蚕糸昆虫研ニュース No.40(1998.9)

<トピックス>
絹を利用した吸水・保水性材料
 

 水を効率よく吸収できる高吸水性材料は,われわれの生活に密接に関連した広い分野で使用されている。例えば,紙オムツ,生理用ナプキン等の衛生材料,あるいは,化粧料製品に保湿効果を与えるための保湿剤や消臭・芳香剤の基材として,また,農業水産業分野では,食品加工用シート,土壌保水・改質材,農薬や肥料などの坦体,植物栽培用水分保持材,人工種子等に利用されている。これらの材料は,合成高分子がその主成分であるが,安価に多量に生産できる利点はあるものの,生分解性がない,生体親和性が低い等の欠点があるため,廃棄物処理や長期残留による環境保全上問題が生じたり,生体に接触して使用する場合には,生体に対する刺激性の問題等が生じる可能性も否定できない。そこで,絹を原料とした環境や生体に優しい高吸水性材料の開発を試みた

 高吸水性材料は一般に架橋した高分子電解質から構成されていることから,絹に対してもその分子中にイオン性基を導入することにより,高吸水性が付与できると考えた。そこで,絹をピリジン中でクロロ硫酸と反応させることで,イオン性基である硫酸基を導入した。反応後の絹は,通常の絹の溶媒である高濃度の臭化リチウム溶液に溶解しないので,この反応によって絹分子間に架橋が生じていることが推察できた。また,赤外線分光スペクトル(FT-IR)で分析したところ、硫酸基に由来するピークが観察されたので,この反応により硫酸基が導入されていることを確認した。

 この処理絹材料(以下,高吸水性絹)を十分に乾燥した後,処理していない絹(以下,未処理絹)を対照として,その吸水量を比較した。同じ重量の高吸水性絹と未処理絹に水を添加していき,水を保持した状態での水の吸収量を測定した(写真1)。写真からも明らかなように,高吸水性絹は,未処理絹に比較して,多量の水を吸収していることがわかる。実際に吸収した水の重量を比較すると,未処理絹では自重の30倍程度であったのに対し,高吸水性絹では自重の110倍の水を吸収することが出来た。また,反応に用いるクロロ硫酸の量や反応時間等の条件により,この吸水性能をコントロールできることも判明した。

 一方,一度吸水した水を長時間保持(保水)できることも,用途によっては重要な性能になる。そこで,この高吸水性絹の保水性能を測定した。十分に吸水させた試料を室温下に放置して経時的に水の減少量を測定し,その減少率により高吸水性絹の保水性能を未処理絹のそれと比較した。吸水後1カ月間放置すると,未処理絹では吸水した水の25%程度しか残っていなかったのに対し,高吸水性絹では75%以上の水が保持されており,高吸水性絹は保水性能も向上していることがわかった。この保水性能も反応条件を選択することでコントロールできる。

 以上のように簡単な反応により,絹に吸水性と保水性を付与できることがわかった。環境にそして生体に優しい絹に新たな機能を付与できたことで,絹の新しい用途の開発の一助となればと考えている

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