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プレスリリース
NIAES
平成25年3月7日
独立行政法人 農業環境技術研究所

高CO濃度によるコメの増収効果は高温条件で低下
―気候の違う2地点のFACE(開放系大気二酸化炭素増加)実験により確認―

ポイント

・ 生育環境が異なる岩手県と茨城県で、大気中の二酸化炭素(CO)濃度の増加と気温がイネの収量に及ぼす影響を調査しました。

・ これまで、高CO濃度条件は、増収効果があることが知られていましたが、本調査により、その効果は高温条件ではあまり大きくないことがわかりました。

・ また、高CO濃度による増収効果は品種によっても大きく異なることが確認されました。

・ これらの知見は、高温・高CO濃度環境に適した品種開発の取り組みに活用できます。

概要

1. 独立行政法人農業環境技術研究所 (農環研) は、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構東北農業研究センターなどと共同で、CO濃度を現在よりも約50%(200ppm)高めた屋外水田でイネを栽培するFACE実験 (用語の解説を参照) を、生育環境が異なる岩手県雫石町と茨城県つくばみらい市の2地点で実施しました。

2. 同一品種を用いた栽培実験では、高CO濃度処理区の収量は無処理区に比べて、平均で13%増加しました。しかし、増収効果は年次・地点によって異なり、冷害年を除くと、生育期間の平均気温が高くなるとともに低下し、温暖化条件では、高CO濃度による増収が、予測されるほどには大きくならない可能性が示されました。

3. 高CO濃度による増収効果は、品種によっても異なりました。特に、つくばみらいFACE実験で使用した8品種の増収率には、3%から36%まで大きな違いがあり、新品種開発を通じて高CO濃度による増収効果を高める可能性が示されました。

4. これまで、高CO濃度条件によって収量が増加すること、白未熟粒が多発し、品質が大きく低下することは知られていましたが、本研究から温度条件や品種によって、増収程度が大きく変動することが明らかになりました。ここで得られた結果は、温暖化影響の将来予測に反映させるとともに、高温・高CO濃度環境に適合した新品種の開発のための貴重な情報となります。

本研究の内容は、2013年2月に出版された国際誌、Functional Plant Biologyの 特集号 ‘Crops for a Future Climate’ に掲載されました(*)。

* Hasegawa T, Sakai H, Tokida T, Nakamura H, Zhu C, Usui Y, Yoshimoto M, Fukuoka M, Wakatsuki H, Katayanagi N, Matsunami T, Kaneta Y, Sato T, Takakai F, Sameshima R, Okada M, Mae T, Makino A (2013) Rice cultivar responses to elevated CO2 at two free-air CO2 enrichment (FACE) sites in Japan. Functional Plant Biology 148, 148-159.

予算: 農林水産省プロジェクト 「農林水産分野における地球温暖化対策のための緩和および適応技術の開発」(平成22年度〜26年度)、 文部科学省科学研究費補助金 「植物生態学・分子生理学コンソーシアムによる陸上植物の高CO応答の包括的解明」(平成21年度〜25年度)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

独立行政法人農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長  宮下 C貴

代表研究者:

独立行政法人農業環境技術研究所 大気環境研究領域

上席研究員  長谷川利拡

電話 029-838-8204

広報担当者:

独立行政法人農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー  小野寺達也

電話 029-838-8191
ファックス 029-838-8299
電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

研究の社会的背景

1. IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書によると、大気中のCO濃度は、過去200年間に約100ppmも上昇しました。また、今後、CO排出削減に向けた取り組みがなされたとしても、大気CO濃度は上昇を続け、現在の約390ppmから、今世紀半ばには470−570ppm、今世紀末には540−970ppmに到達すると予測されています。

2. 大気CO濃度の上昇が農作物に及ぼす影響としては、光合成を促進して収量を増加させることが知られています。しかしながら、その増収がどの程度か、どのような条件で変動するについては、十分な検討がなく、将来の作物生産予測における不確実な要因として指摘されていました。

研究の経緯

1. これまで、高CO濃度が作物に与える影響を調べるには、主に温室や人工気象室などが利用されてきました。しかし、地球規模で変化する気候によって食料生産や炭素循環が受ける影響を明らかにするためには、農作物や自然植生の反応を屋外の条件で調べる必要があります。そのために、屋外の囲いのない条件で大気CO濃度を高める開放系大気CO増加 (Free air CO2 enrichment、FACE) 実験が、1989年に米国アリゾナ州で、畑作を対象として始まりました。

2. 水田を対象としたFACE実験は、1998年に農林水産省農業環境技術研究所 (現 農環研) と農林水産省東北農業試験場 (現 (独) 農業・食品産業技術総合研究機構・東北農業研究センター) が岩手県雫石町で開始し、寒冷地のイネに及ぼす高CO濃度の影響解明に貢献してきました。しかし、大気CO濃度の影響は、温度などの要因によって変化することも指摘されていることから、より温暖な環境においても影響を調査する必要がありました。

3. 農環研では、そのための実験拠点として、「つくばみらいFACE実験施設」 を茨城県つくばみらい市の水田に設置し、2010年から栽培実験を開始しました (雫石FACE実験は2008年で終了)。つくばみらい市で雫石町と共通の品種を用いることによって、高CO濃度に対する同一品種の収量反応を、大きく異なる気候条件で確かめることができます。

研究の内容・意義

1. 雫石町、つくばみらい市の水田に、高CO濃度区 (外気+200ppm (約50%増加)) と対照区を設置し、イネの成熟期までCO濃度を高める処理を行いました(写真1)。生育期間中の平均気温は、雫石町(1998〜2008年)で18.4〜21.4℃であったのに対し、つくばみらい市(2010〜2011年)は24.2〜25.2℃で、幅広い温度条件で増収効果を比較できました。

2. 雫石町(7年間)と、つくばみらい市(2年間)で共通に用いた品種 「あきたこまち」 の収量を比較したところ、対照区と高CO濃度区での平均収量はそれぞれ578g/mと654g/mで、13%の増収が認められました。

3. しかし、高CO濃度による収量への影響は、毎年の温度条件で異なり、最低気温を記録した冷害年次 (雫石2003年、生育期間の平均気温18.4℃) には認められず、その他の年次では、増収はするものの、その程度は高温になるとともに低下する傾向が認められました(図1左)。

4. 高CO濃度による増収率を、地上部全重と収穫指数 (全重に占める収量の重量割合) から解析すると、地上部全重の増加率と温度には有意な関係が見られず(図1中)、収穫指数は低温、高温条件でマイナスとなる傾向が認められました(図1右)。すなわち、温暖化した場合には、高CO濃度による増収効果が期待どおりには発揮されず、予測よりも低くなることが考えられます。

5. 形態特性の異なる4品種を2地点(試験年次は2007、2008、2010年)で比較したところ、高CO濃度による増収率に大きな品種間差があることがわかりました。いずれの地点でも、籾(もみ)数の多い「タカナリ」と、粒の大きい「秋田63号」で増収率が高い傾向にありました。これらの特性は、品種の潜在的な収量を示すシンク容量 (すべての籾が完全に充実した場合に想定される収量で、全籾数と1粒重の積で表される) を高める性質です。実際、シンク容量が大きい品種の場合に、高CO濃度による増収率も高いことが示されました(図2)。

6. つくばみらいでのFACE実験では、さらに多くの品種を用いて高COの影響を調査しました。その結果、高CO濃度による各品種の増収率は、3〜36%の広い範囲で変動することがわかりました。これには、シンク容量の大きさに加えて、高CO濃度条件における登熟の良否が関連していました。こうした品種間差異の結果は、高CO濃度条件に適した新品種開発に重要な基礎情報となります。

今後の予定・期待

FAO (国際連合食糧農業機関) の報告では、増加し続ける世界の人口を養うため、2050年までに主要作物の生産量を、現在よりも70%程度増加させることが必要とされています。農地面積の拡大には制約もあることから、これを気候変動条件下で達成するためには、気候変動が作物生産に及ぼす影響のメカニズムを理解し、適応のための新たな品種や栽培技術の開発が不可欠です。

FACE実験は、そのための実証的研究手法として重要な役割を果たしていますが、現在、農作物を対象としたFACE実験は、世界で6か所のみ(特にイネでは2か所のみ)で、日本で実施した2地点のFACE実験の結果は、世界的にも貴重なデータとなります。また、同一品種を用いたFACE実験の地点間比較は世界初で、高温・低温が増収効果を下げることを明らかにしたのも、他に例がありません。これらの結果は、今後、収量予測モデルの予測精度の向上に大きく貢献するものです。

また、本実験で認められた品種間の増収率の違いをさらに詳細に解析することで、高CO濃度環境に適応した新品種の開発に役立てることができます。

用語の解説

FACE (Free-air CO2 Enrichment、開放系大気二酸化炭素増加, FACE) 実験:

大気中のCO濃度の上昇など、今後予想される気候変動が農作物に及ぼす影響を、屋外の囲いのない条件で調べるためのものです。

つくばみらい水田FACE実験施設(写真)

つくばみらいFACE (Free Air CO2 Enrichment;開放系大気 CO2 増加) 実験施設における CO2 濃度制御の例

屋外条件で高 CO2 濃度を実現するため、水田の一部に差し渡し17mの正八角形状にチューブを設置し、風向きに応じて CO2 を放出します。正八角形の区画内の CO2 濃度は、約 70 m離れた位置に設けた対照区より約 200 ppm 高い濃度(生育期間平均で約 590 ppm )に制御されます。

作物を対象としたFACE実験は、現在、アメリカ(ダイズ、トウモロコシ)、ドイツ(畑輪作)、オーストラリア(コムギ)、中国(イネ、コムギ)、イタリア(デュラムコムギ) でも実施されています。

参画研究機関・大学

この研究は、次の研究機関・大学から多くの研究者が参画して実施されました。

(独)農業環境技術研究所 大気環境研究領域(長谷川利拡・酒井英光・吉本真由美・福岡峰彦・臼井 靖浩・若月ひとみ)、 同 物質循環研究領域(常田岳志・片柳薫子)、 太陽計器株式会社(中村浩史)、秋田県農業試験場 作物部(松波寿典)、 秋田県立大学 生物資源科学部(金田吉弘・佐藤 孝・高階史章)、 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 東北農業研究センター(鮫島良次(現北海道大学大学院農学研究院))、 岩手大学 農学部(岡田益己)、 東北大学大学院農学研究科(前 忠彦・牧野 周)

写真1 岩手県雫石町および茨城県つくばみらい市における水田FACE実験施設

両地点とも農家水田に設けた八角形状の試験区内の CO2 濃度を、外部の対照区と比べて 200 ppm 高めます。CO2 濃度の制御方法については、用語解説を参照。

図1 FACE実験を実施した9年(雫石7年、つくばみらい2年)の生育期間中の平均気温と、共通品種として用いた「あきたこまち」の玄米収量(左)、地上部全重(中)、収穫指数(収量/地上部全重)(右)との関係

縦棒は平均値の標準誤差。
1998-2000 年のデータは Kim ら (2003, Field Crops Research 83, 261-270), 2003 および 2004 年のデータは Shimono ら (2008, Global Change Biology 14, 276-284) から。

図2 高COによる玄米収量の変化率と品種のシンク容量の関係
雫石(2007、2008 年)、つくばみらい(2010 年)の結果

縦棒は平均値の標準誤差。
シンク容量は水田面積当たりの籾数と成熟時の玄米一粒重の積で、全籾が登熟した場合の潜在収量を示します。ここで示したシンク容量は、各品種、各年次の高CO区と対照区の平均値。いずれの地点においても、シンク容量の大きい品種が収量の増加率も高い傾向が認められました。ただし、秋田63号は、1粒重が他の品種より約40%大きいことで、タカナリは一穂に着く籾数が約90%も多いことで大きなシンク容量を確保するタイプの品種です。ここでは、いずれのタイプでもシンク容量が確保できれば、高COによる増収に寄与する可能性が示唆されました。シンボル脇のアルファベットは試験地を表します(S−雫石、T−つくばみらい)。

新聞掲載: 日本農業新聞、日経産業新聞、日本経済新聞(夕刊)(3月8日)、化学工業日報、日刊工業新聞(3月11日)

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