は じ め に

 ひとりの人間の能力は有限である。その生涯も有限である。だから、研究を志す者は何か特定の対象についての専門人にならざるをえない。農業環境研究という大きなテーマは、個人では完成できない。そこで組織をつくり、これを機能させるため構造とシステムを構築し、協力して問題の解決にあたる。

 だからといって、組織も人間の能力と同じように有限である。問題の全てを解決することなぞ到底できまい。したがって、組織も個人と同様に何か特定の対象についての専門研究所にならざるをえない。ここにお届けする成果は、その意味で専門人による専門研究所の成果たらざるをえない。

 しかし、環境研究とはあくまでも環境の安全と安心を確保し、技術が環境に及ぼす影響を軽減し、さらには次世代の人びとに環境資源を健全に継承することを目的としたものに他ならない。したがって、個々に得られた知を総合化し、上記の目的を完成する必要がある。そうはいっても、そのことを実行することは簡単なことではない。

 新渡戸稲造は、あの有名な「武士道」を書く1年前の明治31年に「農業本論」を出版している。この本の「第三章:農業に於ける學理の應用」の「第一項:実業と學問」のはじめに「學問の要は概括にある事」がある。そこでは、次のことが書かれている。
     學問は、常に概括を主として事物の當に然るべき所と然る所以とを探窮し
     実業は一事一物に就いて、則ち其利害得失を判断す。
まことに、環境研究と環境保全の対策に対しても当をえた解説である。

 成果のひとつひとつをみれば専門人としての結果であるが、これを克服するためにそれぞれの成果は、「農業生態系の持つ自然循環機能に基づいた食料と環境の安全確保」、「地球規模での環境変化と農業生態系との相互作用の解明」および「生態学・環境科学研究に係わる基礎的・基盤的研究」の三つの範疇に分類してある。専門人の進む道程において、少しづつ環境研究の総合者としての見方ができるように心がけているつもりである。

 言い換えると、専門人の門構えを持ちながら、奥に進むにつれて次第に総合人になっていくという精神の構造を自覚的に追い求めるシステムを作ろうとしているのである。環境を総合的にとらえるのに必要な基礎的な成果を習得した者こそが、総合人となりうると考えるからである。

 この成果情報が、みなさまにとって有意義な情報になることを願っております。

平成17年3月

(独)農業環境技術研究所
理事長  陽 捷行 

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