蚕糸昆虫研ニュース No.40(1998.9)

<研究と技術>
密植用桑新品種「せんしん」の育成
 

 近年,先進国型養蚕が推進され,養蚕経営規模拡大を目指した多回育対応技術の開発が行われている。桑栽培においても,生産性向上及び省力化をねらった密植機械収穫桑園が普及しつつある。これに対応するため,耐倒伏性で条径が細く,桑萎縮病抵抗性で,基部伐採を繰り返しても樹勢が維持されるなどの特性を有する桑品種の育成が求められている。しかし,暖地向き桑品種としては既に登録されている「みなみさかり」及び「はやてさかり」は枝条がやや展開する傾向にあり,桑径が太いなど,密植栽培や小型条桑刈取機による収穫には必ずしも適当ではなかった。また,「みつみなみ」及び「「ひのさかり」は樹型が直立で,形態的には密植機械収穫体系には適するが,桑萎縮病抵抗性は中程度にとどまっているうえ,枝条の先枯れが多く,春蚕期の収量が不安定になるなどの欠点が認められていた。このため,西南暖地における機械収穫に対するより高い適応性,年間を通じての収量の安定化,桑萎縮病抵抗性の強化などを目標として本品種を育成した。

育成の経過
 本品種は耐倒伏性で枝条が細く,伐採後の再発芽性に優れる「九68−52」を雌親,桑萎縮病抵抗性品種である「大島桑」を雄親とした交雑実生から選抜されたものである。昭和53年に蚕糸試験場九州支場において交雑を行い,昭和54〜58年に個体選抜,昭和60年〜平成2年には系統番号「九78−40」を付して系統選抜試験を実施した。その後,昭和63年〜平成4年に鳥取,徳島及び鹿児島の各試験地で特性検定試験(桑萎縮病抵抗性)に供試するとともに,平成6〜9年に岐阜及び宮崎の2試験地で系統適応性密植検定試験に供試し,栽培試験並びに蚕の飼育試験を実施したところ,優秀な成績を収めたことから,平成10年8月に桑農林19号「せんしん」として登録された。なお,本品種は先進国型養蚕の志向する多回育・機械収穫に適した新世代の桑品種であることにちなんで「せんしん」と命名されたものである。

特性の概要
 本品種はログワ系に属し,樹型はやや展開であるが,耐倒伏性を有する。枝条は「はやてさかり」よりやや長く,揃いは良い。枝条数は「はやてさかり」とほぼ同じである。節間長はやや短く,葉序は2/5である。葉は春秋とも欠刻がなく,やや大型で厚く,緑色で光沢を有する。花性は偏雌性であるが,着椹(じん)は少ない。春期の発芽は「はやてさかり」より数日早い傾向にある。春蚕期収穫時の新梢の生育は「はやてさかり」と比べ,やや良好である。枝条の先枯れは「はやてさかり」より少なく,特に前年晩秋蚕期に中間伐採されていない枝条において顕著である。夏蚕期中間伐採後の再発芽性は比較的良好で,晩秋蚕期の葉の硬化は遅い。収量は「はやてさかり」と比較して春切,夏切とも同等かやや多い。
 桑縮葉細菌病及び桑萎縮病に抵抗性であり,特に桑萎縮病に関しては「大島桑」と同等かそれ以上に強い。桑裏うどんこ病抵抗性は「はやてさかり」よりやや劣り,中程度である。蚕飼育における飼料価値は「はやてさかり」と大差なく,良好である。
 本品種は九州,四国地域の平坦地及び中山間地並びに本州中部地域の平坦地において,春秋兼用または夏秋専用密植栽培による壮蚕用桑に適する。桑萎縮病抵抗性で,枝条の先枯れが少ないうえ,夏期伐採後の再発芽性も良好で,葉の硬化も遅いことから,多回育に対応し,年間を通じて小型条桑刈取機により基部伐採を行う収穫体系に好適である。

                                                                                      
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