農業環境技術研究所プレスリリース

プレスリリース
NIAES
平成23年12月21日
独立行政法人 農業環境技術研究所

チャの主要害虫チャノコカクモンハマキの発生周期を解明
−長期モニタリングデータを使い年周期と世代周期を検出−

ポイント

・ チャノコカクモンハマキの野外での捕獲記録を統計解析し、季節性を示す年周期と世代の分割を示す世代周期を検出しました。

・ 世代周期が現れる主な要因は、幼虫期の競争と成虫の老化による短い生殖期間であると考えられます。

・ 本研究の成果は、害虫の発生予測の高度化など様々な応用が期待され、著名な国際生態学誌にも掲載予定です。

概要

多くの昆虫は、春から秋にかけて活発に活動し、卵からかえって成虫になるという過程を、シーズン中何度も繰り返します。温帯の害虫ではこのような現象がよく調べられており、各発生期のピークは毎年ほぼ同じとなることがわかっています。この理由は、冬に生育ステージが斉一化し、それが後の世代でも持続しているという、季節性がもたらす当然の結果だと捉えられていました。

今回、独立行政法人農業環境技術研究所 [理事長 宮下C貴] は、鹿児島県茶業試験場の48年間に渡るチャノコカクモンハマキの捕獲記録を用い、新たな統計解析技術を導入することでこの現象を精密に解析しました。

その結果、季節性を示す年周期と各世代がはっきりとわかれて発生消長のピークを形成する「世代分割」の現象を検出しました。また、「世代分割」が従来考えられていたように季節性のみで決定されるのではなく、種内密度効果と成虫の寿命が短いことが主要な要因であることを突き止めました。これは、温帯に生息する野生昆虫の時系列データ解析では、世界で初めての発見です。

なお、本研究は、The American Naturalist の電子版で2011年11月30日に発表されました (*1)。

予算: 農業環境技術研究所運営費交付金(2011)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長     宮下  C貴

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 生物多様性研究領域

研究員 農学博士 山中  武彦

TEL 029-838-8253

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー

小野寺達也

TEL 029-838-8191

FAX 029-838-8299

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

開発の社会的背景と研究の経緯

動物の個体数を長期間にわたって記録したとき、時間の経過とともに一つ一つの世代がはっきりとわかれてピークを形成する現象を、「世代分割」 と呼びます。この現象は昆虫などで広く観察され、20世紀初頭から多くの生態学者が、そのメカニズムの解明に取り組んできました。例えば、幼虫が限られたえさをお互いに争う種内競争や、成虫が同じ種の卵やさなぎを捕食する効果が、世代分割を生み出すことが知られています。また、寄生蜂を導入すると、食う食われるの関係が持続し、世代の間隔よりも長い周期の変動が観察されます。

一方、温帯の害虫データは、毎年同じ時期に顕著な発生ピークを持つものが多くありますが、ここでみられる世代分割は当然の自然現象であると考えられてきました。すなわち、温帯昆虫の多くは、特定のステージでだけ越冬したり、季節によって成長速度が大きく変わったりするため、ある時点で生育ステージが斉一化し、後の世代ピークは、単に斉一化した羽化時期の影響が持続しているだけだと考えられるわけです。

本研究では、古くから害虫の発生ピークを予測するために用いられてきた有効積算温量の計算 (*2) と同等の変数変換を行い、チャノコカクモンハマキの個体数が記録された日付を、昆虫の生理時間に変換し、周期性解析とシミュレーションモデルによる要因解析を行いました。温帯昆虫での長期時系列データを、変数変換法を使ってシミュレーション結果と比較する研究は、画期的なものです。

研究の内容・意義

鹿児島県茶業試験場では、茶の害虫の防除適期を決定するため、誘蛾灯に捕獲されるチャノコカクモンハマキ成虫の数を1960年から継続して記録しています(鹿児島県茶業試験場、内村氏担当)。これらの捕獲データは、害虫の発生の程度や時期を予測するために重要ですが、同時に、長期にわたって同じ方法で定期的に記録されたデータは、今回の「世代分割」の検証のように、基礎生態学的な問いに答えうる貴重な情報資源です。

このチャノコカクモンハマキ捕獲データは、48年間、ほぼ5日間隔で記録されています(図2A)。本研究では、その日付を、積算温量に相当する昆虫の生理時間に変換し、変換後の時系列データに対して、ウェーブレットとピリオドグラムによる周期性解析を行いました(*3)。

周期性解析の結果、世代分割に対応する世代周期と、季節性に対応する年周期の2つの主要なサイクルが、データから検出されました(図2B)。特に世代周期は、48年間を通して非常に強く検出され、世代分割を生み出すメカニズムの存在を暗示しています(図2C)。

さらに、卵 → 幼虫 → 蛹 → 成虫へと成長する、生活史イベントを組み入れたシミュレーションモデルを構築し、これを野外の捕獲消長と比較しました。モデルは昆虫の生理時間で実行される時間遅れ効果を持つ微分方程式 (*4) で表現され、先行する研究から、世代分割を生み出しているメカニズムの候補として、(1)低密度で交尾相手がいなくなる負の密度依存効果、(2)幼虫期の餌資源をめぐる競争、(3)成虫が老化することで生殖期間が短くなる効果、(4)チャノコカクモンハマキの世代時間に同調する寄生蜂の影響、(5)冬期の成虫・卵・蛹の死亡(幼虫だけが越冬できる)、の5つを検証しました (図3)。

5つのメカニズムの候補を様々に組み合わせてシミュレーションを行い、その挙動と周期を、実際のデータを比べてみました (表1)。その結果、世代分割が持続するためには、(2)幼虫期の競争と、(3)成虫の老化が必須であることがわかりました (表1 のモデル b とモデル g )。もし幼虫期の競争がなければ、世代が徐々に混ざり合って、世代分割のピークがはっきりしなくなります。また、成虫の老化がないと、世代分割の周期が、観察されたものとは違うものになります。さらに、(2)幼虫期の競争に、(5)冬期の高い死亡率が加わることで、データが示す世代サイクルと年周期の2つのサイクルを再現できました (表1 のモデル g)。

これらの結果を統合的に解釈すると、1.単なる季節性だけでは世代分割を説明できず、種内競争という個体群制御メカニズムに、短い成虫生殖期間が加わることで、強力な世代分割の持続波を生み出していること、2.これに冬期の高い死亡率が加わることで、世代分割と年周期が組み合わさったユニークな発生消長が実現すること、が示されたことになります。

今後の予定・期待

日本国内の研究機関や試験場、大学などが、これまでに蓄積してきた長期害虫モニタリングデータは、量・質ともに世界のトップ水準にあります。農業環境技術研究所では、様々なリソースから昆虫の発生に関わるデータを収集し、情報資源として整備しています。こうした情報資源は、地球温暖化による害虫相の変化や生物多様性の劣化の検証と要因解析などに活用できます。今回解析の対象としたチャノコカクモンハマキについても、茶園で使われる殺虫剤や気温の上昇が世代分割に与える影響を、継続して解析していく方針です。

昆虫の発生推移を生理時間に直して数学的に解析し、齢構成モデルと比較する今回の研究手法は、温帯に生息する様々な生物種に応用可能で、これまでに収集された長期モニタリングデータを解析するための強力なツールとなります。また、密度依存性を持ち、温度に依存した成長を示す、日本国内の害虫や有害雑草などの発生予測などにも、応用が期待されます。

(写真)

図1 鹿児島の茶園(上)とチャノコカクモンハマキ幼虫(下左)、♀成虫(下右)
鹿児島県は日本有数の茶生産地です。チャノコカクモンハマキは、日本の茶園における主要なチョウ目害虫で、年に4世代から5世代を経過します。明確な自律的休眠ステージはなく、幼虫(特に終齢)のみが越冬できます。

 (グラフ)

図2 48年間のチャノコカクモンハマキ捕獲データとその周期性
.:実際の捕獲消長。時間軸をカレンダー日から昆虫生理時間(φ)に変換しました。 :調査期間全体での周期性解析(ピリオドグラム)と、:時間的な変動を考慮した周期性解析(ウェーブレット)。 年ごとの季節性に対応する周期(黒線)と、室内飼育データから計算した世代周期(青線)および羽化するまでの期間(赤線)を重ねて表示しました。 (ウェーブレット)の48年間の傾向を総計して、期間を通してのトレンドを見たのが (ピリオドグラム)です。

 (モデル図)

図3 齢構成個体群モデル (時間遅れを持つ連立微分方程式)の概要
温度依存の成長速度により次のステージへ移行します。(1)交尾相手不在による繁殖率低下、(2)幼虫種内密度競争、(3)成虫老化による生殖期間の制限、(4)チャノコカクモンハマキの世代期間と同調した寄生蜂、(5)冬期の成虫・卵・蛹の死亡(幼虫は生存)の5つのメカニズムをテストしました。

表1 テストした齢構成モデルのタイプとその周期 (捕獲データの世代周期は32φ)


(9行7列の表)(列見出し:モデル型 幼虫競争(イ) 成虫老化(ウ) 交尾不在(ア) 寄生蜂(エ) 冬期死亡(オ) 周期/モデルa ○ × × × × 31-40φ/モデルb ○ ○ × × × 32φ/モデルc ○ × ○ × × 50φ/モデルd ○ × × ○ × 240φ/モデルe × × × ○ × 240φ/モデルf ○ × × × ○ 40φ/モデルg ○ ○ × × ○ 32φ/モデルh ○ × ○ × ○ 40φ

幼虫競争と成虫老化のメカニズムを組み込んだモデルbは、実際の捕獲データが示す世代周期(32φ)と一致し、野外で見られる現象をよく説明していると考えられます。これら二つのメカニズムに冬期死亡が加わったモデルgは、世代周期と年周期の2つのサイクルを忠実に再現しました。

用語解説等

*1 Takehiko Yamanaka, William A. Nelson, Koichiro Uchimura and Ottar N. Bjørnstad (in press) Generation separation in simple structured life-cycles: models and 48 years of field data on a tea tortrix moth. The American Naturalist.

*2 有効積算温量:変温動物である昆虫の発生時期を正確に予測するため、毎日の気温を使って成長段階を予測する方法。室内実験から算出された成長ゼロ温度以上の気温を足し合わせ、ある成長段階を経過するのに必要な温量 ( 日数 ×( 気温 − 成長ゼロ点 ) ) を計算します。

*3 周期性解析:時系列データから、強いトレンドを持つ周期を検出する方法。ピリオドグラム(periodgram)は、48年間のデータすべてを使って、強い周期を選び出します。一方、ウェーブレット(wavelet)は、ピリオドグラムを発展させた手法で、データの一部分を古い順から少しずつずらしながら周期性を検出します。長期データのトレンドが、調査期間の途中で急激に変化する場合に有効です。

*4 時間遅れ効果を持つ微分方程式:過去の個体数が現在の個体数変動に影響する効果を表現する、個体群モデルの一つです。システム工学などで古くから使われてきた数理モデルであり、1980年代から、齢構成個体群モデルにも応用されています。過去の成虫数が、現在の卵の生産量に影響し、また、卵の成長期間前の卵数が、現在の幼虫個体数を決定しています。

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