ポイント
・ 農業生態系の生物多様性に関するデータを蓄積、提供するWebサイトです。
・ 全国の生物多様性を比較するための生態系区分(全国60タイプ)のデータを提供します。
・ 研究者だけでなく、行政や企業、農業者、市民団体などが情報を共有し、生物多様性を評価し保全する取り組みに活用できます。
1. 独立行政法人農業環境技術研究所(農環研)は、生物多様性に関する調査データを効率的に登録・共有し、日本全国で比較できる 「農業景観調査情報システム RuLIS WEB(ルリス・ウェブ)」 を開発、公開しました。
2. RuLIS WEB では、利用者登録をすれば、だれでも自らの生物調査データをインターネット・ブラウザから登録・蓄積することができます。登録したデータを公開するかどうかは、データ提供者が選択できます。
3. また、RuLIS WEB では、地域ごとに異なる生物多様性を相互に比較するための基準として、あらかじめ自然環境や人間活動に基づいてタイプ分けした生態系区分データ (60タイプに区分、約1km四方のメッシュデータ(P. 5 の 用語解説 参照)として整備) を公開します。
4. 蓄積された生物調査データと生態系区分データは、Web-GIS (P. 5 の用語解説参照)の機能により地図画面上で重ね合わせて表示することができます。また地図画面上で、地点またはメッシュを選択することにより、選択した地点の生物調査の内容や、メッシュの生態系区分に関する情報を閲覧できます。さらに、生物調査データを種名などに基づいて検索し、絞り込めば、一覧表示したり、検索結果をファイル出力することも可能です。
5. 本システムにより、研究者、行政、企業、農業者、市民団体などが農業生態系の生物多様性に関する情報を共有し、比較することが可能になり、国内または国際的な生物多様性評価の取り組みに活用することが期待されます。
6. Web サイト「RuLIS WEB」(http://rulis.dc.affrc.go.jp/rulisweb/) は2011年8月19日から公開しました。
予算:
農林水産省委託プロジェクト研究 「流域圏における水循環・農林水産生態系の自然共生型管理技術の開発」 (2002−2006)、 同 「農業に有用な生物多様性の指標及び評価手法の開発」 (2008−2012)、 環境省環境研究総合推進費 D-1008 「生物多様性情報学を用いた生物多様性の動態評価手法および環境指標の開発・評価」 (2010−2012)
研究推進責任者:
(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3
理事長 宮下 清貴
研究担当者:
(独)農業環境技術研究所 生物多様性研究領域
上席研究員 山本 勝利
TEL 029-838-8245
主任研究員 楠本 良延
特別研究員 三上 光一
(独)農業環境技術研究所 生態系計測研究領域
主任研究員 岩崎 亘典
広報担当者:
(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー
田丸 政男
TEL 029-838-8191
電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp
農業生産と生物多様性保全の両立を図るため、近年、環境保全型農業の推進をはじめとするさまざまな取り組みがなされています。特に昨年10月に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議 (COP10) で採択された 「愛知ターゲット (2020年目標)」 では、「目標7: 2020年までに、農林水産業が行われる地域が、生物多様性の保全を確保するよう持続的に管理される」 ことが掲げられ、この目標をいかにして実現し、どのように検証するかが課題になっています。
しかし、農村では、森林等に比べて人間活動による生態系の変動が激しいこと、自然環境等の違いにより生物多様性だけでなく農業生産方式も多様なこと、生物多様性に関する観測情報の蓄積が不十分なこと等から、全国各地の生物多様性を客観的に比較・評価することは困難でした。
そこで、日本各地の農業生態系における生物多様性の観測情報を効率的に蓄積し、その変化を日本の国土全体で評価するための Web 版農業景観調査情報システム (RuLIS WEB) を開発しました。
1. 北海道から沖縄まで南北に長い日本では、気候や地形、土壌などの自然環境、農業生産方式や歴史などの人間活動の影響が地域ごとに異なるため、異なる地域で調査された生物多様性に関する情報を単純に比較することはできません。そこで農環研では、農業生態系の生物多様性に関する情報を体系的に収集、蓄積し、それらの情報を客観的に比較研究するための農業景観調査情報システム ( Rural Landscape Information System,略称 RuLIS (ルリス)) を開発してきました。
2. RuLIS は、異なる地域の生物多様性を比較するための生態系区分データと、生物調査データの蓄積の2つの部分からなります(図1)。生態系区分データは、気候、地形・地質・土壌、植生などの自然環境や人間活動に基づいて全国の生態系をあらかじめ60のタイプに階層的に区分したもの(図2)で、1辺約1kmのメッシュデータ(3次メッシュ)として整備してあります。各地で行われる生態系や生物相に関する調査の結果(生物調査データ)を、この生態系区分データと組み合わせて蓄積することにより、異なる地域の生物多様性を生態系の相似や相違に基づいて比較することが可能です。農環研では現在、60タイプの生態系の中から農業生態系として代表的な4タイプ(利根川流域)を選定し、体系的な調査を進めています(図1)。
3. 一方、農業・農村の現場では、研究者、行政、農業者、市民などさまざまな主体が生態系や生物多様性を調査しています。しかし、調査結果は調査者自身によって個々に保管されているため、他の調査者の結果と比較したり、国土全体などの広域評価に利用することが困難です。そこで、生物調査データの入力や出力 (地図画面上での閲覧、データのファイル出力) と、それらを比較するための生態系区分データの提供をインターネットを通じて行える RuLIS WEB を開発し、一般に公開しました(図3)。
4. RuLIS WEB では、RuLIS (農業景観調査情報システム) で構築された生態系区分(図2)のメッシュデータを、Web-GIS により基盤地図(道路や地名など)と重ね合わせて画面上で閲覧したり(図4)、メッシュデータをファイルとして出力し、自由に利用することができます。
5. 生物調査データは、誰でも、インターネット・ブラウザから登録、蓄積できます(図5)。RuLIS WEB には、生物種ごとの分布地点に関するデータだけでなく、生物群集の情報 (植物群落の種組成など、ある地点で同時に観測された複数の生物種または生物種群の総合的な情報) も登録できます。データ登録には調査を実施した地点を緯度経度で指定する必要がありますが、GPS 等で計測した位置情報が無くても、RuLIS WEB の地図画面上で地点をクリックすれば簡単に指定できます(図6)。このため、古い調査データの登録も可能です。
6. 蓄積された生物調査データは、基盤地図、生態系区分、土地利用面積率などのデータと重ね合わせて地図表示できます。また、種名や調査方法などを検索して絞り込めば、検索結果を一覧表示したり(図7、図8)、ファイル( CSV 形式)に出力することができます。RuLIS WEB に蓄積されている生物調査データは、現在のところ農環研が保有するデータのみ(表1)ですが、RuLIS WEB の公開により農環研以外のデータが蓄積されることが期待されます (農環研でもデータを随時拡充していく予定です)。
7. なお、データの登録やファイル出力には、利用者登録が必要です。これは、データの信頼性を確保するとともに、データ提供者の権利を保護するためのものです。データ提供者はデータの公開、限定公開、非公開の別を選択できます。蓄積され、公開されたデータは、さまざまな人たちが共用する生きものデータバンクとして利用できます(図9)。
このシステムに、研究者、行政、企業、農業者、市民団体などさまざまな主体が調査した生物多様性データが蓄積・共有されることで、環境保全型農業や自然再生事業などの取り組みが生物多様性に及ぼす効果を、地域の自然環境等に応じて評価することが可能になります。また、このシステムを利用して、わが国の農業生態系の情報を国際的に発信することが可能になると期待されます。具体的には、GEO-BON (地球観測における生物多様性観測ネットワーク) などの国際的な生物多様性観測・評価の取り組みが想定されます。
1) メッシュデータ: 日本の国土全体を、緯度、経度に基づいて格子状に分割した地図データです。個々の格子(メッシュ)にさまざまな情報を持たせて利用します。日本では、JIS 規格によりメッシュの区分方法や各メッシュに付けるコードなどが決められています。日本国土を約1km四方に区切ったものは 「基準地域メッシュ(3次メッシュ)」 と呼ばれ、土地利用、気候値、地形、標高、植生、人口などさまざまな情報が各省庁で整備されています。
2) Web-GIS: インターネット上で地図を表示する地理情報システムです。表示の拡大や縮小ができるほか、緯度経度情報を利用して複数の情報(地図)を重ね合わせて表示できます。最近では、Yahoo 地図や Google マップ、Google アースが有名です。
図1 農業景観調査情報システム RuLIS の2つのフレーム
図2 農業景観調査情報システム RuLIS における農業生態系の区分
図3 RuLIS WEB のトップページ
図4 RuLIS WEB のさまざまな地図表示
図5 RuLIS WEB における生物調査データ登録の流れ
図6 RuLIS WEB における調査地点の位置情報(緯度経度)の取得
図8 生物調査データの地図表示例
(Webブラウザにより地図表示可能な数が異なります)
表1 現在 RuLIS WEB に格納されているデータの例
図9 共有の生きものデータバンクとしての RuLIS WEB の活用方向