トップページ > プレスリリースリスト > 耐凍性を持つヒル( 環形動物) の発見
耐凍性を持つヒル(環形動物)の発見
一般に、0℃以下の低温になると生物の生命活動の維持が難しくなります。そして、さらに体内の水分が凍結することで、ほとんど全ての生物は死亡してしまいます。 東京海洋大学と農業生物資源研究所の研究チームは、爬虫類のカメ類に特異的に寄生するヒル類の1種であるヌマエラビルが高い耐凍性をもつことを発見しました。本種は、特別な処理なく、すなわち正常の生態状態において、液体窒素(-196℃)への浸漬や-90℃温度条件下での長期の保管(最大32 ヶ月)を行っても死亡せずに、生存することが確認されました。さらに、凍結(-100℃)と解凍の反復に対しても高い耐性を持つことも明らかになりました(最大12 回)。また、これらの実験下において本種の体内の水分は凍結していると考えられます。 以上の成果は、凍結や解凍といった水の挙動が生物の生命活動にどのような影響を与えているのかを知る手がかりとなり、生理学や極限環境生物学、宇宙生物学といった生物学分野のみならず、細胞や臓器の冷凍保存といった医学分野への応用が期待出来ます。 これらの成果をまとめた論文が、米国オンライン科学誌「PLOS ONE(プロスワン)」電子版2014年1月22 日に掲載されました。(http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0086807)。 問い合わせ先など
【研究の背景】
地球上の生物はそれぞれに適した温度帯で生息するため、その条件下から外れると正常な生命活動を行えなくなり、最終的には死に至ります。0℃以下の低温に生物を曝した場合、細胞内外の水分凍結という液相から固相への物理的状態変化および溶質の濃縮といった化学的状態変化が生じるため、細胞、さらにはその生物自身が凍結障害の影響を受けます。 本研究チームの一名が研究目的で冷凍保管(温度:-80℃、期間:約半年)していたクサガメ(爬虫類のカメの1種)を解凍したところ、カメの生前時より寄生していたと思われるヌマエラビル(*1)が能動的に体を動かすことを確認しました。そこで、改めてヒルのみを凍結および解凍したところ、同様に生存が確認されたため、より詳細に本種の耐凍性を調べました。 【研究の概要】
上述の通り、ヌマエラビルが高い耐凍性を持つ可能性が示されました。そこで、他のヒル類(ヌマエラビルと同属近縁種でウミガメに寄生するマルゴエラビルやカメ類には寄生しない淡水性ヒル類5 種)も用いて、それらを-90℃のディープフリーザーに保存し、24 時間後に解凍して生存率を調べました。その結果、ヌマエラビルのみが生存し、他種は全て死亡が確認されました。加えて、ヌマエラビルの孵化直後の個体ならびに卵にも同様の実験を行ったところ、孵化幼体も生存し、解凍した卵からも孵化が確認されました。また、ヌマエラビルの成体を液体窒素に24時間浸漬しても、全ての個体が生きていました。したがって、実験に用いたヒル類の中ではヌマエラビルのみが耐凍性を持つことが判明しました。さらに孵化直後の何も食べていない幼体についても生存が確認されたため、本種の耐凍性は生まれつき備わった能力であると推測されます。 続いて、-90℃温度条件下における長期保存に対する耐性を調べた所、9 ヶ月までは100%の生存が確認されました。その後保存期間が伸びるにつれて徐々に生存率の低下が見られましたが、最大で32 ヶ月の保存に耐えることが観察されました。さらに、凍結と解凍の反復に対する耐性を調べた所、最大12回までの耐えることも確認できました。また、長期の低温保管に耐えることや、低温下におけるガラス化や凍結保護物質(トレハロース等の糖類)の蓄積は確認されなかったことより、本試験に用いたヌマエラビルの水分は完全に凍結したと考えられます。 いくつかの生物において、クリプトビオシス(*2)と呼ばれる無代謝状態となることで低温等の極限環境に耐性を示すことが知られており、ネムリユスリカやクマムシといった生物は自然下では起こりえないような非常に低い温度条件に対して高い耐性を持つことが知られています。しかし、これらの生物がクリプトビオシス状態になるためには、乾燥や凍結保護物質の蓄積が必要となり、それには時間もかかります。そして、生命活動を行う通常の生理状態での低温耐性は、クリプトビオシス状態に比べ極端に低下します。しかしながら、ヌマエラビルは通常の生理状態でも高い耐凍性を持つことが証明され、これまでに報告されている耐凍性生物の中でも極めて高い能力を持つことが示されました。 【成果の意義】
この成果活用により、ヌマエラビルを含めた多種多様な生物種における耐凍性メカニズム機構解明研究が進み、生物学や医学への応用が期待されます。くわえて、生物資源(遺伝資源)としての産業利用も期待出来ます。 【今後の課題】
ヌマエラビルの耐凍性が何に由来しているのかを具体的に明らかにする必要があります。本種は自然下において本研究のような低温環境には生息しないため、この耐凍性は別の形質における副産物的なものであると考えられます。そして、この耐凍性は先天的な形質であると推察されるため、遺伝子レベルでの研究を進めていきます。 【発表論文】
A Leech Capable of Surviving Exposure to Extremely Low Temperatures 著者:Dai Suzuki, Tomoko Miyamoto, Takahiro Kikawada, Manabu Watanabe, Toru Suzuki 鈴木大(東京海洋大学・京都大学, [ 現所属:九州大学])、宮本智子(東京海洋大学)、黄川田隆洋(農業生物資源研究所)、渡邊学(東京海洋大学)、鈴木徹(東京海洋大学) 掲載雑誌:PLOS ONE,http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0086807
*1 ヌマエラビル
環形動物門ヒル亜綱フンビル目エラビル科エラビル属に属しているヒルの1種。本属のヒル類は体側部に枝状の突起を持ち(ヌマエラビルは11対)、これがエラビルの名前の由来になっていると考えられる。ヌマエラビルは淡水性で、爬虫類のカメ類(ニホンイシガメやクサガメ)に特異的に寄生する。また、同属他種も同じくカメ類(ウミガメ等)の寄生虫として知られる。 *1 クリプトビオシス
「隠された生命活動」を意味する言葉。凍結や乾燥、酸素欠乏などにより代謝が検出不可能なレベルまで低下し、生命の兆候がまったく見られない“生と死の狭間” の状態で、休眠とは異なる。この状態に入ると、環境に対する耐性が著しく高まる。ワムシ、線虫、クマムシ、昆虫、甲殻類の卵などで知られる。(参考文献:耐性の昆虫学. 東海大学出版会. 2008) ![]()
|