蚕糸昆虫研ニュース No.41(1998.12) 
<トピックス>
 
クワの病原菌の除草素材としての利用
 

 クワ暗斑病は1994年に九州の密植桑園で発見された比較的新しい病害である。症状は主に葉に表れ,同心円状の褐変斑を作ることが多いが,たまに,葉脈に沿って褐変することもある。また,その症状がひどい場合は落葉する。本病の病原菌はMyrothecium roridum  という糸状菌である。本菌は,クワの葉の病斑部で褐変誘導因子(毒素)を生産する。この毒素は雑草を含むクワ以外の多くの植物の葉も褐変させることから,今回,除草剤として利用できないか検討した。

 本菌は病斑部だけでなく,一般的に用いられているポテト・スクロース・寒天培地で25〜30℃の培養によっても,本毒素を効率よく生産する。本毒素は水で簡単に抽出でき,耐熱性である。そこで,本菌を培養した培地に水を加えて抽出した後,加熱して殺菌した本毒素の粗抽出液を接種試験に供試した。粗抽出液を15科33種の雑草に散布して毒性の程度を観察した結果,切取葉を用いた試験ではクズ,ヤブガラシ等は1日で褐変が誘導されたが,ドクダミ,オオバコ等は褐変せず雑草間で感受性に差が認められた。次に,温室で栽培した雑草での試験では,多くの雑草が褐変した中で,シバ,ススキ等は褐変しなかった。しかし,抽出液に展着剤を混合して散布したところ,これらの雑草にも褐変が誘導された。次に,野外に自生している雑草で試験を行ったところ,セイタカアワダチソウは散布2日後には茎の先端から褐変し,7日後には落葉し始めた。ヨモギも同様に茎の先端から褐変した。クズの本毒素に対する反応は激しく,接種1日後から葉がしおれ,3日後には褐変し,8日後には蔓全体がしおれて黒変した。このように本毒素は多くの雑草に毒性を示したことから,除草剤素材としての利用が可能なことが示唆された。実用化のためには,毒性の強化,選択毒性の検討,安定性および経済性等多くのことを検討する必要がある。

 最近,環境汚染が問題となってきており,特に化学合成された農薬の大量使用に疑問を持つ人が多くなってきた。これは,化学合成された農薬が自然界において分解されにくく,大量に残存し,周囲の生物に害を与えることが分かってきたためである。しかし,農産物を生産するうえで,雑草,病害,害虫による被害を無視することはできず,農薬なしには農業は成り立たないのが現状である。一方,自然界に存在する生物に生産された物質は自然界において分解されやすいとされている。今回報告したクワ暗斑病菌の生産する毒素は,自然界に存在する微生物が生産する物質であり,土や水中などに生息する微生物や日光などにより,分解されやすいものと推察される。
  今後,微生物,あるいは微生物が生産する生理活性物質を利用した農薬は環境問題の面からも増加することが予想され,生物農薬の検索は重要な課題になるだろう。
 

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