蚕糸昆虫研ニュース No.42(1999.3)


<トピックス>  
 重要な基盤技術として、トランスジェニック蚕(外来遺伝子を導入した蚕)の作出については長い間研究が行われてきた。蚕はショウジョウバエに比べ、遺伝子組換え研究者の数が少なく、そのためこの研究は遅れていた。私達はこの技術の重要性について認識し、最も早く研究を始めたグループの一つである。最初は、蚕の卵への外来遺伝子の注射方法の研究からスタートし、注射方法を確立するとともに外来遺伝子を導入し、当代で発現させるのに成功した。しかし、この方法では当代で発現するのみで次世代へは伝わらず、トランスジェニック蚕の作出を試みたが成功しなかった。当時、この研究はかなりの困難が予想された。特に多くの実験を積み重ねても、目的とするトランスジェニック個体が得られない状況が続き、精神的にも苦しい状態が続いた。
 この状況を打開するには共同研究が必要であると考え、数年前よりフランスのリヨン大学のピエールクーブル博士のグループと共同研究を始めた。また、この共同研究を通じて、米仏の「無脊椎動物の形質転換に関するシンポジウム」に参加し、トランスジェニック蚕の作出に必要な多くの情報を得ることができた。特に、一昨年の第2回のシンポジウムでは、トランスポゾンの一種piggyBacが昆虫のベクターとしての機能が高いことが報告された。私たちの研究室でもこのトランスポゾンを入手し、蚕のベクターとして機能することを確かめ、トランスジェニック蚕が作出できると確信した。続いて、仏のグループにより、蚕の細胞質アクチンのプロモーターと緑色蛍光タンパク質遺伝子を利用して、このトランスポゾンを改良したベクターが作出され、鱗翅目昆虫の培養細胞で機能することが確かめられた。
 今回の私たちの研究では、このような知見をもとにして作出されたトランスポゾンをベクターとして、トランスジェニック蚕を作る方法を確立したものである。方法は図に示した。すなわち卵にベクターDNAを注射後、孵化した幼虫を飼育し、得られた成虫を交配して次世代を得た。次世代を蛾区ごとに人工飼料で飼育し、2日から3日後に蛍光実体顕微鏡により蛍光を発する個体を探した。この実験では、220蛾約4万頭のスクリーニングから、3区68頭の蛍光を発する幼虫が検出された。これらの個体のDNAを調べた結果、トランスポゾンに挟まれた蛍光タンパク質遺伝子が1から3コピー各個体に挿入されていた。また、挿入された部位の塩基配列を調べたところ、トランスポゾンの末端配列と標的配列が保存されており、蚕のゲノムへの挿入はトランスポゾンの転移機能を介して行われていることが分かった。さらに、その次世代への遺伝について調べたところ、この遺伝子はメンデルの法則に従って次世代に伝わった。
  以上のことから、この方法によりトランスジェニックカイコを作れることは明らかである。今後はいろいろな外来遺伝子をゲノム中に挿入したカイコを作出し、遺伝子機能の解析に用いたいと考えている。また、耐病性や農薬耐性などのストレス耐性の遺伝子、野蚕や蜘蛛のフィブロイン遺伝子などを導入した新しい品種の作出、成長ホルモンやワクチンなどの有用物質の生産等多くの分野でこの技術が利用されることを期待している。
 
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