第22回農業環境シンポジウム・第2回有機化学物質研究会
残留性有機汚染物質(POPs)による環境汚染の現状と今後の対策−
講演要旨

開催趣旨

残留性有機汚染物質 (Persistent Organic Pollutants, POPs) は、環境中で安定であるため地球上のあらゆる場所から検出されており、そのうえ脂溶性であるために食物連鎖により動物の脂肪組織に蓄積されやすい性質を持っている。POPsは、内分泌かく乱作用を有することが疑われており、ヒトをはじめとする動物の種の存続の脅威となっている。このため、POPsに対して人の健康の保護および環境の保全を図るため、2001年5月に 「POPsに関するストックホルム条約」 が採択された。

現在、わが国では同条約の批准に向けて、国内制度の整備と関連物質の排出抑制対策が重要な課題となっている。優先的に対策を求められている12物質のうちアルドリン、ディルドリン、エンドリン、ヘプタクロール、クロルデン、DDTはわが国で農薬として使用されたことがあり、使用を中止した際に残余の農薬を埋設処分した経緯がある。そのため、これらの農薬による環境汚染が懸念されおり、埋設した農薬の無毒化処理技術の検討が行われている。

このシンポジウムではPOPsについて環境中濃度の実態、生物影響、無毒化処理に関する現状等について問題点を整理し、今後の対策について議論を深めることにより、POPsによる環境汚染を抑制し、国民の生活環境の保全のための研究に役立てたい。

開催日 平成14年9月12日(木)10:00〜17:00
開催場所 (独)農業環境技術研究所 大会議室
 
講演要旨
1.POPs条約の批准と国内の動向
(農林水産省生産局生産資材課農薬対策室長 澤田 清)
2001年5月スットクホルム会議で「POPsに関するストックホルム条約」が正式に採択され、2002年7月25日、わが国の国会が条約を承認しました。現在、批准に向けての手続き中である。わが国では約30年前に有機塩素系農薬を使用禁止あるいは使用制限した際に残余の農薬を埋設処分したことがある。POPs条約の批准を契機として、これらの埋設処理農薬の安全な処理の技術開発と埋設地点での環境調査を行い、POPsによる環境負荷を極力削減するための施策について行政担当者からの解説が行われる。
 
2.農業環境中におけるダイオキシン類の動態
(農業環境技術研究所 殷 熙洙)
物質が燃焼するときに生成されたダイオキシン類は、大気や水の循環を介して環境中に拡散し、土壌に蓄積する。一方、農薬など化学物質が製造されるとき副産物として生成されるダイオキシン類が環境中に拡散する。ここでは、われわれの食料である農作物中のダイオキシン類がどこから来るのか、どのようにして農作物へ移行するかについ解説する。また、かって使用された除草剤により農耕地に持ち込まれ、土壌中に蓄積したダイオキシン類の濃度および異性体比率の経時変化を紹介する。さらに、農作物中のダイオキシン類濃度を抑制するための技術、農作物に残留しているダイオキシン類の作物体の分布、除去方法ついての研究成果を踏まえて解説する。
 
3.両生類生態系における難分解性有機塩素系化学物質の挙動
(北九州市環境科学研究所 門上希和夫)
 近年、両生類の生息数が世界的に減少している。これは、開発による生息場所の減少、水質の悪化、紫外線(UV-B)、酸性雨、農薬など化学物質等が複雑に影響していると見られる。
 
 ここでは、北九州市の山田緑地で観察された二本を超える前肢を持つヤマアカガエルの発生原因の解明のために行った研究について紹介する。DDT、PCB、ダイオキシン、ジベンゾフランなどを対象として、カエルの生息環境中濃度、環境からカエル体内への化学物質の移動、母ガエルから卵への化学物質の移動などについて調査した。カエル体内のダイオキシン/ジベンゾフランおよびコプラな-PCBの脂肪換算濃度は、同一性間では対数正規分布をしており、2種のカエル間(ニホンアカガエルとヤマカカガエル)に差が認められなかった。カエルの体内濃度は生息環境の濃度を反映し、秋から春にかけて体脂肪を消費することにより有機塩素系化学物質の体内濃度が上昇する。この時期の化学物質の生体への影響が懸念される。メスは産卵により体内の有機塩素系化学物質が卵に移行する現象や、ダイオキシンおよびジベンゾフランよりPCBがカエル体内へ移行しやすいことおよび2,3,7,8-4塩化ダイオキシン/ジベンゾフランがカエル体内に残留しやすいことが観察されている。
 
4.水圏生物への残留性有機汚染物質の蓄積と影響評価
(愛媛大学沿岸環境科学研究センター 岩田久人)
 水圏生態系は陸生生態系に比べて食物連鎖の階段が多く、水圏に移行したPOPsは食物連鎖により高次栄養段階の生物に濃縮されるため、魚食性鳥類や鯨類に高濃度の蓄積が見られる。生物は化学物質を解毒、分解して体外に排泄する能力を持つ。この役割を担う酵素群がチトクロムP450である。この酵素は微生物、植物から高等動物まで広範な生物に存在する。これらの酵素群は、多様な環境汚染物質の解毒や活性化に関与するほか、同時に生体にとって重要な内因性物質の体内動態や内因性物質が支配する情報伝達系に影響を与える。これらの酵素群は、多様な化学物質の暴露により変化する場合がある。
 
 POPsによる環境汚染の状況把握のため、魚類、魚食性鳥類、水棲哺乳動物は長年汚染の指標生物とされてきたが、生体中に蓄積された化学物質の毒性的影響は種により大きく異なることが予測される。この毒性学的な影響の差を遺伝子レベルで解明することが重要である。水圏生態系には膨大な生物種が存在する。化学物質の体内侵入時に活性化されるレセプターやチトクロムP450酵素群に関する遺伝情報の差が種間差として影響している考えられる。このため、水圏生物へのPOPsの多様な影響をラットやマウス、一部の魚類の実験から評価することは困難である。ここでは、POPsの水圏生態系への毒性発現について、関与する遺伝子産物の遺伝子情報を系統的に研究することの重要性が解説される。
 
5.POPsの分解技術の現状とその応用
(東京農工大学工学部化学システム工学科 細見正明)
 POPs条約の批准のため、各種の国内的な取組みがなされている。なかでも、30年前に使用が規制された有機塩素系農薬が多量に埋設保管されており、これらの農薬の無毒化処理が重要な課題となっている。ここでは、難分解性有機化合物の無毒化処理技術の現状として現在実用化試験が行われている3種類が解説される。それらの方法は、非加熱下で脱塩素を図るメカノケミカル法、アルミナとともに電気溶融させるジオメルト法および高温高圧化で炭酸ナオトリウムにより脱塩素・酸化分解を行う水熱分解法である。すでに、一部のPOPsの分解無毒化処理への適用性について実証試験が実施された。ここでは、これらの技術には、操作性、処理コストの低減化、土壌等の不燃物を含む多様な試料への適応性など問題点について試料実証試験の結果を踏まえて、それぞれの技術が解説される。
 
6.難分解性有機化合物の微生物分解機構の開発方向
(農業環境技術研究所 小川直人)
 有機化合物による環境修復技術として、微生物や植物を利用した技術開発が行われている。ここでは、DDT、ダイオキシンおよびPCBについて微生物などによる分解機能についての解説とともに、特にPCBの微生物分解プロセスについて遺伝子レベルでの制御機構を解説する。PCBは、かって大量に製造されたが、環境汚染を引き起こし、さらにその毒性の強さゆえに使用が禁止された。現在、膨大な量が保管されており、その無毒化処理が重要な課題である。化学的な処理法以外に微生物の持つ分解能力を応用した分解技術は高温、高圧を必要とせず、穏やかに有害化学物質を無毒化することができるため、エコエコノノミーの立場から効果が期待される技術である。ここでは、微生物によるPCBやDDTの分解経路でのキー代謝物であるクロロ安息香酸やクロロカテコールの分解機構について分解遺伝子発現機構を紹介する。これらの成果は、PCB等を分解する遺伝子の組合せの最適化のための重要な情報を提供できる。また、これらの遺伝子群を植物に組み込んでクロロカテコールを植物により分解させる試みなどについて解説する。
 
7.化学物質の人への健康影響リスク
(国立医薬品食品衛生研究所 関澤 純)
 昨今、化学物質の健康影響、とくに環境ホルモン関連の書物やマスメディアの報道などの情報があふれている。しかし、実際の健康影響がどの程度の頻度あるいは確実さで起こるかを具体的に示したものは少ない。化学物質の人の健康へのリスク評価プロセスについて、国際的には評価手法が進展を遂げつつあるが、わが国では評価に使用できるようなデータベースがない。健康影響リスクについてのある種の指標が示されたが、あまりにも単純化し過ぎているのではないか。リスク評価とは、特定のリスクについて生物学的な蓋然性、実験動物で観察される現象が人でも起こりうるか、その内容や強度はどうか、このような内容を科学的なデータと論理的なプロセスで推定するものである。
 
 ここでは、リスクについてその調査方法、健康リスク評価方法、有害性の特定、人における知見、用量−反応関係の評価(遺伝毒性を示すか否か)、暴露評価(暴露のプロセス、暴露濃度、吸収量評価、到達量、有害作用など)、リスクの判定、リスク管理、リスクコミュニケイションについて専門家から解説していただく。

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