カイコを人工飼料で飼育すると、桑葉で飼育した場合に比べ、蛹の大きさのわりに繭層が小さくなってしまう(繭層歩合が小さくなる)ことが以前から指摘されていた。人工飼料育は、労力の低減・防疫管理のうえで桑葉育よりすぐれているものの、繭の生産性の点で劣っているのである。この原因を探るために人工飼料育と桑葉育のカイコにおける栄養・代謝特性の違いについて、特に窒素代謝に着目して調べるのは有効な手段であると考えられる。すでに、窒素老廃物である尿素の排泄量が桑葉で飼育すると人工飼料で飼育した場合に比べ少なくなることが報告されている。
この現象をさらに詳しく検討するため、カイコ消化管を液体窒素で瞬間的に凍結させ、その内容物の尿素を測定したところ、消化管のどの部分からも多量の尿素が検出された。尿酸等はマルピギ−管から後腸へ排泄されるが、尿素は中腸組織から直接分泌・排泄されるらしい。桑葉で飼育した場合には尿素は人工飼料で飼育した場合に比べ少なかった。これは排泄量そのものが少ないのではなく、桑葉育のカイコでは消化管の中に尿素をアンモニアに分解するウレア−ゼという酵素の活性が検出されるので、このウレア−ゼにより消化管内の尿素が分解されるためであることが判明した。さらに、尿素の分解により発生したアンモニアは中腸から再吸収後、アミノ酸へ変換され、絹糸タンパク質の窒素源として利用されることが15N標識化合物を用いたトレ−サ−実験により明らかにされた。また、桑葉ウレア−ゼを精製して性質を調べたところ、消化管の蛋白質分解酵素に対して分解を受けにくいこと、さらに消化管内部と同じようなアルカリ性のpHで最も活性が強いことが明らかになった。以上の結果から、桑葉飼育したカイコでは図に示したような代謝が行われていると推定されたが、このような昆虫−植物系で成立している尿素同化作用は動物では初めて報告されたものである。さらに、桑葉で飼育したカイコは、老熟して吐糸を開始する頃になると、消化管のウレア−ゼを体液中に取り込み、体内の尿素を直接利用するようになることが分かってきた。どのようなメカニズムでウレア−ゼを取り込むか、その機構についてはいまのところ分かっていないが非常に興味深い現象である。
桑葉はカイコにとって単なる栄養として機能しているだけでなく、代謝機能の一部をカイコ自身に代わって果たしているが、このような機能は加熱して加工してしまった人工飼料では失われてしまうのである。桑葉育のカイコに比べ、人工飼料育のカイコが繭層の生産性で劣るのはやむを得ないことかもしれない。しかし、カイコの形質転換技術が開発され、ウレア−ゼ遺伝子を持ったカイコができればこの問題はある程度解決されるのではないかと考えている。