蚕糸昆虫研ニュース No.42(1999.3)


<トピックス>
 
脱皮と変態の切り替えは脱皮ホルモン受容体が発現するタイミングにより決まる?

 昆虫の脱皮、変態は、脱皮ホルモンと幼若ホルモン(JH)により制御されており、JHの存在下で脱皮ホルモンが分泌されると幼虫脱皮が誘導され、JHの非存在下で脱皮ホルモンが分泌されると幼虫から蛹、さらに成虫へと変態が誘導される。しかし、そのメカニズムの詳細はほとんどわかっていない。現在、当研究室ではカイコの前部糸腺をモデルとして、脱皮・変態誘導の分子機構の解明に挑戦している。その一環として、脱皮ホルモン受容体(ecdysone receptor: EcR)の発現を調べてみたところ、EcRの発現のタイミングが幼虫脱皮から蛹化への切り替えに重要な役割を果たしていることがわかってきた。

 現在、カイコからはN末端構造のみが異なるAとB1の2種類のEcRアイソフォーム(EcR-AとEcR-B1)のcDNAがクローニングされている。それぞれのmRNAの発現をノーザン解析により調べたところ、4齢期の前部糸腺ではEcR-Aが齢期の前半で強く発現しEcR-B1は齢期の後半で強く発現したが、5齢期にはEcR-AとEcR-B1は同調して発現していた。この結果は、前部糸腺の脱皮ホルモンに対する幼虫脱皮および蛹化時に特異的な反応がEcR-AとEcR-B1の発現のタイミングの違いにより制御されている可能性を示唆している。そこでこの仮説を検証するため、JH活性物質の1種フェノキシカルブおよび脱皮ホルモンを処理することにより脱皮回数や終齢期間の長さを増減する実験系を作出し、それらの虫の前部糸腺におけるEcRの発現様式を調べた。その結果、幼虫脱皮時の変化(内膜クチクラの更新)が見られる場合には例外なくEcR-AがEcR-B1に先行して発現するが、蛹化時の変化(プログラム細胞死)が見られる場合にはは両者は同調して発現しており、上記の仮説が裏付けられた。

 以上の発現解析から脱皮、変態過程における前部糸腺の形態変化と細胞内のEcRの発現様式とが強く相関していることがわかった。この結果はEcRアイソフォームの発現のタイミングの違いがステージ特異的な脱皮ホルモンのシグナルカスケードを誘導し、結果として昆虫の成長を制御するという非常に魅力的な仮説を提示する。しかし、現段階ではあくまでその傍証を得たにすぎず、メカニズムの詳細も全く不明である。今後、ステージ特異的脱皮ホルモン誘導性遺伝子に対するEcRの転写制御機構の解析や前部糸腺内でのEcRの強制発現実験などを通じてこの仮説を検証してゆきたい。
 

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