この度、「植物が昆虫の食害から身を守る攻防に関わる化学物質の解明」という研究に対して上記の賞を受賞しました。この賞は茨城県科学技術振興財団が分野を問わずつくばを始め県内の国公立・民間の研究機関で成果を挙げた若手研究者を表彰するというものです。各研究機関から推薦された候補者を書類選考で3人に絞り、その3人が審査会で15人程度の研究機関の長レベルの審査委員の前でプレゼンテーションをして受賞者が決定されるものでした。
審査員のうち生物関係は1/3程度で、残りは理工系の専門家でした。昆虫のことをあまり知らなそうな審査委員たちに研究を理解してもらえるか心配であり緊張もしましたが、そういう異分野の人たちにも理解してもらえた(?)ようで嬉しく思っています。
賞対象の研究では、イボタという植物が昆虫に食べられないよう身を守るために持っている化学物質をもちいた巧妙な防御の仕組みを明らかにしました。イボタはオレウロペインという化学物質を大量に含んでいます。この物質はそれ自体何の活性もない安全な物質なのですが、葉が昆虫に食べられて破壊されると葉細胞中の別の場所に隔離されていた活性化酵素がオレウロペインをイボタ自身にとってさえ危険なタンパク質変性物質に変換します。この変性物質は変性物質として実用化されているグルタルアルデヒドに似た構造を持っていますがさらに強い変性活性を持っていました。
この変性物質の働きでイボタの葉のタンパク質は変性してしまいタンパク質中のリジンが失われて、葉のタンパク質は昆虫にとって栄養価値がなくなってしまうことが判明しました。つまり、イボタは昆虫に攻撃されたときに化学物質を用いて、自らを食べる価値を無くすことで身を守っているらしいのです。
しかし、少数ではありますが、イボタを専門に食べていて、順調に成長できるイボタガ、ホシシャク、ウラゴマダラシジミなどの蛾や蝶の幼虫も存在します。これらの虫について調べたところ、植物の防御の仕組みを打ち破って食べるための化学物質を用いたさらに上手の仕組みを備えていることが判明しました。これらの幼虫はグリシンやGABAというアミノ酸をいわば「毒消し」として消化液中に出して、変性作用を打ち消しながら栄養価値が失われるのを防いでイボタという植物を食べていたのです。「昆虫が植物を食べる」という一見単純な現象の裏に、実は昆虫と植物が長い進化の歴史の中で発達させてきた巧妙な「化学戦争」の仕掛けがあるらしいことが判ってきたのです。
このように書くとすっきりした話のように聞こえるかも知れませんが、6年前に研究を始めたときは、「消化液の中に妙に高濃度のグリシンを持っている虫がいる」ということが唯一わかっている事実であり、グリシンが何の役割を果たしているかさっぱりわからず、まさに暗中模索の状態でした。しかし、研究の過程では推理小説の謎解きをしていくような楽しさをたっぷり味わうことができました。
さらに、この分野は実は未知なことが大変多い、謎解きの材料には事欠かない面白い領域であることも判ってきました。例えば、昆虫はなぜある特定の植物だけを食べるように進化する傾向があるのか?、様々な植物がそれぞれ持っている実に多様な化学物質は植物にとって一体何なのか?それはもしかして植物の防御物質なのか?思いもよらないような未知の仕掛けを植物はこの他にもまだ持っているのか?それに対して昆虫はどう対処しているのか?などです。
これらの疑問に対する答えを実験的に示した例は、これだけ多くの昆虫や植物が地球上に存在している割りには少ないのです。今後は欲張りかも知れませんが、進化・生態学的に面白い現象と役に立つ物質を、「植物vs植食昆虫」という宝の山から謎解きをしながら探していきたいと思っています。研究に当たっては実験を手伝ってもらったり相談に乗っていただいたりと、研究所内外の多くの人々に大変お世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます。