ポイント
・ 独立行政法人農業環境技術研究所と独立行政法人海洋研究開発機構は、エルニーニョ/ラニーニャ 1 と世界の主要穀物の生産変動との関連を明らかにしました。エルニーニョ/ラニーニャの予測精度は高く、早期に情報を得られるため、穀物豊凶予測の大幅な改善につながると期待されます。
・ この研究成果は、エルニーニョ/ラニーニャと世界の穀物生産との関係性を初めて解明するもので、5月15日にネイチャー・コミュニケーションズ誌のオンライン版に掲載されました。
1. トウモロコシ、コメ、コムギの年ごとの収量は世界平均値で見るとエルニーニョ年とラニーニャ年のいずれでも平年収量を下回る傾向にあります。ダイズはエルニーニョ年に平年収量を上回る傾向にありますが、ラニーニャ年には平年並みとなる傾向があります。
2. エルニーニョ年に収量への有意な影響が見られた地域は、正と負の影響のいずれでも広範な地域にわたります。一方、ラニーニャ年に収量への有意な影響が見られる地域はエルニーニョ年よりも限定的です。
3. しかしながら、世界全体で見ると、エルニーニョ年には正と負の影響が相互に打ち消し合う傾向が強いものの、ラニーニャ年には打ち消し合う傾向が弱いため、穀物によっては世界平均での負の影響がエルニーニョ年よりも大きくなっています(コメ、コムギ)。
4. 本研究成果は、英国科学誌 「Nature Communications」 に受理され、2014年5月15日発行のオンライン版に掲載されました。
予算:
環境省 環境研究総合推進費 戦略的研究プロジェクトS-10-2「気候変動リスク管理に向けた土地・水・生態系の最適利用戦略」のサブテーマ「作物モデルの開発と水資源・土地利用との相互作用の分析」)(2012-現在)
研究推進責任者:
独立行政法人農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台 3-1-3
理事長 宮下 C貴
独立行政法人海洋研究開発機構 神奈川県横須賀市夏島町 2-15
理事長 平 朝彦
研究担当者:
独立行政法人農業環境技術研究所 大気環境研究領域
任期付研究員 飯泉 仁之直
TEL: 029-838-8236
E-mail: iizumit@affrc.go.jp
独立行政法人海洋研究開発機構 横浜研究所 アプリケーションラボ
主任研究員 佐久間 弘文
TEL: 045-778-5591
E-mail: sakuma@jamstec.go.jp
広報担当者:
独立行政法人農業環境技術研究所 広報情報室
広報グループリーダー 小野寺 達也
TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8299
E-mail kouhou@niaes.affrc.go.jp
独立行政法人海洋研究開発機構 広報部 報道課
室長 菊地 一成
TEL 046-867-9198
FAX 046-867-9055
E-mail press@jamstec.go.jp
近年、多くの国で穀物の輸入量が増加しており、輸出国での不作や国際市場価格の上昇により、特に発展途上地域の貧困層の栄養状態の悪化を引き起こすなどの問題が生じています。このため、各国の備蓄量の調節や輸入先の選択などについての判断材料の一つにグローバルな豊凶予測を利用することで、より効果的な飢餓・貧栄養対策が可能になると期待されます。
作物の生産量予測には、これまで、気温や土壌水分量など気象条件の季節予測に基づく豊凶予測 2 が研究されてきました。しかし、その信頼性は、中・高緯度地域、あるいは気温より土壌水分量の影響を受けやすい地域の作物(米国のトウモロコシなど)では、十分ではありませんでした。そこで、(独)農業環境技術研究所と(独)海洋研究開発機構を中心とする研究チームは、豪・英・米の研究者と協力して、中・高緯度における気温や土壌水分量より予測精度が高いエルニーニョ/ラニーニャと世界の穀物の豊凶とを関連付ける研究を行いました。
1. 本研究では、エルニーニョ/ラニーニャが世界の作物収量に与える影響を初めて明らかにしました。 結果の要点は以下の通りです。
・ 世界平均では、トウモロコシ、コメ、コムギはエルニーニョ年とラニーニャ年のいずれでも平年収量を下回る傾向にある。コメとコムギは、ラニーニャ年にエルニーニョ年よりも収量がさらに低くなり、トウモロコシは逆にエルニーニョ年にラニーニャ年よりも収量が低下する傾向にある。ダイズはエルニーニョ年に平年収量を上回る傾向にあるが、ラニーニャ年は平年並みとなる傾向がある (図1)。
・ エルニーニョ年に収量への有意な影響が見られた地域は、正と負の影響のいずれでも広範な地域にわたるが (図2)、ラニーニャ年に収量への有意な影響が見られる地域はエルニーニョ年よりも限定される (図3)。
2. これまでの研究は一つの国や地域を対象としたものに限られ、世界全体で見たときに、エルニーニョとラニーニャのどちらがより大きな影響を世界の穀物生産に及ぼしているかは分かっていませんでした。
3. 今回の研究により、世界平均で見た場合に、トウモロコシとコメ、コムギについてはエルニーニョとラニーニャのいずれも警戒が必要ではあるものの、コメとコムギではラニーニャ年をより警戒する必要があり、トウモロコシでは逆にエルニーニョをより警戒する必要があることを初めて明らかにしました。また、ダイズはラニーニャに対してやや警戒が必要なものの、エルニーニョはむしろ収量に対して正の影響があることが示されました。
4. これらの知見は、今回の研究によって初めて示されたエルニーニョ/ラニーニャの収量影響の全球マップに基づいています。このマップからは、エルニーニョは米国のトウモロコシに負の影響があるが、同地域のダイズ収量には正の影響があるなど、複数の作物にまたがる有用な情報を引き出すことができます。
エルニーニョ/ラニーニャの予測精度は高いことから、今回得られた収量影響マップとエルニーニョ/ラニーニャ予測とを組み合わせることで、原理的には、季節予測からの豊凶予測が難しい地域と作物でも、より信頼性の高い豊凶予測が可能になると見込まれます。また、気温と土壌水分量の季節予測を用いて信頼性の高い豊凶予測が可能な地域でもエルニーニョ/ラニーニャの発生はさらに早い時点での予測が可能であるため、これらの予測に基づく豊凶予測技術の開発によって、穀物生産の変動に対する対策の選択肢が広がります。
このような予測技術は、例えば、食料を輸入している国、とりわけ発展途上国では、予測情報に基づいて国内の備蓄量を積み増す、あるいは食糧の緊急援助の申請時期を早めるなどの対応を促し、飢餓人口や低栄養人口を減らすことに貢献できると期待されます。
1. エルニーニョ/ラニーニャ: エルニーニョとは、太平洋東部の赤道付近の海面水温が平年より高い状態が1年程度続く現象です。ラニーニャは、逆に平年より海面水温が低い状態が続く現象です。エルニーニョやラニーニャは世界各地の気温や降水量、ひいては作物収量に影響を与えることが知られています。エルニーニョ/ラニーニャの予測精度は中・高緯度地域の気温や土壌水分量の季節予測の精度よりも高いため、エルニーニョ(ラニーニャ)と収量変動を直接対応させることで、中・高緯度地域の豊凶予測の精度が高まると期待されています。
2. 季節予測に基づく豊凶予測: ここでは、気温や土壌水分量など気象条件の季節予測から穀物の収量の変動を予測することを指します。例えば、コムギとコメについては世界の収穫面積の約2割で土壌水分量の季節予測に基づいて豊凶の予測が可能とする知見を(独)農業環境技術研究所と(独)海洋研究開発機構が共同で発表しています。
図1 エルニーニョ年とラニーニャ年、通常年の世界平均収量の平年収量に対する差の頻度分布
エルニーニョ年(7年分)とラニーニャ年(6年分)、通常年(8年分)の収量データにブートストラップという統計手法を適用して、世界平均収量の平年収量に対するずれの頻度分布を推定しました。なお、世界平均収量の計算には地域による栽培面積の違いを考慮しています。各パネルの数字はそれぞれの頻度分布の平均値を示します。
図2 通常年と比較した場合のエルニーニョ年の平均の穀物収量の変動
濃い緑色はエルニーニョ年(7年分)と通常年(8年分)の収量データを比較したときに、エルニーニョ年の収量が統計的に有意に高かった地域。赤色は同じ比較でエルニーニョ年の収量が有意に低かった地域。薄い緑色(オレンジ色)は通常年よりエルニーニョ年の収量が高い(低い)傾向があるが、有意な差ではない地域。なお、円グラフは2000年の世界の収穫面積(円グラフ中央に記載)に占める各地域の割合を示します。
図3 通常年と比較した場合のラニーニャ年の平均の穀物収量の変動
濃い緑色はラニーニャ年(6年分)と通常年(8年分)の収量データを比較して、ラニーニャ年の収量が統計的に有意に高かった地域。赤色は同じ比較で、ラニーニャ年の収量が有意に低かった地域。薄い緑色(オレンジ色)は通常年に比べてラニーニャ年の収量が高い(低い)傾向があるが、有意な差ではない地域。なお、円グラフは2000年の世界の収穫面積(円グラフ中央に記載)に占める各地域の割合を示します。
新聞掲載: 日本経済新聞、読売新聞、日本農業新聞、日経産業新聞(5月16日)、朝日新聞(夕刊)(5月21日)、毎日新聞(5月23日)、茨城新聞(6月8日)、東京新聞(6月10日)