農業環境技術研究所 > 刊行物 > 研究成果情報 > 平成24年度 (第29集)

主要成果

温度上昇が土壌炭素の分解をどのぐらい加速させるかを決める要因の解明
―土壌炭素動態モデルの精緻化に有効―

[要約]

土壌炭素の分解される速度が温度上昇によってどの程度増加するかは、微生物の分解作用を受けやすい部位にある土壌炭素の分子構造によって決まることを世界で初めて示しました。この知見は、土壌からのCO2放出速度の温暖化による影響を予測するモデルの改良に役立ちます。

[背景と目的]

地球全体の土壌炭素の総量は、大気中 CO2 または植物バイオマス炭素の約 2〜3 倍以上と推定され、その多くは土壌有機物中に含まれます。土壌有機物の分解は、微生物の代謝によって起こり CO2 を放出させます。そのため、地球温暖化により土壌有機物の分解が早まることで、温暖化が加速することが懸念されています(図1)。微生物による有機物の分解速度は温度上昇により増加しますが、その増加の程度(温度依存性 Q10 )は、調べる土壌によって大きく変動することから(図2)、分解の Q10 が何によって決まるのかを解明することが、温暖化影響予測のための重要課題となっています。

[成果の内容]

農地管理によって土壌炭素の量や有機物の新鮮さが大きく異なる5つの黒ボク土壌試料を対象に、培養実験から分解速度の Q10 を調べたところ、2.1〜3.1 の差異がありました(図3a)。こうした Q10 の変動は、「土壌炭素の質」、すなわち、土壌炭素の分子構造の違いに起因するとの仮説がありますが、既往研究で使われてきた「土壌炭素の質」の間接的指標(図3b)と実測した Q10 の間に強い対応関係はありませんでした。これは、各土壌中の土壌炭素の状態を一様と仮定しているためであると考えられました。そこで、各土壌から微生物の分解作用を受けやすい低比重画分を分離し、そこに含まれる炭素の分子構造を、固体 13C 核磁気共鳴法によって調べました。その結果をもとに、分解の速い O-アルキル炭素に対する、分解の遅い芳香族と脂肪族の炭素の割合を「土壌炭素の質」の指標とすると、実測した Q10 との間に強い対応関係が得られました(図3c)。これは、「土壌炭素の質」が分解の温度依存性を決めるという仮説を支持する初めての検証結果です。

本研究は、JSPS 科研費若手研究(B)「微細鉱物による土壌有機物の蓄積と分解の制御-土壌炭素の温暖化応答」、および最先端・次世代研究開発支援プログラム(課題番号:GR091)による成果です。

リサーチプロジェクト名: 温暖化緩和策リサーチプロジェクト

研究担当者:物質循環研究領域 和穎朗太、岸本文紅、 大気環境研究領域 米村正一郎、 農業環境インベントリーセンター 白戸康人、矢ケ崎泰海、 生物多様性領域 平舘俊太郎

発表論文等: 1) Wagai et al., Global Change Biology, DOI: 10.1111/gcb.12112 (2012)

図1 温度上昇と土壌炭素の関係/図2 分解速度と温度の関係図3 管理形態の異なる5つの土壌試料(黒ボク土)における分解速度の温度依存性 Q10(a)、微生物呼吸量を基にした「土壌炭素の質」の指標(b)、および比重分画と核磁気共鳴法(13C-NMR)を基にした土壌炭素の分子構造の指標(c)

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