農業環境技術研究所プレスリリース

プレスリリース
NIAES
平成22年8月19日
独立行政法人 農業環境技術研究所

土壌洗浄法によるカドミウム汚染水田の実用的浄化技術を確立
―低コストで水田土壌のカドミウムを除去―

ポイント

・ 本法による土壌の洗浄により、水田における土壌のカドミウム濃度は60〜80%程度、生産される玄米中のカドミウム濃度は70〜90%程度低下しました。

・ 汚染されていない土壌を客土する現行の対策に比べて、塩化鉄(III)と水とを使用して浄化する本法は採土地における環境への影響や適応農地土壌の理化学性への影響が小さいと考えられます。

・ 洗浄剤として用いる塩化鉄の必要量等にもよりますが、標準的な費用は10アールあたり約300万円と客土(300〜600万円程度)と同等以下の水準となります。

・ 平成23年2月末日から適用される食品衛生法に基づく「食品、添加物等の規格基準の中の米に含有するカドミウム及びその化合物についての基準」(0.4mg/kg以下)をクリアするための対策の一つとして期待されます。

概要

1.独立行政法人農業環境技術研究所(農環研)は、長野県農業試験場、富山県農林水産総合技術センター、新潟県農業総合研究所、福岡県農業総合試験場、太平洋セメント株式会社と共同で、土壌洗浄法によるカドミウム汚染水田の実用的浄化技術を開発しました。

2.「土壌洗浄法」は汚染水田に塩化鉄(III)を加え、カドミウムを水中に溶出させて除去する技術です。本法は、従来、主に実施されている土壌汚染防止対策の客土に比較して、採土地における自然改変など環境への影響や適用する農地の土壌の理化学性への影響が小さい対策方法です。

3.具体的な洗浄作業は次の3段階で行います。

(1) カドミウムに汚染された水田に塩化鉄と水を入れて、土壌と水をよく混合し、カドミウムが溶け出した水を排水します。

(2) さらに水を水田に入れてよく混合して排水することを2〜3回繰り返し、水田に残っているカドミウムを排水とともに除去します。

(3) (1)と(2)で発生した排水に含まれるカドミウムを、現場に設置した処理装置によって回収します。

塩化鉄が溶けた水と土壌を混合する際には、作土層をできる限り攪拌するとともに、耕盤を壊さないようにするため、作業深度を正確に管理できるトラクターを用います。混合するときの水深(水面から耕盤までの深さで、作土がけん濁している深さ)を45cm以上とすることで、作土中の土壌のカドミウム濃度は60−80%程度低下し、その結果、生産される米のカドミウム濃度は洗浄していない場合に比べ70−90%程度低下します。また、洗浄処理後に水稲を栽培しても、収穫量はほとんど減少しません。

4.排水にはカドミウムが含まれますが、凝集剤でカドミウムを沈降させることによりカドミウム濃度を環境基準値(0.01mg/L)の10分の1以下まで低下させることができます。その後、農業排水路に放流しますが、化学物質の生体影響評価で用いられる藻類、ミジンコ、魚類などの生育に悪影響を及ぼさないことも確認しています。

5.来年2月末日から、食品衛生法に基づく 「食品、添加物等の規格基準の中の米に含有するカドミウム及びその化合物についての基準」 は現行の1.0mg/kg未満から0.4mg/kg以下に引き下げられます。本技術は新たな基準をクリアするための対策の一つとして期待されます。

予算: 農水省委託プロジェクト 「農林水産生態系における有害化学物質の総合管理技術の開発」(2003-2007)、農水省官民連携新技術研究開発事業(2005-2006)、農業環境技術研究所運営費交付金研究(2008-2009)

特許: 「汚染土壌の浄化方法」(特許4116975号)
「重金属汚染土壌の浄化方法」(特許4116988号)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長   佐藤  洋平

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域

主任研究員  農学博士  牧野  知之

TEL 029-838-8314

上席研究員  理学博士  荒尾  知人

主任研究員  農学博士  前島  勇治

主任研究員  農学博士  堀尾    剛

研究員  理学博士  永井  孝志

研究員  農学博士  赤羽  幾子

長野県農業試験場 環境部

研究員  理学学士  関谷  尚紀

富山県農林水産総合技術センター農業研究所 土壌・環境保全課

主任研究員  農学博士  稲原    誠

(現 富山県農林水産部農業技術課)

福岡県農業総合試験場 土壌・環境部

専門研究員  農学博士  茨木  俊行

新潟県農業総合研究所 園芸研究センター 環境科

主任研究員  農学修士  竹田  宏行

太平洋セメント株式会社 中央研究所

主席研究員  工学博士  高野  博幸

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー

田丸  政男

TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8299

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

開発の社会的背景

1.重金属の一種であるカドミウムは、自然界に広く分布しています。また、カドミウム濃度の高い食品を長年にわたり摂取すると、人の健康に悪影響を及ぼす可能性があります。一般的な日本人における食品からのカドミウム摂取が健康に悪影響を及ぼす可能性は低い * とされていますが、さらに摂取量を減らしていくことが望ましいと考えられています。そのためには、一般的な日本人のカドミウム摂取量の半分近くを占めるコメのカドミウム濃度を減らすことが重要で、本年4月8日には、食品衛生法に基づく 「食品、添加物等の規格基準の中の米に含有するカドミウム及びその化合物についての基準」 が現行の 「1.0mg/kg未満」 から 「0.4mg/kg以下」 に改正され来年2月末日から適用されます。

2.コメのカドミウム濃度を減らすためには、これまでも以下の2つの対策が全国で取り組まれてきました。

(1) 非汚染土壌を上乗せする等の客土

(2) 水田の水管理 (穂が出る時期に水田に水を張ったままにしておくこと) や石灰質肥料施用等の吸収抑制対策

これまでは、主に(1)の客土が行われてきましたが、この方法はコストが高い上、客土に用いる土壌確保のため自然を改変する必要があるといった環境上の問題もあります。また、(2)の吸収抑制対策については、土壌中のカドミウム濃度が高い場合にはこの対策だけでは生産されるコメのカドミウム濃度を十分に下げることができないといった問題点があります。

そのため、安価で広範囲に適用できる土壌汚染防止対策として土壌浄化技術の開発が望まれています。

研究の経緯

土壌洗浄法は重金属の除去効率が高く、短期間で浄化可能という長所があります。しかし、過去に実施された研究では、薬剤による土壌への影響や、洗浄後の排水処理の問題から実用化に至りませんでした。そこで、農業環境技術研究所を中心とする研究グループは、土壌への影響の少ない塩化鉄を洗浄剤として見いだし、現地で実施可能な洗浄技術を開発するため、実際の水田において現地試験を開始しました。

研究の内容・意義

1.多数の薬剤を選抜した結果、塩化鉄は、洗浄剤としてカドミウムの抽出効率が高く、安価で、農地土壌の物理化学性への影響も少ないことがわかりました。塩化鉄は水に溶けて、カドミウム除去に最適なpHを保つとともに (図1) カドミウムの水中への溶出を促進します。

2.水田を高い畦(あぜ)板で囲んで、水田から水が漏れないようにした後、塩化鉄溶液と用水をポンプで水田に入れ、耕盤(水田作土の下にある硬い土層)からの水深を45cmにします。その状態で、レーザーレベルセンサー等攪拌の深さ一定に保つことができるよう攪拌機で代かきを行うことによって、カドミウムを水中に溶出させます (写真1)。その後、静置して土壌が沈んだ後、カドミウムを含む水を排水します (図2)。さらに水で繰り返し洗浄して、残っているカドミウムと塩素を除去します。洗浄の終わった土壌には、石灰質肥料を施用して、pHを元の状態に戻します。

3.カドミウムを含む排水は、アルカリ凝集沈殿システムを備えた現場に設置した排水処理装置 (図3写真3)によって処理します。本装置によって、排水中のカドミウムなど重金属を回収し、廃棄物として処理します。

4.排水処理装置を通った処理水のカドミウム濃度は、環境基準値(0.01mg/L)の10分の1以下になります (図4)。

5.処理水には高濃度の塩素イオンが含まれるため、2倍以上に希釈して放流します。化学物質の生体影響評価で用いられる魚類、ミジンコなどの生育に悪影響を及ぼさないことが確かめられています (表1)。

6.洗浄処理によって、水田土壌のカドミウム濃度が60−80%程度低下しました (図5)。

7.洗浄処理後に栽培した水稲には、収量に有意差は無く (図6)、生産された玄米のカドミウム濃度は洗浄していない場合に比べて70-90%程度低下しました (図7)。

8.本法の標準的な費用積算で、施行面積2ヘクタール、土壌カドミウム濃度1mg/kg (中程度汚染)、塩化鉄濃度15mmol/Lとした場合、浄化に必要な所要日数は約80日、直接工事費が10アールあたり約200万円、間接経費を含めても約300万円となります。客土費用 (300〜600万円) と比べてコストの削減が可能です。

今後の予定・期待

本汚染防止技術は、客土より低コストで、客土が適用できない地域でも、客土に近いレベルの浄化効果が得られます。今後、「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」 に基づきカドミウムに汚染された水田で実施する土壌汚染防止対策の一つとして活用されることが期待されます。

塩化鉄(III)による土壌pHの低下とカドミウム(Cd)の抽出(グラフ):塩化鉄濃度(mmol/L)が0から50まで増加すると、抽出液のpHは6から2近くまで低下、カドミウム抽出率(%)は0から90以上に増大

図1 塩化鉄(III)による土壌pHの低下とカドミウム(Cd)の抽出

(化学反応式)塩化鉄が鉄イオンと塩素イオンに分かれ、鉄イオンと水の反応で水酸化鉄と水素イオンが生じる
水田現場におけるオンサイト土壌洗浄:排水処理装置と塩化鉄施用のようす

写真1 汚染水田現場における土壌洗浄

攪拌作業のようす(写真)

写真2 攪拌作業

薬剤洗浄工程〜水洗浄工程〜排水処理工程(フロー図)

図2 開発した水田土壌の化学洗浄法のフロー図
(図中のカドミウムは、実際にはカドミウムイオンの状態で存在。)

原水槽(洗浄排水)〜反応槽1(中和・酸化処理)〜反応槽2(キレート処理)〜凝集槽(凝集処理)〜沈殿槽(沈殿処理)〜放水/フィルタープレス(脱水処理)〜Cd含有汚泥 (フロー図)

図3 可搬型排水処理装置の処理フロー図

排水処理装置(写真)

写真3 排水処理装置

洗浄排水および処理水のCd濃度(グラフ):塩化鉄洗浄/水洗浄1回目/水洗浄2回目の洗浄排水のCd濃度は約0.12、0.05、0.02 mg/L、処理水はいずれも0.00 mg/L。ただし、排水基準は0.1mg/L、環境基準は0.01mg/L

図4 洗浄排水および処理水のCd濃度

表1 ミジンコ、トビケラの急性毒性試験結果

オオミジンコ、コガタシマトビケラへの急性毒性影響は、飼育水(対照区)、農業用水、処理水(2倍希釈)、放流先河川水では反応ゼロ、処理水(希釈なし)ではオオミジンコ遊泳阻害25%、死亡率10%、コガタシマトビケラの伸身開脚反応阻害率10%、死亡率10%。
土壌カドミウム濃度の低減効果(グラフ):ほ場A(中粗粒灰色低地土)/ほ場B(中粗粒グライ土)/ほ場C(細粒灰色低地土)での土壌カドミウム濃度が60〜80%低下

図5 土壌カドミウム (Cd) 濃度(0.1mol/L HCl抽出)の低減効果

玄米収量の変化(グラフ):ほ場A(平均510kg/10aが平均500に)/ほ場B(470が450に)/ほ場C(410が360に)。ともに有意な変化はなかった

図6 玄米収量の変化

玄米カドミウム濃度の低減効果(グラフ):ほ場A/ほ場B/ほ場Cでの玄米カドミウム濃度は70〜90%低下

図7 玄米カドミウム(Cd)濃度の低減効果

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