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プレスリリース
NIAES
平成27年3月4日
独立行政法人農業環境技術研究所

健康診断の発想に基づく新しい土壌病害管理法
「ヘソディム」の運用開始について

ポイント

・ 人の健康診断に代表される予防医学の発想に基づく新しい土壌伝染性病害の管理方法 (略称:ヘソディム) を開発しました。

・ ヘソディムでは、従来の土壌物理化学性の評価に加えて、土壌 DNA 解析による生物性の評価を行って畑の土壌を 「診断」 し、その畑に作物を栽培した時の発病しやすさを3段階で総合的に 「評価」 し、そのレベルに応じた 「対策」 を提案します。

・ いくつかの県では指導員等による運用が開始されたことで、過剰な農薬を使用しない、より低コストで環境負荷が少ない土壌病害管理の一層の推進が期待できます。また、ヘソディムの実践を円滑に行うため、そのマニュアルを公開しました。

概要

1. 独立行政法人農業環境技術研究所 (農環研) は、土壌の物理化学性や生物性(土壌 DNA 解析により検出される病原菌および土壌微生物の多様性等)を調べることにより、過剰な農薬施用を減らし、より低コストな防除対策の実現を目指す新しい土壌病害管理手法 (ヘソディム) を開発しました。

2. ヘソディムは、「健康診断に基づく土壌病害管理」(Health checkup based Soil borne Disease Management)の略称で、「診断」、「評価」、「対策」の3つの要素で構成されています。 各要素の概要は以下のとおりです。

(1) 「診断」: 病害ごとの診断票にある診断項目 (土壌の物理化学性、DNA 診断等による生物性、栽培履歴等)について調べ、記録します。

(2) 「評価」: 診断結果をもとに総合評価し、その畑に作物を栽培した時の発病しやすさ (以下、「畑の発病しやすさ」という。) のレベルを判定します。 レベルは、軽度・中度・重度の3段階で評価します。

(3) 「対策」: レベルごとに用意された防除技術メニューから、コストや作業効率を考慮して最適な防除技術を選抜します。

3. 評価レベル1 (発病しやすさ:軽度) では、土づくりによる発病抑止、レベル2 (発病しやすさ:中度) では病害抵抗性品種の利用による発病抑止、レベル3 (発病しやすさ:重度) では農薬処理を行うことによる発病抑止、等の対策手段の細分化が図られ、過剰な農薬の使用を抑制することが可能となります。

4. ヘソディムの実践を円滑に行うために、複数の県の農業試験研究機関と共同で研究を進め、その成果を指導者向けのマニュアルとして取りまとめ、公開しました。

(URL) http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/hesodim/

5. このマニュアルに基づく病害管理方法の有効性は、レタス根腐病やアブラナ科野菜根こぶ病等の幾つかの土壌病害に対して確認され、長野県、三重県、香川県、高知県等では指導員等による運用が開始されました。

予算: 農林水産省委託プロジェクト研究 「土壌微生物相の解明による土壌生物性の解析技術の開発」(eDNAプロジェクト)(平成18年度〜22年度)、 「気候変動に対応した循環型食料生産等のための技術開発」 B4系 「土壌病害虫診断技術等の開発」(気候変動プロ)(平成23年度〜25年度)、 農林水産省レギュラトリーサイエンス新技術開発事業 「ハクサイ土壌病害虫の総合的病害虫管理 (IPM) 体系に向けた技術確立」(平成22年度〜24年度)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

独立行政法人農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台 3-1-3

理事長  宮下 C貴

研究担当者:

独立行政法人農業環境技術研究所 農業環境インベントリーセンター

センター長  對馬 誠也

電話: 029-838-8351

独立行政法人農業環境技術研究所 生物生態機能研究領域

主任研究員  吉田 重信

広報担当者:

独立行政法人農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー  小野寺 達也

電話 029-838-8191
ファックス 029-838-8299
電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

開発の社会的背景

1. 土壌病害対策は従来、臭化メチルに代表される環境負荷の高い土壌くん蒸剤 1)による消毒が主流でしたが、近年、農業による環境負荷軽減への要請から、IPM 2)の推進、土壌くん蒸剤の削減など環境にやさしい病害虫管理技術の開発が強く求められています。

2. しかし、土壌病害では、農薬等で防除を行う定植前に本畑における病気の発生を予測することは難しいため、病気の発生が心配される地域では予防的にカレンダー防除が推奨され、畑によっては過剰と思われる農薬防除が行われてきました。

開発の経緯

1. 農林水産省が委託して農環研などが実施した「eDNA プロジェクト 3)」で開発された技術により、DNA 解析 4)による土壌の生物性の評価が、全国各地の様々な土壌で可能になりました。 さらに、その技術を用いた研究で、土壌の理化学性や栽培条件に加えて生物性の情報を使うことによって、土壌病害の診断や対策に役立つことが示されました。

2. 一方、無駄のない的確な防除を行うためには、病気の発生程度が予測できれば良いのですが、定植前に防除対策を行う必要がある土壌病害においては、定植前に気象要因等に大きく影響を受ける本畑での発病を正確に予測することはできません。 このため、発生予測に頼らずに防除の要否を判断する手法の開発が求められました。

3. 農環研は、この課題を解決するため、ヒトの健康診断による健康管理を参考にして、土壌病害の 「発病しやすさ (発病ポテンシャル)」 によって防除の必要性の有無や適切な防除手段を決定する新たな土壌病害管理法 (以下、ヘソディム) を考案しました。 ヒトの健康診断でも、基準値からいつ、どの程度発症するかは予測できませんが、ヘソディムも同様に、基準値 (ここでは発病しやすさ) を目安に予防しようとするものです。

4. これまで、農林水産省委託プロジェクト 「土壌病害虫診断技術等の開発」(気候変動プロ) において、上記の考え方に基づき、複数の県で実証試験が進められ、対象病害 5)ごとのヘソディムマニュアル (指導者用マニュアル) が作成されました。

5. このマニュアルに基づく病害管理方法の有効性は、レタス根腐病やアブラナ科野菜根こぶ病等の現地で問題となっている幾つかの土壌病害に対して確認され、長野県、三重県、香川県、高知県等では指導員等による運用が開始されました。現在、その他の病害に対してもマニュアルの作成がさらに進められており、より多くの地域や作物でこの方法による病害管理が可能になることを目指しています。

ヘソディムの概要・意義

1. ヘソディムは、「健康診断に基づく土壌病害管理」( HeSoDiM: Health checkup based Soil-borne Disease Management)の略称です。

人間の健康診断では、診断項目ごとに血液検査などから得られた数値と基準値の比較に基づいて、医師が対策を指導しています。

ヘソディムは、この考え方を土壌病害対策に取り入れ、畑の健康診断の結果をもとに、土壌病害に対して予防的に対処しようとする新しい土壌病害管理手法です (図1)。

ヒトの健康診断の場合:診断項目(血圧/血糖値/体重/...) → 発病ポテンシャル評価(医師) → ポテンシャルに応じた対策(投薬/食事改善/運動/...)/土壌診断の場合:診断項目(前作の発病程度/土壌の発病しやすさ/土壌の生物性/...) → 発病ポテンシャル評価(研究者・指導員) → ポテンシャルに応じた対策(土作り/品種変更・生物農薬/土壌消毒・輪作/...)

図1. ヘソディムの概念図

2. ヘソディムは、「診断」「評価」「対策」の3つから構成されています。 なお、ヘソディムでは、指導員が生産者に診断結果を説明し対策を支援することを想定しています。

1)「診断」は、「全病害に共通の診断項目」と「病害ごとに特徴的な診断項目」から構成されています。ここでは、コストを考慮し、マニュアルの作成者は最小限の診断項目を設定することが重要です。

2)「評価」では、診断項目ごとの「基準値」をもとに、畑の「発病しやすさ」をレベル1(軽度)〜3(重度)の3段階で総合評価します。

3)「対策」では、畑の「発病しやすさ」に応じて対策を講じます。重要なのは、レベル3の畑では効果が低い技術でも、レベル1、2の畑では有効な場合には、レベルに応じてこれらの技術を防除に活用できることです。 メニューが豊富になることで利用者はその中からコストや作業効率を考えて最適な技術を選ぶことができます (図2)。

診断/評価/対策:(土壌病害に悩む生産者)「土壌消毒する?」「品種を変えてみる?」「もう今年はあきらめる?」):(指導員)「消毒は不要です。」「抵抗性品種で対応しませんか?」

図2.ヘソディムの手順

3. ヘソディムでは畑の診断票を用いて土壌病害を管理します。診断票を蓄積して、指導員はその情報を解析して、翌年以降の 「診断」、「評価」 の際に再利用することで、それぞれの畑の 「診断」、「評価」 の精度が向上していきます。 このような 「情報の蓄積」 と 「情報の再利用」 のサイクルを作ることで、「持続的な土壌病害管理」 を目指しています (図3)。

ヘソディムは「情報の蓄積」と「情報の再利用」。 このサイクルを完成させることを目指します。:診断(指導員、普及員、JA)−評価・対策(指導員、普及員、JA)−解析(研究機関、企業)

図3.ヘソディムが目指すもの

用語解説

1) 土壌くん蒸剤
土壌中には、作物の病気を引き起こす細菌、糸状菌(かび)、線虫、ウイルスなどがいる。 土壌くん蒸剤は、土壌中によく拡散して、それらの有害微生物を防除するもので、代表的なものに臭化メチル(2012年廃止)、クロルピクリンなどがある。

2) IPM
Integrated Pest Management の略称。経済的被害を生じない程度に、様々な技術を組み合わせて病害虫・雑草等(pest)を管理する方法として 1960 年代に提案され、その後発展してきた。 農林水産省では、「総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針」(2005)や作物ごとの IPM 実践指標モデルを作成している。

3) eDNA プロジェクト
農林水産省委託プロジェクト研究 「土壌微生物相の解明による土壌生物性の解析技術の開発」(平成18年度〜22年度) の略称。

eDNA ( environmental DNA の略。培養の過程を経ずに土壌から直接抽出した DNA) の解析によって微生物の多様性を調査する手法が開発され、土壌生物相の機能と構造を解析し、さらに作物生産性と土壌生物相との関連性を調べた。

4) DNA 解析
土壌から直接 DNA を回収し、その回収した DNA から目的とする微生物の遺伝子を PCR (Polymerase Chain Reaction) で増幅して解析する。 HeSoDiM では、土壌から回収した DNA から細菌、糸状菌(かび)、線虫のリボゾーム RNA をコードしている遺伝子を増やし、その塩基配列の違いによって土壌に特徴的な微生物の種や微生物相 (多様性) の違いを解析している。微生物の多様性解析には、主として eDNA プロジェクトで開発した PCR-DGGE 解析法を用いている。

5) 対象病害
以下の病害への適用事例がマニュアルに掲載されている。

・ トマト青枯病
・ ショウガ根茎腐敗病
・ レタス根腐病
・ ダイズ茎疫病
・ アブラナ科野菜根こぶ病
・ ブロッコリー根こぶ病
・ キャベツ根こぶ病

このほかにも多くの土壌病害への適用が拡大されている。

新聞掲載: 日本農業新聞、化学工業日報(3月5日)、農業共済新聞(3月18日)、全国農業新聞(3月27日)

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