薬物を高分子担体に保持させて目標とする病変部位に送り届けるドラッグデリバリーシステム(DDS)の重要性は、目標とする部位以外に薬物が到達して起こる副作用の発現を防ぎ、標的部位に薬物を効率良く投与できることである。現在では薬物の担体となる合成高分子材料としてポリスチレン等が用いられ、直径がミクロン程度の高分子微粒子(ミクロスフェア)として利用されている。一方、昆虫由来キチンは生分解性に富むこと等から、徐放性を有する生体高分子材料として医薬領域で期待されているが、ミクロスフェアの素材としてはまだ利用されていない。一方、カブトムシ由来キチンは化学修飾が容易で収率が高く、ミクロスフェアの素材として有望なことから、昆虫キチンからのミクロスフェアの作出を進めている。
ミクロスフェアを調製するにはキチンを有機溶媒に溶けるようにしなければならない。そこで、カブトムシ幼虫クチクラから精製したキチン粉末を用いて、過塩素酸の存在下で過剰の無水酪酸と20℃で4時間4℃で20時間反応を行い、87%の収率で高粘度のブチリル化キチンを得た。生成物のFT-IRスペクトルの結果から、キチンへのブチリル基の導入とキチン分子の水酸基のほとんどがブチリル化された高置換度の誘導体であることが認められた。ブチリル化キチンはアセトン、メタノール、エタノール、ジメチルホルムアミド、塩化メチレンの5種の有機溶媒に溶けることが確認されたので、これらの溶媒に可溶となったキチン誘導体を材料としてミクロスフェアの調製を行った。
ジブチリル化キチンをメタノールに溶解して、溶媒蒸発マイクロカプセル化法を用いて、大きさは不揃いだが、粒子の直径が平均44.6μmのミクロスフェアを昆虫キチンから調製できた(図)。可溶化が目的の従来の化学修飾法では触媒が高価であるのに対し、可溶性ジ-O-ブチリル化キチン合成法の触媒は安価で、反応溶液を多量必要とするミクロスフェアの作成には適している。さらに、ジブチリル化キチンは簡単なアルカリ処理でブチリル基を除き、キチンミクロスフェアへ容易に変換できるので、天然多糖類キチンだけの高分子ミクロスフェアを作出できる。体内で薬物放出を目的とするDDSへの応用に際し、キチンミクロスフェアに変換することで、キチンが本来持っている生分解性機能を引き出せることが大きな特徴である。
キチンミクロスフェアをDDSの薬物伝達担体として利用するためには、微粒子の大きさがそろっていることが重要である。今後引き続き、DDSへの応用に向けて粒径の制御条件を検討し、キチンミクロスフェアの利活用を図る予定である。