プレスリリース
平成20年1月24日
独立行政法人 農業環境技術研究所

谷津田が植物の多様性を高めるしくみを農環研が解明
水田周辺の草刈りがさまざまな植物を保全

独立行政法人農業環境技術研究所 (農環研) は、台地や丘陵に囲まれた谷底の水田である谷津田(やつだ)で多様性の高い植物群落が維持されているのは、田面によく日が当たるよう水田周辺の草刈りが定期的に行われているためであることを明らかにしました。

昨年7月に策定された農林水産省生物多様性戦略や、11月に決定された第3次生物多様性国家戦略では、田園地域において生物多様性を重視する農業生産の推進が、基本戦略の一つとして掲げられました。またわが国の農業を環境保全を重視したものに転換する農地・水・環境保全向上対策が本年度から本格実施されています。これらの施策を推進するには、どのような農業活動が生物多様性の保全に役立つかを明らかにすることが重要です。

そこで、農環研では、生物多様性が高いといわれている谷津田地域を調査して近隣の草地などと比較し、谷津田周辺の定期的な草刈りが植物の多様性を高めていることを明らかにしました。また、このような草刈りが行われうる谷津田と森林が隣接した場所が、近年、顕著に減少していることも判明しました。

本成果は、農業と地域の生物多様性保全との調和を図るための適切な農作業のあり方を示す基礎的資料になると考えられます。

なお、本研究は、農林水産省委託プロジェクト研究 「流域圏における水循環・農林水産生態系の自然共生型管理技術の開発」 などにより実施したものです。

研究推進責任者:(独)農業環境技術研究所

理事長   佐藤洋平

研究担当者:(独)農業環境技術研究所 生物多様性研究領域 主任研究員

学術博士   楠本良延

 

        同          主任研究員

博士(農学) 山本勝利

TEL 029-838-8245

広報担当者:(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー

福田直美

TEL 029-838-8191 FAX 029-838-8191

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

[ 成果の内容の詳細 ]

1. 農村地域では、肥料や飼料を採取するために広く存在していた草地が、農業の近代化などに伴って著しく減少しています。その結果、秋の七草であるキキョウなど、草原に特有な動植物の多くが絶滅の危機に瀕しています。一方、丘陵や台地に囲まれた浅い谷の底が水田として利用されている谷津田 (やつだ) では、水田への日当たりをよくするため、周りの斜面林下部の草刈りを定期的に行っている場所 (「すそ刈り草地」 と呼びます) が見られます。そこで、このような谷津田周辺で行われている草刈りと生物多様性*1 との関係を調査しました。

2. 具体的には、茨城県南部 (筑波・稲敷台地) の谷津田周囲のすそ刈り草地 (図1)、台地上の放棄畑、宅地開発地や土砂採取地などの造成地、アカマツ林の林床 (過去の採草地跡で現在も下草刈りが行われている場所) を対象に、ススキが優占する場所を選んで植生調査 (各地点に生育する全ての植物種について生育量 (地表を覆う面積割合:被度) を計測) を実施しました (合計66地点)。調査地点を統計的に分類した結果、谷津型 (C1:主に谷津田のすそ刈り草地を中心としたタイプ)、松林型 (C2:主にアカマツ林の林床タイプ)、平地型 (C3:その他の台地上の耕作放棄地や造成地のタイプ)に区分できました (表1)。

3. 各タイプにおける植物群落の種組成(各地点の全出現種と種ごとの被度の組み合わせ)を統計的に比較しました。また、採草地において肥料や飼料が採取されていた時代と比べるため、関東平野の草地についての過去の植生調査のデータ (1970〜1980年代の採草地跡地のデータ) との比較も行ないました。その結果、谷津型 (C1) と松林型 (C2) では、ワレモコウなど在来の多年生草本植物の多様性を示す値が高く、過去に調査された草地での多様性の値と同程度だったのに対し、平地型 (C3) ではその値が低いことがわかりました (図2)。また、松林型では木本種が多いために多様性が高いのに対し、谷津田のすそ刈り草地では、過去の半自然草地*2 と同様に、秋の七草の一つであるフジバカマをはじめとする希少植物が多く見られるために多様性が高いことが分かりました。これらのことから、谷津田での農作業の一つとして定期的に行われる隣接斜面の草刈りが植物の多様性を維持していることがわかりました。

4. 谷津田は森林に囲まれて耕作条件が厳しいため、近年、耕作放棄田の増加が危惧されています。そこで、国土地理院が作成している国土数値情報*3 の土地利用データ(国土全体を一辺約1kmのメッシュに区分し、各メッシュ内の土地利用別面積を数値化したもの)をもとに、関東地方東部の台地地域 (千葉〜茨城県) の谷津田について、水田と森林とが接している長さを推定し、その変化を調べました (図3)。その結果、1976年から1997年までの間に、水田と森林が隣接した部分を多く含むメッシュの数が減っていることがわかりました。このことは、谷津田周辺で植物の多様性を維持している草刈りが行われうる場所が減少したことを意味します。したがって、植物の多様性の保全には、谷津田での耕作の継続によって水田と森林とが隣接する場所を維持すること、そして水田耕作にともなう作業として周辺の定期的な草刈りを適切に実施することが重要です。

[ 用語解説 ]

1. 生物多様性: 1980年代後半につくられた新しい言葉。生物種の豊富さを示す値として用いられる場合が多いが、単に種類数の多さ (種多様性) だけを指すのではなく、遺伝子、種、生物群集 (生態系)、景観など、いくつもの階層にわたる多様さの概念としても使われる。生物多様性の保全に果たす農村の役割がとくに注目されているのは、農村では生活・生産のために様々な水辺や緑の環境が形成されており、生態系や景観レベルでの多様性が高いためである。

2. 半自然草地: 日本のように高温多湿の地域では、自然災害や人間活動により植生が破壊されても、草が生え、木が生え、やがてブナ林や照葉樹林などの自然植生に変化していく(植生遷移)。この植生遷移の途中で定期的に維持管理をすることで植生が草原の段階に維持されている場所を半自然草地という。わが国の農村には、田畑への肥料や農耕用牛馬の飼料、茅などの生活資材を採取する場として年に1回程度火入れや刈り取りが行われる半自然草地が、かつては広く存在していた。

3. 国土数値情報: 国土交通省国土地理院で作成している日本全国の各種の地理的情報 (土地分類、地形、土地利用、行政界、道路、鉄道等) をデジタル化したもの。

[ 参考資料 ]

表1 筑波・稲敷台地における草地の類型化と、その特徴
表1

ススキを主体とした草地は谷津型(C1:管理あり)、松林型(C2:管理あり)、平地型(C3:管理なし)の3タイプに区分されました。谷津型ではワレモコウなどの多年生草本が、松林型ではそれに加えて木本種が豊富です。平地型では外来種が占める面積(帰化植物被覆率)が大きく、在来植物は少ないことがわかります。

図1
図1.谷津田周囲のすそ刈り草地−茨城県阿見町
図2
図2.現存と過去の草地の植生比較(DCA)

図は箱ひげ図で、*は中央値、ひげの両端は最大値と最小値を表します。図から、谷津型は松林型とともに過去の半自然草地と同等の在来種を有していることがわかります。

図3
図3.国土数値情報から推定した谷津田と斜面林の境界長の変化

国土数値情報の土地利用データを用いて、関東地方東部の台地地域の谷津田で水田と森林が接している長さを推定しました。谷津田は森林に囲まれて耕作条件が厳しいため、耕作放棄が進んだり、都市開発の対象になったりしています。そのため、すそ刈りが行われうるような水田と森林が隣接した部分を多く含むメッシュの割合も、減少していることが確認されました。

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