実験昆虫エビガラスズメ(Agrius convolvuli)は,人工飼料による累代飼育法が開発され,昆虫の代謝,内分泌,神経生理等の研究材料として広く普及しつつある。この数年間で飼料調製など飼育技術の改良が大幅に進んだが,採卵の省力化が最後まで問題として残されていた。本種の採卵には寄主植物であるサツマイモの生葉を必要としていたが,今回,これに代わる人工葉の実用化に成功したので,その概要を紹介する。
多くの植食性昆虫は,植物の化学成分を手がかりに寄主を識別して産卵することから,人為的に産卵させるためには,寄主植物中の産卵刺激成分を与える必要がある。植物成分抽出法としては,近縁種のタバコスズメガでソクスレー抽出器を用いる方法が示されているが,簡便さに欠けるため実用的ではない。そこで,アゲハチョウなどで用いられている方法に準じて,サツマイモ生葉を短冊状に切り数日間エタノール漬けして抽出液を得たところ,抽出液を塗布した濾紙に対してエビガラスズメの産卵行動が観察され,この方法で産卵刺激成分を抽出できることを確認した。
また,植物の化学成分以外にも,葉の大きさや色,形,表面の微細構造なども産卵行動に影響を与えることが知られており,人工葉を作製する上で検討する必要があった。種々の大きさ,形状の濾紙や市販の造花の葉を用い,試行錯誤を繰り返した結果,エビガラスズメを産卵させるには葉の大きさや色,形はあまり重要ではなく,表面の
湿り気が必要であることが分かった。さらに,産卵刺激成分や湿り気の受容に産卵管は必要なく,脚や触角が重要であることが示唆されたことなどから,最終的に図1に示した人工葉を完成させた。
この人工葉は,円盤形の支持体(直径12.5cm)を,上蓋と濾紙とプラスチック盤で挟んだもので,支柱内の保存容器からサツマイモ生葉の抽出液が濾紙面に常に供給される構造になっている。濾紙の円周部は約1cm幅で露出しており,交尾雌はここから産卵刺激を受けて産卵行動をとる(グラビア写真)。70%以上の卵は人工葉下面のプラスチック盤に産みつけられるため容易に回収できる(図2)。人工葉に生葉濃度0.06g/mlの希釈抽出液を用いると,サツマイモ鉢植えを用いた場合とほぼ等しい産卵数(雌1頭当たり約500卵)が得られ,採卵法として実用性の高いことが示された。
この人工葉を用いて産卵行動を解析した結果,エビガラスズメでは,生葉中の揮発性あるいは不揮発性成分のいずれか一方だけでも産卵行動が誘起されるが,両成分が共同して働くことで高い産卵刺激が与えられること,産卵刺激の化学受容器は脚ふ節と触角に存在し,産卵場所の決定には触角での化学受容がより重要であることなど,これまで知られていなかったスズメガの産卵刺激の受容過程が明らかになった。
今回,人工葉が開発されたことで,エビガラスズメの飼育技術はほぼ完成したと考えている。今後は,人工葉を用いてスズメガの寄主選択機構の解明が進むものと期待される。