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PRESS RELEASE
“人類最古の農業”栽培オオムギの起源を解明
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農業生物資源研究所の小松田隆夫上級研究員と岡山大学資源植物科学研究所の佐藤和広教授は、ドイツ、オーストラリアなど世界6ヵ国の研究機関との共同研究をリードし、実が落ちずに収穫できるオオムギ(栽培オオムギ)の起源を探索。欧州等(西)に分布する栽培オオムギが約1万年前に南レバント(イスラエル)で突然変異した子孫で、日本等(東)に分布する栽培オオムギがその後北レバント(北西シリアから南東トルコ)で起きた別の突然変異の子孫であることを世界で初めて突き止めました。"人類最古の農業"は、突然変異が起きたオオムギを発見し、栽培したことから始まったと考えられます。本研究成果は7月30日(米国東部時間正午)、アメリカの学術雑誌「CELL」に掲載されます。 南北レバントで別々に生まれた栽培オオムギの子孫は互いに性質が異なっています。今後、それぞれの子孫の品種グループにない性質を積極的に交配することで、多様性が生まれるなど、品種改良の効率が加速すると大いに期待されます。 |
種類 | 遺伝子の状態 | 実 | 分布 | |
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野生オオムギ | Btr1(正常) | Btr2(正常) | 落ちる | 中近東中央アジア |
栽培オオムギ(南レバント起源) | btr1(変異) | Btr2(正常) | 落ちない | 欧州等に分布 |
栽培オオムギ(北レバント起源) | Btr1(正常) | btr2(変異) | 落ちない | 日本等に分布 |
農業生物資源研究所農業生物先端ゲノム研究センター作物ゲノム研究ユニットの小松田隆夫上級研究員と岡山大学資源植物科学研究所の佐藤和広教授は、ドイツ、オーストラリアなど世界6ヵ国の研究機関との共同研究をリードし、①栽培オオムギの起源、②実が落ちることに関わる2つの遺伝子の起源、③2つの遺伝子の働きを世界で初めて突き止めました。
これまで、岡山大学では野生オオムギの実が落ちることに関わる2つの遺伝子(Btr1とBtr2)の存在を60年以上前から研究しており、祖先となった植物を推定しました。また、野生オオムギの実が落ちることに2つの遺伝子が関わっており、それらが野生オオムギの自生地の西と東で集められた栽培オオムギ品種で異なっていることを発見しました。しかし、現在私たちが利用しているオオムギがどこで、どのようにして生まれたかは分かっていませんでした。
今回、本研究グループは、ゲノム情報、遺伝学的解析および分子生物学的な証明を組み合わせた最新の科学技術を用いて、2つの遺伝子のDNA配列を決定しました。さらに、多数の野生オオムギと栽培オオムギについて、2つの遺伝子のDNA配列の変化を比較。栽培オオムギの祖先となった野生オオムギが、約1万年前に南レバント(イスラエル)で突然変異し、その後、北レバント(北西シリアから南東トルコ)で別の突然変異が起こったことを世界で初めて突き止めました。現在、栽培オオムギの品種は大きく2つのグループに分類されており、両突然変異の子孫を利用して、"人類最古の農業"が始まったことも明らかになりました。
本研究グループは、2つの遺伝子の起源を探るため、オオムギが持つ本遺伝子と、イネ科植物が持つ類似の遺伝子を比較。オオムギでは本遺伝子がセットで2倍(合計4つ)になっており、さらにそのうちBtr1とBtr2のセットでは塩基配列がわずかに変化し、新たな機能を持つ蛋白質を作ることを発見しました。コムギも同じ機能の遺伝子を持つことから、本遺伝子の進化はムギ類に特有で、数千万年前に起きたことが分かりました。
野生のムギ類では実が成熟すると穂の軸の節々の連結がはずれてバラバラになります。これまで本現象は、木々の葉や果実が成熟して自然に落ちる際に作られる「離層」と同じ仕組みによると長く信じられていました。
今回、実際はオオムギではこのような離層が作られず、その代わりに穂の軸の節々で細胞壁(植物の細胞のまわりにあるかたい物質)が極端に薄くもろくなることを発見。風や重力、動物が触れることなどによって細胞壁がくだけ、実が落ちることが分かりました。
したがって、2つの遺伝子は穂の軸の節でのみ働いて、細胞壁を薄くもろくする役割があるといえます。穂の節ごとに実が落ちるのはムギ類に特有な現象で、数千万年前に起きた2つの遺伝子の倍加と性質の変化によって、ムギが成熟して実が落ちる特別な仕組みが作り上げられたことになります。
私たちが現在利用しているオオムギは2つの突然変異が起きた植物のいずれかの子孫になります。子孫の持っている性質は突然変異が起きた植物の性質が大きく影響しています。たとえば、病気の抵抗性、ビールを製造する際の品質、家畜の飼料の栄養分などの性質は子孫によって大きく異なります。したがって、今回発見された遺伝子のDNA配列の違いは品種改良の親として使われる遺伝資源の効率的な保存と利用に役立ちます。さらに、それぞれの子孫の品種グループにない性質を最新のゲノム情報などを活用して積極的に導入することで、品種改良の効率が加速されると考えられます。
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論文名: | Evolution of the grain dispersal system in barley" |
「オオムギの種子分散システムの進化」 | |
著者: | Mohammad Pourkheirandish1, Goetz Hensel2, Benjamin Kilian2, Natesan Senthil1, Guoxiong Chen1, Mohammad Sameri1, Perumal Azhaguvel1, Shun Sakuma1, Sidram Dhanagond2, Rajiv Sharma2, Martin Mascher2, Axel Himmelbach2, Sven Gottwald2, Sudha K. Nair1, Akemi Tagiri1, Fumiko Yukuhiro1, Yoshiaki Nagamura1, Hiroyuki Kanamori1, Takashi Matsumoto1, George Willcox3, Christopher P. Middleton4, Thomas Wicker4, Alexander Walther5, Robbie Waugh6, Geoffrey B. Fincher7, Nils Stein2, Jochen Kumlehn2, Kazuhiro Sato8 and Takao Komatsuda1* (*責任著者) |
「メンデルの法則」で有名なメンデルが、親から子へ受け継がれていく遺伝物質として仮定した因子であり、実際にはDNA配列の一部を指します。細胞中の蛋白質を構成するアミノ酸の配列は遺伝子のDNA配列が決めています。このため遺伝子は蛋白質の設計図であり、蛋白質がいろいろな機能を発揮することを通じて生物の形質を決定するものです。遺伝子の突然変異は塩基配列が変化することによって蛋白質の性質が変化する現象です
ゲノムそれぞれの生物が持つ遺伝情報の一セット。全DNA塩基配列を指すこともあります。
同位元素原子核の中性子の数が異なるため原子番号が同じで質量数が異なる元素。植物の生体では12Cと14Cの割合が一定に保たれていますが、遺物となってからの時間に比例して14Cのみ崩壊してその割合が減少するため、この性質を利用して、遺物の年代を推定することが考古学で使われます。
離層秋に木々が落葉する際などに葉の基部に出来るコルク層。水液の移動がたたれ、酵素の働きで細胞間の接着度が低下し、そこから葉が離れ落ちます。
野生オオムギ(写真)
【掲載新聞】 | 7月31日 | : | 日本農業新聞、化学工業日報 |
8月1日 | : | 日本経済新聞(夕刊) | |
8月7日 | : | 科学新聞 | |
8月12日 | : | 農業共済新聞 | |
8月27日 | : | 朝日新聞 |