ポイント
・ セルロース系バイオマスを収穫後、貯蔵しながら糖化・エタノール発酵をする、今までにないバイオエタノール 「固体発酵法」 を開発。
・ 酵素や微生物が持つ自然な力を利用する日本古来の醸造技術と、国産飼料の生産利用技術を応用した 「農業・醸造型バイオエタノール生産技術」。 加熱処理等の工程が少ないため、使用するエネルギーを低く抑えることができる。
独立行政法人農業環境技術研究所 (農環研) は、セルロース系資源を用いたバイオエタノール生産方法として、農村地域で生産される作物資源や未利用のまま排出されるバイオマスを、収穫後低水分のまま貯蔵、糖化、発酵させる 「固体発酵法」 を開発しました。
この方法は、酒や漬物などの日本古来の醸造技術と牛の自給型飼料 (サイレージ) の発酵貯蔵技術を応用するものです。セルロースやデンプンを分解する酵素や乳酸菌と酵母の自然な共生関係を利用した農業・醸造型バイオエタノール生産技術と言えます。セルロース系材料からエタノールを生産する際には、「原料の貯蔵方法」、「発酵阻害物質の発生抑制」、「蒸留コスト」、「廃液処理」 といった課題がありますが、収穫後低水分のまま貯蔵するのと同時に酵素や微生物の力で糖化・発酵させる 「固体発酵法」 を用いることにより、これらの課題を解決することができます。飼料イネホールクロップ (穂と茎葉を含んだ植物体全体) を用いた 「固体発酵法」 によって生産したエタノール量は、213 L/t となり、この原料を用いた生産目標値(317 L/t 程度)の約7割の実績を得ることができました。
この固体発酵法により、バイオマスは、付加価値が高いエタノールと飼料に変換され、全て有効利用することが可能となります。バイオマス収穫地で資源を様々な用途に (カスケード) 利用される資源循環型バイオマス利用システムへの活用が期待されます。
なお、固体発酵法については、3月27〜29日に開催される日本農芸化学会2009年度大会で発表します。
予算: 農業環境技術研究所運営費交付金研究 (2006)
農水省委託プロジェクト 「地域活性化のためのバイオマス利用技術の開発」 (2007 - 2008)
特許: 出願中 (特願2008-062797) 「アルコールの製造方法」
研究推進責任者:
(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3
理事長 佐藤 洋平
研究担当者:
(独)農業環境技術研究所 生物生態機能研究領域
主任研究員 農学博士 北本 宏子
TEL 029-838-8355
広報担当者:
(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー
福田 直美
TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8191
電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp
セルロース等の非食用バイオマスを原料に用いたバイオマスエタノールの生産技術の開発では、液体中で反応させる方法による取り組みが良く行われていますが、バイオマスを分解・発酵・蒸留する過程では、「原料貯蔵中の腐敗」、「糖化効率を上げる前処理に伴う課題 (エネルギー・施設の耐久性・廃液処理)」、「前処理による発酵阻害物質の産生」、「蒸留に必要なエネルギーコストが高い」、「廃液処理が困難」といった様々な課題があり、石油燃料を凌駕する低コスト化は実現していません。
これらの欠点を補い、低コストで高効率にバイオマスの利用が図れる技術が求められています。
日本で古くから培われた酒や漬物など古典的醸造技術では、微生物の相互作用や酵素反応を利用して、乳酸菌と酵母の共存によって乳酸やエタノールを生産することで、バイオマスを腐敗させずに変換・貯蔵してきました。また、牧草や飼料作物を乳酸発酵させたサイレージは、自給可能な国産家畜(牛)用飼料として普及してきており、材料草を農地で包装したり小さなプールのようなサイロに詰め込んだりして、発酵させます。材料草の糖分が少ない季節には、セルロースを分解する酵素(セルラーゼ)を添加し、草のセルロースを糖にして乳酸発酵を促進させる方法が実用化されています。そこで、草の糖化をさらにすすめれば、この中で乳酸菌と酵母による乳酸とエタノールの発酵が促進され、特別な殺菌や粉砕・加熱処理をせずに腐敗を抑えたままエタノールが生産されると考え、その実現性を検討しました。
・ 農地から刈り取ってきた材料草(飼料用イネ[ホールクロップ]と食用イネ[ワラ])を切断後、酵素と微生物を添加し、小規模な固体発酵を検討しました。
・ 飼料用イネ (ホールクロップ) では20日間の貯蔵・発酵後213 L/t (乾物重量あたり) のエタノールが生産されました。また、食用イネ (ワラ) では同じ方法で75 L/t 生産されました (バイオエタノール生産量目標値は、原料に蒸玄米を用いると450 L/t、草本系バイオマスでは260 L/t * 程度といわれています。今回用いた飼料イネホールクロップを原料にした場合の目標値は、317 L/t ** 程度と算出されます) 。
・ ホールクロップからエタノールを213 L/t 生産する際に必要な酵素の価格は127円 / (Lエタノール) ですが、酵素量を 1/10 に減らした場合ではエタノールは129 L/t 生産された一方、この時の酵素の価格は26円 / (Lエタノール) に抑えられました。
・ 水分60%の生のホールクロップは発酵後、現物中8%程度のエタノールを含んでいました。従って、水分中に占めるエタノールは13%になります。通常のバイオエタノール生産では、5%程度であるのに対して、エタノール蒸留に必要なエネルギーは、低く抑えることができると考えられます。
・ エタノール生産後の残さには、たんぱく質や粗脂肪はそのまま残っており、分解できなかった繊維や防腐剤の役割も果たす乳酸が残っているので、家畜飼料として利用できると考えられます。
* 農水省委託プロジェクト「地域活性化のためのバイオマス利用技術の開発」で100円 / L でエタノールを生産する目標値
** 今回用いた飼料イネ品種(ウシモエ)の玄米と茎葉重量は3:7程度(作物研統計値)なので、 (450×0.3+260×0.7)=317 L とした。
・ 発酵残さの飼料価値の検証やエタノールを低コストで蒸留する技術開発について、他機関との共同研究を推進します。
・ 前処理工程や糖化や発酵の条件を工夫することで、エタノール生産量あたりの酵素使用量を減らすとともに発酵時間の短縮化を図ります。
・ 固体発酵産物からエタノールを回収する方法の開発や農家レベルのプラント試作により、農業地域の資源循環システムに組み込むバイオエタノール生産工程として実証することができます。
・ 環境に配慮し、資源を最大限に活用する地域資源循環システムの構築が期待できます。
図1.農業地域の資源循環に組み込まれるバイオマス固体発酵法のイメージと従来方法との比較
図2.実験室規模の固体発酵の工程