生物研の宇賀優作らの研究グループは、イネの根張りを深くする遺伝子を発見し、さらにこの遺伝子を用いて干ばつに強いイネを開発しました。この成果は科学雑誌Nature Geneticsに掲載され、国内の新聞各社で報道されたほか、アメリカ、ドイツなど海外でも多く取り上げられました。その意義と今後の展開についてご紹介します。
今回開発した「干ばつに強いイネ」(右側)。1ヶ月以上水をやらなくても枯れません。左側は通常品種。
イネは灌漑(かんがい)設備のある水田で栽培されるもの。干ばつなんて関係ないはず―そう思われる方も多いでしょう。しかし海外に目を向けると、アジア・アフリカを中心に、雨水に頼ってイネを栽培する「天水田(てんすいでん)」が多く存在しています。その総面積は、日本の作付け面積の約14倍。例えばタイの水田の85%が天水田です。これらの地域では干ばつなどの影響により、イネの収量が日本の平均収量の1/4程度に留まっています。「干ばつに強いイネ」には大きな需要があるのです。
イネには水田で栽培される「水稲(すいとう)」の他に、畑で栽培される「陸稲(りくとう)」があります。陸稲は水稲に比べて根が深く張り、干ばつにも強いことが知られています。そこで私たちは、陸稲の「根を深くする遺伝子」を水稲に導入すれば、干ばつに強いイネ(水稲)が作れるのではないか、と考えました。
そこでまず、干ばつに強いフィリピン在来の陸稲品種「Kinandang Patong」から、ゲノム情報を利用して根を深くする遺伝子「DRO1」を見つけました。次に交配育種により、DRO1遺伝子を熱帯アジアで広く栽培される水稲品種「IR64」に導入しました。DRO1を導入したイネは、通常品種と比べ根の深さが2倍になりました。さらにDRO1を導入したイネは、狙い通り干ばつに対して非常に強くなりました。南米・コロンビアにある「国際熱帯農業センター」で実験したところ、DRO1を導入したイネは、通常品種では収量が半減するような「中程度の干ばつ条件」で栽培してもほとんど収量が落ちず、さらに通常品種が枯れてしまうような「強い干ばつ条件」で栽培しても枯れずに(冒頭の写真参照)、非干ばつ時の30%程度の収量を得ることができました。
現在フィリピンにある「国際イネ研究所」と共同で、開発したイネ(DRO1を導入したIR64)がアジアの天水田で実際に役立つか、評価する計画を進めています。良い結果が得られれば、アジアでの普及を目指していく予定です。また、トウモロコシやオオムギなどでも、DRO1とよく似た遺伝子が見つかっており、今回の成果を応用して、他の作物でも干ばつに強い品種が開発できるのではないか、と期待されています。
研究グループのメンバー
左から、筆者、菅野徳子(研究支援者)、河合佐和子(研究支援者)。
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