植物体を作っている繊維であるセルロースは,生物界に豊富に存在するバイオマス資源である。セルロースはブドウ糖が鎖状につながったものであり,この鎖をバラバラにすれば,動物にとって栄養源として利用できる。この鎖をバラバラにする酵素がセルラーゼと呼ばれるもので,分解の様式によって,エンドグルカナーゼ,セロビオハイドロラーゼ,グルコシダーゼに分けられる。これらのセルラーゼは細菌やカビから多く見つかり,洗濯洗剤などにも利用されている。
このセルロースを栄養源として利用する動物が,牛などの反芻動物とシロアリである。反芻動物では胃のなかにいる微生物がセルロースを糖に分解している。一方,シロアリの消化管のなかにも原生動物(鞭毛中など)や細菌が生息しており,これらの微生物がセルロースの消化を担っていると考えられてきた。シロアリは共生微生物を消化管内に住まわせる代わりに栄養を供給してもらっていると考えられ,生物の共生関係の典型的な例として教科書にもとりあげられてきている。
ところが,シロアリ消化管のなかでのセルロース消化の研究が進むにつれて,もしかしたらシロアリ自身が酵素セルラーゼをもっており,自分でも消化できるのではないかと考えられるようになってきた。カタツムリのような下等な生物では,以前からセルロースを分解できることが知られていた。我々の研究材料であるヤマトシロアリやタカサゴシロアリでも微生物の存在する場所と酵素の活性の高い場所が一致しない。そこで,実際にシロアリがセルラーゼを作っているかどうか,そしてセルラーゼ遺伝子をもっているかどうかを確認することになった。
目的の酵素(エンドグルカナーゼ)を得るために,シロアリをたくさん集めて酵素蛋白質の分離精製を行った。次に分子生物学的な手法を用いて,この酵素の遺伝子を取り出した。得られた遺伝子は微生物から取れたものではなく,シロアリの中で働いていることがいくつかの点から確かめられた。それは,(1)ゲノムの遺伝子には細菌では認められない構造(イントロン)があること,(2)取り出した遺伝子と同じ配列がシロアリのゲノムDNA中にあること,(3)ヤマトシロアリでは唾液腺で,タカサゴシロアリでは中腸でこの遺伝子が発現していること,などである。
シロアリの遺伝子の塩基配列を,これまでに知られている細菌,カビ,植物のセルラーゼ遺伝子のそれと比較することにより,細菌のセルラーゼ遺伝子に似ていることが明らかになった。しかし,細菌のセルラーゼはセルロースに結合する部分,セルロースを分解する部分,それらをつなぐ部分などから構成されているが,シロアリのセルラーゼはセルロースを分解する部分だけからできていた。
シロアリ自身がセルラーゼをもっており,しかもその活性は高く,十分にセルロース消化に役立っていることが判明した。セルラーゼノ遺伝子を解明できたことで,今後,他の昆虫でもセルラーゼを作っているのかどうか,セルロースの消化機構はどうなっているのかといった問題に取り組んでいくことができるようになった。また,セルラーゼの有効利用も今後の課題である。