの大気濃度の動向とグローバルな収支
(1) 二酸化炭素(CO2
IPCC第1作業部会第3次評価報告書(Houghtonら, 2001)によると,産業革命以前の1750年ごろの大気CO2濃度は280±10 ppmvであったものが,1999年には367 ppmvになっている。この過去1世紀のCO2濃度増加速度は,少なくとも過去2万年の間では前例のない高い値を示している。この20年間の大気CO2の増加速度は,およそ1.5 ppmv/年(0.4%/年)であるが,1990年代の年間増加速度は0.9 ppmv/年(0.2%/年)から2.8 ppmv/年(0.8%/年)と変動している。
 
現在の大気CO2増加の原因は人為的なCO2の発生に由来するものであり,人為的発生源のおよそ4分の3は化石燃料の燃焼に起因している。化石燃料の燃焼(およびセメント生産からの少量の寄与)の1980年から1989年の10年間の平均年発生量は5.4±0.3 PgC/年であり,1990年から1999年の10年間では6.3±0.4 PgC/年である。残り4分の1の発生は土地利用変化(おもに熱帯地域の森林伐採)によっている。なお,PgCは炭素換算ペタグラム(1Pg=1015g)であり,炭素換算とはCO2(分子量:44)の量をCO2の炭素(原子量:12)の重量で表わす方法で,CO2排出量がAの時,炭素換算排出量の値はA×12/44となる。
 
大気中へのCO2量の蓄積速度は,1980年から1989年の10年間平均で3.3±0.1 PgC/年であり,1990年から1999年の10年間平均では3.2±0.1 PgC/年である。これら蓄積速度が発生速度よりも小さい値をとるのは,放出されたCO2の一部が海洋に溶存したり,陸域生態系によって吸収されるからである。
 
1989年から1998年の10年間の平均的なCO2年間収支は次のようである。土地利用変化(熱帯林の伐採など)により1.6 GtC/年(1Gt(ギガトン)=109t=1015g=1Pg(ペタグラム))の排出,大気中CO2の増大による施肥効果(CO2が増加すると光合成が高まること)等による陸域生態系の吸収量の増大が2.3 GtC/年となり,陸域生態系全体では差し引き0.7 GtC/年の吸収となって,陸域生態系は正味では小さなCO2吸収源として機能している。
 
(2) メタン(CH4
IPCC第1作業部会第3次評価報告書(Houghtonら,2001)によると,全球平均の大気メタン濃度は,産業革命以前(1750年ごろ)の約750 ppbvから急激に増加し、1998年現在,1745 ppbvである。1990年代の濃度増加率は7.0 ppbv/年であるが,1992年にはほとんどゼロ,1998年には13 ppbv/年となり、年間により大きな変動がある。しかし,メタン濃度の増加および濃度増加率の大きな変動の理由はわかっていない。メタン発生源である陸域が多い北半球のCH4濃度は南半球に比べて約5%高く,メタンの季節変化は南北半球ともに冬季に高く晩夏に最小の季節変化があり,中緯度で約2%のピーク振動がある。なお,CH4濃度の季節変化は,その主要な消失過程が対流圏におけるOHラジカルとの均一気相反応であることを反映し,気温が高くOHラジカル濃度の高い夏季に,メタン濃度が減少するものと考えられている。
 
全球のメタン総排出量は,大気中のCH4濃度と年間増加速度およびメタンの寿命から求めることができ(トップダウン・アプローチ),1998年のグローバルな放出速度は598 TgCH4/年と算定されている(Houghtonら,2001)。一方,自然湿地,水田,反芻(はんすう)動物,バイオマス燃焼などの個別発生源からの積み上げによる排出量の推定(ボトムアップ・アプローチ)は,時間変動や測定場所の代表性などの問題もあり大きな不確実さが存在する。IPCC第1作業部会第3次評価報告書では,個別発生源の排出量を統合化していないものの,数人の推定値を並列しており,たとえば,Mosierら(1998)のデータでは,水田:25〜54,反芻動物:80,畜産排泄(はいせつ)物:14,バイオマス燃焼:34 TgCH4(1 Tg(テラグラム)=1012 g)/年の排出量となっている。
 
メタンのシンク(吸収)では,そのほとんど(約86%)は対流圏のOHラジカルであり,それによる全球の消失速度は506 TgCH4/年である。残りは好気条件の土壌による30 TgCH4/年と,成層圏におけるOHなどとの反応による40 TgCH4/年で,これらを合計したメタン消失速度は576 TgCH4/年である(Houghtonら, 2001)。
 
(3) 亜酸化窒素(N2O)
IPCC第1作業部会第3次評価報告書(Houghtonら, 2001)によると,大気N2O濃度は産業革命以前の約270 ppbvから,1998年には314 ppbvに増加し,最近(1980〜1998年)の増加率は0.25%/年である。大気観測情報(トップダウン・アプローチ)による全球のN2Oの総排出量は,16.4 TgN/年と推定されている。一方,個々の発生源からの排出量推定(ボトムアップ・アプローチ)には,メタンと同様に大きな不確実性がある。
 
N2Oの自然発生源は,海洋を除くとそのほとんどが熱帯および温帯の森林土壌と草地土壌である。一方,人為的発生源でもっとも注目されるのは,窒素施肥にともなって耕地土壌から発生するN2Oである。近年のN2O発生の増加原因は森林や農耕地からの発生量の増加と見られており,窒素肥料の大量使用、農耕地の窒素固定の増加および生態系への窒素沈着の増加によっていると考えられている。
 
3.温室効果ガスの測定技術の開発
(1) フラックスの測定方法
ガスのフラックス(単位面積・単位時間あたりの発生量や吸収量)を計測する方法として,チャンバー法,ガス拡散理論の応用法,微気象学的測定法がある。土壌から大気へのフラックスを測定する場合にはチャンバー法が,植物群落上でのフラックス測定では微気象学的測定法がよく用いられている。チャンバー法は、土壌・植生表面に底のない箱(チャンバー)をかぶせる方法で、密閉したチャンバー内のガス濃度の上昇速度あるいは減少速度を測定する密閉式と,チャンバー内に外気を通気して入口と出口のガス濃度差を測定する通気式とがある。ガス拡散理論の応用法は,大気へのガス輸送が拡散だけによって起こると仮定し,土壌断面の深さ別におけるガス成分の濃度勾配(こうばい)およびガス拡散係数に基づいて,フラックスを計算する方法である。
 
微気象学的測定法は2高度間のガス濃度、風速、気温や水蒸気などを計測し,熱収支法,傾度法(空気力学法)や渦相関法によりフラックスを求める方法であり,自然の環境条件を乱すことなく測定できる。ただし,これらは水平方向に一様な群落を仮定した理論に基づいて測定されるため,かなりな広さ(測定地点から風上側に観測高度の数十倍から100倍程度の距離)をもった水平な群落でのみ測定可能である。
 
熱収支法は,太陽の短波放射が群落において各種の熱(顕熱,潜熱,地中貯熱)に分配される熱収支式を利用して,群落が大気を加熱する熱(顕熱)と蒸発散に使われる熱(潜熱)を求め,2つの高度間の気温(または湿度)差と顕熱(または潜熱)を用いて拡散係数を求めて、フラックスを計測する方法である。傾度法は地表面のいくつかの高度で,風速,気温,水蒸気,ガス濃度などの平均値を測定し,それぞれの鉛直分布(傾度)からフラックスを計測する方法である。熱収支法と傾度法はともに,地表面上の2高度間のガス濃度差から,次式を用いて群落上のフラックスFを求める。
 
 F = D(C1 - C2)/(z1 - z2)   (1)
 
ここで、Dは2高度間の乱流ガス拡散係数であり,C1とC2は2高度(z1とz2)での平均ガス濃度である。熱収支法と傾度法は,それぞれ熱と運動量の乱流拡散係数がガスの乱流拡散係数に等しいと仮定している。
 
渦相関法は,風速の鉛直成分w'とガス濃度の変動成分c'の積の平均値からフラックスfを求める方法であり(f = w'c'),風速の鉛直成分と少なくとも10Hzまでのガス濃度の変動成分を精度よく測定する必要がある。風速成分は応答速度の速い超音波風速計があるが,ガス変動計は最近開発されたオープンパス型CO2変動計を除いてはまだ実用化されていない。風速やガスなどの乱流変動成分を直接測定し,乱流変動と風速の変動の共分散を計算するため,物理的仮定が含まれず,大気安定度を考える必要がなく,原理的にもっとも優れている。
 
(2) CO2の測定
1) チャンバー法
土壌面からのCO2フラックスの測定では,おもに通気式チャンバー法が利用されている。チャンバーをかぶせるため温度や湿度,風などの気象環境が自然状態と著しく異なるなど問題点があるが,装置も簡易であり,狭い場所で測定可能であるため広く利用されている(小泉・佐藤,1994;小泉・野口,1997)。
 
2) 土壌中のガス拡散定数を利用したフラックス測定法
土壌表面から大気中へ放出されるCO2などのガスは,ほとんどがガスの濃度差を駆動力とした拡散によって大気中に放出され,フラックスは次式のFickの第一法則に従うと考えられる。
 
    F = - D dC/dx    (2)
 
ここで、Cはガス濃度,xは対象とする拡散距離,Dは土壌中のガス拡散係数である。このDを求めることにより,フラックスが算出される。拡散係数(D)を求めるための装置と方法が,遅沢・久保田(1987, 1997)により開発されている。
 
3) 微気象学的測定法による群落CO2フラックスの測定法
熱収支理論が確立した1950年代末ごろより,水田や畑の植物群落によるCO2フラックスは熱収支法によって計測されてきた(たとえば,土谷・原薗,1992)。しかし最近では,長さ20 cm程度の開光路をもつ応答速度の速いオープンパス型の赤外CO2変動計が利用できるようになったため,大気の安定度に関係なくフラックスを測定できる渦相関法により計測されるようになってきた(吉本・原薗,1997;宮田ら,2000;宮田・原薗,2003)。
 
(3) メタンの測定
水田はメタンの発生源であるので,1980年代以降その実測が数多く行われている。1988年に密閉チャンバーとFID(水素炎イオン化検出器)ガスクロマトグラフを用いて,わが国で初めて水稲生育期間を通した測定がなされた(八木・陽,1987)。その後,チャンバー法の改良がなされ,通常時はチャンバー内に通気をし,測定時のみ通気をとめて密閉状態にし,チャンバー内部の空気をポンプで自動採取してガスクロマトグラフ分析をする自動連続測定システムが開発された(八木ら,1994)。さらにこのシステムでは,ふたが自動開閉するように改良され,測定時のみふたが閉じられ、ガスを自動分析するシステムとなった(秋山・鶴田,1997)。
 
メタンフラックスの計測には、おもにチャンバー法が用いられているが,最近では,植物群落上の2つの高度の空気を吸引し,交互に非分散型赤外分析計に導入し,メタン濃度を長期間,連続的に測定して、空気力学法によってメタンフラックスの計測がなされるようになり(宮田ら,1994),自然状態下での広域の面的フラックス測定が可能となった。
 
(4) N2Oの測定
一般にN2O濃度はガスクロマトグラフで分析されている。初期には大気試料を低温濃縮(−135℃の凍結ペンテン)し,USD(高感度超音波検出器)とキセノンの内部標準を用いたガスクロマトグラフィーにより測定された(陽・福士,1987)。その後,より高感度なECD(電子捕獲検出器)を用いることにより,大気試料を濃縮することなく,直接測定する方法へと移行した。その際,大気試料中の酸素と水分はN2Oの分離を悪くするため除去する必要があり,酸素および水分をそれぞれプレカットおよびバックフラッシュにより除去し,N2Oのみを検出器に導入して,ECD-GCによる高精度分析を簡便・迅速に行う方法が開発されている(尾和, 1991;木村ら, 1992)。
 
4.温室効果ガスの生成・吸収メカニズム
(1) CO2生成メカニズムと発生
作物は大気中の炭素を光合成によって総生産として固定し,その一部を呼吸として消費して再び大気中へ放出する。その残りの炭素は純生産として固定される(純生産=総生産―呼吸)。作物に固定された炭素の一部は,収穫物として農耕地の外に持ち出され,食用等に消費されるが,根やリター(植物遺体)などの作物残渣(ざんさ)は,鋤(す)きこまれたりして土壌中に供給される。新鮮なリターは土壌中の微生物によって数ヶ月から数年で分解されるが,分解の遅いものは土壌中に有機物として貯蔵され,長い年月をかけてCO2に分解される。
 
植物の根の呼吸作用で発生するCO2と,土壌微生物による有機物の分解作用で発生するCO2の両者を総称して土壌呼吸と呼んでいる。農耕地の土壌呼吸速度は200〜1,000 mgCO2/m2/時の値の範囲に入る場合が多い(小泉,2000)。土壌呼吸速度は温度の上昇に伴って指数関数的に増加し,また土壌への有機物の供給量が多いほど増加する。土壌呼吸速度を律速するのは,低温の地域では温度,高温の地域では有機物量と考えられている(小泉,2000)。
 
1) 農耕地土壌からの大気へのCO2排出
土壌中の炭素蓄積量や土壌呼吸量の変動は、陸上生態系―大気圏間の炭素循環を知る上で重要である。また、農地管理により農耕地土壌の炭素蓄積を増加させることができれば,森林等によるCO2吸収量と同様に,京都議定書における「吸収源」としてカウントできる可能性がある。
 
土壌への炭素の供給源は,作物のリターおよび作物残渣中の炭素と,施用された有機物資材中の炭素,さらに,降水などからの炭素の沈着である。一方,土壌からの炭素の放出は,土壌呼吸による炭素放出と地下への炭素の溶脱である。降水による流入量や地下への炭素の溶脱量を無視すると,土壌中の炭素収支は次式で表わされる。
 
    土壌中の炭素収支 =(施用された有機物の炭素量 + リター・農作物残渣の炭素量)
                  − 土壌呼吸の炭素量               (3)
 
土壌中の炭素収支の値がプラスになれば土壌に炭素が蓄積し,マイナスになれば土壌からの炭素が減少することになる。
 
2) 畑地・水田における炭素収支
農業環境技術研究所圃場における一毛作と二毛作畑地および水稲単作水田の年間の炭素収支を調査した例がある(小泉ら, 1996;小泉・中台, 1996)。土壌中の炭素収支は,一毛作畑の陸稲,トウモロコシ,ダイズおよび水田の水稲で、それぞれ-314.3,-265.6,-267.6 gC/m2および-20 gC/m2であり,二毛作の陸稲―大麦,ラッカセイ―小麦,トウモロコシ―大麦で,それぞれ-265.6,-182.2,-158.4 gC/m2となり,畑地では一毛作・二毛作ともに土壌から大きく炭素が減少している。これらの畑と水田の例では有機物を施用していないが、畑地ではこのような栽培を繰り返せば,土壌に蓄積されている炭素が,年々消耗されていくことになる。畑地における炭素収支を安定に維持向上させるには,土壌呼吸による炭素放出量に見合う量以上の有機物を供給することが必要である。一方,水田では炭素の減少はわずかでほぼ収支のバランスがとれており,毎年同様な耕作をし続けても土壌に蓄積されている炭素が消耗することはなく,長期にわたって水稲を安定生産することが可能である。このような畑地と水田の炭素収支の差は,水田における湛水期の土壌有機物の分解速度が低いことに原因があると考えられている(小泉ら,1996)。
 
3) 農耕地土壌の炭素量の変化
土壌炭素量はゆっくり変化するため,長期にわたり土壌炭素量を追跡する圃場試験が必要である。わが国では農林水産省土壌保全対策事業の一環として,1979年〜1997年の間,全国約18,000地点で5年ごとに土壌環境基礎調査(定点調査)を行っており、その中に土壌炭素の項目がある。この土壌炭素データを解析することにより,わが国の土壌含量の変化を見ることができる。全国の地目別土壌炭素の1〜4巡の調査結果によると(中井, 2002)、土壌炭素含量は水田ではほとんど変化がなく,普通畑ではやや減少傾向にあり、樹園地と牧草地および施設内の土壌では増加傾向にある。
 
また、土壌別では、炭素含量の高い黒ボク土で低下傾向が,炭素含量の低い褐色森林土と黄色土などでは増加傾向が認められている。なお,有機物資材の投入量(2〜5 tC/ha/年)と炭素蓄積には関係が見られず、この程度の投入量では土壌炭素を増加させることができていないなどの結果が得られている。
 
土壌炭素含量の変動を知る方法として,このような圃場試験は有用であるものの,さまざまな気候帯や農耕地管理においてそれを行うことは困難である。このため、これらの要因を含む土壌炭素動態モデルを使った予測が,炭素収支の評価手法として利用されている。白戸ら(2002)は、ローザムステッド・カーボン・モデル(RothCモデル)を用いてわが国の畑地の炭素動態を予測した。なお,RothCモデルは炭素動態モデルの一つであり,英国ローザムステッド農業試験場における150年を超える長期連用試験のデータ等をもとに開発されたモデルで,冷温帯から熱帯の広い地域で適用可能で信頼性が高いが,わが国の畑土壌の半分を占める黒ボク土や水田土壌では適合が悪い。非黒ボク土ではRothCモデルを,黒ボク土では改良RothCモデル(ピロリン酸塩可溶アルミニウム含量により腐植画分の分解率を変化させる)を用いることにより,畑土壌における土壌炭素蓄積量の変動を精度よく予測できた(白戸ら,2002)。
 
さらに,有機物投入による日本全土の畑における炭素蓄積量の変化を予測すると(白戸,2002),現在の投入量である2〜5 tC/ha/年よりさらに毎年0.5〜1.0 tC/ha/年増やした場合,土壌炭素量は10年後には220〜440万トン,50年後には560〜1110万トン増加する。現在のわが国の畑の土壌炭素量は1億900万トンであると推定されており,50年後の560〜1110万トンはその2〜10%の増加に相当する。
 
わが国は京都議定書の第一約束期間の2008〜2012年までに,1990年の約12億トンのCO2排出量の6%を削減する義務がある(炭素換算では約2000万トンの削減)。森林による吸収の上限は炭素換算で1300万トンとされており,残りを省エネや排出量取引などにより削減しなければならないが,上記の土壌炭素予測により土壌に蓄積される炭素量は,10年後で削減必要量の10〜22%の規模で貢献するほど大きいことになる。上記の堆肥投入量は現実に不可能な量ではないことから,農地管理によって農耕地土壌は炭素の吸収源として機能する可能性があることが示された(白戸,2002)。
 
(2) メタンの生成・吸収メカニズム
1) 微生物によるメタンの生成と吸収メカニズム
メタンを生成する微生物はメタン生成菌と総称される嫌気性の細菌(バクテリア)である。メタン生成菌によるメタン生成は,メタン発酵といわれる水素による炭酸還元反応と酢酸のメチル基転移反応の2つの経路により生成される。
 
炭酸還元反応  4H2 + HCO3- + H+ → CH4 + 3H2O    (4)
 
メチル基転移反応 CH3COO- + H2O → CH4 + HCO3-    (5)
 
生成されたメタンの一部は,メタン酸化菌と呼ばれる別の一群のバクテリアにより酸化分解される。このメタン酸化菌の活動には酸素を必要とするため,水田土壌においては,メタン酸化菌の繁殖は土壌表層の酸化層や根から酸素が放出される水稲根圏と土壌の酸化層に限られる。水田土壌中では,生成したメタンの30〜90%が大気中へ放出される前に酸化されると推定されており,メタン酸化菌の活動が大きいことが知られている。さらに、土壌中にはアンモニア酸化菌が生息しており,この菌はアンモニアばかりでなくメタンも酸化している。そのため,畑地,草地や森林の土壌では,大気のメタンが吸収される(Minamiら, 1994; 1993;米村ら,2003)。
 
2) 水田からのメタンの大気への放出メカニズム
水田では、土壌中で生成されたメタンは次の三つの経路で大気中に放出される。すなわち,a)メタンを多量に含む気泡として,b)田面水から大気への揮散、c)水稲体内の通気組織を介した水稲からの放出である。このうち,大気への放出の主な経路はc)の水稲体を介したものであり,その放出口は葉身ではなく葉鞘(いわゆる茎)表面の気孔とは異なる微小な孔と,葉鞘付け根の節板部分の割れ目である(野内,1990;Nouchiら, 1990)。
 
水田から放出されるCH4フラックスには,日変化と季節変化が認められる。CH4フラックスは,午後から夕方近くに極大値をとる日変化パターンと,栽培後期に大きなフラックスとなる季節変化パターンを示す場合が多い。このことは,CH4フラックスの変動は地温の日変動や季節変動と関連があり、土壌中におけるメタン生成速度の変動を反映しているように見える。しかし,水稲根からの光合成産物の分泌(メタンの生成促進)と酸素の放出(メタンの酸化)および水稲体のコンダクタンス(メタンの通しやすさ)など,その他の要因も複雑に関与した結果と考えられる。
 
3)反芻家畜の消化管におけるメタンの生成
牛,ヤギ,羊などの反芻動物は,第一胃〜第四胃よりなる複胃をもち,第一胃(ルーメン)は複胃全体の約80%,消化管全体の約50%を占める。ルーメンには細菌,原生動物および真菌などの嫌気性微生物が多数生息し,動物が摂取した飼料に多く含まれる繊維成分(セルロース)を発酵して,酢酸,プロピオン酸,酪(らく)酸などの揮発性脂肪酸とメタンなどのガス類を生成している。ルーメンにおけるメタンの生成は水田土壌での生成と同様に,炭酸還元反応とメチル基転移反応の両者によって成される。
 
4)家畜排泄物の生糞尿および処理施設からのメタンの発生
放牧地での家畜から排泄された生の糞尿,フィードロット(家畜に飼料を供与する施設を完備した一定の面積をもつ野外飼育場),畜産廃棄物処理施設や汚水浄化ラグーン(面積の広い貯留槽)からメタンが放出される。生の家畜糞尿からのメタン放出は,糞尿中に含まれる有機物がメタン発酵によってメタンに変換される場合と,消化管由来のメタンが糞尿中に溶けていて,それが通気や攪拌(かくはん)によって大気中へ放出されるという2つの場合がある。一方,糞尿処理過程でメタン発酵がおこるのは,堆積した糞の中心部の嫌気性になった部分や,スラリー(液状きゅう肥)や汚水の貯留槽が嫌気性になったときである。
 
5) バイオマス燃焼によるメタンの生成
主に熱帯地域では,農地開墾のための森林の燃焼、家庭用エネルギーとして木材の燃焼,サバンナなど草地管理としての火入れ,農作物残渣の焼却など農業に関連したバイオマス燃焼が行われている。バイマス燃焼によるガス発生プロセスには,炎の状態とくすぶりの状態の2つの燃焼相がある。燃焼初期の炎が出ている相では,燃焼効率が高くCO2とNO、NO2やN2Oなどの窒素酸化物が発生し,その後のくすぶり状態の相では,燃焼効率が低くCOとメタンや非メタン炭化水素が発生する。燃焼時の温度や炎など燃焼状態やバイオマスの種類や水分状態によって,ガスの生成組成は大きく変動し,米国,メキシコ,ブラジルやアフリカのバイオマス燃焼におけるCH4/CO2の発生比率は0.3〜4.6%の範囲にある(Crutzenら,1979; Delmasら,1991)。
 
(3) N2Oの発生源と生成メカニズム
1) 土壌中におけるN2O生成メカニズム
N2Oは微生物の硝化作用と脱窒および非生物的な化学的脱窒などにより生成される。
 
  脱窒過程  NO3- → NO2- → NO → N2O → N2      (6)
 
                    N2O, NO
                       ↑
  硝化過程  NH4+ → NH2OH → NO2- → NO3-        (7)
 
  化学的脱窒 R2C=NOH + HNO3 → R2C=O + N2O + H2O  (8)
 
1-1) 脱窒作用
脱窒は脱窒細菌により,酸素のない嫌気的な状態でNO3-やNO2-が最終的に窒素ガス(N2)にまで還元される過程で,中間産物としてN2OとNOが生成される。自然界には脱窒能を有する多くの細菌が生息している。脱窒過程においては,酸素濃度,有機物,水分,pH,温度,硝酸濃度などがN2Oの生成に影響を及ぼす。
 
1-2) 硝化作用
硝化細菌により,好気的な状態でアンモニウムイオン(NH4+)が亜硝酸イオン(NO2-)に酸化される過程とNO2-が硝酸イオン(NO3-)に酸化される過程の2段階で進行し,各々の過程はそれぞれ別個の微生物が関与し,菌種も限られている。N2Oはアンモニア酸化菌による副産物として生成されるが,そのメカニズムは仮想中間産物であるNOH(ニトロキシル)を経由する場合と亜硝酸の還元による場合が考えられている。なお,硝化過程におけるN2Oの発生におよぼす変動要因は前述の脱窒過程と共通的である。
 
1-3) 化学的脱窒
N2Oは非生物的な反応によっても土壌中で生成されうる。たとえば,低pH条件下におけるNO2-あるいはNH2OH(ヒドロキシルアミン)の分解により生成されるが,量的にごく少なく重要視されていない。
 
2) 農耕地土壌からのN2Oの発生要因
農耕地からのN2Oフラックスは温度,土壌水分,土壌pH,土壌の性状,肥料の種類や形態,耕起の有無,有機物投入の有無など物理的化学的な様々な条件によって大きく変動する。脱窒は嫌気的条件,硝化は好気的条件でおこるが、その条件は土壌水分量で規定され,土壌水分含量が多くなるにつれて嫌気的土壌となる。そのため,土壌水分量が多くなって土壌が湿ると脱窒が,土壌水分量が少なく乾くと硝化が主要な生成過程となる。なお,畑地土壌においてやや過湿な水分条件でN2Oの発生量は最大値を示すが(Dobbieら,1999),この条件では土壌には酸化的な部位と嫌気的な部位が共存し,酸化的な硝化と還元的な脱窒の両過程が活発に行われ,硝化と脱窒が平行して進行し,N2Oが生成されているとみなされる(楊,1994)。
 
通常,畑地において尿素や硫安などの窒素肥料を施肥すると,施肥後1〜2週間後にN2Oフラックスが増加し,その後次第に減少して通常のレベルに戻るパターンが見られる。この期間では土壌中のNH4+濃度が減少し,NO3-濃度が高くなっており,N2Oはおもに硝化で発生したと推定されている(楊,1994)。
 
土壌温度が上昇すると,一般に微生物活動が活発になるので,N2Oの発生量も増加し,20〜40℃の間で10℃上昇するとN2Oの発生量は数倍となる。このため,夏季には冬季に比べてN2Oの発生量が多いという季節変化を示す。
 
3) 施肥窒素量に対するN2Oの排出係数
窒素肥料の使用量の増加や耕地面積の増大なくしては,食料の世界的な需要は満たされないため,世界の窒素肥料の生産・消費量は今後も増大しつづけると予想される。窒素施肥に伴うN2Oの発生量として,施肥窒素の約1.25%が発生すると推定されているが(Houghtonら, 1997)、世界の農耕地からのN2O排出量をより正確に推定するためには,施用窒素量に対するN2Oの排出割合を明らかにする必要がある。
 
化学窒素肥料(尿素系肥料,硝酸系肥料,被覆尿素系肥料,被覆硝酸系肥料,硝化抑制剤入り肥料)と,有機質資材(発酵鶏糞,発酵豚糞,油かす,魚かす,牛糞堆肥,乾燥牛糞)から発生するN2Oの施用窒素量に対する排出割合が,野菜を栽培した農業環境技術研究所のライシメータ畑圃場(黒ボク土)で調査された。排出割合は化学系窒素肥料で0.06〜0.32%,有機質資材で0.03〜0.91%であった(秋山・鶴田,2001)。また,1992〜1994年の3年間,農林水産省農産課の助成のもとで全国の農業試験場において実施された,各地域の代表的な作物を栽培した畑地からのN2Oと水田からのメタン排出に関する全国調査(日本土壌協会,1996)の結果によると,各栽培期間中における投入窒素量に対して発生したN2O-Nの割合は,最小で0.1%前後,最大で4.6%と大きな幅があったが,投入窒素量が35 gN/m2以下では,N2Oの発生割合は1%以下であった。なお,茶園は特に窒素投入量が大きく(約80 gN/m2),しかもN2Oの発生割合が4.6%と最大値を示し,他の多くの作物の1%以下(平均で0.7%)に比べて非常に大きいという特徴があった。一方,草地における化成肥料の施肥窒素の排出係数は,草地試験場(西那須野)で0.2〜1.0%(渋谷ら,1995),北海道東部で0.1〜0.2%であった(甲田ら,2002)。
 
これらの結果から,畑や草地では,施用した化学肥料や有機物の窒素量のうち0.1〜5%程度がN2Oとして排出されると推定される。
 
4) 家畜排泄物処理過程からのN2Oの生成
家畜排泄物の処理として,家畜糞尿を資源として利用するためのメタン発酵や堆肥化と,環境負荷原因物質を除去するための汚水浄化や悪臭除去がある。これらの処理条件が好気条件か嫌気条件かによってN2O排出量は大きく異なる。好気処理の典型的な例として,活性汚泥法などの浄化処理や,強制通気攪拌装置を備えた高速堆肥化処理がある。この浄化処理や強制発酵の場合では,窒素化合物は速やかに無機化されてNH4+になり,一部はNH3ガスで大気中に揮散するが,さらに好気状態の処理により,硝化過程でN2Oが生成する。一方,嫌気処理の典型的な例はメタン発酵法であり,窒素化合物は分解を受けて,最終的にNH4+の形で安定となり,N2Oが生成することはほとんどない。
 
5) バイオマス燃焼によるN2Oの生成
バイオマス中の窒素化合物は高温燃焼によって揮発し,シアン化合物を経て,NO,NO2,N2OやNH3などの混合物となって放出される。N2O/CO2の排出比は,稲ワラでは0.014%程度(Miura and Kanno,1997)、森林で0.32〜0.35程度(Cofer IIIら,1988)などと報告されている。稲ワラのN2O/CO2の排出比が小さいのは,稲ワラのN/C比が小さいことを反映している。
 
(4) わが国のメタンおよびN2Oの排出量
気候変動枠組条約に基づいて,各締約国は定期的に温室効果ガスの排出・吸収などに関する情報(インベントリ)を条約事務局に提出することとされている。条約事務局に提出するインベントリの算定にあたっては,1996年改訂IPCCガイドライン(Houghtonら,1997)およびグッド・プラクティス・ガイダンス(以下、GPG)(Penmanら,2000)にしたがって,すべてのガスとすべての排出源および吸収源を対象として算定することになっている。排出量や吸収量の算定は,活動量に排出係数を乗じて求める方法である。たとえば、活動量は水田の面積で,排出係数は水田1m2から1年間に排出されるグラム(g)で表したメタンの量である。
 
なお、改訂IPCCガイドラインおよびGPGによると,国独自の排出係数がある場合には国独自の排出係数を用いるが,それがない場合には用意されているデフォルト値を用いることになっている。なお,メタンやN2Oの排出量として,二酸化炭素等量(CO2eq.)で表示される場合があるが,これはgCH4やgN2Oに地球温暖化指数(Global Warming Potential: GWP)を乗じたものである。GWPは温室効果ガスの一定期間内における温室効果の度合いを示す値で,CO2を1とした時の単位質量当たりの比であり,IPCC第2次評価報告書の100年間累積のメタン:21,N2O:310の値を用いている。たとえば,メタンの排出量が1gCH4ならば,CO2換算では21 gCO2eq.となる。
 
以下に記すわが国のメタンとN2Oの排出量は,1996年改訂IPCCガイドラインおよびGPGの算定方法にしたがって算定された「日本国温室効果ガスインベントリ報告書(2003)」の数値(2001年時点)である。
 
1) CO2
農業部門のCO2に関しては,現在、わが国は農耕地を排出源あるいは吸収源としての位置づけを政策決定していないため、インベントリに計上していない。
 
2) メタン
2)-1 水田からのメタンの排出量
水田からのメタン排出量の測定は,アジア(Minamiら, 1994;八木ら,1996;鶴田・蔡,2000;宮田ら,1999:八木ら,2003)ばかりでなくイタリアやアメリカなど世界各地でも精力的に行われている。水稲栽培期間中のメタンフラックスは数mg/m2/時〜数10mg/m2/時で,全排出量はおよそ1g/m2〜150g/m2と広い範囲にある。このような排出量の大きな違いは,地域による温度や土壌の質の違いのみならず,有機物施用の有無や水管理技術などの水稲栽培管理技術の違いが関係している。
 
メタンとN2Oの全国調査(日本土壌協会,1996)の結果をもとに,有機物管理(稲ワラ使用,各種堆肥施用,無施用)ごとに,土壌種別(黒ボク土,黄色土,低地土,グライ土,泥炭土)の排出係数が設定され(鶴田,2001),それぞれの水田面積を乗じて,わが国の水田からのメタン排出量が算出される。なお,改訂IPCCガイドラインおよびGPGによると,メタン排出量は間断灌漑(かんがい)水田と常時湛水田からの合計値とされている。わが国の活動量として,常時湛水田が存在しないことを裏付ける証拠がないことから,常時湛水田は改訂IPCCガイドラインのデフォルト値の全水田面積の2%を用いて,年間排出量は間断灌漑水田:268.69 GgCH4/年,常時湛水田:12.60 GgCH4/年の計281.29 GgCH4/年と算定されている。
 
2)-2 消化管からの排出量
反芻家畜の消化管からのメタン排出量と乾物摂取量との間には相関があり,反芻家畜からのメタン排出量は、乾物摂取量(X:kg/日)から次式で推定できる(Shibataら,1994)。
 
 CH4排出量(?/日) = -17.766 + 42.793X - 0.8486X2    (9)
 
この推定式と家畜頭数を用いて,わが国の反芻家畜からの排出量は,乳用牛:155.68,肉用牛:152.71,綿羊:0.05,ヤギ:0.15GgCH4/年で,計308.59GgCH4/年と算定されている。また,反芻動物ではないが頭数の多い豚(後部消化管で発酵)と馬(盲腸で発酵)の消化管からの排出量も算出されており,豚では実測値,馬ではデフォルト値の排出係数を用いて、それぞれ10.61および0.45GgCH4/年と算定されている。豚と馬を含めた家畜の消化管発酵からの総排出量は319.65 GgCH4/年である。
2)-3 家畜の生糞尿からのメタン排出量
放牧された家畜によって土壌表面に排泄された生の糞尿から直接発生するメタン排出量は,牛を対象として,わが国独自の排出係数に放牧牛頭数および放牧日数(4月下旬から10月までの191日間)を乗じて,0.11GgCH4/年と算定されている。
2)-4 家畜糞尿処理からのメタン排出量
家畜糞尿処理からの年間のメタン排出量は、家畜種と処理方法ごとに家畜1頭が1年間に排泄する糞尿から発生するメタン量である排出係数に,飼養される家畜頭数を乗じて,43.80GgCH4/年と算定されている。
 
2)-5 バイオマス燃焼からの排出量
 わが国での農業にかかわるバイオマス燃焼は,主として農作物残渣の野焼きであるが,その調査研究が少なく,排出係数および活動量のデータが乏しい。作物別の排出係数では,稲ワラおよび麦ワラを除いては,わが国独自の排出係数を設定できず,稲ワラおよび麦ワラ以外の作物の排出係数はIPCC改訂ガイドラインのデフォルト値を用いている。また,活動量は野焼きされる各作物から放出された炭素量と定義されており,作物ごとの年間生産量に,作物ごとの作物生産量に対する残渣の比率,残渣平均乾物率,野焼きされる割合(0.1),バイオマス中の炭素のうちCO2として排出される炭素の比率(0.90),排ガス中の対象ガス成分とCO2の濃度のモル比,残渣の炭素含有率(0.45)から算出される(括弧内の数値はIPCC改訂ガイドラインのデフォルト値)。わが国の農作物残渣の野焼きによる排出量は6.44 GgCH4/年と算定されている。しかし,作物別の排出係数などの確立や作物ごとの野焼きされる割合の把握など,排出量算定に関する問題点は多い。
2)-6 わが国の農業分野からのメタンの総排出量
わが国の農業分野からの総メタン排出量は,水田稲作(281.29 GgCH4/年)、家畜の消化管発酵(319.64 GgCH4/年),家畜の生排泄物(0.11 GgCH4/年)からの直接発生,家畜排出物の糞尿処理(43.80 GgCH4/年)および農作物残渣の野焼き(6.44 GgCH4/年)からのメタン量の合計値として算出することになっており,651.28 GgCH4/年と算定される。
 
3) N2O
3)-1 農耕地土壌からのN2O排出量
国別報告書では,農耕地土壌からのN2O排出として,直接排出と間接排出が規定されている。農耕地土壌への合成肥料と家畜排泄物の有機物資材の施用,および放牧された家畜の生の糞尿から直接発生するN2Oを直接排出とよび,農耕地土壌へ施用された合成肥料と家畜排泄物の有機物資材から揮発したアンモニアなどの窒素化合物が,大気から土壌に沈着して微生物活動を受けて発生するN2O,および施用された合成肥料と、家畜排泄物の有機物資材の溶脱・流出に伴い発生するN2Oを間接排出とよんでいる。
 
3)-1-1 畑地(草地を含む)からのN2O排出量
メタンと同様に,全国調査(日本土壌協会,1996)の結果を基に,作物別の合成化学肥料と有機質資材から,わが国独自の作物別の排出係数が設定された(鶴田, 2001)。各排出係数と畑面積および施用量を用いて,作物別のN2O排出量が計算され、合成化学肥料と有機質資材の使用によるわが国の畑地からの年間発生量がそれぞれ,5.48および4.04 GgN2O/年,合計9.52 GgN2O/年と算定されている。なお,ここでは,家畜排泄物の有機質資材からのN2O排出係数の実測データが少ないため,合成化学肥料と同じ排出係数を用いている。
 
3)-1-2 水田からのN2O排出量
水田はメタンを排出するばかりでなくN2Oも排出している。水田が湛水条件のときはN2Oの発生はほとんどないが,最終落水後にメタンの発生がなくなるとN2Oが発生し始め,その後の翌年の湛水時まで発生し続け、メタンとN2Oの排出はトレードオフの関係にある。日本の水田からのN2O排出量は低く,水稲栽培期間中の排出量は,龍ヶ崎では65 gN/haであるが,中国の封丘では1,720〜4,460 gN/ha,フィリピンのロスバニョスでは89〜638 gN/haと著しく多い(八木ら, 2003)。中国やフィリピンにおける水田からの多量のN2O排出は,中国やフィリピンでの多量の窒素施肥(日本:90 kgN/ha,フィリピン:200 kgN/ha,中国:300〜365 kgN/ha)や比較的長い中干し(7日以上)が原因と考えられている(八木ら, 2003)。
 
わが国の合成化学肥料および有機物資材の施用に伴う水田からのN2Oの排出量は、それぞれ1.48 GgN2O/年および0.61 GgN2O/年、計2.09 GgN2O/年と算定されており,畑地の22%である。
 
3)-1-3 家畜の生排泄物からのN2O排出量
放牧された家畜によって土壌表面に排泄された生の糞尿から直接発生するN2O排出量は,牛を対象として,わが国独自の排出係数に放牧牛頭数および放牧日数(4月下旬から10月までの191日間)を乗じて,0.015 GgN2O/年と算定されている。
 
3)-1-4 農耕地土壌へ施用された合成化学肥料と家畜排泄物の有機物資材からの間接排出のN2O排出量
これらのN2Oの排出係数のデータは,わが国では現在調査段階であり決められていないため,改訂IPCCガイドラインおよびGPGに示されているデフォルト手法とデフォルト値を用いている。農耕地土壌へ施用された合成化学肥料および家畜排泄物の有機物資材から揮発したアンモニアや窒素酸化物などの窒素化合物から大気沈着により発生するN2Oの間接発生量は,デフォルト値の排出係数に,合成肥料や有機物資材からNH3やNOxとして揮発する窒素量のデフォルト値(合成肥料:10%、有機物資材:20%)を乗じて,2.48 GgN2O/年と算定されている。
 
農耕地土壌へ施用された合成肥料や家畜糞尿の有機物の溶脱・流出に伴い発生するN2Oの間接排出量は,排出係数のデフォルト値に溶脱・流出した窒素量(デフォルト値:30%)を乗じて算出され,12.14 GgN2O/年 と算定されている。この排出量は,施用された合成肥料と家畜糞尿の有機物の直接排出とほぼ同量と大きな値であり,今後,これらN2Oの間接発生量を実測し,推定精度を上げる必要がある。
 
3)-2 家畜糞尿処理からのN2O排出量
わが国の家畜糞尿処理からの年間N2O排出量は、メタンと同様に家畜種の処理方法ごとの排出係数に,飼養される家畜頭数を乗じて算出され,排出量は38.38 GgN2O/年と算定されている。
 
3)-3 バイオマス燃焼によるとN2O排出量
メタンと同様に,N2Oの排出係数と活動量算出の係数のほとんどを改訂IPCCガイドラインとGPGのデフォルト値を用いて、わが国の排出量は0.45 GgN2O/年と算定されている。
 
3)-4 わが国の農業分野からのN2O総排出量
わが国の農業分野からのN2O排出量は,家畜排出物の糞尿処理(38.38 GgN2O/年),農耕地土壌(26.25 GgN2O/年)と農作物残渣の野焼き(0.45 GgN2O/年)の合計値として,65.06 GgN2O/年と算定されている。
 
5.発生制御技術の開発
わが国のインベントリに計上されている2001年の農業部門からの温室効果ガス排出量は,CO2換算でCO2:0,CH4:13,677 GgCO2eq.,N2O:20,171 GgCO2eq.の計33,848 GgCO2eq.であり,全部門排出量1,299,400 GgCO2eq.に占める割合は2.6%と寄与は低いものの,総CH4および総N2Oの排出量に占める割合は,それぞれ67.2%および57.0%と高い寄与度をもっている(環境省,2003)。そのため、農業分野からのメタンとN2Oの排出削減努力が求められている。具体的な排出削減技術として,保全的耕耘(こううん)による耕起の減少や農作物残渣処理の向上などの農地管理によるCO2の排出削減、水田灌漑管理、肥料の利用改善、反芻動物の腸内CH4低減によるCH4排出の削減,緩効性肥料,有機堆肥や硝化抑制剤などによるN2Oの排出削減,などが考えられている。
 
(1) CO2
現在考えられる農業における温室効果ガス発生削減のための農耕地管理技術の例として,保全的耕耘がある。
 
1) 保全的耕耘
通常の作物栽培では,播種前の耕起,整地,生育中の中耕など,作物栽培期間中に数回の耕耘作業を行う。耕耘は土壌の物理性を改善し,作物の出芽や生育に好適な状態を作出するとともに,雑草を防除する効果がある。しかし,耕耘による砕土や作物残渣の鋤きこみは,風雨による土壌流亡を招きやすく,農耕地の持続性に問題を生じる恐れがある。また,このような耕耘は耕起用のトラクター燃料を消費するとともに,土壌有機物の分解を促進し,土壌炭素を減少させる。これに対して近年,耕耘を行わない不耕起栽培が南北アメリカを中心に急速に普及しつつある。不耕起栽培法では,土壌に溝状の切れ目を入れ,そこに局所施肥(いわゆる条施肥とか溝施肥と呼ばれる)を行い,作物の種をまく。そして種をまく部分以外の土は耕さず,前作の残渣を土壌表面に残すのが普通である。このような不耕起栽培あるいは耕耘回数を少なくする栽培管理(ミニマムティレッジ)方法を保全的耕耘法と呼び,トラクターの燃料を節約すると同時に,土壌水分を保全し,土壌侵食を防止できる。また,土壌からの炭素放出を抑制するため,炭素排出削減の農地管理として有効であると言われている。グローバルには150〜175 TgC/年の固定が可能とされているが(Metzら,2001),湿潤なわが国では畑地の不耕起栽培はほとんど行われていず,炭素収支に関する調査研究も開始されたばかりである。
 
(2) メタン
1) 水田からのメタン発生制御技術
メタン排出削減技術の候補として,水管理に関するもの,肥料または資材に関するもの,有機物管理に関するものなど数多くの技術が提案されている。以下にわが国に適用可能なメタン放出削減技術の例を示す。
 
1)-1 水管理
農業環境技術研究所内のライシメータ水田において,自動計測システムを用いてわが国で通常行われているような間断灌(かん)水処理を行った結果,メタン発生量は常時湛水処理(5月上旬の移植から9月上旬の最終落水まで)の場合に比べ約1/2となり,水管理によってメタン発生量を削減できることがわかった(八木ら,1994)。しかし,中干しおよび間断灌漑による田面水の排水に伴って,N2Oの発生が促進される可能性がある。そこで、わが国の水田における中干しおよびそれに引き続く間断灌漑と慣行の施肥管理(約90 kgN/ha程度の窒素施肥(基肥および追肥))を比較した結果,中干しおよびそれに引き続く間断灌漑はメタンの発生を抑制するばかりでなく,危惧されていたN2Oの発生もほとんどなく,温室効果ガス総発生量の削減技術として有効であることが実証された。なお,N2Oは水稲栽培期間中の代かき直後,間断灌漑中の追肥直後および最終落水後に一時的に観測されただけであった(八木ら,2003)。
このように,わが国で通常行われている中干しとその後の間断灌漑という水管理技術は,水稲の生育を促進するとともにメタンの排出を削減し,N2O排出も増やさない技術としてきわめて有効である。
 
1)-2 有機物管理
易分解性炭素含有有機物はメタン生成菌の基質となるため,メタン発生量を増加する。たとえば,6〜12 t/haの稲わらの施用により,年間のメタン発生量は2〜数10倍に増大することが報告されている。これに対して,稲わらを堆肥化(易分解性炭素化合物は分解消失)して施用すると,メタン発生量の増大効果はきわめて小さくなる(八木・陽,1989;浅川ら,1996)。しかし,近年,コンバインの普及により,収穫時の稲わらは裁断されて田表に散布されており,堆肥化することは困難な状況である。そこで,秋の収穫後に稲わらを土壌にすきこむ場合,窒素成分を施用して,稲わらの酸化分解を促進する技術が提案されている。福島県における試験によれば,この処理によるメタンの排出量は,稲ワラ無施用の約1.2倍であり,窒素成分を施用しない稲わら鋤きこみの場合(稲わら無施用の2.2倍)より著しく低い排出となった(三浦,1995)。この窒素成分施用技術による削減効果は,稲わらの堆肥化とほぼ同様な効果があると見られ,堆肥化が困難な国におけるメタン削減技術として期待される。
 
1)-3 その他の技術
田畑輪換による輪作技術は,水田を畑という好気的条件にして耕作している間に,土壌有機物の分解が促進されること,遊離鉄などの酸化剤の酸化が促進されること,好気的な土壌微生物が増加することなどにより,水田に復元した場合のメタン排出を削減できる可能性がある。山形県の調査事例(熊谷・今野,1998)では,復元初年目の水田は連作田に比べ,メタン排出量は大きく減少する。しかし,復元2年目以降はその効果は見られず,逆に復元田の方が大きなメタン排出となっている。
 
不耕起直播栽培を開始した水田圃場からのメタン排出量は,耕起移植栽培と比較すると,初期は半分程度となり削減効果が認められたが,不耕起栽培を継続すると排出量は次第に増大し,7〜8年後には耕起移植栽培と同程度となっている(石橋ら,2001)。これらの田畑輪換および不耕起栽培に関しては,調査事例を積み上げその有効性を確かめる必要があるが,田畑輪換の復元田初年目や不耕起栽培の初期期間では,メタン排出削減効果が期待できるようである。
 
2) 反芻動物からのメタン排出削減技術
反芻動物のルーメンから排出されるメタンを減少させる方法は,次のようにいくつか提案されている。(a)給与飼料中のタンパク質含量を高め,繊維含量を低下させる方法,(b)飼料品質や家畜の栄養バランスの改善により,飼料の消化率を向上することによって単位生産量あたりのメタン排出量を減少させる方法,(c)細胞膜の透過性に影響して微生物の代謝活性を変える作用をもつ抗生物質であるイオノフォアを投与して,ルーメン発酵を抑制する方法,(d)飼料に不飽和脂肪酸を添加し,ルーメン内でのメタン生成の基質となる水素を消費してメタン生成を抑制する方法,などである。これらの方法を込みにして,反芻動物におけるメタン排出量は約30%削減が可能と予想されている(Watsonら,1996;柴田,2002)。
 
3) 家畜排泄物処理からのメタン発生量の制御技術
わが国の家畜糞尿の年間排出量は、2002年で約9.0Ggと推定されている。現行の酪農経営では,糞と尿を分離しないまま貯留する事例が多く,このような畜舎内外の糞尿貯留槽ではメタンが生成され,そのすべてが大気中に放出されている。たとえば,ある酪農家の糞尿貯留槽についてCH4とN2Oの通年測定を行ったところ,年間排出量はそれぞれ920 CH4-Ckg/年,0.17 N2O-Nkg/年であった(渋谷ら,1997)。排出の低減化対策として,貯留の前処理としてポンプ循環曝気(ばっき),水中ポンプ循環曝気と回転翼攪拌曝気を行うと,いずれもメタン放出量を無処理で貯留した場合よりも著しくCH4放出量が低減し,CH4排出量の削減効果があるが,ポンプ循環曝気はN2O放出の増大が見られ,N2Oの発生のみられない回転翼攪拌曝気が有効であることがわかった。この回転翼攪拌曝気によりCH4の排出量は1/8〜1/4に低減できる(渋谷ら,1997)。
 
草地および飼料畑では,家畜糞尿の一部はスラリーの形で肥料として施用されているが,スラリーは施用時の悪臭発生があるとともに,CH4とN2Oの排出源である。このスラリー施用に伴うCH4とN2Oの排出抑制技術として,スラリーの施用方法を表面施用から土壌中への施用に変更するとともに,硝化抑制剤を併用する技術が提案されている。スラリーの施用方法を表面施用から土壌中への施用に変更すると,メタンの放出量は低下するが、一方でN2O放出量が増加するというトレードオフの関係がある。しかし,施用直前のスラリーに硝化抑制剤(チオ尿素,添加量:全窒素の0.5%)を添加することにより,N2O排出量も低減できることが示された(渋谷ら,1999)。
 
(3) N2Oの発生制御技術
1) 施肥窒素
農耕地からのN2Oの排出量を抑制するためには,作物による窒素吸収効率を高め,施用肥料および有機質資材などの投入窒素量を減少させるとともに,施用窒素肥料からのN2O発生を低下させることである。IPCC第3作業部会第3次評価報告書(Metzら,2001)によると,窒素肥料からのN2O発生削減対策として,緩効性肥料と硝化抑制剤などにより,グローバルスケールで排出を30%削減できる。
 
1)-1 施肥法
窒素吸収効率を高めて投入窒素量を減らす方法では,慣行のいわゆる全面全層施肥をやめて,必要な場所に局所的に肥料を集中させて(たとえば,溝状局所施肥)窒素の吸収効率を高めて,施肥量を減らす方法への転換がある。農業環境技術研究所の黒ボク畑土壌で,速効性尿素肥料を全面全層施肥と溝状施肥してハクサイを栽培した結果によると,収穫までのN2O排出量は,溝状局所施肥区は全面全層施肥区の75%に減少し,収穫量は溝状局所施肥区の方が全面全層施肥区よりも10〜23%も多くなった(Sharmanら,1998)。この結果から,尿素肥料を溝状施肥することにより,施肥量を約20%削減しても収穫量を減らすことなく,N2O排出量を削減できる可能性が示された。
 
1)-2 窒素肥料の種類
施用窒素肥料からのN2O発生を低下させる方法として,1970年代から開発されてきた肥効調節型窒素肥料の利用がある。この肥効調節型窒素肥料には,樹脂コーティング肥料(被覆窒素肥料)と化学合成緩効性肥料がある。樹脂コーティング肥料は,肥料粒を難透湿性の熱可塑性や熱硬化性などの樹脂材料でコーティングすることにより,成分の溶出を遅らせるものである。一方,化学合成緩効性肥料は,難溶性の窒素化合物を合成し,その加水分解の遅れ,あるいは微生物による分解の遅れを利用するものである。これらはともに,作物の生長にあわせて肥料を緩やかに供給することにより溶脱が抑えられる。その結果,投入窒素量を減らせる可能性がある。
 
つくばの黒ボク土壌で被覆尿素肥料と通常の即効性尿素肥料とを全面全層施肥法でニンジンを栽培した例によると,栽培期間中のN2O排出量は両処理区ともほとんど同じであり,緩効性肥料使用によるN2O排出削減の効果は認められていない(秋山・鶴田,2001)。すなわち,速効性尿素肥料区で通常見られる施肥直後の大きなN2Oフラックスのピークが,被覆尿素施用区では見られなくなるものの,その後のフラックスが速効性尿素施用区よりも常に大きく、トータルすると両区ともほぼ同じ排出量となったものである(秋山・鶴田,2001)。一方,採草地への緩効性肥料施用の調査事例では,N2Oの放出は肥効調節型窒素肥料(化学合成タイプ,被覆タイプ,硝化抑制剤入り)の利用で約50%低減できる可能性があることが示されている(渋谷ら,1999)。このように,緩効性肥料に関しては,相反する結果が報告されており,抑制効果を確定するためにはさらなる調査事例の積み上げが必要である。
 
1)-3 硝化抑制剤入り肥料
硝化を抑制する硝化抑制剤入り肥料は,N2Oの生成抑制に有効である(Minami,1994)。たとえば,硝化抑制剤入りの尿素肥料と通常の速効性尿素肥料を、ニンジンを栽培した農業環境技術研究所のライシメータ畑に施用した結果,栽培期間中のN2O排出量は硝化抑制剤入りの方が22%も少なくなり,N2Oの排出削減に有効であることが確認されている(秋山・鶴田,2001)。また,草地における硝化抑制剤入り肥料を用いたN2O排出削減の具体的な施肥体系として,牧草収量(1番,2番,3番,4番草の収量),牧草品質,肥料の取り扱いの難易等を考慮した草地の施肥計画が提案されている。それによるよると,早春施肥には慣行の化成肥料を用いるが,それ以外の施肥(1番,2番,3番草刈取り後の3回)には硝化抑制剤入り窒素肥料のみ,あるいは緩効性窒素肥料(たとえば,尿素とアセトアルデヒドを反応させて合成したCDU)を用いると,約50%のN2O削減が可能と予測している(渋谷ら,1999)。
 
2) 家畜排泄物処理からのN2O排出削減技術
強制発酵と堆積発酵による堆肥化,および活性汚泥の浄化処理が主要なN2Oの発生源であり,この3者で全体の発生源の約9割を占めている。堆積発酵を強制発酵に,貯留を浄化処理に改善することによって,メタンの排出は抑制されるが,逆にN2Oの排出量が増加してしまうことになる。そこで,N2O浄化処理の曝気槽からのN2Oの排出を削減する技術として,従来の連続曝気式を間欠曝気式に替えることによって,N2Oの発生を約100分の1に減少させることができる(Osadaら, 1994)。この浄化処理に間欠曝気式を導入することにより,現在より26%の削減が見込まれる(羽賀,2002)。
 
6.今後の展望
地球温暖化が認識された1980年代以降,CO2,メタンやN2Oの生物地球化学サイクルに関する知見は飛躍的に向上したが,大気メタン濃度の増加の原因など未解明な部分や,様々な発生源からの排出量推定(ボトムアップ)における大きな不確実性などがあり,今後ともこれらの問題解決のための調査研究が必要である。たとえば,施用有機物の排出係数の決定などのための温室効果ガス自動計測システムによる観測データの蓄積、農耕地に施用された合成肥料と有機物資材によるN2O間接排出量の把握,点で得られる実測データを広域に広げるスケールアップ技術の開発などがある。
 
一方,メタンやN2Oの生成・発生メカニズムの知見から制御要因を抽出し,排出削減技術に取り組みつつあるが,技術を適用した実測データ自体が不足しており,その有効性が確認できていない場合が多く,技術の定量的評価が必要である。農耕地土壌に関しては,実用的な対策技術が提案されているメタンに比べ,研究蓄積の少ないN2Oでは,N2O発生の抑制を考慮した施肥技術の開発が急務である。また、究極的な対策技術として,水田からのメタンとN2Oの排出に見られるようなトレードオフの関係,対応手段の容易さ,生産性の向上,農業者にとってのメリットなどを考慮して,ライフサイクルアセスメント手法を適用するなど総合的な評価を取り入れた削減技術を開発する必要がある。
 
 
農業環境研究:この国の20年(7)
統計解析と情報システムの開発と利用
1 はじめに
農業環境研究においては、農業環境に関する調査や試験で得られたさまざまなデータや情報が収集・蓄積され、利用されている。近年のコンピュータやデータ収集・記録装置の機能の向上によって、利用できるデータや情報の量はますます増大している。これらを効率的に整理・解析して、さまざまな問題の解決に有効な情報を知識として総合化したり抽出したりするためには、新たな手法の開発が必要である。また、収集したデータや情報を、再検討したり他の分野の研究に利用するため、いかに蓄積していくかも求められている。さらに、これらのデータや研究の成果を外部に利用しやすい形で発信し、普及することも重要な時代になっている。
 
現在、農業環境データのうち、気象条件など物理的な環境資源に対して環境内の生物がどのように反応するかを把握、予測するための新たな統計分析手法や、条件の異なる多数の調査データ群を比較するための統計的検定手法などが開発、利用されている。また、生物のDNA塩基配列など分子生物学的な情報を解析して、生物の系統分類に利用するための手法の開発も進められている。さらに、従来は専門家の視覚と判断に頼らなければならなかった生物の外形や表面形態の評価を画像処理や統計処理を用いて数値化し、客観的に判別するシステムの開発が行われている。
 
農業環境研究の対象には、気象現象や生態系のように多数の構成要素間に複雑な相互関係が存在するため、室内実験や野外での定点調査、比較調査などだけでは全体像の把握や予測が難しいものが多い。温度をはじめとする気候資源の空間的分布や時間的変動、病害や虫害の発生推移、作物の生育・成長などに関しては、モデル研究とそれによるシミュレーション実験が有効である。コンピュータの性能向上と新たな計算手法の開発とともに、これらの目的に応じたシミュレーションシステムが開発され、農業環境におけるさまざまな現象の把握、解析、予測に利用されている。
 
ある目的のために収集されたデータや情報を他の目的や研究分野にも利用できるように保存、加工するための汎用データ管理システム、あるいは行政機関が調査した大規模データをさらに加工することにより研究に有効に利用するためのシステムが開発、利用されている。環境研究においては、利用されるデータのタイプが多様で、またデータ取得時の状況などさまざまな付加属性が必要であるため、一般的なデータベースとは異なる機能を持つシステムが必要とされる。
 
これまで、農業環境問題にかかわる研究成果を他の分野の専門家や一般市民に利用しやすい形で提供するシステムの開発が行われてきた。しかし、コンピュータや情報通信ネットワークにおける技術革新とともに、提供の形態は大きく変わっている。
 
以下の節では、統計解析と情報システムにかかわる農業環境研究の成果のうち、他の章で扱われていないものを中心に紹介したい。
 
2 農業環境資源の解析手法
(1) 環境解析のための統計手法の開発と利用
農業環境の測定、調査によって得られた数値データは、そのままでは単なる数字の列に過ぎず、そのデータの性質や研究の目的にあった適切な解析を行うことによってはじめて有用な情報となる。そのための統計手法の開発と利用の研究が行われた。
 
1) ノンパラメトリックな統計解析手法
気象をはじめとする環境要因の多くには時間的な変動がある。たとえば気温は、1年周期の季節変動と1日周期の日変動に加え、さまざまな要因によって、さまざまな時間スケールの変動が生じている。環境中の生物は、変化する環境条件の影響を常に受けている。生物の生長や発育と変動する気象条件との関係を解析し、将来を予測するためには、大量の時系列データを要約して生物への累積的な影響を推測するための特別な統計手法が必要である。ノンパラメトリック回帰がそのような統計手法の一つとして注目され、植物の生長や発育の具体的な予測への適用が行われた。
 
ノンパラメトリック回帰は、目的とする変数の動向を説明に用いる変数の単純な関数式で説明しようとする伝統的な回帰分析法とは違って、特定の関数式は仮定せずに目的変数を推測しようする統計手法であり、理論性よりも実用性を重視する。
 
このノンパラメトリック回帰を用いて、気象情報から作物の成育の推移を予測する対話型プログラムが開発され、コムギの成熟期、トウモロコシの開花時期、イネの収量予測に有効であることが示された(竹澤・田村、1990)。また、ファジー推論を取り入れた新たなアルゴリズム(計算手順)が開発され、これを利用することによって、データの平滑化、補間、予測などを行うプログラムが作成された(竹澤、1992)。ノンパラメトリック回帰手法の開発と植物生長の解析への応用に関する一連の研究は研究所報告としてまとめられている(竹澤、1996)。
 
2) 環境データの統計的検定法の研究
農業環境研究においては、測定地点や時期の異なる調査データを総合したり、異なる条件における実験データなどを統合しなければならないことが多い。このようなデータを、より客観的に解釈し、研究推進や技術開発のために有効な情報を生み出すためには、条件の異なるデータの間に差があったといえるかどうか、あるいは条件とデータ間に関連がないかなどを統計学的に確認する手順(統計学的検定と呼ばれる)が必要である。環境研究の各分野で使用される検定の手法は、調査や実験の手法、目的、データ特性などによって大きく異なるため、従来の手法の中から適切な検定手法を選び出したり、改良したりする研究が行われている。
 
地点または時期、あるいは処理の異なる3グループ以上のデータの間に違いがあるかどうかを検定する際には、全体として違いがあるかどうかの検定(分散分析法)とは別に、どのグループの間に差があったかの検定が必要な場合がある。これは多重比較と呼ばれ、比較を繰り返すことに対応して判定の規準を調整しなければならない。Ryan法は、優れた多重比較法の一つであるが、判定に必要な統計数値の計算が非常に面倒であるため、特定の汎用統計計算パッケージを使う以外には一般研究者は利用できなかった。Ryan法による検定に必要となる数値をあらかじめ計算した数表が作成され、インターネットを通じて公表された(三輪、1989)。この数表は、現在、WWWページ(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/miwa/probcalc/ryan/index.html)で利用できる。
 
3) 生命表の統計学的な解析手法
農業環境中の生物個体数の変動要因を解析するために、生命表の手法がしばしば使われる。解析の対象とする複数の個体群を追跡調査し、発育ステージ別の死亡率と全ステージを通じた死亡率とを比較して、もっとも寄与の大きいステージをkey-factor(主要な要因)とするのが、これまで一般的な方法であった。死亡率の解析に統計手法(分散分析)を導入することによって、全ステージの死亡率の分散を各ステージと各環境要因に配分し、key-stageとkey-factorとを同時に推定する方法が開発された(山村ら、2000)。この新たな手法は、生命表解析だけでなく、生物の個体数への薬剤の影響の解析や植物の成育への環境要因の解析にも適用できるものである。
 
(2) 環境生物の分類のための数理科学的手法の開発
分子生物学の発展により、環境中に生息する生物のDNA塩基配列データを取得し、利用することが可能になった。この塩基配列データを活用して、効率的に遺伝子の同定や遺伝子変異の解析を行うシステムの開発、あるいは生物群の系統推定を行う手法の研究が進められた。
 
制限酵素によって切断されたDNA断片の情報(制限断片長多型、RFLP)から遺伝子地図(RFLP連鎖地図)を作成する手順が検討され、必要な統計遺伝学的解析を実行するコンピュータプログラムMAPLが開発された(鵜飼、1990)。このプログラムはイネゲノム解析プロジェクトの中でイネ連鎖地図の作成に使われ、イネ染色体の基本的特性を明かにすることに貢献した。
 
生態系を扱う研究においては、対象とする生物群の系統関係を把握し、客観的に分類・同定することが重要である。新たな系統分類モデルの研究、ならびに生物のDNA塩基配列情報によって生物群の系統関係を推定するための統計学的手法の開発が進められている。分子生物学的な系統関係の推定の多くは、統計学的手法を用いて、形質変化の回数(DNA塩基置換回数など)が最小となる系統樹(最節約系統樹)を作成することによって行われている。
 
形質情報をもとに作成された系統樹について、その信頼性を評価する新たな統計学的手法が開発された(三中、1994)。これは、可能なすべての系統樹についての形質変化の総数の分布(無制約樹長分布)と、ある分類群(系統樹の枝)が存在する系統樹の樹長分布(制約樹長分布)とを比較してその分類群の信頼性の指標を得る手法であり、形質間の独立性を前提としないため、形質の無作為抽出による従来の評価法よりも適用できる範囲が広い。また、系統樹で想定される仮想的共通祖先の形質を復元する汎用的な数学的アルゴリズムが開発された(三中、1995)。共通祖先形質の復元は、ある生物の現在の形質が過去に変化してきた過程と速度、およびその生態学的な意義を推測するために重要である。
 
DNA塩基配列データから系統樹を作成する従来の手法は、塩基の置換確率が一定であることを前提としていた。しかし、分子レベルのデータの蓄積とともに塩基配列内の位置によって置換確率が異なることが明らかになった。そこで塩基置換の頻度を推定し、形質置換コストの最小化を規準とする一般化最節約法が開発された(三中、1998、2000)。最節約法による系統樹の推定と分岐の信頼性評価により、海洋に広く分布し、一次生産者として重要な単細胞円石藻類の系統解析が、海洋生物学の研究者との協力によって実施された(三中、1995)。従来の系統樹理論では生物群間の交雑や再合一は考慮されていなかったが、このような現象によって生じるはずの非階層的な関係や系統樹の網状化を適切に反映し、より広く適用可能な分類・同定理論の基礎となる新たな分類体系モデルが考案された(三中、1991)。
 
(3) 専門家の視覚と判断を代替する画像データ解析技術
栽培作物をはじめとする農業環境中の生物について、その外形や表面形状による判別や評価は、従来は熟練した専門家の視覚と経験的判断に頼る場合が多かった。画像センサやコンピュータの性能が向上したことにより、画像情報の特性を新たな画像処理技術や統計理論を用いて抽出、数値化し、専門家にかわって自動的な形状判別や特性評価をするための手法の開発が行われた。
 
植物体表面のしわや模様、あるいは植物群落の外見など、反復のある不定形な画像の特徴を定量化するため、テクスチャー解析を適用する手法が試みられた。画像中の階調変化パターンの面的な頻度分布(テクスチャー)を同時生起行列によって解析するソフトウェアを開発し、同時生起行列から抽出した12種の統計量によって、植物種子表面のしわの程度を従来の目視による評価と同等の精度で判別することができた(二宮、1993、1994)。また、水田を真上から撮影した赤外線画像を用い、同時生起行列から得たテクスチャーの特徴を使って重回帰法による水稲の倒伏係数の推定を行い、専門家の目視判定との高い相関を得た(二宮、1994)。
 
生物の外部形態を画像として入力・加工し、特徴点の座標計測と統計処理とを行う画像解析システムが構築された。入力された多数の画像を2値化し、形状座標を用いて注目する形状特性値を抽出し、多変量分散分析によって、作物種子の形状から品種間差異を検出することができた(三中、1993)。
 
画像情報から生物の輪郭形状を定量的に評価するため、輪郭を抽出するプログラムと、輪郭データから標準化楕円フーリエ係数を求めるプログラムが作成された。このプログラムで得られた係数をもとに主成分分析によって特徴成分を抽出し、形状に対する遺伝変異と環境変異の評価、品種・系統の判別、QTLマッピング(遺伝子座位の同定)などに適用した(二宮ら、1995)。また、コンピュータ内に構成したニューラルネットワークにダイズの草姿あるいは個葉の画像を直接入力し、さらに専門家の視覚による判断を学習させることによって、専門家に近い精度で草姿の良否や品種の判別を行うシステムを開発した(生出ら、1996、1997)。
 
3 農業環境資源評価のためのシミュレーションモデル
(1) 局地気象および微気象を推定・予測するためのモデル
気温や日照は農業を営む上で重要な環境資源の一つであるが、自然現象であるから時間的・空間的な変動を伴う。たとえば、日照の不足や低温の持続は、農作物の生育遅延や生理障害などによる「冷害」をもたらすことがある。そのため、農業管理を順応的に変更することによって農業生産への悪影響を軽減する努力が行われてきた。そのような管理方法を適切に選択し適時に実施するため、気象資源の空間的分布を的確に把握し、また局所的な気象変動を予測する技術が開発された。
 
「やませ」は初夏にオホーツク海から北海道・東北地域に流れ込む湿った冷たい気流であり、異常低温や日照不足によって水稲をはじめとする農作物に大きな被害をもたらす。地形や土地利用とやませの内陸部への侵入程度との関係を調べるため、被害発生地域の地形模型を作成し、風洞実験を実施した。その結果、やませは谷沿いなどの低地にとくに侵入しやすく、林地と耕地が混在する場所においては乱流混合によって流速の低下が見られるなど、現地での調査とよく対応する結果が得られた。また、林地を適切に配置することが被害の軽減に有効であることが示された(吉本ら、1992)。
 
ウェーブレット(wavelet)は、空間的あるいは時間的に変動するデータを扱う数学的なデータ解析理論の一つである。データの一連の変動を周期の異なる多数の変動成分の重ね合わせとみなして解析するもので、おもに工学の分野で信号処理や画像処理に使われている。気温や日射量など農業上重要な気象要素は、空間的に不均一に分布し、しかも時間的に不規則に変動する。その変動の特性を解析し、地球規模の気候変化や異常気象など大規模な気象現象が農業生態系に与える影響を予測するため、ウェーブレット理論の適用が試みられた。その結果、日本周辺で優勢な気圧配置タイプが日平均気温の特定の変動成分(周期性)に大きく影響し、猛暑や冷害などの異常気象につながっていることが示された(横沢、1996)。
 
水田における微気象を予測するため、水田の土層内温度、水層内温度、群落内気象、群落上気象に関する各サブモデルを結合したシミュレーションモデルが構築された。このシミュレーションモデルは、アメダスなどからの気象観測値と、水稲の草丈、葉面積指数を入力することによって、水田の地温と水温の日変化、水稲群落内の微気象変動、水稲の蒸散量や光合成量の鉛直分布と日変化を予測することができる。このモデルによって水稲不稔粒の発生には日射量が大きく影響すること、また深水処理により稲体が保温されることが説明された(井上、1985)。さらに、局地気象モデルと微気象モデルとを結合した大気−植生結合モデルが開発された。シミュレーションによって、植生や地表の状態による局地気象の違いや、気候変動による農業生態系への影響が推定できる(井上、1997)。
 
(2) 農作物生育の推定・予測モデル
低温や日照不足などによる農作物の生育遅延や生理障害の発生を早期に把握するため、あるいは農作物の生育特性の情報を品種育成や栽培管理に役立てるため、気象データを用いて農作物の生育を推定・予測するモデルが開発された。
 
毎日の平均気温から水稲の生育の進行を予測する水稲発育モデルと、気温と生育ステージごとの低温感受性から障害型不稔(異常低温による生理的障害)を予測する不稔発生モデルとを結合することによって、冷夏による水稲被害の発生を予測するシステムが開発された。広域的な気温データから推定された不稔歩合推定メッシュ図は、実際の不稔発生の分布や程度をよく反映しており、低温時の不稔被害の発生のモニタリングに利用できることが示された(矢島ら、1989)。
 
アメダスによる気象観測データ、気象衛星による雲の画像、国土数値情報による周辺地形データから局所的な気温と日射量を算出し、これを水稲生育モデルに入力して、水稲の生育状況、生育障害、収量の面的な分布を推定するシステムが開発された。このモデルを冷害年である1993年の東北地域の気象に適用した結果、メッシュに対応する区域の水稲収量を寄与率0.86の高い精度で推定することができた(川島ら、1998; 川島、1999)。
 
水稲の品種の多くは短日植物の特性を持ち、自然日長がある程度まで短くなると幼穂の分化が始まり、やがて出穂する。品種による出穂時期の違い(日長反応)を解析するため、一定の温度と自然のままの日長による人工環境において多数の水稲品種が栽培され、それぞれの出穂日と日長との関係が調べられた。ノンパラメトリックな統計手法を用いて、(1)日長が発育に影響しはじめる時期を表すパラメータと、(2)日長による発育の遅れの程度を表す関数を得て、汎用的な日長反応モデル式が作成された。日長反応の異なる6品種について、出穂日をこのモデルを用いて予測し、実際の栽培結果とよく一致する結果を得た(川方ら、1992)。日本において開発・検証された水稲発育モデルが、熱帯地方(フィリピン)において適用され、気温と日長の大きく異なる環境において、このモデルは有効であることが確認された。また日本における水稲品種の出穂特性と地域性は、各品種の感温性、感光性と基本発育速度によって、定量的に説明できることが示された(矢島ら、1996)。
 
さまざまな温度、日照条件におけるダイズの生育・発育を予測するシミュレーションモデルが作成された。ダイズの生育は、気象反応性の異なる複数の過程から構成されているため、温度と日射量に対する各過程の生育反応がモデル化され、最終的に一つのモデルに統合された。品種ごとの初期パラメータと毎日の平均気温、日射量を入力することで、は種から収穫までの発育、葉面積、乾物重の推移を高い精度で予測できた(鮫島、1992)。このほか、気温と日射量からトウモロコシの各部位の乾物重の推移を予測するモデル(高橋、1994)、ロジスティック生長モデルと生長係数表とを用いて永年牧草地の草量を予測するモデル(塩見ら、1990)が開発された。
 
アメダス気象情報、植生分布情報、植物生態情報などを結合し、さまざまな植物の花粉の広域的な分布を推定するシミュレーションモデルが開発された。このモデルを用いて、春先の花粉症の原因として社会問題化したスギ花粉の飛散状況を推定し、1シーズン中の花粉飛散量の変動をシミュレートすることができた(川島、1992)。
 
(3) 農作物病害の発生モデル
イネ縞葉枯病は、ヒメトビウンカによって運ばれるイネのウイルス病である。1970年代後半から1980年代前半に全国的に大発生し、生産に大きな影響をもたらしたが、その後は大きな発生は見られていない。この病害の大発生と終息に関わる要因を解明するため、病原ウイルス−媒介昆虫−作物の相互作用を疫学的に解析する数値シミュレーションモデルが開発された。水田に侵入するヒメトビウンカ成虫の個体数を扱うモデル、水田でのヒメトビウンカの増殖を扱うモデル、ウンカの保毒虫率とイネの発病株率を扱うモデルを結合し、さまざまな初期パラメータを選択することによって病害発生率の変動が解析された(宮井ら、1988)。また、作物病害の発生機構を解明するため、媒介虫の個体数や分布集中性を組み込んだ数理モデルが開発された。シミュレーションによって、媒介虫であるヒメトビウンカの分布集中度が一定値以下であれば、保毒虫率は上昇せず、イネ縞葉枯病は大発生に至らないことが示された(山村、1999)。
 
イネいもち病は、日本の稲作においてもっとも重要な病害である。イネ葉いもちの感染拡大には、温度、日照、雨量、結露などの気象条件が大きく関与するため、アメダス気象データを用いたシミュレーションによる予察が検討された。電話回線ネットワークを通じて配信される日別アメダスデータを発生モデルへの入力データに自動的に変換するプログラムが開発された(根本ら、1998)。しかしアメダスは観測項目と観測地点が限られ、そのうえデータの迅速な利用も困難であった。そこで、シミュレーションの実行に必要な気象データを任意の場所で一括して測定・伝送して、シミュレーションを自動的に実行するシステムが開発された(中島ら、1999)。
 
(4) 土地利用変化の予測モデル
適切な農業環境を将来にわたって維持していく計画を立案するためには、都市周辺の農耕地の宅地化を考慮する必要がある。そのために、約200m四方の予測単位(メッシュ)ごとに、自然条件と社会条件から見た「住みやすさ」の指標を算出するモデルが作成され、その指標をもとに新たな宅地化地域の予測が試みられた(加藤、1986)。
 
4 情報システムの構築
この章の冒頭にも述べたように、農業環境の研究においては、さまざまなデータや情報が収集、解析されている。特定の研究目的で調査・収集されたデータや情報は、その本来の目的に利用するだけでなく、他の研究目的に利用したり、あるいは、後日、新たな視点や手法による解析に用いたりできるよう、適切に整理し、保存することが必要である。このため、さまざまな調査データや情報を効率よく整理し、利用するための汎用データ管理システムが作成された。また、行政機関等が調査した基礎データを加工し、研究に活用するための、データ処理システムが開発された。
 
(1) 研究用データベースシステム
環境研究のために利用されるデータには、調査の時期、地点、環境条件、あるいは測定手法、精度など各データについての付加的情報が必須であり、また、利用する研究分野や目的によって必要なデータ項目が大きく異なる。そのため、環境研究においては一般のデータベースとは違った特別な機能を持つシステムが必要になる場合が多い。
 
土壌は農業生産のための大切な環境資源であり、また環境保全にかかわる重要な要因でもある。地形と侵食程度の関係を、現地で採取された土壌断面標本などの情報をもとに、視覚的に捉えることのできる3次元画像として表示する手法が開発された(谷山ら、1989)。この手法を用いることにより、進行が遅いために把握しにくい土壌侵食を、地形連鎖の中で把握し、予測することができる。土壌情報に関する総合データベースとして、調査事業によって作成された土壌図、土壌断面データ、土壌理化学的分析データなど日本の全農耕地の土壌資源情報を数値化し、作物生育適地図、要土壌改良地域分布図など実用的な応用図を作成するシステムが開発された(加藤、1987、1988)。また、土壌調査データを既存の土壌図、国土数値情報、メッシュ気候図と組み合せ、さまざまな応用土壌図の作成や調査データの統計的解析に利用するためのシステムが開発された(神山、1988)。
 
農業現場における合理的な耕地管理を目的として、地籍図と航空写真を組み合わせることにより、各圃場の境界線情報を入力して、圃場単位の特性データを作成、表示するシステムが開発された(加藤ら、1990)。このデータベースシステムは、各農家への普及が進みはじめたパーソナルコンピュータ(PC)上で利用できる。また、耕地の集約的な利用や粗放的な利用、あるいは休耕によって各圃場の土壌の性質が大きく異なっていることが多い状況に対応して、圃場ごとの肥培管理や土壌改の参考にしたり、地域の作付状況や土地利用分布などを把握することができる。
 
国土数値情報は、地形、土地利用、道路など、日本全国の地理情報を数値データベース化したもので、国土庁を中心に作成されてきたが、環境研究にとっての基礎データとしてもきわめて重要である。国土数値情報のメッシュ(長方形に区分された単位領域)に対応する研究データを統一的に管理するシステム(GEM)が開発された(織田・三輪、1987)。このシステムは、各段階のメッシュに対応するデータの入力、解析ができるほか、メッシュデータの統合やデータ間の関連の解析、指標値の算出などが可能である。
 
土壌図、土地利用図、植生図、行政図などの画像データから、環境要素、環境要因などの分布領域や行政区域などを区分する境界線をポリゴンデータ(領域データ)として数値化する手法を開発し、パーソナルコンピュータで表示、印刷するシステム(KMPLOT)が開発された(松森ら、1989)。
 
また、研究者がパーソナルコンピュータ上で利用できる汎用データ解析システムとして、試験研究データ解析システム(ADAMS)が作成された(鈴木ら、1989)。
 
(2) データ交換・提供システム
研究用のデータ処理システムを構築する基盤が、従来の大型計算機やワークステーションから、パーソナルコンピュータ(PC)に移行したのと並行して、研究の成果を提供したり、研究用データを共有したりするためのネットワークも、データ専用回線や電話回線などから構内ネットワーク(LAN)やインターネットへと移行した。
 
農業環境技術研究所は、1988年からイーサネットケーブルとTCP/IP系ソフトウェアによる実験的なLANを導入し、PCを用いたリモートセンシングデータの解析・転送や、研究者間のデータ共有など、新たな計算機利用技術の活用を試みていた。翌年以降、農林水産省のおもな研究機関にLANが敷設され、インターネットに接続された。この時期は、一般的には、デジタル信号を音声信号に変換して電話回線を介して送受信する、いわゆる「パソコン通信」によるネットワークが利用されていた。
 
PCが普及しはじめた時期には、農業環境研究の成果情報をデータベース化し、検索するPC用のシステムが開発された(鈴木ら、1986)。このシステムは、それまでの大型計算機による文献情報検索システムと同様なデータとシステムが、PC用のフロッピーディスクで配布できるという、当時としては画期的な試みであった。
 
「パソコン通信」では、一定時間内に通信可能なデータ量はかなり限られており、文字のみによる情報伝達が普通であったが、画像を高速に転送、表示する手法を取り入れたシステムが開発された(遠藤、1992)。また、センサ、データ取得装置、小型コンピュータと無線通信機を組合せて、無人観測地点でのデータを自動的に収集、伝送、記録するシステムが試作され、作物の生育状況把握などへの実用性が確認された(芝山ら、1991)。
 
LANを研究に活用する試みとして、当時、ネットワーク利用ソフトウェアとしてもっとも信頼性が高かったNetWareを使って、農業環境技術研究所内にパソコンLANシステムが構築された(齋藤、1994)。このシステムはサーバに置いた共有ファイルを利用して、各研究者がパソコンで検索や解析を行う分散形データベースとして利用された。
 
一方では、パソコン上のデータベースシステムと急速に普及しはじめたマルチメディアシステムとを結合し、研究所への訪問者が画面指示に従ってマウスを操作することによって研究所の研究内容や主要な成果を選択・閲覧できる、「情報提供システム」が作成された(齋籐、1995)。
 
やがて、インターネットにおける情報伝達手段の一つとして、WWW(World Wide Web)が急速に普及し、画像を含むさまざまな情報が提供され、閲覧できるようになった。農業環境技術研究所では、1994年から2つの画像データベース(「所蔵衛星画像カタログ」と「日本の蓮」)をWWWを用いて公開し、画面への利用者入力をWWWサーバが処理するためのフォーム機能とCGIとを用いた画像検索など、当時の最先端の技術の実証実験が行われた(二宮・遠藤、1995)。また、利用者がネットワークを通じて遠隔地に置かれたカメラを操作したり、自動的に画像を取得、蓄積、提供したりできる「WWW用リアルタイム静止画像システム:FieldEye」が開発された(二宮、1997)。このシステムも前記の画像データベースとともにネットワークを通じて公開され、農業利用や環境監視への大きな利用可能性を示すものとして高い評価を受けた。
 
調査研究で得られたさまざまなデータを、インターネットを通じて一般に提供するためのシステムが構築された。草地の持続的な利用のための研究プロジェクトにおいて、長期間にわたって全国各地の草地で調査されたデータがデータベース化され、インターネットで公開されている(山本ら、1996)(現在のWWWアドレスは、http://nilgs.naro.affrc.go.jp/db/vegetation/grassl.html (最新のURLに修正しました。2010年6月)) 。
 
また、地球環境変動の研究のため、地表における温室効果ガスの収支が世界中で長期観測されているが、そのデータをWWWを通じて他の研究者などに提供する「研究用エコシステムデータベース(Eco-DB)」が構築された(原薗ら、1999)。農業環境技術研究所に置かれているシステムは、WWWアドレス:http://ecomdb.niaes.affrc.go.jp/ で公開されており、中国、米国(アラスカ、西海岸)、日本、イタリアの35サイトにおける30分ごとの観測データが登録、提供されている。
 
「日本野生植物寄生・共生菌類目録」(月星ら、2003)は、日本の野生の草本植物に寄生あるいは共生する糸状菌と細菌(約1300種)について、学名、異名、発表文献と発生の状況をデータベース化し、菌名、植物名やキーワードで検索可能にしたものである。現在、糸状菌66種の画像と標本情報などを記載した「日本産糸状菌類図鑑」などとともにWeb上で公開されている(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/inventory/microorg/index.html)。また、全国の農林水産研究機関で飼育されている昆虫・ダニ類195系統の情報を収集し、分類名、餌、飼育規模、保有機関、分譲の可否等の情報を提供するシステム「飼育昆虫・ダニ類データベース」を開発した(望月ら、2003)。このシステムも現在、Webで公開されている(http://www.niaes-nris.agropedia.affrc.go.jp/search/insect/mainBrd.php (このサイトのサービスは終了しました。2013年12月))。
 
 
 
農業環境技術研究所報告 第23号が刊行された
目次
水稲収穫期における有機リン系およびカーバメート系殺虫剤の残留特性
石井康雄
田面水および土壌中における水田除草剤の経時的濃度変化に基づく止水期間の検討
石井康雄・稲生圭哉・小原裕三
水田環境における農薬の挙動予測モデルの開発と有効性の検証
稲生圭哉
バンレイシ(Annona squamosa L.)種子に含まれるバンレイシ科テトラヒドロフランアセトゲニン類の構造決定、生理活性(英文)
荒谷 博
 
水稲収穫期における有機リン系およびカーバメート系殺虫剤の残留特性
石井康雄
物理化学性の異なる4種類の農薬(fenitrothion、 pyridaphenthion、 fenobucarb、 carbaryl)の水稲各部位への残留性を調査するために圃場試験を行った。これらの農薬の混合散布液を出穂期前後から約10日間の間隔で1回ずつ散布し、収穫期の玄米、もみ殻および稲わら中の残留農薬をガスクロマトグラフで測定した。玄米中の残留農薬濃度はcarbaryl > fenobucarb = pyridaphenthion > fenitrothionの順に高く、特にcarbarylは出穂から10日前後の時期の散布により玄米およびもみ殻中の濃度が急速に高くなり、逆に稲わらでは低い濃度であった。このことは、carbarylが茎葉部から稲体内に浸透・移行して代謝分解されるためである。また、玄米中の残留農薬濃度は、もみ殻中の残留農薬濃度との間に一次回帰で表される高い正の相関がみられた。
 
田面水および土壌中における水田除草剤の経時的濃度変化に基づく止水期間の検討
石井康雄・稲生圭哉・小原裕三
除草剤散布後の水田の止水期間を検討するためにアクト粒剤®(ピラゾスルフロンエチル・メフェナセット粒剤)およびザークD粒剤®(ダイムロン・ベンスルフロンメチル・メフェナセット粒剤)の散布後の田面水と土壌中の除草剤成分の濃度分布の変化を継続調査した。測定は、HPLCおよびGCを用いた。田面水中の有効成分濃度は、粒剤散布1-3日後に最高に達した。最高濃度は、ダイムロン360 ng/ml、メフェナセット950 ng/ml(アクト粒剤の場合)、ベンスルフロンメチル74 ng/mlおよびピラゾスルフロンエチル25 ng/mlであった。表層土壌中の最大濃度は、それぞれ、1440 ng/g、2480 ng/g、136 ng/gおよび28 ng/gであった。田面水中および土壌表層のDT90は、ダイムロン:7日および99日、ベンスルフロンメチル:9.4日および15日、ピラゾスルフロンエチル:6.3日および38日、メフェナセット: 9.7日および41日(アクト剤)、6日および69日(ザーク剤)であった。除草剤散布後の止水期間を従来の3-4日から7日にすることにより、流出する田面水中の除草剤濃度を減少させることが可能であると判断した。
 
水田環境における農薬の挙動予測モデルの開発と有効性の検証
稲生圭哉
水田における農薬の主要な挙動要因を考慮した農薬挙動予測モデル(PADDY)を開発した。本モデルの有効性を水田圃場における実測データと比較することにより検証したところ、田面水および土壌中ともに農薬濃度の予測値と実測値はよく一致した。その後、気象条件や水管理方法の違いによる水収支を要因として組み込み、水田中の農薬濃度を予測できるようにPADDYモデルを改良(PADDY-2)した結果、より精度の高い予測が可能となった。さらに、これらのモデルをベースにし、水田から流出した幹線排水路や河川における農薬の濃度予測モデル(PADDY-Large)を開発し、水稲栽培地域での農薬モニタリング調査結果を基にモデルの検証を行った結果、農薬濃度レベルおよび検出期間の予測値は、実測値とよく一致した。また、PADDYモデルを生態リスク評価に適用したところ、農薬の水生生物に対する潜在的なリスク評価も可能であることが示唆された。
 
バンレイシ(Annona squamosa L.)種子に含まれるバンレイシ科テトラヒドロフランアセトゲニン類の構造決定、生理活性(英文)
荒谷 博
The method for structure elucidation of annonaceous tetrahydrofuranic acetogenins, which have attracted much interest in these years because of potent various biological activities, were studied. In the course of the investigation, seven new acetogenins and seventeen known acetogenins were isolated from seeds of Annona squamosa L. (Annonaceae) collected in India. All of their structures were determined by spectroscopic methods. The planar structures of some acetogenins have been elucidated by newly developed method (amine method), namely, the application of precursor ion scanning in mass spectrometry. Thus, these compounds were converted into lactam derivatives on treatment with amines such as N,N-dimethylethylnediamine. Precursor ion scan spectra of the derivatives from a specific fragment ion due to C-N bond cleavage were measured. By use of this method, planar structure of tetrahydrofuranic acetogenins could be determined unambiguously. Absolute configuration of all carbinol centers of the isolated acetogenins were determined by advanced Mosher method and CD spectra. The concern about the amine method, feature of isolated compounds, biosynthesis, biological activity and other remaining problems were also discussed.
 
 
参考までに,これまでの報告(第1〜23号)の目次を以下に紹介する。
 
第1号(1986年3月)
関東・東海地方における光合成有効放射の評価
岩崎  尚ほか
Diurnal and Seasonal Changes in Solar Spectral Radiation at Kannondai, Tsukuba
Tetsuo SAKURATANI
土壌生物活性への温度影響の指標化と土壌有機物分解への応用
金野 隆光ほか
植物由来の揮発性微量物質 −その検出法と種間特性−
藤井 義晴ほか
ダイズ細菌病の種類と病原細菌の同定
西山 幸司ほか
Taxonomic Studies of Criconematidae (Nematoda:Tylenchida) of Japan
 I. Genera Neolobocriconema,Paralobocriconema N. Gen. and Macrocriconema N. Gen.
Nozomu MINAGAWA
土壌中における有機態窒素無機化の反応速度論的解析法
杉原  進ほか
第2号(1986年7月)
各地の花こう岩に由来する未耕地土壌の水銀の分布
岩佐  安ほか
コンピュータ利用による植物病原細菌の細菌学的性質のデータ集積と検索法
畔上 耕児ほか
Physiological Races of Pseudoperonospora cubenisis Isolated from Cucumber and Muskmelon in Japan
Tadaoki INABAほか
ジャガイモ亀の甲症の原因解明
鬼木 正臣ほか
土壌・水面に施用された農薬の動態
升田 武夫
第3号(1986年10月)
含臭素農薬と肥料由来臭素の作物と土壌への残留及び地下水への影響
結田 康一ほか
本邦黒ボク土腐植の14C法による年代測定と集積における特徴
山田  裕
第4号(1988年1月)
日本における農耕地土壌情報のシステム化に関する研究
加藤 好武
Probable Effects of CO2-induced Climatic Change on Agroclimatic Resources and Net Primary Productivity in Japan
Zenbei UCHIJIMAほか
市街地道路における街路樹の微気象緩和機能 −モデル街路実験−
井上 君夫ほか
Taxonomic Studies of Criconematidae (Nematoda:Tylenchida) of Japan II. Genus Lobocriconema
Nozomu MINAGAWA
Phosphoramidate 系殺虫剤の生理活性および代謝に関する研究
上路 雅子
アルミナ質ポーラスカップを用いた土壌水採取装置の適用性
渡辺 久男ほか
第5号(1988年3月)
光化学オキシダント(オゾンおよびパーオキシアセチルナイトレートによる植物葉被害および被害発現機構
野内 勇
Taxonomic Studies of Criconematidae(Nematoda:Tylenchida) of Japan III. Genera Ogma and Pseudocriconema
Nozomu MINAGAWA
Morphology of Hoplotylus femina and H.ilvaticus (Nematoda:Tylenchida) from Japan
Nozomu MINAGAWA
第6号(1989年3月)
水田除草剤の水系における動態
飯塚 宏栄
土壌リン酸イオンの化学反応に関する研究
南條 正巳
中国北部における砂漠化の現状とその衛生データによる解析
根本 正之ほか
第7号(1991年2月)
植物細胞培養系を用いたジベレリンの代謝研究
腰岡 政二
チャハマキとチャノコカクモンハマキの配偶行動および性フェロモンに関する比較生理学的研究
野口 浩
2種鱗翅目昆虫における複数成分系性フェロモンの作用
川崎 建次郎
第8号(1992年6月)
遺伝子組換えによってTMV抵抗性を付与したトマトの生態系に対する安全性評価
組換え植物第1号(組換えトマト)の野外栽培に向けて
塩見 正衛ほか
組換えトマトのTMV抵抗性の発現
本吉 總男ほか
組換えトマトの交配による着果・結実
鵜飼 保雄ほか
組換えトマトの遺伝子流動
鵜飼 保雄ほか
組換えトマトの成育および有毒物質の産生
浅川 征男
組換えトマトにおける Agrobacterium の残存
佐藤  守
組換えトマト栽培による土壌微生物相の変化
長谷部 亮ほか
組換えトマトへの訪花昆虫
松村  雄
組換え植物隔離圃場周辺の植生
野口 勝可
組換えトマトの越冬性
野口 勝可
組換えトマトの安全性評価実験・栽培を終って
岡田 斉夫ほか
第9号(1993年3月)
ヘリカメクロタマゴバチの寄生行動に関する生態学的研究
野田 隆志
Taxonomic Studies of Criconematidae(Nematoda:Tylenchida) of Japan IV. Genus Ogma:Part 2
Nozomu MINAGAWA
第10号(1994年3月)
大気汚染観測系設計方法に関する研究 −汚染質濃度の時間・空間変動特性とその経年変化に基づく考察−
新藤 純子
アレロパシー検定法の確立とムクナに含まれる作用物質L-DOPAの機能
藤井 義晴
第11号(1994年6月)
イネ苗立枯細菌病に関する研究
畔上 耕児
A Revision of the Genus Mythimna (Lepidoptera:Noctuidae) from Japan and Taiwan
Shin-ichi YOSHIMATSU
第12号(1995年12月)
ウンカ・ヨコバイ類の人工飼育法開発および栄養生理学的研究
小山 健二
タバコモザイクウイルスの土壌吸着におよぼす非晶質粘土鉱物(アロフェン)の影響
鳥山 重光ほか
Fauna of Exotic Insects in Japan
Nobuo MORIMOTOほか
第13号(1996年8月)
The Agathidinae (Hymenoptera:Braconidae) of Japan
Michael Joseph SHARKEY
ノンパラメトリック回帰と作物の生長解析への適用に関する研究
竹澤 邦夫
接地境界層における大気微量気体のフラックス測定法と評価法の基礎的研究
原薗 芳信ほか
第14号(1997年3月)
アピ20NEキットおよび追加した11項目の細菌学的性状に基づく植物病原細菌の鑑別表の作成
西山 幸司
鑑別表データを利用した植物病原細菌の簡易同定法
西山 幸司
裸地斜面におけるクラストの形成とその侵食への影響に関する研究
坂西 研二
Methane Emissions from Paddy Fields
Kazuyuki YAGI
第15号(1998年3月)
土壌中のガスの拡散測定法とその土壌診断やガス動態解析への応用
遅澤 省子
Curtobacterium flaccumfaciens pv. flaccumfaciens および Burkholderia gladioli の特異的検出法
水野 明文
不特定多数の細菌学的性質を比較して類似細菌を検索する方法
西山 幸司ほか
第16号(1998年3月)
Agromyzidae (Diptera) in Insect Museum, National Institute of Agro-Environmental Sciences, with the Description of Seven New Species
Mitsuhiro SASAKAWAほか
鉱さいケイ酸質肥料の水田土壌中での溶解過程の解明と可給態ケイ酸量の評価法に関する研究
加藤 直人
第17号(1999年3月)
リモート・センシング・データを用いた地球規模の穀物生産量推定
岡本 勝男
黒ボク土中のリン酸に対するキマメおよびラッカセイの特異的吸収・利用機構
大谷  卓ほか
第18号(2000年3月)
有機態窒素に対する陸稲の窒素吸収特性とその機構
               山縣 真人
水田におけるメタンフラックスと水稲体を通したメタン放出機構に関する研究
細野 達夫
地域における窒素フローの推定方法の確立とこれによる環境負荷の評価
松本 成夫
第19号(2001年3月)
昆虫の空間分布集中性と個体群動態の関係についての理論的研究
山村 光司
Observational Study on Methane Exchange between Wetland Ecosystems and the Atmosphere
Akira MIYATA
第20号(2001年8月)
里地におけるランドスケープ構造と植物相の変容に関する研究
山本 勝利
土壌中におけるマンガンの酸化還元機能と動態
牧野 知之
第21号(2002年3月)
わが国における白絹病菌の遺伝的変異
岡部 郁子
Bt遺伝子組換えトウモロコシの花粉飛散が鱗翅目昆虫に及ぼす影響評価
松尾 和人ほか
第22号(2003年3月)
細菌のクロロカテコール及び2,4-ジクロロフェノキシ酢酸分解遺伝子群の構造と転写調節(英文)
小川直人
第23号(2004年3月)
水稲収穫期における有機リン系およびカーバメート系殺虫剤の残留特性
石井康雄
田面水および土壌中における水田除草剤の経時的濃度変化に基づく止水期間の検討
石井康雄・稲生圭哉・小原裕三
水田環境における農薬の挙動予測モデルの開発と有効性の検証
稲生圭哉
バンレイシ(Annona squamosa L.)種子に含まれるバンレイシ科テトラヒドロフランアセトゲニン類の構造決定、生理活性(英文)
荒谷 博
 
 
論文の紹介:ハワイなどの太平洋の島々に侵略的な有害植物を導入しないためのリスク判定システム
A Risk-Assessment System for Screening Out Invasive Pest Plants from Hawaii and Other Pacific Islands
Curtis C. Daehler et al.
Conservation Biology 18: 360-368 (2004)
 
農業環境技術研究所は,農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに,侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって,生態系のかく乱防止,生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の一つとしている。このため,農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集している。
 
今回は、ハワイ諸島など海洋性島嶼(しょ)に導入される植物が生態系に有害かどうかを事前評価するシステムに関する論文を紹介する。わが国では2004年5月に外来種被害防止法が成立し、これにともなって環境に対する外来生物のリスク(危険度)を判断する必要が生じている。本論文は海外における事例として参考となる。
 
要約
ハワイと他の太平洋の島々の生態系は、侵略的な有害植物の影響を大きく受けてきた。これは現在も進行中であり、植物の意図的な導入によって、今後もさらに有害植物が定着するだろう。著者らは、オーストラリアとニュージーランドで使われている雑草リスク評価システム(WRAシステム)に変更を加えて、ハワイと他の太平洋の島々のための雑草リスク評価システム(H−WRAシステム)を作成し、有害植物と無害植物を正しく判定する能力を調べた。
 
WRAシステムには、他の導入地域での侵略性の記録、生活史の特徴、原産地の地理区分と気候区分などについて49の質問事項があり、それらへの回答を総合して種ごとの評価点を算出する。6点をこえると有害植物、1点未満は無害植物、1点から6点の範囲のものはさらに検討を要すると判定される。H−WRAシステムでは、WRAシステムの質問のうち4つを、ハワイや他の太平洋の島の条件に合わせて修正し、評価点が0以下のものを無害植物とした。
 
ハワイと他の太平洋の島嶼に導入された172種の植物を対象として、ハワイと他の太平洋島嶼以外での情報を用いて、H−WRAシステムによる評価を行った。H−WRAシステムでは24%の植物種の評価点が1から6の間にあり、有害か無害かを明確に判別できなかった。
 
そのため、2組の判定基準の組み合わせをH−WRAシステムに追加して二次判別を行った。丈の高い樹木を対象とする1つめの判定基準の組合わせ(決定木)では、耐陰性があるか、鳥や風によって種子が広がるか、4年未満で繁殖可能かによって、また、草本と低木を対象とする2つめの決定木では、農耕地で雑草化した例があるか、家畜が採食を嫌うか、密集した薮(やぶ)を形成するかによって、「導入許可」、「導入不許可」、「さらに検討する」を判別した。情報が不足していて判別できない場合は「さらに検討する」に分類した。これらの二次判別によって、判別できない植物種は8%に減った。
 
判別の正確さを確かめるため、ハワイや他の太平洋島嶼でかなりの野外調査の経験のある植物専門家と雑草学者25人に、それぞれの種が自然生態系または管理された生態系で「重要な有害植物」、「その他の有害植物」、「無害な植物」のどれにあたるかの意見を聞き、これを評価システムの判別結果と比較した。
 
判別システムは、重要有害植物の95%、無害な植物の85%を正しく判定していた。二次判定によって、重要有害植物が誤って無害植物に分類されることはなかった。また、専門家がその他の有害植物に区分した種の33%が、判別システムでは無害植物と分類された。ハワイでの使用を想定して、別の2つのシステムも試されたが、このシステム(H−WRA+二次判定システム)が、侵略的な導入種の判別にはもっとも有効であった。
 
ハワイなどの太平洋島嶼への導入が計画されている植物を評価したり、園芸や林業で使われる高リスク種を判別したりするためにこのシステムを用いると、将来の有害植物問題の発生を抑えながら、無害な植物の多くについて導入を許可できるであろう。このシステムの手順は客観的であり、迅速かつ低コストである。また、小さな修正を加えるだけで、世界の多くの地域に適用可能であると思われる。
 
 
本の紹介 142:食料と環境、環境学入門7
大賀圭治著、岩波書店(2004) ISBN4-00-006807-5
学問を言葉として覚えるか。趣味として楽しむか。心の縁(よすが)として究めるか。経世済民のために志すか。実利のために求めるか。いずれにしても、かつての人びとの学問に対するあくなき追求は、好奇心と欲望と経世済民にあった。しかし、今や学問への動機には新たな概念が加わった。それは好奇心や欲望や経世済民のためではなく、危機の回避のためにある。危機の回避とは、地球の環境変動、資源の枯渇、資源の有限性からの回避などがその例であろう。
 
「環境問題の解決なくして人類の未来はない」とか、「経済の中に環境があるのではなく、環境の中に経済がある」などという共通認識が深まりつつある。環境問題は、国際・学際・地際の融合なくして解決はおぼつかない。それゆえに、環境を扱う学問の領域は多岐にわたる。そのため、環境を学ぼうとする学生への指針が必要である。「環境学入門」シリーズは、環境学を学ぼうとする学生のために刊行された。
 
このシリーズは、環境学序説・大気環境学・地球生態学・環境倫理学・環境と法/情報・環境と開発・食料と環境・環境と健康・環境社会学・都市環境論・エネルギー/経済/環境システム・環境ガバナンスの12編から成り立っている。危機の回避のために学問を志す学生にとっては、格好のシリーズであろう。
 
本書は、農業資源としての土地と水の現状を把握し、人口増加を眺めながら世界と日本の食料需給を解説する。さらに加えて、食料資源の劣化と環境の悪化に対し環境資源の持続的な利用の必要性を説く。さらに、化学物質に対する食の安全と安心を考える。このような観点から、アメリカやヨーロッパや日本の環境保全型農業や農業環境政策が解説される。さらに、農業の持つ多面的機能が解説され、最後に持続的食料生産の可能性について考察される。食料と環境に関する幅広い解説書である。目次は、以下の通りである。
 
「環境学入門」刊行の趣旨
はじめに
キーワード:「食料」と「食糧」
1 世界と日本の食料需給
1.1 食料需給の長期展望 --- 楽観論と悲観論
1.2 世界の食料需給
ロシア、旧ソ連邦諸国/中国、韓国、東南アジア/インド、イスラム諸国/ラテン・アメリカ諸国/サブサハラ・アフリカ/先進諸国
1.3 日本の食料需給
1.4 食料の安全保障
1.5 食料貿易の自由化と環境問題
2 農業資源としての土地
2.1 食料資源と環境
2.2 農耕の歴史
狩猟・採集から農耕へ/古代・中世の農業生産力/近代における農業生産力の発展/現代の農業生産力
2.3 人口と農地
2.4 世界の農地
世界にはどれだけ農地があるか/農地拡大の可能性/世界の人口を養うにはどれほどの農地が必要か/抑制すべき問題としての農地拡大=森林・湿地の破壊
2.5 日本の農地
キーワード:マルサスの人口論 中国の農地、灌漑および肥料
3 水資源と食料生産
3.1 世界の水資源の現状
3.2 農業における水利用
3.3 水利用、灌漑の地域性
3.4 水田農業の特性
3.5 水利用の管理
3.6 水利用量の将来
3.7 日本の水資源と農業用水
キーワード:干ばつ 中国の水資源 国境を越える水
4 食料資源の劣化と環境汚染
4.1 農業生産による環境の破壊
4.2 農業資源の劣化の要因
4.3 「緑の革命」の光と影――近代農法の環境への影響
4.4 世界的な森林の減少・劣化
4.5 農業環境資源の将来
キーワード:「沈黙の春」 共有地の悲劇
5 水産資源の持続的な利用と環境
5.1 世界の漁業と養殖
5.2 漁業資源の持続的利用のための資源管理
5.3 漁業生産の環境への影響
5.4 日本の漁業、養殖と水産資源
5.5 水産資源の管理と持続的利用
5.6 水産環境の保全
5.7 水産物の安全性の確保
6 食料の安全、安心
6.1 「食」の安全、安心問題
BSE問題/輸入野菜の残留農薬問題/無登録農薬の問題/食中毒/カドミウム/麦類のカビ問題
6.2 トレーサビリティ・システム
6.3 食品表示・規格制度
6.4 食品安全行政の改革とリスク分析
キーワード:鳥インフルエンザ 「食」と「農」の距離とスローフード運動 BSEと食料供給のあり方
7 環境保全型農業
7.1 環境保全型農業
7.2 アメリカの農業環境政策
7.3 ヨーロッパ諸国の農業環境政策
イギリスの農業環境プログラム/ドイツの農業環境政策/オランダの農業環境政策/フランスの農業環境政策
7.4 日本の環境保全型農業
7.5 環境保全型農業の選択肢
キーワード:バイオマス 環境主義 日本における有機農業 食文化とコメの役割 アグロフォレストリー
8 多面的機能と持続的食料生産
8.1 農林水産業の多面的機能
8.2 地球温暖化問題と食料生産
8.3 持続可能な食料生産と農村
キーワード:生物の多様性の保全と農業 持続可能性と多面的機能 農業における汚染者負担の原則
引用・参考文献/索引
 
 
本の紹介 143:身近な水の環境科学
安富六郎・土器屋由紀子・楊 宗興・三原真智人著
環境修復保全機構(2004) ISBN 4-916174-02-X
世界の水需要は、この50年で3倍に増加した。人口の増加に伴って、生活用水と工業用水と潅漑(かんがい)用水の需要が増大したからである。1トンの穀物を生産するのに1,000トンの水が必要である。1人の1日の平均摂取量は4リットルだが、食料生産には2,000から4,000リットルが必要であるといわれる。
 
世界に広がる水不足は止まることを知らない。中国では地下水が低下し、黄河が海まで届かない年が頻繁にある。インドでは、パンジャブ州をはじめ6州で地下水が枯渇しかけている。アメリカでは、テキサス、オクラホマ、カンザス州の一部で地下水位が30mも低下している。これらに類似した事例は、パキスタン、サウジアラビア、イエメン、メキシコなどにもみられる。
 
世界の大河川が干上がりつつある。アフガニスタン東部の山間から流れるヘルマンド川は、ダム建設で干上がった。アムダリア川の水が断たれシルダリア川だけとなり、過去数十年でアラル海の面積は58%減少した。そのほか、ナイル川、インダス川、メコン川、チグリス川、ユーフラテス川も似たような状況にある。
 
日本には「安全」と「水」があり、これらが只だと思っていると指摘したのは、「日本人とユダヤ人」の著者イザヤ・ペンダサン(山本七平)であるが、今やその「水」と「安全」も保証されなくなった。本書は、そのような日本の水を「身近な水の科学」と題してわかりやすく解説してくれる。雨水から渓流、水による土壌侵食、貯水池など生活に基づいた水の話が語られる。さらに、水質汚濁の話と河川環境の修復の話が続く。ここで、住民と科学者の新しい運動の事例が紹介され、環境教育の視点から川に親しむことの重要性が強調される。
 
はるかなる昔から、日本人が培ってきた「水の文化」を保全することの必要性をこの本は教えてくれる。目次は、以下の通りである。
 
はじめに
第1章 雨水の話
 1-1 雨とは  
 1-2 雨(降水)サンプルの採取法
 1-3 雨(降水)に含まれる化学成分−酸性雨の発生機構
第2章 渓流水の話
 2-1 水質の意味−“地球の溶解”
 2-2 水質に含まれる植物への栄養
 2-3 森の窒素循環
 2-4 森林に生じている「窒素飽和」という現象
 2-5 「窒素飽和」になるとどうなるのか
 2-6 おわりに
第3章 土壌侵食の話
 3-1 土壌侵食とは
 3-2 畑地から肥料も流れる
 3-3 水田では侵食はないか
 3-4 森林は緑の絨毯
 3-5 おわりに
第4章 貯水池の話
 4-1 貯水池
 4-2 貯水機能から見る森林と農地
 4-3 水の利用
 4-4 おわりに
第5章 水質汚濁の話
 5-1 土地利用と水質
 5-2 都市化と水質汚濁
 5-3 底泥
 5-4 おわりに
第6章 河川環境の修復
 6-1 河川水質の現状から
 6-2 住民と科学者の新しい運動の事例
 6-3 川に親しむ
あとがき/索引
 
 
本の紹介 144:地球白書2004−05
クリストファー・フレイヴィン 編著
エコ・フォーラム21世紀 日本語版編集監修
地球環境財団/環境文化創造研究所 日本語版編集協力
家の光協会(2004) ISBN4-259-54651-1
「光陰矢のごとし」という言葉は陳腐であるが、やはり歳月は激流のように早く経過する。レスター・ブラウンによって1974年に設立されたワールドウォッチ研究所は、所長の交代を含めて今年で30周年を迎えた。この研究所の年次刊行物として「地球白書」が創刊されたのが1984年であるから、今回の「地球白書」の出版は20周年の記念出版になる。
 
この白書では、我々がどのように消費をしているのか、そしてそれはなぜなのか、また消費行動における選択が人間や地球にどのような影響を与えるのかが検証される。食料、水、エネルギー、ガヴァナンス、経済、購買力、豊かな暮らしの見直しに関する章を設け、消費を抑えた社会は可能かを問い、それが不可欠であることを主張する。
 
また、この白書は20周年の節目にふさわしい内容になっている。これまでの白書は、広い意味での地球環境の現状を分析し、問題を明らかにし、その解決へ向けての技術的対応や政策的対応を提言してきた。しかし、「環境と人間」を根源から追求してきた研究と思索の結果として、この記念となる白書がたどりついたのは、「ウェルビーイング」であった。
 
ここでは、「ウェルビーイングな環境」、「ウェルビーイングな社会」、「ウェルビーイングな経済」、「ウェルビーイングな個人」といった表現で「ウェルビーイング」がつかわれている。翻訳者は、この「ウェルビーイング」を、どのように訳すかについて慎重に検討している。本文中の「日本語版を読まれる方へ」の中で次のような文章がある。
 
『「安らぎ」、「安寧」、「健全」、「十分に機能する」、「充実した」などが考えられたが、いずれも的確ではない。読みずらいことは読者の皆さんには大変に申し訳ないが、敢えて訳出をしないことにした。それが原著者に対しても読者の皆さんに対しても誠実であるにちがいない。』と。第8章の「質の高い生活を実現するために:Rethinking the Good Life」を読めば、このことが分かるようになっている。
 
第1章の「富とウェルビーイング」から一部をそのまま引用する。今回の白書がこれまでのものと少し異なることが理解されよう。
 
[人や自然との、こまやかな交流を保証する社会]
この概念の定義はまちまちだが、一般的に以下のようないくつかの共通テーマをもつ。
・生存のための基本的条件 ---- 食料、住居、安定した生計手段などを含む。
・良好な健康 ---- 個人の健康と自然環境の健全性を含む。
・良好な社会関係 ---- 実感できる社会的結束と、実感できる助け合いの社会
的ネットワークとを含む。
・安全 ---- 身体的安全と個人的所有物の安全を含む。
・自由 ---- 潜在能力を実現する機会の保証を含む。
 
簡単に言うと、この概念は基本的に質の高い生活を意味し、そこでは日常の活動がゆったりと展開され、ストレスが少ない。ウェルビーイングに重点を置く社会は、家族、友人、隣人とのより親密な交流、より直接的な自然との「ふれあい」、そして財貨の蓄積よりも充足と創造的表現へのより強い関心に特徴づけられる。こうした社会は、自分自身の健康、他の人々の健康、自然界の健康を損なうような行動を避けるライフスタイルを重視する。そこでは、今日の人々が実感しているよりも、生活により深い満足感を見出すことができるであろう。
 
目次は以下の通りである。
 
 はじめに
 本書を読まれる方に
 環境界の一年間の主要動向
第一章 「幸福感」より「不安」が高まる大量消費社会
 ◆八億二五〇〇万人の栄養不足と先進国の肥満
 ◆効率改善もグローバル化もカードも、大量消費社会をもたらす
 ◆大量消費社会の「幻の青い鳥」
 ◆消費の新たな役割−経済のためではなく、ウェルビーイングのために
第二章 エネルギー源を賢く選んで、できるだけ使わない
 ◆世界のエネルギー消費傾向
 ◆モビリティのためのエネルギー
 ◆家庭・職場でのエネルギー消費
 ◆すべての消費財に使われているエネルギー
 ◆政策と選択
第三章 水の利用効率を高め、生態系と分かつ
 ◆水は生態系の保全も含む公共信託である
 ◆水の豊かな国でも不足する国でも、経済力が水利用量を左右する
 ◆食を見直し、さらに農業の水利用効率を高める
 ◆設定流量毎分三〇〇リットルという「シャワー」と最貧国の「水売り」
 ◆工業用水使用量と物質消費
 ◆水政策の優先順位−生態系にも、そして人々には公平に
第四章 まともな食べ物を、ほどほどに食べる権利と義務
 ◆農法にまでさかのぼる「食の民主主義」
 ◆工場式畜産を見たことがありますか
 ◆健康や環境から、有機農法を選択する
 ◆地元の伝統食で文化的な絆を強める
 ◆「食の自覚」が「食の民主主義」を確立する
第五章 人類のため、そして地球のためにグリーン購入をする
 ◆先進国の生活習慣となった大量消費
 ◆環境税から調達まで、さまざまな政策を活用する
 ◆生産と消費のスリム化で環境への影響を軽減
 ◆資源をもっと回収しよう!
 ◆再製品化や新たなサービス経済へ挑戦する
 ◆公共消費と課金・還付で民間をリードする
 ◆「労働と消費の罠」から抜け出す
 ◆大量消費から脱却する新経済
第六章 ジハードでもマックワールドでもない、グローバル社会を
 ◆組織は調達基準をグリーンにする
 ◆グリーン購入の先駆者たち
 ◆ボイコットと協力で、グリーン購入を拡大するNGO
 ◆簡単には進展しないグリーン購入の障害を取り除いていく
 ◆グリーン製品の基準を公正なものにして、人々になじみやすくする
 ◆グリーン購入を普及させる
第七章 大量消費社会からウェルビーイングな社会へ
 ◆世界へ拡大する「マックワールド」
 ◆持続可能な消費のために地球規模で協力を
 ◆ヨハネスブルクからカンクンを経て、その後どこへ向かうのか
第八章 「質の高い生活」を実現するために
 ◆富とウェルビーイング
 ◆一人ひとりの力
 ◆人間の絆
 ◆ウェルビーイングのインフラストラクチャーを構築する
 ◆質の高い生活を実現する
原注/さくいん/本書へのコメント
 
 
2003年12月17日の理事会の結論文書
「有機食品および有機農業のための欧州行動計画向けた基本方針」
EU理事会は、「有機食品および有機農業のための欧州行動計画に向けた基本方針」の結論文書(2004/C 34/03)を採択した。この基本方針に基づき、今後、欧州委員会はこの行動計画案を作成し、行動計画の正式採択に向けて手続きが開始されることになる。
 
ここでは欧州官報に掲載された結論文書、欧州官報C 034(2004年2月7日 3〜4ページ)、"Council Conclusions of 17 December 2003 - Strategy for a European action plan for organic food and farming, Official Journal C 034, 07/02/2004 P. 0003 - 0004"
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2004:034:0003:0004:EN:PDF (最新のURLに修正しました。2010年6月)
を仮訳したものを紹介する。仮訳するに当たって、不明な用語については、参考になる資料をウェブサイトから検索し、それらを参考にした。参考にした資料の中から、いくつかの資料を番号(*1*2、・・・)を付けて、掲載した。また仮訳した内容が適切に表現されていない部分もあると思われるので、原文で確認していただきたい。
 
欧州官報C 034(2004年2月7日 3〜4ページ)
2003年12月17日の理事会の結論文書(2004/C 34/03)
「有機食品および有機農業のための欧州行動計画に向けた基本方針」
 
2001年5月にデンマークで、「有機食品と有機農業 ― 欧州の協力と行動に向かって ― 」と題した会議がデンマーク農業省主催で行われた。この会議は1999年にオーストリアで行われた会議に続くものであり、欧州の有機農業をさらに発展させるための行動計画を提出することが目的であった。このテーマは2001年6月19日の農相理事会の議題にされた*1
 
欧州委員会は、「有機食品および有機農業の欧州行動計画の可能性の分析」を含む調査報告書(2002年12月20日の15619/02)を提出した*2
 
2003年にブリュッセルで開かれた農相理事会で、各加盟国は欧州委員会の提案を全会一致で賛成し、行動計画の作成作業を開始することを求めた。
 
2003年11月にザルツブルグで開かれた「農村開発欧州会議」の会合では、それぞれの農村地域における農業のさまざまな可能性を考慮に入れ、経営の多角化、技術革新および農産物の高付加価値化によって農業部門の競争力を強化することの重要性が強調された。
 
以下のことに鑑み:
 
欧州連合、国際連合(FAOとコーデックス委員会)、各国および国際組織(国際有機農業運動連盟(IFOAM)*3)などの組織が使用している「有機農業」の非常にさまざまな定義を標準化する必要がある。それには一つの定義に向かって合意する努力が必要である;
 
特産農産物や高品質の農産物とともに、農業および農産物部門全体の持続可能性のために将来を考えた農業として、有機農業を欧州の食料供給連鎖(supply chain)*4の重要な構成要素の一つにする必要がある。そのために、有機農業は適切に統合された欧州研究と技術革新システムによって支援される必要がある;
 
有機農業は生物多様性を保護し、農業で使用した更新不可能な資源を保全することに極めて重要な役割を果すと考えられているが、農村開発政策の遂行と食品の安全性および品質についても、もちろん有機農業は欧州全体の農業と食品部門の推進力としての役割を果たしている。
 
新共通農業政策(CAP)は、この部門の生産基盤を維持・発展させることを実際に可能にする重要な役割の一つであり、そのために、この行動計画は有機農業の改革を行うためのいろいろな手段の効果を事前評価し、これらの手段の選択に関する新たな手引きを各加盟国に提供することも重要である;
 
有機農業は、環境政策、とくに大気への有害な排出物の削減、砂漠化の防止、水資源と自然の生息地の保護・保全に大きな効果があることが示されている;
 
GMOの生産、上市、表示に関する欧州連合の決定および遺伝子組換え作物を慣行農業や有機農業と共存させるための指針*5に鑑みて、GMO生産と有機栽培の共存問題、とくにGMOの偶発的混入を避けることを検討しなければならない;
 
有機農業は有機農産物の需要の増加に基づいて長期的に拡張しなければならない。そのため、販売活動の条件を改善し、消費者情報を向上させる新規構想が重要な役割を果たす。
 
したがって、EU理事会は:
 
− 欧州行動計画に基づく措置をEU環境政策の中で有機農業が政策上、重要な役割を果たしている措置に合わせるために、またCAP改革の結果として有機農業が発展する基礎的知見を与えるために、この予備文書に示した目標を最新のものにすることを欧州委員会に要請する;
 
− GMOの生産、上市、表示について、EUが行った決定および遺伝子組換え作物を慣行農業や有機農業と共存させるための指針に鑑みて、有機農産物生産の適切な措置、とりわけGMOの偶発的混入を防ぐ措置を有機農産物の保護と拡大を行動計画の戦略上の重要な目標の中に入れることを欧州委員会に要請する;
 
− 「有機農業」および「有機農産物」の用語が共通化するための活動、とくにそれを国際的に促進することを欧州委員会に要請する。したがって、欧州委員会は欧州ロゴ*6以外のロゴマークの使用を排除することなく、また原産地にかかわりなく有機農産物すべてについて欧州ロゴを使用し、その費用と利益を事前評価し、消費の促進および有機農産物を生産する第三国の貿易を促進するために、欧州のすべての消費者を対象にした効果的なキャンペーンを取り入れ、しかも有機農産物に関する自由な活動を強化しなければならない。
 
− 高品質農産物の地域開発の運動において、有機農産物、地域特産農産物、伝統的農産物など、高付加価値生産の農村地域を設立するための自発的な新規構想を促進するために、加盟国がその可能性を評価することを行動計画の戦略目標の中に含めることを委員会に要請する。農業部門の競争力を高めることのほかに有機農産物生産チェーンの各事業組織の競争力の強化も目指して、それぞれの農村地域の農業のさまざまな可能性を考慮に入れなければならない;
 
− 欧州レベルで、次の組織の設置が必要であるか否かをさらに検討することを委員会に要請する:
 
(a) 有機農法に関する科学技術的意見を提出し、研究と技術革新を指導し、および各加盟国の優良センターのネットワークの枠組みの中で相乗効果を促進するための独立委員会;
(b) 有機農産物の供給と需要の展開を測定する経済監視機関;
 
− リスクアプローチを用いた監査システムの中に有機農産物の供給連鎖全体をさらに取り入れ、農産物のトレーサビリティー*7を高め、非能率的な手続きを合理化することを目的に、基本的な監査規則の適応に関する作業を継続することを欧州委員会に要請する。これを行う際には第三国からの有機農産物の輸入にも十分な配慮が向けられなければならない;
 
− 最後に、2004年5月末までに欧州行動計画の最終提案を目指して、2004年2月末までにこの計画の進捗をEU理事会に通知することを欧州委員会に要請する。

*1http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/agrifood/organic/highlight/03021201.htm
*2http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/agrifood/organic/document/euorgcap.htm
http://www.parliament.the-stationery-office.co.uk/pa/cm200203/cmselect/cmeuleg/63-xiii/6302.htm
*3: http://lumiere.sheena.to/~elica/axis/iform1.html (対応するページが見つかりません。2010年6月)
*4: http://www.euinjapan.jp/world/afs/f-policy/ (対応するページが見つかりません。2014年10月)
http://www.wunderman-d.com/words/marketing/pt000316.html (対応するページが見つかりません。2010年6月)
*5http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/mgzn044.html#04408
*6: http://www.maff.go.jp/kaigai/2000/20000208belgium02a.htm (対応するページが見つかりません。2010年6月)
http://ec.europa.eu/agriculture/organic/consumer-trust/certification-and-confidence/the-organic-logo-guarantees/index_en.htm (最新のURLに修正しました。2015年5月)
*7: http://emi.h.chiba-u.ac.jp/lab/matsuda/nougyoutokeizai0212.pdf (対応するページが見つかりません。2010年6月)
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