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イネゲノムドラフトシーケンスの論文発表に対するIRGSPの声明

 3月28日、北京ゲノム研究所(Beijing Genomics Institute)とシンジェンタ/ミリアッドの2グループから4月5日号のサイエンス誌に2つのイネ亜種のゲノムドラフトシーケンスに関する論文を掲載するとの発表があった。この発表は同じゴール(即ちイネゲノム塩基配列解読を指す)を目指す他のグループ(即ち国際コンソーシアムを指す)に向けられたものと考えるのが適当である。

 イネゲノムの塩基配列はどのような使われ方をするのであろうか?イネは全人類の半分が主食とする最も重要な穀物である。人口の増加、それに伴う農業を支えるための資源、農業に適した土地の減少などの要因からイネの生産性を高めることが重要な課題となっている。育種担当者は生産性、耐病性、環境耐性に関わる形質を同定し、関連する遺伝子のおおよその位置を決めることができる。遺伝子地図に基づいた塩基配列情報はこれらの形質に関連する遺伝子の同定を促進することができる。重要な遺伝子を突き止めれば、これは各地域で栽培されている品種に迅速に導入され、育種担当者はこの情報を利用して、有用な遺伝的変異の探索を行うことができよう。実際、イネ開花期に関わる遺伝子の発見には公開されている塩基配列情報が有効に利用された。この発見により日長の異なる地域での高収量イネの育種への可能性が拓かれた。

 イネは穀類の中でもっとも小さなゲノムサイズをもつことから全ゲノム配列決定の最初の標的となった。この事実に加えて、トウモロコシ、小麦、大麦、ライ麦、ソルガム、オート麦、キビなど、すべての穀物と遺伝子の並び方が似ているのである。そのため、イネゲノムの情報はその他すべての、大きなゲノムを持つ穀類の研究に応用できるのである。例えばトウモロコシのゲノムサイズはイネの5倍、小麦に至っては40倍である。

 1997年、遺伝子地図に基づいた高精度イネゲノム塩基配列を公的に提供するために国際協力体制、IRGSP(国際イネゲノム塩基配列プロジェクト)が開始された。IRGSPは現在、日本、米国、中国、台湾、フランス、インド、韓国、ブラジル、タイ、英国の10カ国で構成されている。IRGSPにより現在までに68%のイネゲノム配列が公的なデータベースに登録され、また日々増加している。2002年末には全イネゲノムの高精度ドラフト塩基配列を公開する見通しである。IRGSPではイネゲノムを大きな断片としてクローン化し、それらの遺伝子地図上の位置を決めた後、一つ一つ丁寧に解析する手法を採用している。参加メンバーは10,000塩基に1塩基以下の間違いしかない高精度解析を約束している。イネゲノムの大きさは おおよそ4億塩基対である。

 公的なイネゲノム塩基配列決定の努力は私企業の貢献によっても支えられている。2年前、米国モンサント社はイネゲノム配列のドラフトを作成したことを発表した。彼らはIRGSPや公的な機関に所属する研究者に塩基配列を公開した。モンサントのクローンと塩基配列は公的なデータベースに登録した塩基配列の30%弱に貢献している。現在、シンジェンタ社の一部となっているノバルティス社はイネゲノム塩基配列決定に用いられるDNA断片整列化地図(物理地図)の作成を一時支援した。

 3月28日の発表を行った二つのグループは、セレラ社がヒトゲノムのドラフト塩基配列決定で用いた手法を採用した。物理地図作成後に、整列化した各断片の塩基配列を決定するIRGSPの方法と異なり、これらのグループは数多くの短く、しかもゲノム上の存在位置情報の無いクローンの塩基配列を得て、この短い塩基配列情報をコンピュータープログラムを頼りにつなぎ合わせ、長い塩基配列情報に仕立てている。ほとんどの高等生物はDNA中に多種多様な反復配列を持っており、ゲノムレベルでの塩基配列の正確なつなぎあわせの邪魔をしている。とは言え、この手法は遺伝子の大部分を比較的安価に学ぶためにはよい方法である。欠点としては、すべての領域をカバーするには塩基配列情報が十分ではないために、遺伝子間の位置関係や遺伝子地図との関連がはっきりしないという点があげられる。実際、北京のグループは約130,000個もの短いつなぎ合わせ断片で止まっている。これは、ゲノムの約2/3をカバーし、遺伝子地図上の位置関係が明らかな約2,000個のクローンの配列を解析しているIRGSPの方法と大きく異なる点である。

 塩基配列の公開に関しても疑問が残る。中国のグループは2、3ヶ月前に誰でもアクセスできるウエブサイトから検索や塩基配列のダウンロードをできる体制を整え、さらに公的なデータベースへの登録も約束している。シンジェンタ社の塩基配列情報の公開に関してはまだ不明である。彼らは公的なデータベースには登録せずに、国際的な塩基配列決定グループ(これにはIRGSPも含まれるし、その他、例えば北京もふくまれよう)および技術移転契約を交わした、限られた研究者にだけ公開するだろう。

 IRGSPは利用可能なすべての情報および物質的資源(DNAクローンを指す)を利用して作成した、正確な遺伝子地図に基づいた塩基配列の決定を行っている(2002年末全イネゲノムの高精細ドラフト塩基配列公開予定)。我々は現在、シンジェンタ社と交渉しているが、モンサント社との間で得られた合意と同じような合意条件を求めている。もし、早い時期に合意できれば、IRGSPに参画するメンバーがシンジェンタ社のデータを自由に使うことで配列解読作業が加速されると考える。すなわち、塩基配列を決定するためのクローンを選ぶ上で役立つばかりでなく、特に物理地図上のギャップを埋めるという点でも役立つだろう。モンサント社とシンジェンタ社が国際的なグループが選んだと同一のイネ品種(「日本晴」)の塩基配列を決定したことも大変都合のよいことである。


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