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平成17年10月31日 独立行政法人 農業生物資源研究所 国立大学法人 東京大学医科学研究所 国立大学法人 島根大学 |
スギ花粉症緩和米によるアレルギー症状の緩和 マウスで科学的有効性を証明
現在、日本人の約20%にあたる2300万人もの人が花粉症*だといわれ、その数は年々増加しています。さらに、花粉症予備軍と考えられる花粉に対する抗体を持っている人の率は、スギ花粉だけを取ってみても、60%近くになっていて、特に若い人に多いことが知られおり、有効な対策が求められています。
農業生物資源研究所は、スギ花粉抗原の一部(ペプチド)を胚乳部分に発現させ蓄積したコメ(スギ花粉症緩和米)を開発し、東京大学医科学研究所、島根大学医学部との共同研究により、このコメをマウスに経口投与すると、スギ花粉を浴びても花粉症症状(くしゃみ)が緩和されることを世界で最初に示し、コメを利用したペプチド免疫療法の有効性を科学的に証明しました。さらに経口投与でのアレルギー緩和機能(免疫寛容)に関する免疫学的な作用機作を明らかにすることに成功しました。
本成果は、10月31日付けの米国科学アカデミー紀要に特集として掲載されます。スギ花粉症緩和米の有効性が科学的に評価されたことで、実用化に大きな一歩が踏み出されました。
【研究の背景】
スギ花粉症緩和米の開発は平成12年に開始された生物系特定産業技術研究推進機構(現 独立行政法人 農業・生物系特定産業技術機構 生物系特定産業技術研究支援センター)のミレニアムプロジェクト「新事業創出研究プロジェクト健康機能性作物開発」、引き続き農林水産省委託プロジェクト「アグリバイオ実用化・産業化プロジェクト」の一環として推進しています。上記両プロジェクトにおいて、スギ花粉抗原タンパク質の中からヒトのT細胞が抗原タンパク質として認識している7種の主要なアミノ酸配列(T細胞エピトープペプチド)を選び、これらを連結した7Crpエピトープペプチドを、コメの胚乳部分(白米部分)に特異的かつ高度に蓄積させた遺伝子組換え米を開発しました。
この7Crpエピトープペプチド蓄積米(ヒト用花粉症緩和米)の花粉症緩和機能については、上記の7種のT細胞エピトープペプチドの中の1種類だけを認識する特別なマウスに1ヶ月程度食べさせ、その後、花粉を鼻から吸入させると、普通米を食べさせたマウスと比較して、T細胞の反応性やIgE抗体の産生量が低下する結果が得られていました。しかし、T細胞エピトープペプチド配列はヒトとマウスで異なるため、詳細な免疫寛容の誘導メカニズムは明らかではありませんでした。
【成果の内容】
まず、(1)スギ花粉抗原タンパク質の中でマウスが認識するT細胞エピトープペプチドの主要なものをコメに蓄積させた組換え米(マウス用花粉症緩和米)を開発した(図1)ことが成果として挙げられます。また、(2)このマウス用花粉症緩和米をマウスに食べさせると(図2)、スギ花粉抗原に対して特異性を持つT細胞の反応性が低下し(T細胞増殖活性)、アレルギー反応を誘導するインターロイキンIL-4やIL-13の量が、普通米を食べさせておいたマウスに比較して低下すること、(3)マウス用花粉症緩和米を与えたマウスでは、B細胞で産生される抗原特異的IgEの量が通常の1/3程度に低下することが確認され(図3)、さらにこれらの反応に対応してヒスタミン(くしゃみや鼻水を引き起こす原因物質)の産生量も低下することが確認されました(図4)。
一方、マウス用花粉症緩和米を食べさせたマウスにスギ花粉を吸入させると起こるアレルギー症状であるくしゃみの数が普通米を食べさせたマウスに比べ約1/3程度に低下しており(図5)、上記の体内成分の変化とアレルギー症状の緩和が一致していることも示され、マウス用花粉症緩和米を食べさせたマウスで実際にアレルギー症状が緩和されることが明らかになりました。
【今後の展開】
これらのマウスをモデルに用いて得た結果を参考にして、ヒトへの花粉症緩和米利用を推進する目的で、本年度、農業生物資源研究所隔離圃場でヒト用花粉症緩和米の栽培を行いました。今後、この組換え米を用いてヒトへの利用に向けた各種の安全性試験が進められ予定になっています。
T細胞エピトープペプチドを蓄積させた組換え米によるアレルギー症緩和は、経口投与による方法であり、従来の皮下注射による減感作療法に比べてIgE抗体との結合性がないことから、副作用もなく安全性が高いと考えられます。また、スギ花粉からの抗原調製や大腸菌を利用したT細胞エピトープペプチドの生産方法に比べ、格安に生産でき、室温に長期保存しても安定など多くの利点があります。
今後は、
- 医療関係者との共同研究により、T細胞エピトープ蓄積米の経口投与(投与量、投与期間)の方法や治療効果について、サルを用いた基礎研究、さらにはヒトでの臨床研究を通じて安全性・有効性について検討していきます。
- 経口免疫寛容を効率的に誘導させる細胞内T細胞エピトープペプチド蓄積手法の開発を行います。
研究代表者: | 農業生物資源研究所 理事長 石毛光雄 |
研究推進責任者: | 農業生物資源研究所 新生物資源創出研究グループ長 岡 成美 TEL:029-838-8360 |
研究担当者: | 農業生物資源研究所 新生物資源創出研究グループ 遺伝子操作チーム長 高岩文雄、研究員 高木英典 TEL:029-838-8373 |
共同研究者: | 東京大学 医科学研究所 炎症免疫分野 清野 宏 教授 TEL:03-5449-5274、kiyono@ims.u-tokyo.ac.jp |
共同研究者: | 島根大学 医学部 耳鼻咽喉科学教室 川内秀之 教授 TEL:0852-20-2273、kawauchi@med.shimane-u.ac.jp |
広報担当者: | 農業生物資源研究所 企画調整部 情報広報課長 長岡進一 TEL:029-838-7004、FAX:029-838-7044 |
【用語説明】
- エピトープ
抗原提示細胞(マクロファージ)内で消化・修飾され抗原性を強調された抗原タンパク質(アレルゲンタンパク質)から由来する10数ペプチド(10〜20アミノ酸からできている)の抗原ペプチド。このペプチドは抗原情報として、細胞膜表面に露呈され、T細胞レセプターを介してT細胞へ情報伝達される。
- インターロイキン
T細胞などの免疫細胞から分泌され、白血球や炎症細胞の免疫応答制御機能を担うタンパク質分子。IL-4はB細胞に作用しIgE,IgG1抗体産生を促進している。
- ペプチド
タンパク質を構成するアミノ酸が2個から数十繋がった低分子タンパクのこと。
* 花粉症は、スギやヒノキなどの植物の花粉が原因となって、くしゃみ・鼻水・目の炎症などのアレルギー症状をひき起こす病気です。 私たちの体には、免疫反応という、もともと私たちの身体が持っている防衛反応があります。免疫の役目は、まず、体の中に入ってきた細菌やウイルスなどの異物を、「自分とは違うもの」と見分けて排除すること、そして、異物が次にやってきた時にすばやく対応できるように、その異物を覚えておくことです。こうした異物を抗原といい、抗原と結びついて、抗原を排除する物質を抗体といます。 花粉が鼻に吸入されると、花粉はもちろん異物ですから、この免疫システムが働きます。くしゃみ、鼻水、鼻づまりを起こして、花粉を鼻の外へ押し出そうとするわけです。こうした免疫反応は、身体にとって有害なものを排除するのというのが本来の目的ですから、私たちの体にとって、なくてはならないたいへん重要なものです。しかし、反応が過剰になり、たいして害のない異物に大きく反応してしまうのが、花粉症などのアレルギー反応です。
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図1.マウス花粉症緩和米作出に用いた遺伝子導入ベクター |
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図2.マウス花粉症緩和米の経口投与と実験スケジュール |
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図3.IgE抗体量への影響 | 図4.ヒスタミン含量への影響 |
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図5.くしゃみの回数への影響 | |
【掲載新聞】
11月1日 朝日新聞(夕刊),読売新聞(夕刊),日経産業新聞
11月2日 日本農業新聞,産経新聞,化学工業日報,毎日新聞(夕刊)
11月9日 農業共済新聞
11月25日 科学新聞
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