農業環境技術研究所 刊行物 研究成果情報 平成25年度 (第30集)

はじめに

農業環境技術研究所の歴史は、日本で最初の国の農業研究機関として1893年(明治26年)に設立された、農商務省農事試験場に始まります。その後幾多の変遷を経て、1983年(昭和58年)に、当時の農業技術研究所を母体に、農林水産省農業環境技術研究所が設立されました。従って2013年は、最初の農事試験場設立から120年、農業環境技術研究所設立から30年の節目の年にあたりました。農業環境技術研究所ではこのことを記念して、30周年記念シンポジウムを初めとして、分野や課題ごとのワークショップ・公開セミナ一等を開催し、各界各層の多数の方にご参加頂きました。農業環境問題に対する社会の関心の高さの表れと考えています。

国立の研究機関として初めて「環境」という名を冠した農業環境技術研究所の設立には、日本農業のその後のあり方を考えていく上で自然生態系と調和した農業を追究していくことが重要であるという、先人達の強い思いがありました。先見の明といえましょう。設立以来、農環研は、農業において環境問題が急速に重要性を増す中、地球温暖化と農業の問題、食の安全にかかわる環境中の有害化学物質の問題、農業と生物多様性の問題、農業活動由来の化学物質による環境負荷の問題など、農業と環境に関する重要課題の解決を目指してレベルの高い研究を進め、それぞれの時代の社会の要請に応えてきました。

現在実施している、温暖化緩和のための農地からの温室効果ガス削減や土壌の炭素貯留、新たな国際基準にも対応した農作物中のカドミウムなどの低減、農業活動の変化が生物多様性に与える影響の解明、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所事故による放射性物質汚染対策等々の課題は、今日の社会が要請するものですが、研究をたどれば農環研の前身の農業技術研究所、さらにその前の農事試験場まで遡ることができ、長い研究の蓄積の上になりたっていることがわかります。このことは、環境研究において、研究の持続と蓄積が重要であることを示しています。

本研究成果情報は、第3期中期目標期間の中間年にあたる、平成25年度における代表的な成果をご紹介するもので、「主要研究成果」と「主要成果」からなっています。このうち「主要研究成果」は、施策推進上の活用が期待される成果であり、行政部局を含む第三者の意見を踏まえて選定されます。本年度選定された「主要研究成果」は2課題で、そのうちの1課題は、「農地土壌における炭素貯留量算定システムの開発」です。土壌には、大気中に二酸化炭素として存在する量よりも数倍多い炭素が有機物として蓄積しており、土壌中の炭素の増減は、大気中二酸化炭素濃度に直接の影響を及ぼします。このため、このことを考慮した土壌管理が期待されます。ここでは、わが国農耕地土壌の炭素貯留量の変化を全国推定できるモデルを開発し、温室効果ガス削減目標の設定等に貢献しています。

2つめの主要研究成果は、「茶草場の伝統的管理は生物多様性維持に貢献」です。人為的な影響による生物多様性の減少、生態系サービスの低下が強く懸念される中、農業と生物多様性の共存は重要な課題です。農環研は静岡県農林技術研究所と共同で、良質茶の生産のために伝統的に維持されてきた茶草場が希少植物の宝庫であることを科学的に明らかにし、FAOの世界農業遺産の認定に貢献しました。この他、平成25年度の代表的な成果をご紹介する「主要成果」とあわせ、これらの知見や技術が広く利用されることを切に願うものです。ご感想やご意見等賜れば幸甚です。

 平成 26 年 3 月

独立行政法人 農業環境技術研究所
理事長 宮下 C貴

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