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【背景】
イネなどの高等植物は病原微生物を認識して抵抗性反応を展開する能力を備えています。このような抵抗性反応は、病原菌の菌体成分を植物が認識することによっても起こることが古くから知られ、このようにして誘導された抵抗性を特に基礎的抵抗性と呼んでいます。基礎的抵抗性は病原菌の種類をあまり選ばないという点で農業上有用な形質であり、これを増強することで幅広い病害に対して抵抗性を増強させることが可能となると考えられます。このような基礎的抵抗性を誘導する物質として注目を浴びているのが病原微生物の菌体成分からなるエリシターとよばれる物質です。エリシターにはキチンオリゴ糖をはじめとしてたくさんの種類が知られていますが、これまで植物がどのような受容体によってそれを認識し抵抗性反応を引き起こしているかについてはほとんどわかっていませんでした。

【詳細】
植物病原糸状菌(カビ)の細胞壁にはほぼ共通してキチンが含まれており、その加水分解物であるキチンオリゴ糖はきわめて低い濃度でもイネ、オオムギ、ニンジン等の植物に、活性酸素生成や遺伝子発現変化などの病害抵抗性反応を引き起こします。すなわちキチンオリゴ糖は強力なエリシター作用を持っています。一方、キチンオリゴ糖の分子構造をわずかでも変化させるとこのような抵抗性反応は起きなくなることから、植物にはこのキチンオリゴ糖エリシターをきわめて鋭敏に、かつ厳密に識別できるタンパク質(受容体)が存在しており、このエリシターはこの受容体を通じてイネに抵抗性反応を誘導するものと考えられます(図1)。この共同研究グループのこれまでの生化学的な解析によってキチンオリゴ糖ときわめて効率よく結合するタンパク質がイネの細胞膜中に存在することがわかっていました。そこで、今回この結合活性を手がかりとしてこのタンパク質(CEBiP(Chitin Elicitor Binding Protein)と命名)をイネの細胞膜から精製し、その部分アミノ酸配列を解読しました。その情報に基づいてCEBiPをコードするmRNAおよび遺伝子の構造を明らかにしました。その結果、CEBiPは最終的に328個のアミノ酸からなり、キチンオリゴ糖との結合に重要と推測される"LysMドメイン※3"と呼ばれる配列が2カ所に含まれていることが明らかになりました(図2)。CEBiP遺伝子の発現をRNAi法※4によって抑制すると、細胞膜へキチンオリゴ糖が結合しなくなると同時に、キチンオリゴ糖を処理しても活性酸素生成や遺伝子発現変化などの抵抗性反応が顕著に抑制されることがわかりました。

   これらの結果はCEBiPがキチンオリゴ糖エリシターを細胞膜上で認識し、そのシグナルを細胞内に伝達する受容体として機能することを示しています。今回の成果は、CEBiPの構造をより低濃度のキチンオリゴ糖を認識できるように改変する等によって、イネ等の作物の持つ基礎的抵抗性を増強する新規戦略の確立に貢献するものと期待されます。

【実施研究事業】
本研究成果は生研機構基礎研究推進事業「エリシターシグナル伝達過程の解析に基づく高度環境適応性作物の開発のための基礎研究」(1998年度〜2002年度)、農林水産省委託プロジェクト(重要形質)「エリシター応答に関わる遺伝子の機能の解明」、生研センター基礎研究推進事業「イネにおける病原菌感染シグナルの受容・伝達機構の解明」を実施する中で得られたものです。

【用語説明】

※1 キチン
β−1,4結合したN-アセチル−グルコサミンの重合体。糸状菌の細胞壁の主要な構成多糖の一つである。エビやカニ、昆虫等の殻の主要成分でもある。

※2 エリシター
植物の生体防御反応を誘導する作用のある物質の総称。重金属イオンのような非生物起源のものと、病原菌由来の多糖・オリゴ糖、タンパク質・ペプチドなどの生物起源のものとがある。

※3 LysMドメイン
細菌の細胞壁に含まれる高分子の一つでキチンとよく似た多糖を骨格とする構造体(ペプチドグリカン)と結合することが知られているアミノ酸配列。

※4 RNAi法
RNAiはRNA interferenceの略であり、ニ本鎖RNAの導入によって、相同なmRNAが配列特異的に分解され遺伝子発現が抑制される現象を指す。多くの動植物細胞でこうした現象が確認されており、遺伝子機能の解析に利用される。この場合、機能を調べたい遺伝子について二本鎖RNAを合成するような遺伝子を導入するなどにより対象とする遺伝子の発現を抑制し、その影響を調べる。


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