農業環境技術研究所 > 刊行物 > 研究成果情報 > 平成24年度 (第29集)

主要成果

土壌環境下、放線菌の抗生物質生産遺伝子群の発現がキチンによって誘導される

[要約]

土壌中で生育する放線菌からRNAを抽出しマイクロアレイ解析により網羅的な遺伝子発現解析を行った結果、土壌環境下で放線菌が有する複数の抗生物質生産遺伝子群の発現がカビの細胞壁等を形作るキチンによって誘導されることが明らかになりました。

[背景と目的]

放線菌は代表的な土壌細菌で、カビの細胞壁や昆虫の外骨格を形成するキチンを栄養源として分解・代謝し生育します。また、放線菌は他の生物の生育を抑える抗生物質を生産することでも有名です。本研究では、土壌中で生育する放線菌にキチンを添加して培養したときに、細胞の中でどのような遺伝子が働くかを、抗生物質の生産にかかわる20数個の遺伝子群を含めゲノム上に存在する遺伝子それぞれについて調べました。

[成果の内容]

放線菌 Streptomycers coelicolor の胞子を土壌に接種後、様々な時間培養して土壌から直接RNAを抽出しました(図1)。続いて、キチンを分解する酵素、キチナーゼの mRNA が抽出したRNAにどのくらい含まれるかを定量PCR法で計測しました。その結果、放線菌ゲノム上にある8つのキチナーゼの mRNA が、土壌にキチンを添加したときのみ時間を追って検出され、土壌中で放線菌のキチナーゼ遺伝子群の発現がキチンによって誘導されることが確認されました(図2)。

次に、土壌中で放線菌がキチンを栄養源として生育しているときに、どのような遺伝子が発現するかを、放線菌のゲノム上に存在する遺伝子を網羅的に固定したマイクロアレイを用いて解析しました。その結果、キチンの代謝に関わる様々な遺伝子の発現がキチンによって誘導されるとともに、抗生物質などの二次代謝産物の合成に関与する遺伝子群のうち8個の遺伝子群の発現がキチンの添加によって誘導されることも明らかとなりました。

これを確認するため、寒天培地に土壌の抽出液やキチンを添加し、青色抗生物質アクチノロージンの生産の有無を調べてみました。その結果、寒天培地に土壌の抽出液とキチンを共に添加した時に培地が青くなり、アクチノロージンが生産されていることが確認されました(図3)。これは、土壌の抽出液中にキチン存在下でアクチノロージンをはじめ放線菌の抗生物質の発現を高める因子が存在することを示しています。

本研究から、放線菌は土壌で栄養源となるキチンの存在を感知すると、キチンを分解・代謝する様々なタイプの酵素を生産する一方で、他の微生物の生育を抑える抗生物質も生産することが判りました。これは、放線菌が土壌中の生存競争に勝ち残るための巧妙な生存戦略を有していることを示すものとして注目されます。

本研究は、JSPS 科研費基盤研究(B)「土壌環境下における放線菌有用機能の発現制御ネットワークの解明」 による成果です。

リサーチプロジェクト名: 情報化学物質・生態機能リサーチプロジェクト

研究担当者: 生物生態機能研究領域 ベナム ナザリ、 藤井毅

発表論文等:1) Nazari et al., FEMS Microbiol. Ecol., 77:623-635 (2011)
2) Nazari et al., Appl. Environ. Microbiol., 72:707-713 (2013)

図1 実験の概略

図2 土壌で生育中、キチンで発現が誘導される放線菌キチナーゼ遺伝子

図3 土壌抽出駅とキチン存在下で誘導される青色抗生物質アクチノロージン

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