農業環境技術研究所プレスリリース

プレスリリース
NIAES
平成23年7月29日
独立行政法人 農業環境技術研究所

「包括的土壌分類 第1次試案」を作成
―国土全域に適用できる土壌分類法ができました―

ポイント

・ 土地利用の如何に関わらず適用できる土壌分類法です。

・ この分類法を用いることにより土壌についての知見・データを土地利用を問わず共通の土壌情報として提供できます。

・ わが国の土壌を統一的に世界の土壌と対比できます。

概要

1.独立行政法人農業環境技術研究所(農環研)は、日本全国のあらゆる土地利用において使用できる分類法として「包括的土壌分類 第1次試案」を作成しました。

2.わが国では、さまざまな土地利用形態に共通して使用できる土壌分類法の整備が遅れていました。しかし、この新たな土壌分類法は、土地利用を問わず共通の土壌情報を提供できます。

3.国際的な土壌分類法との整合性を考慮して作成された国内の土壌の分類法であることから、今後地球温暖化などの地球規模の環境問題に関する研究において土壌の国際的な比較が可能になる等、活用が可能です。

4.「包括的土壌分類 第1次試案」は、2011年3月末に印刷物として公表しました。

予算: 農業環境技術研究所運営費交付金 (2006-2010)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長    宮下  清貴

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 農業環境インベントリーセンター

主任研究員  農学博士   小原   洋

TEL 029-838-8353

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー

田丸  政男

TEL 029-838-8191

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

開発の社会的背景と研究の経緯

1.わが国の土壌分類法は、国の事業ごとに発展してきました。たとえば、農耕地(水田、畑)については 「農耕地土壌分類」 により分類され、林地については 「林野土壌の分類」 により分類されるなど(図1)異なる土壌分類法に従った土壌図が作られてきました。その中では、対象とする土地利用以外の場所は空白となっています。そのため、農耕地と林野とでは、異なる土壌図を用いて土地利用計画等がなされています。また、都市域については、一部で調査事例はありますが、都市土壌を対象とする共通の土壌名を与えられる分類法はほとんどありません。このように、国土全域に適用できる包括的な土壌分類がなく、同じ土壌でも土地利用が変わると適用する土壌分類法が変わり、分類名称が変わってしまうことがあるという問題がありました。

2.また、わが国のように、土地利用ごとに土壌分類を使い分けている国はまれであり、国際的な基準による環境調査や研究の報告などの際に障害となっています。

3.日本ペドロジー学会*1 は、このような状況を解消するため、土壌研究者からなる委員会を設置して、土壌分類体系の統一を目指して検討を進め、「日本の統一的土壌分類体系 −第一次案(1986)−」、「同 −第二次案(2002)−」を作成してきました。しかし、この分類案も完全なものではなく、2004年の日本学術会議の答申で「大縮尺土壌図*2 に活用するためには下位カテゴリー*3 を設定する必要がある」と指摘されています。

4.このような背景のもと、農環研は、(1)国土全域をカバーするとともに、(2)ほ場レベルの農業生産や環境影響評価に利用可能な下位カテゴリーも含めて区分を設定することを主眼として、「包括的土壌分類」の作成に取り組みました。作成に当たっては、土壌の分布の地域性(たとえば泥炭土は北海道に多いなど)、土地利用の多様性などに対応するため、国内各地の大学や研究機関の専門家を外部委員として、意見を求めました。

図1 近年の日本を中心とした主な土壌分類の現状

日本では、土地利用別の分類(農耕地と林野)や日本ペドロジー学会の分類があります。国際的には、FAO(国際連合食糧農業機関)・ IUSS(国際土壌科学連合)・ ISRIC(国際土壌照合センター)などの作った WRB(世界土壌照合基準)や USDA(アメリカ農務省)の土壌分類等が利用されています。それぞれ、研究の発展、新たな知見、土地利用の変化などに対応するため、分類体系は更新され続けています。

研究の内容・意義

1.「包括的土壌分類 第1次試案」は、全国の土壌を上位カテゴリーから順に、土壌大群、土壌群、土壌亜群、土壌統群に分けます。まず、対象となる土壌の主たる生成作用と発達程度の差異などによって10の土壌大群(造成土、有機質土、ポドゾル、黒ボク土、暗赤色土、低地土、赤黄色土、停滞水成土、褐色森林土、未熟土)に区分します(図2 および 表1)。土壌大群は、地下水位などの水分条件、土壌母材などによって27の土壌群に分類されます。さらに、各土壌群の中間的な性質をもつ土壌からその土壌群の典型的な性質をもつ土壌までを116の土壌亜群に分類します。最後に、各土壌亜群を粘土含量の違いや礫(れき)層の有無などによって最下位カテゴリーである381の土壌統群に分類します。これらの分類・同定は、現地調査といくつかの分析データを組み合わせた検索表を使って行います(表2)。

10の土壌大群の代表的な土壌断面(写真)と対応する地形(山地・丘陵地〜台地〜河川〜低地〜砂丘〜海)

図2 10土壌大群とそれらが分布する主要な地形の模式図

「包括的土壌分類 第1次試案」 は、山地から海岸へ至る全国土をカバーします。写真A〜Jは 表1 の土壌大群に対応しています。

表1 土壌大群と土壌群、亜群、統群の数

包括的土壌分類案第1次試案における分類数 造成土大群:2群/5亜群/統群なし、有機質土大群:1群/4亜群/15統群、ポドソル大群:1群/5亜群/15統群、黒ボク土統群:6群/26亜群/102統群、・・・、合計:10大群/27群/116亜群/381統群

注)「農耕地土壌分類 第3次改訂版」では「土壌大群」が、「日本の統一的土壌分類体系 第二次案」では「統群」が設定されていません。

表2 土壌分類名を同定するための検索表

(a) 土壌大群を同定するための検索表です。例として「黒ボク土大群」について示します。

(b) 土壌群・亜群・統群を同定するための検索表です。上で、「黒ボク土大群」に分類した土壌について例示します。

注:土壌分類の検索表では、特異な性質をもつ土壌から分類名を検索していきます。そのため、亜群の代表的な土壌(普通亜群)は検索表の最後に残った「その他」となります。

2.これまでは、同じ性質をもつ土壌であっても土地利用によって用いる土壌分類法が異なるため、異なる分類名が付けられることがありました。これは、土地利用によって重視する土壌の性質が異なるためです。たとえば、図3 に示すような火山灰が堆積してできた土壌は、火山の多いわが国に特徴的で、広い範囲に分布していますが、「農耕地土壌分類」では母材の性質を反映した「リン酸固定力」や「土壌炭素蓄積」等による土壌の性質が重視され、「黒ボク土」に分類されます。一方、林野土壌分類では母材による土壌の性質の違いよりも水分条件等による土壌の性質の違いが重視され、「黒色土」のほか「褐色森林土」や「ポドゾル」等、さまざまな土壌群に分類されます。このように農耕地と林地で土壌の分類法が異なるため、流域全体を対象に栄養塩の動態を解析する研究などを行う際には、土壌の性質が分類名から一括して得られず研究の妨げとなっていました。今回、農環研が作成した「包括的土壌分類」によりこの問題が解消できます。

図3 農耕地や林地に分布する火山灰が堆積した土壌

写真 (a) のような土壌は、農耕地の場合 (b) は黒ボク土、林地 (c) の場合は褐色森林土と呼ばれます。(土壌断面写真:今矢明宏氏提供)

3.「包括的土壌分類」では、「日本の統一的土壌分類体系 −第二次案(2002)−」と「農耕地土壌分類 第3次改訂版」とを融合しました。火山灰が堆積してできた土壌は「黒ボク土大群」として区分し、その下位カテゴリーとして、6土壌群、26土壌亜群、102土壌統群を設定することで、土地利用に左右されず、かつ、大縮尺土壌図で小さな面積の土壌まで図示する場合にも対応できるようにしました。また、土壌の性質を詳細に区分しているため、保水性・透水性・多腐植性など多様な土壌の情報が適確に得られます。さらに、この土壌分類では、家庭ゴミ、ビニール、プラスチック、鉱山廃棄物、鉱さい、家屋・ビル・道路などを壊したがれき・廃材などの人工物質が埋まっているような都市緑地から、高山帯の土壌に至るまで、さまざまな土壌を扱えます。

4.「包括的土壌分類 第1次試案」では国際的な分類法および国内のこれまでの土壌分類法との整合性を考慮し、容易にその関係がわかるように対比表( 表3 および 表4 )を作成しました。地球温暖化などの地球規模の環境問題に関する研究においては、国内の土壌を世界中の土壌と対比することが必要であり、今回作成された分類法は非常に意義のあるものです。

表3 国際的な土壌分類名との対応表(黒ボク土大群の例)

表4 農耕地土壌分類、第3次改訂版、日本の統一的土壌分類体系 −第二次案(2002)−との対比表 (黒ボク土大群の例)

今後の予定・期待

農環研では、全国の農耕地とその周辺環境における作物養分の変動・蓄積、炭素貯留機能、水質浄化機能、外来植物の侵入しやすい立地環境などを解析・評価する研究をしています。これらの研究に「包括的土壌分類 第1次試案」に基づく土壌情報を用いることにより、調査結果を統一的に類型化・指標化することが可能になり、現場でわかりやすく研究成果を活用できます。また、地球温暖化対策、生物多様性保全など多様な行政ニーズに対応するための全国的土壌資源情報の基盤の整備に向けて、土壌データベース、代表的特性値データ集、土壌図(図4)などの構築・作成にこの土壌分類を活用していく予定です。

図4 包括的土壌分類 第1次試案を用いて土壌図(縮尺1/5万)を作成した例(白色部分は市街地、建造物、および未調査地)

用語の解説

*1 日本ペドロジー学会: 土壌の生成、分類および調査に関する研究の発展と知識の普及を目的に設立された学会。

*2 大縮尺土壌図: 一般的に1万分の1以上の縮尺をもち、小流域や市町村単位での土地利用計画などに用いられる土壌図をいいます。

*3 下位カテゴリー: 土壌分類の細区分単位のこと。土壌の生成環境などで上位カテゴリーを分けた後、粘土含量や礫層などの有無で分けられる分類単位のこと。

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