慢性溶血性貧血と伝染性紅班は1975年分離されたパルボウイルスB19が病源で、ヒトに感染性の新興ウイルスとして注目されている。無脊椎動物ではパルボウイルス様のウイルスはデンソウイルスと呼ばれ、カイコでも新しい病気といえる。カイコのウイルス病としては4種が知られており、そのうち濃核病ウイルス(Densonucleosis
virus:DNV)がデンソウイルスに属する。核多角体病ウイルス(NPV)など他の3種のウイルスでは蚕品種により抵抗性の程度に差はあるが、全く感染しない品種はない。これに対しDNVでの感染は遺伝的に決定され、抵抗性品種
は如何に高濃度のウイルスを接種しても感染・致死することはない。この感染抵抗性遺伝子の育種への利用と遺伝的解析を進めているが、ハイブリッド品種「大成」は濃核病1型に感染しない初のウイルス抵抗性実用蚕品種である。
濃核病1型(Bombyx
densovirus type 1:DNV-1)及び2型(DNV-2)の感染抵抗性はいずれも単一の劣性遺伝子nsd-1
及びnsd-2 に支配されている。これらの遺伝解析を進め、nsd-1(nonsuscptiblity
to DNV-1)は第21連関群8.3に座位することを明らかにしたが(図)、その連関検索の過程で、DNV-1に対し優性の感染抵抗性遺伝子(No
infection with DNV-1:Nid-1)が見出された。Nid-1は遺伝、病理、バイテク等広範な研究対象になり得ると思われる。本遺伝子の分析は、孵化幼虫にDNV-1
ウイルスを経口接種し、また、連関検索は2重ヘテロの♀に2重劣性の♂を戻し交配して行った。28全連関群の検索結果、本遺伝子は第17連関群の
Bm(黒蛾)や第2褐頭尾班(bts2)等と連関していることが判明した。次いで、座位の確定は3重優性系統(+bts
Nid-1 +ow )と3重劣性系統(bts +Nid−1 owjを作出し、常法による三点実験で行った。3重劣性♀に3重ヘテロ♂を交配して得た27蛾
9,176頭の孵化幼虫を供試した組換試験の結果、3形質の分離に基づく交叉価はbts−Nid-1間
1.08%、Nid-1−ow間 5.87%であり、標準地図を基準にした補正値から
Nid-1の座位は第17連関群31.1と結論された(図)。
Nid-1 の検索が全連関群に及んだ理由は、最初に行ったBmと日124号との検索世代において白蛾が分
離したことによるものであった。Bmは交配相手(白蛾)の遺伝子型等に影響を受け、その発現は単純でない。後年判明したことではあるが、日124号は
Bmの発現を抑える因子を持ち、表現型の分離を難しくすることが明らかとなった。その後
Nid-1の単離を目的とした実験系の中に、Bmとの連関を示唆する分離を見出した。改めて行ったBmとNid-1の検索では、全生存蚕がBmであり連関関係は約10年を要して証明された。一方、この検索過程において、908
がIs(劣性黄血遺伝子抑圧)を保有していることや、九州大学の保存系統の中の2系統がNid-1を保有していることを発見した。また、蚕系統によっては
DNV-1感受性が単純でないケースや、クワコの DNV-1感受性など思わぬ新知見を得た。
このようにして、昆虫ウイルス病としてははじめてnsd-1とNid-1の2種の感染抵抗性遺伝子が同定された。今後、濃核病抵抗性の各種遺伝子の単離や機能解析と相まって、蚕ウイルス病の感染・発病機能や生体防御機構等の解明・進展とともに、生命科学への研究のための素材としても貢献できることを期待したい。