蚕糸昆虫研ニュース No.39(1998.6)
<トピックス>
絹フィルムを素材とした細胞培養床
昆虫産生物質を利用した新素材開発の一つとして,物性評価技術研究室では絹を創傷被覆材として利用するための検討を進めているが,創傷被覆材として利用するには,まず絹と皮膚細胞との親和性について検討しておく必要がある。
皮膚細胞は他の生体組織,またこれに代わる物質に付着して増殖し,平面上に層を作る性質がある。従来,細胞培養床としてはポリスチレンや合成高分子物質に天然高分子物質をコーティングしたものが使われているが,必ずしも効果的な細胞培養が出来ないため,新しい細胞培養床が望まれていた。これらのことから,絹フィルムを素材とする細胞培養床について検討した。
まず,絹フィルムをコーティングした細胞培養容器を作るため,繭糸等を原料として図1の工程でポリスチレン製の細胞培養容器内に絹フィルムをキャストした。キャストフィルムは非結晶性であるため,吸湿処理してα型結晶フィルムに,またアルコール処理でβ型結晶フィルムにそれぞれ結晶化させ培養床とした。
次に,絹フィルム上で皮膚細胞の成長,形態等を調べるため,細胞培養床としては無処理のポリスチレンを対照区とし,その他に絹のα型とβ型結晶フィルムの3種について,それぞれの培養容器でヒト表皮角化細胞を培養し,細胞培養過程の形態変化や付着状態について観察した。
その結果,培養開始から5時間後にはポリスチレンと絹フィルムとの間には細胞の付着や形態に差が現れ,20時間後には図2に示すようにその差は顕著となり,絹フィルムに対する表皮細胞の付着性,伸展性は優れていることが認められた。一方,絹フィルムでもα型とβ型フィルムの間では付着細胞の形態に差が見られ,β型フィルムでは細胞間に感激が多く見られるが,α型フィルムではそれが少なく,α型フィルムは特に表皮細胞の培養に適していると考えられる。
本結果は単に絹を培養床として利用するだけでなく,欠損皮膚の修復や再生等,多方面への活用が期待され,今後の研究課題も多い。
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