トップページ > プレスリリースリスト > カドミウム汚染水田浄化専用のカドミウム高吸収イネ「ファイレメCD1 号」を開発

プレスリリース
農環研 生物研
平成27年7月17日
国立研究開発法人農業環境技術研究所
国立研究開発法人農業生物資源研究所

カドミウム汚染水田浄化専用のカドミウム高吸収イネ
「ファイレメCD1号」を開発

ポイント
  • カドミウムで汚染された水田の浄化に適するイネ新品種「ファイレメCD1号」を育成し、品種登録出願しました。
  • 「ファイレメCD1号」は、カドミウムをよく吸収する外国のイネ品種に、もみが落ちにくく倒れにくい性質を付与した、実用的なカドミウム高吸収イネです。
  • 日本国内の食用イネとは明確に識別でき、栽培が容易な環境浄化植物として利用できます。

概要

  1. 国立研究開発法人農業環境技術研究所(農環研)は、国立研究開発法人農業生物資源研究所(生物研)と共同で、カドミウム汚染水田の浄化に利用できるカドミウム高吸収イネ品種を開発し、「ファイレメCD1号」として品種登録出願しました。
  2. カドミウムは天然に広く存在する重金属であり、鉱山開発、精錬などにより環境中に排出されるなど、様々な原因により一部の水田などの土壌に蓄積しているため、コストがかかる客土に代わる汚染土壌浄化技術が求められていました。
  3. 「ファイレメCD1号」は、カドミウムをよく吸収する外国のインディカ品種「ジャルジャン*1」にガンマ線を照射して得られた突然変異体*2 です。
  4. 「ジャルジャン」がもつ脱粒*3 しやすく倒伏*4しやすいという欠点を改善したことで、日本の機械化栽培体系に適合し、国内での栽培が容易になりました。
  5. 「ファイレメCD1号」は、日本の食用品種より背が高く、長粒の赤米であることから、国内の食用品種と容易に識別できます
  6. 「ファイレメCD1号」は、カドミウム汚染水田の実用的な環境浄化植物(ファイトレメディエーション*5 植物)として広く利用できます。
予算農林水産省委託プロジェクト「新農業展開ゲノムプロジェクト」(2008-2012)
品種登録出願番号:第29773 号、出願公表日:平成27年6月26日
論文安部ら(2013):ガンマ線照射による突然変異育種法を用いた難脱粒性カドミウムファイトレメディエーション用イネ系統「MJ3」および「MA22」の育成,育種学研究, 15(2), 17-24 (MJ3:ファイレメCD1 号の系統名)
【発表論文】
  1. 安部匡, 倉俣正人, 岩崎行玄, 本間利光, 茨木俊行, 山本敏央, 矢野昌裕, 村上政治, 石川覚 (2013) ガンマ線照射による突然変異育種法を用いた難脱粒性カドミウムファイトレメディエーション用イネ系統「MJ3」および「MA22」の育成 育種学研究 15(2):17-24

問い合わせ先

研究推進責任者:
 国立研究開発法人 農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3
理事長 宮下 清貴
研究担当者:
 国立研究開発法人 農業環境技術研究所 土壌環境研究領域
任期付研究員 安部 匡
主任研究員 石川 覚
TEL 029-838-8270
広報担当者:
 国立研究開発法人 農業環境技術研究所 広報情報室
広報グループリーダー 小野寺達也
TEL 029-838-8191 FAX 029-838-8299
e-mail kouhou@niaes.affrc.go.jp
この資料は、筑波研究学園都市記者会、農政クラブ、農林記者会及び農業技術クラブに配付しています。

研究の背景と経緯

食品衛生法による国内基準値(0.4mg/kg 以下(玄米・精米))を超えるカドミウムを含むコメが生産されないようにする対策として、これまで土の入れ替え(客土)が行われてきました。しかし、客土はコストが高く、大量の非汚染土を必要とすることから、これに代わる新しい対策技術が求められていました。そこで、農環研は2009 年に「カドミウム高吸収イネ品種によるカドミウム汚染水田の浄化技術(ファイトレメディエーション)」を開発しました*6。本技術は農林水産省が2011 年8 月に策定した「コメ中のカドミウム濃度軽減のための実施指針」でも紹介されています。

この技術は、カドミウムをよく吸収するイネ(カドミウム高吸収イネ)をカドミウム汚染水田で栽培し、カドミウムを吸収した植物体を取り除くことで、土壌中のカドミウムを除去する方法です。水田でイネを栽培し、カドミウムがイネに吸収されやすいように水管理方法を変え、刈り取るだけで実施できるため、生産者が取り組みやすくコストも低いという利点があります。

しかしながら、カドミウム高吸収イネとして利用が検討されてきた外国のインディカ品種である「長香穀(ちょうこうこく)」は、「わら」や「もみ」に多くのカドミウムを蓄積しますが、収穫前にもみが脱落しやすく、また倒れやすいという欠点がありました。これらの欠点は、収穫作業に手間がかかり、また、水田に落ちたもみが次の年に発芽して、他のイネ品種に混入する原因になりました。このため、脱粒性と倒伏性とを改善し、生産者が栽培しやすいカドミウム高吸収(集積)イネの開発が望まれていました。

そこで、本研究においては、「長香穀」と同程度のカドミウム吸収能力を持つ「ジャルジャン」を用いて、実用的なカドミウム高吸収(集積)品種の開発に取り組みました。

研究の背景と経緯

研究の内容・意義
  1. 本研究で開発した「ファイレメCD1号」は、カドミウム高吸収品種「ジャルジャン」へのガンマ線照射によって作出された、難脱粒で草丈が短い(短稈の)突然変異体です。
  2. 「ファイレメCD1号」の育成経過は次の通りです。まず、生物研の放射線育種場においてガンマ線を照射した「ジャルジャン」の種子を農環研で栽培し、変異処理2世代目(M2世代)の種子を得ました。このM2世代を栽培した約25,000個体の中から、収穫期にもみがこぼれ落ちない難脱粒変異体を10個体選抜し、さらに、この10個体の中から、難脱粒で、かつ草丈が低く短稈化した1個体(系統名:MJ3)を選抜しました。この「MJ3」のカドミウム吸収性とその他の特性をほ場で確認し、「ファイレメCD1号」と命名して品種登録出願しました。
  3. 「ファイレメCD1号」のカドミウム吸収能力は、日本の食用品種の約10倍で、「ジャルジャン」や「長香穀」と同等です(図1)。
  4. 「ファイレメCD1号」の脱粒性は、母本である「ジャルジャン」と比較して大きく改善され、難脱粒品種であるコシヒカリとほぼ同等でした(表1)。
  5. 「ファイレメCD1号」の稈長(地面から穂のつけ根までの長さ)は「ジャルジャン」と比較して短く、収穫期の倒伏が軽減されました(表2)。
  6. 「ファイレメCD1号」は、日本の食用品種より背が高く、また、長粒の赤米であることから、日本の食用品種とは明確に区別できます(表2、図2,3,4)。
  7. 「ファイレメCD1号」は、これまでのカドミウム高吸収イネに比べて脱粒性や倒伏性が改善されたことで、機械化された日本の栽培体系に適した品種となり、カドミウム汚染水田におけるファイトレメディエーションを効率良く行うことができます。

今後の予定・期待

「ファイレメCD1 号」をファイトレメディエーション専用品種として利用することで、日本国内のカドミウム汚染水田の浄化が進むことが期待され、現在、平成28年度までの予定で実用性を検討しています。

また、水田のファイトレメディエーションの効果は食用米だけでなく、二毛作や田畑輪換*7 の際のダイズやコムギなど、他の作物中のカドミウム汚染リスクの低減にも応用可能です。

用語の解説

*1 ジャルジャン:カドミウムを「わら」や「もみ」に多く集積するイネとして選抜されたブータン原産のインディカ品種
*2 突然変異体:遺伝子に変異が生じ、草姿や特徴などが変化した個体やその後代系統。自然界の放射線や遺伝子複製エラー等の自然要因で起こる自然突然変異だけでなく、人為的な操作(イオンビーム照射、ガンマ線照射、薬剤処理等)によっても作ることができる。ガンマ線照射による難脱粒突然変異体としては、飼料用水稲品種「ミナミユタカ」などがある。
*3 脱粒:収穫前の籾が接触や強風などの物理的刺激で脱落すること。脱粒は収量低下を引き起こすほか、落ちた種子が翌年発芽し異株発生の原因となる。ほとんどの日本の栽培品種は難脱粒性品種。
*4 倒伏:栽培中のイネが収穫前に倒れること。倒伏の主な原因として、稈(茎に相当)の長さや穂の重さに対する稈の強度不足などが挙げられる。倒伏は、収穫時の作業効率を悪化させるほか、早期倒伏は収量低下に結びつく。
*5 ファイトレメディエーション:植物に有害物質を吸収させ、環境浄化を行う植物浄化技術の総称。品種名の「ファイレメ」はここからとった。カドミウム高吸収イネを用いたカドミウム汚染水田のファイトレメディエーション技術では、イネのカドミウム吸収を促進する「早期落水栽培法」でカドミウム高吸収品種を栽培し、地上部を「もみ・わら分別収穫・現場乾燥法」で収穫乾燥したのちに、水田から運搬してダイオキシン類対策に利用された高温焼却炉で焼却する。詳細は*6を参照。
*6 参考資料: 「カドミウム高吸収イネ品種によるカドミウム汚染水田の浄化技術 (ファイトレメディエーション) を開発」(2009年8月21日プレスリリース、
URL: http://www.niaes.affrc.go.jp/techdoc/press/090821/press090821.html
*7 田畑輪換: 水田と畑に毎年から数年ごとに交替し利用する方法。雑草対策や畑の連作障害などに効果がある。

担当研究者

国立研究開発法人 農業環境技術研究所 土壌環境研究領域
任期付研究員 安部  匡
主任研究員 石川  覚
特別研究員 倉俣 正人
国立研究開発法人 農業生物資源研究所
農業生物先端ゲノム研究センター  センター長 矢野 昌裕
(現 国立研究開発法人 農研機構・作物研究所所長)
  農業生物先端ゲノム研究センター
イネゲノム育種研究ユニット ユニット長 山本 敏央

【掲載新聞】  7月21日:化学工業日報
7月23日:日本農業新聞
8月1日:農業共済新聞
8月7日:全国農業新聞

↑PAGE TOP