私たちの研究グループは、昆虫とその生育環境に住む微生物の中から、将来、私達の生活に役にたつようなものを見つけ出す研究を進めています。例えば、最近では越冬している害虫を凍らせて退治する微生物を見つけました。今回はエチレンガスを大量に生産する細菌についてご紹介します。はじめに、なぜエチレン生産細菌が有用微生物なのかという話しをします。エチレンは植物ホルモンとして有名ですが、一方、石油化学工業の根幹となる重要な物質としても知られています。皆さんよく御存知のポリエチレンはエチレンを材料にして製造されています。工業原料としてのエチレンは現在、石油や天然ガスから製造しています。比較的安価で製造できますので、今は問題ありません。ただ、これら化石燃料は永遠ではありません。その枯渇化が懸念されています。また、石油化学工業は地球温暖化など環境問題の関係から、将来的には、化学プラントからエネルギーが少なくて済むバイオプラントへの移行が望まれているようです。エチレンを量産する細菌は、このバイオプラントの中で将来使ってもらえるかもしれないという意味で、有用微生物ということなのです。

  エチレンを大量生産する細菌は、15年程前に、農業生物資源研究所(筆者ら)と静岡大学で、2種類(ダイズ菌とクズ菌)、発見されました。これらの細菌は、それまで発表されていたエチレン生産細菌の100〜1,000倍という「大量の」生産量を示し、最高のエチレン生産能力を備えていました。それ以降、これを超す細菌は見つかりませんでした。その間、基礎研究は進み、熊本工業大学のグループがこれら細菌のエチレン生成酵素を明らかにし、さらに、その遺伝子efeを単離しました。私達はこの遺伝子を増幅させる方法(PCR法)を用いて、昆虫や植物から分離した多数の細菌株の中から, efe遺伝子をもつ細菌を見けることに着手したのです。

 当初期待していた昆虫腸内細菌からは見つかりませんでしたが、新たな2種類の細菌が植物病原細菌(ゴマ菌とアサ菌)の中から見つかってきました(図1)。同じころドイツの研究グループが同様にPCR法でエチレン生産菌の探索を行い、論文発表しましたが、新たなものは見つかっていませんでした。私達の共同研究者(農業環境技術研究所、静岡大学)の多様な細菌コレクションが功を奏しました。

 efe遺伝子をもっていても、エチレンを生産するとは限りませんので、検定してみました。ゴマ菌とアサ菌は、既報の2種類と同レベルの大量のエチレンを生産したのです。4横綱の誕生です。これらは、いずれもシュウドモナス・シリンゲ群細菌に属するものです。この細菌群は植物に対する寄生性が異なる50以上の病原型(pathovar)から成っていますが、そのうち4病原型のみが、エチレン生産能をもっていたのです。
 もうひとつ、新しい発見がありました。ゴマ菌以外の3種類の細菌の約100kbのプラスミド上にefe遺伝子が乗っていたのです。そして、その「エチレンプラスミド」はなんと、類縁の細菌に移行し、その細菌を強力なエチレン生産菌にしてしまいました。この細菌は植物に病原性がないので、将来利用する時に便利かも知れません。また、これは基礎研究としても非常に興味深いところです。

 今回、発見した細菌がすぐにバイオプラントに利用できるというわけではありません。エチレン生産効率 (約2,000 nl / mg/ h)を考えると、現行の化学プラントと比較して、コスト的にはとても対抗できないと思います。しかし、微生物の大幅な能力アップは可能ですし、前述のように、化石燃料の時代は永くは続きません。微生物の助けを借りる時代は必ずやってきます。私達は、その時まで、優良微生物資源としてこれらの細菌を残しておこうと思っています。
 

(生体情報部上席研究官 佐藤守)
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蚕糸昆虫研ニュース No.46(2000.3)
エチレンを大量生産する細菌
 

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