環境のゆらぎを考慮した花粉拡散距離の推定法


[要 約]
 従来のブラウン運動モデルは現実の生物拡散には当てはまらないことが知られている。しかし,このモデルを拡張し,生物がランダムに動く際の1歩の長さが風などの環境のゆらぎにより確率的に変動すると仮定すれば,現実的な予測を行うことが可能となる。この手法はトウモロコシの花粉拡散距離の推定にも有効である。
[担当研究単位] 農業環境技術研究所 生物環境安全部 昆虫研究グループ 個体群動態ユニット
[分 類] 学術

[背景・ねらい]
 生物の拡散距離の予測はさまざまな場面で重要な課題となりつつある。特に近年では遺伝子組換 え作物の花粉の拡散がひとつの社会問題となっている。これら生物拡散を予測する際に今まで基本となってきたのは,生物がランダムな方向に動くと仮定するモデル(ブラウン運動モデル)である。しかし,近年の研究により,ブラウン運動モデルは生物の拡散には当てはまらないことが確実になってきた。このブラウン運動モデルの問題点を改善し,新たな拡散予測式を開発する。
[成果の内容・特徴]
  1. ブラウン運動モデルでは,ランダムな方向に動く際の1歩の長さが時間的に一定だと仮定されている(図1A)。この仮定は分子レベルの拡散においては成立するとしても,より大きなスケールの拡散においては風などの環境条件の「ゆらぎ」が存在するために成立しないと考えられる。むしろ1歩の長さが確率分布にしたがって時間的に変動すると考える方が現実的である(図1B)。
  2. 1歩の長さの確率分布として一般化ガンマ分布を仮定するとき,1歩の長さをゼロに近づけた極限を定義することが可能であり,明示的な解を導くことができる(図2)。便宜上この解をガンマモデルと呼ぶことにする。
  3. トウモロコシの花粉の拡散・交雑はキセニア現象を用いて比較的簡単に調べることができるため,1940年代から多くの実験が行われてきた。そこで,一つの適用例としてJones and Brooks (1950, Okla Agr Exp Stn Tech Bull T-38:1-18)のデータにガンマモデルを適用した。2004年2月に策定された「第1種使用規程承認組換え作物栽培実験指針」ではトウモロコシの場合に必要な隔離距離は600mとされている。今回のガンマモデルによる推定では,横風方向600mで交雑率は0.125%程度とかなり低いため,この基準は概ね妥当であると考えられる(図3)。
[成果の活用面・留意点]
  1. Jones and Brooks (1950)のような広域にわたる実験を行うことは容易ではないため,多くの場合には短距離の実験から長距離の花粉拡散を予測しなければならない。今回のような理論モデルの場合には,経験的に得られた式とは異なり,そのような外挿を行うことが可能である。
  2. 一つの方角だけでデータが観測されている場合には,風向きによる流れ(ドリフト項)の推定精度が悪いために拡散距離の推定精度が悪い。野外実験に際しては,できる限り二つ以上の方角に向かって交雑率や花粉密度の測定を行うべきである。
  3. 花粉の拡散距離は,花粉源の面積や形状によっても変化する。パラメーターの推定値や拡散距離の予測値を求める際には,花粉源範囲に関して数値積分を行うことに注意する。

[その他]
 研究課題名 : 生物の侵入速度および侵入リスク推定手法の開発
        (ハモグリバエ等に対する導入寄生蜂等が非標的昆虫に及ぼす影響の評価)
 予算区分  : 運営費交付金
 研究期間  : 2004年度(2003〜2005年度)
 研究担当者 : 山村光司
 発表論文等 : Yamamura, Popul. Ecol., 46, 87-101 (2004)

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