アジアの稲作地帯に発生するテヌイウイルスのゲノム構造の解析


[要 約]
イネグラッシースタントウイルスのゲノムはテヌイウイルス属のウイルスに共通した特異な分子構造をもつが,RNAポリメラーゼ遺伝子以外は類似性が低い。本ウイルスは分節RNA数も多く,他のテヌイウイルスとは遺伝的にやや離れたウイルスである。
[担当研究単位]農業環境技術研究所 環境生物部 微生物管理科 微生物上席 寄生菌動態研
[部会名] 農業環境・農業生態
[専 門] 作物病害
[対 象] 微生物
[分 類] 研究

[背景・ねらい]
 ウンカ類で伝播され,糸状の粒子形態をもつウイルスの一群はテヌイウイルス属として分類された。これまでに,テヌイウイルス属の標準種であるイネ縞葉枯ウイルス(RSV)のゲノムを分析し,ウイルスの複製に関わる分子構造の特性を解明してきた。アジアの稲作地帯で発生するもう一つのテヌイウイルスであるイネグラッシースタントウイルス(RGSV)は,媒介昆虫の種類,イネ品種に対する寄生性に明らかに差異がある。RGSVのゲノム構造を解析して,ウイルスの複製や病原性に関わる蛋白質を特定し,これらをターゲットとしたウイルス抵抗性イネの作出などの基礎的研究に資する。
[成果の内容・特徴]
  1. RGSVは6分節のRNAからなるが,各RNAの末端塩基配列は他のテヌイウイルスと共通の特徴をもっている。さらに,6分節の各RNAは,それぞれ2個の遺伝子をウイルス鎖とウイルス相補鎖配列にコードしているアンビセンスRNAである(図1,RGSV)。 すべての分節RNAがアンビセンスであるウイルスは初めての例である。
  2. RNA1のウイルス相補鎖にコードされているRNAポリメラーゼは,2925個のアミノ酸からなり,RSVとのアミノ酸配列の類似性は約38%と高い。ウイルス鎖の18.9K蛋白質はRGSVに固有のものである。
  3. RGSVのRNA5およびRNA6は,RSVのRNA3およびRNA4に対応する遺伝子をコードしている(図1)。各々の対応する遺伝子間の類似性は約20%程度と低い。一方, これとは対照的に,他のテヌイウイルス間では40%〜60%と高い。RGSVのRNA3およびRNA4は本ウイルスに固有のRNAで,他のテヌイウイルスには存在しない。
  4. RGSVの媒介昆虫であるトビイロウンカは,実験的には近縁のOryza 属の数種の植物を食餌として利用できるが,イネ(O. sativa) を主な食餌としている。 したがってイネが周年生育している地域でしか生存できない(図2)。RGSVは他のテヌイウイルスと遺伝的に大きな違いがみられたが,このウイルスが非常に限定された宿主域のなかで独自の進化をたどってきたことによると推察される。
[成果の活用面・留意点]
 テヌイウイルス属のゲノム構造の全体像が解明された。RGSVは,将来,新たな属に分類される可能性がある。ウイルス種により,ゲノムの複製などに関わる遺伝子構造に差異があることが明らかになったので,これらの遺伝情報をウイルス抵抗性イネの作出のために利用できる。

具体的データ


[その他]
    研究課題名:テヌイウイルスの遺伝的変異と適応進化機構の解明
    予算区分 :大型別枠(生態秩序)
    研究期間 :平成10年度(平成8〜10年)
    発表論文等:
       1)The proteins encoded by rice grassy stunt virus RNA5 and RNA6 are only distantly 
               related to the corresponding proteins of other members of the genus Tenuivirus. 
                J. Gen. Virol., 78 (1997).  
       2)The complete nucleotide sequence of the rice grassy stunt virus genome and genomic 
               comparisons with viruses of the genus Tenuivirus. J. Gen. Virol. 79 (1998)
       3)動物ウイルスから植物ウイルスへの進化−ゆうれい病の病原ウイルスの正体.科学 66 (1996)
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