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■平成25年度一般公開サイエンスカフェ"NIAS25Cafe" 開催レポート

平成25年4月19、20日の2日間、生物研では一般公開を開催、本部地区、大わし地区にて研究成果はもちろん、研究対象である植物や昆虫の観察、簡単な実験、試食などを行いました。

生物研の一般公開では企画の1つとして、"ミニ講演会"と題して行っていた研究者からの研究紹介を、昨年度より"NIAS Cafe"としてサイエンスカフェ形式で行っています。カフェ、ですのでコーヒーやお茶菓子をいただきながら、可能な回には研究者のお話の前に音楽の生演奏を聞いていただくなど、リラックスした雰囲気で、来場者のみなさんと研究者との対話を重視した企画としました。

今回は2日間、大わし地区にて5名の研究者がお話をしました。どの回も、和やかな雰囲気の中で、来場者のみなさんと研究者とのたくさんのやり取りができ、楽しんでいただくことができました。

4.19第1回sc
お話をする陰山さん

<4月19日>
第1回 ボルバキアの驚異 〜昆虫の性を操る微生物〜
スピーカー:昆虫微生物機能研究ユニット 陰山大輔

みなさん、昆虫は好きですか?昆虫のことを良く知るには、昆虫と"共生"している微生物についても知る必要があります。

微生物はいろいろなところ、火山、海、人が住めないところにも住んでいます。実は昆虫の細胞内からもたくさん見つかっています。このような微生物を共生微生物、といいます。昆虫は微生物に住む場所を体内につくり、住んでいる微生物は宿主の昆虫に対して栄養分を与えるなど良いことしているのを、お互いが得をするという意味で相利共生といいます。今日これからお話するのは、相利共生している微生物ではなく、特殊な微生物の話です。母親の卵子にいて、子供に確実に伝わる(感染する)、父親からは次世代に伝わらない(感染しない)微生物は昆虫にはよくいるのですが、その中には、自分の子孫を残すためにオスをメスに変えてしまう微生物がいます。現在は5種類の昆虫でのみで、"メス化"を起こす微生物が確認されています。その中でも、キチョウと共生する微生物を材料にして私たちは研究を進めています。

共生微生物の中には、微生物が伝わらない子孫は殺してしまうものもいます。例えば、アワノメイガに共生する微生物は、"オス殺し"で、自分たちの住家を確保するためにメスだけ残すように作用します。テントウムシ、ショウジョウバエにも、"オス殺し"を起こす共生微生物がいます。また、メスがオスと交尾せずに卵が産める昆虫であるアザミウマや寄生蜂のなかにはメスしかいないと言われていた種があります。ところが親に抗生物質を食べさせて共生している微生物を殺してみたところ、オスが産まれてきました。つまり共生微生物が、"単為生殖"を起こさせていたと言えます。さらに、"細胞質不和合"という現象があるのですが、ハダニやメイガやショウジョウバエでは微生物が感染したオスと感染していないメスの組み合わせで産まれた卵は育たずに死んでしまいます。感染したオスとメス、あるいは非感染のオスと感染したメスの組み合わせで産まれた卵は正常に育ち、感染した昆虫となります。つまり、感染したメスは相手のオスが感染していようと感染していまいが子どもを残すことができますが、非感染のメスは非感染のオスと交尾しないと子どもが育ちません。結果的に世代を繰り返すごとに感染メスの子が相対的に増えていくという計算になります。実際にアメリカでは1年間に100キロメートルのペースで昆虫の微生物の感染が広まったことが報告されています。

このように昆虫の生殖をコントロールする共生微生物は実は多く見つかっています。中でもボルバキアという微生物はいろいろな作用で宿主昆虫の性をコントロールします。ボルバキアといっても細かく遺伝子を調べるとたくさんの系統にわかれるですが、系統と作用は一致していないということがわかっています。その可能性として、ボルバキアに感染しているウイルスがいて、バクテリオファージというのですが、このウイルスがボルバキアの昆虫に対する作用に影響しているのではないかと考えられています。同じ昆虫の体内に種類の違うボルバキアが共存していることもあります。異なるボルバキアが共存したときに遺伝子を交換している可能性もあります。

アワノメイガでは野外におけるボルバキアの感染率は10%程度なので、アワノメイガを外で捕まえてきて、メス1匹1匹別々に卵を産ませて育ててみると、1割ぐらいの感染メスからはメスばかりが産まれ、残り9割の非感染メスからはオスメス1:1の性比で子どもが産まれます。感染したメスに産卵直前に抗生物質の入ったえさを与えるとオス・メス両方を持っている個体が産まれてきます。このような個体を調べてみるとすべてがオス型の染色体をもっているので、おそらく、本来オスになるものがメス化しているのだと思います。完全にメス化するとオス殺し、部分的だと死ぬまでいかなくて間性個体、"モザイク"になるのだと思います。

キチョウはボルバキアによって本当にメスになってしまいます。地域によるの ですが、本州のキチョウは全員がオス・メス1:1で子どもを産むので すが、沖縄の一部や種子島の多くのメスが産む子どもはメスばかりになります。特に種子島では野外の性?が強くメスに偏っています。幼虫に抗?物質 を与えることによってメス化の効果が抑えられ、間性個体が現れるのですが、そのような個体は正常に羽化できなかったり、羽の形がきちんとしていな かったりします。ただ、キチョウの染色体そのものはオス型のまま変化していません。

昆虫種のおよそ40%にボルバキアが共生しているといわれています。ボルバキアをはじめとした共生微生物の生殖操作のメカニズムは、まだわからないことが多くあります。このメカニズムを分子レベルで解明することで、害虫防除など人間が昆虫をうまくコントロールできるようにしたいと思っています。

(質疑応答)

宿主のためになるほど微生物は増えないのか?→自分自身を滅ぼさないためにある程度の増殖を抑えているのではないかと思う。この分野の研究に携わっている研究者が少ないので、もっと研究者が多ければいろんなことがわかってくるとは思う。

宿主のためになるほど微生物は増えないのか?→自分自身を滅ぼさないためにある程度の増殖を抑えているのではないかと思う。この分野の研究に携わっている研究者が少ないので、もっと研究者が多ければいろんなことがわかってくるとは思う。

働き蜂はみんなオスだと聞くが、それも微生物のせい?→微生物は関係していないけれど、単為生殖で増えていて受精しないとメス、受精するとオスになる。

性染色体はX、Yじゃないの?→オスがヘテロの生き物はXY、XXで表す。つまり、オスがXY、メスがXX。メスがヘテロの生き物は、ZW、ZZで表す。つまりオスがZZ、メスがZW。チョウやガの仲間はオスヘテロなのでZW、ZZで表す。慣習の問題なので、メスがヘテロの生き物を、XY、XXで表してもよく、その場合は、オスがXX、メスがXYとなる。

チョウのオス・メスの見分け方は?→目で見分ける。羽の色、模様など。染色体を見たり、遺伝子の発現パターンを見ることによってもわかる。放射能の影響でメス化しているなどと言われているけれど、それももしかすると今回お話した現象も一緒くたに議論されているのかもしれない。

他の影響はあるか?→ある。ネッタイシマカはボルバキアと共生させるとデング熱ウイルスの増殖を抑えることができる。オーストラリアではボルバキアを共生させたネッタイシマカを野外で放つトライアルが始まっているが、その分子メカニズムはわかっていないまま。調べることが重要。

アメリカで1年で100キロも感染が広まったという話。世界中でそのスピードで広まってもおかしくないと思うが、そうではないのはどうして?→種内で全個体が感染している種も多い。5重感染も見られる。進化の過程の一瞬を見ている。今見ているのは安定点とは限らない。接触ではうつらないし注射しているわけでもない。フィラリアにもボルバキアが感染していることがわかった。フィラリア除去のために昔は殺線虫剤を使っていたが、殺線虫剤は人への毒性が高い。ボルバキアを殺せば線虫も死ぬことがわかったので、細菌用の一般的な抗生物質が効くことがわかった。また、フィラリア症による失明の直接的な原因はボルバキアが大量に放出されることによっておこる過剰な炎症反応であることわかっている。

そもそも、昆虫の性決定のしくみも詳細はまだわかっていない。これから明らかにしていきたい。

4.19第2回sc
ビデオ上映後、たくさんの質問をいただきました。

第2回 ミツもミズも蝶には大切 〜明らかになるアゲハチョウの水飲み行動〜
スピーカー:

加害・耐虫機構研究ユニット 井上 尚

蝶の水のみ行動についての研究成果をビデオにまとめたので見てください。国際学会等で上映するためのものですが、一般の方にも協力していただいているので、その恩返しとして、今回の場を借りて研究成果の発表をしたいと思っています。

蝶はどんな味が好みか?いろいろな溶液を調整して置いて試したらナトリウムイオンが溶けている水を好むことがわかりました。アゲハチョウの口の管の中の感覚子が糖類に反応することはわかっていたが、ナトリウムイオンにも反応することがわかりました。また触角の上には匂い感覚子やミツバチやゴキブリに存在する湿度感覚子と似た形の感覚子があることもわかりました。

ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムの金属イオンのうち、ナトリウムイオンが、海水を10倍程度にした濃度が蝶は一番好きだとわかりました。単純な水たまりより動物の匂いのするところに集まりやすいことも知られていて、動物の死体や排泄物からも水飲みをしているのも観察されています。羽がぼろぼろになった蝶が動物の死体で水のみをしているのを見かけたことがあるが、蝶も必死に生きているのだと思います。また、蝶はアンモニアの匂いに惹かれます。実験のとき、酢酸や硫化水素の匂いにもある程度集まったが、それは風の向きによって、アンモニアの匂いが他の試験区の上に流れ込んでしまったためなのかもしれません。

オスのほうがナトリウムイオンの消費が多いことがわかっています。オスは交尾で体内の35%のナトリウムイオンをメスに渡してしまいます。オスの水飲みはナトリウムイオンの摂取が目的と考えられます。水を飲んでいるとおしっこをします。食塩水を飲ませると、ナトリウムイオンは吸収されるのに対し、カリウムイオンは排出されます。しかしポカリスエットだとナトリウムイオンを排出し、カリウムイオンを吸収する個体が見られました。糖が含まれると吸収がうまくいかなくなるのかも知れません。以上より、チョウの吸水行動は体内の各種の金属イオン濃度の調整が目的と考えられます。また、水飲みは若いオスに見られる行動と思われていたが、個体差があること、メスも水飲みをすることも確認しました。

(質疑応答)

色の好みはあるのか?アゲハチョウは赤い花などにくるので赤がすきだと思っていたが?→羽化した直後は青が好みだった。ただし、青い花は日本には少ないので、ほかの色にも行く。そのあたりは学習能力もあるようだ。

第3回 近くて遠いカイコとクワコの関係 〜家畜となったカイコは生殖的に隔離されたのか?〜
スピーカー:遺伝子組換えカイコ研究開発ユニット 行弘研司

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スピーチ終了後、来場者と談笑する行弘さん(右)カイコ(左)とクワコ(右)の成虫の観察もできました。

クワコとカイコのちがいはなんだと思いますか?カイコは成虫になっても色が白くて、胴が太く、飛べません。それに比べてクワコは色が茶色くて、飛べます。クワコは元々は中国、台湾から朝鮮半島そして日本列島にいました。ただし、日本国内では琉球列島にはいません。数百万年前に中国から分かれて日本のクワコになりました。中国と日本では同じクワコでも染色体の数が違います。中国のクワコは染色体が1体細胞当たり56本、日本は54本。ところが、日本のカイコは56本の染色体を持っています。これは中国のクワコがカイコの祖先だという証拠の一つです。

野外でクワコはなかなか見ることができません。桑畑などで探しても、いた!と思うと枯れ葉だったりして、実は自分もあまりたくさん見たことがないのです。

では、日本のカイコとクワコは交雑して、子供を作ることができるのでしょうか?室内では実験的に、カイコメスとクワコオスを無理やり出会わせてやると子供はできるけれど、自然条件、野外ではできない。では、カイコとクワコの子供は飛べるのしょうか?産まれてきた子供はカイコに似ています。オスの子供であれば飛べると言われています。メスは卵でお腹が重いので、産卵がおわったら飛べると言われています。

以前、日本でも養蚕が盛んだったころ、桑畑もたくさんありました。クワコもたくさんいたと考えられます。では、その当時、自然界でカイコとクワコが交配したことはなかったのでしょうか?それを調べるために、日本中でクワコを集めて、遺伝子を調べました。桑の木にフェロモントラップ、という仕掛けをかけてクワコを集めました。メスのカイコを穴の開いたプラスチック容器に入れ、それを粘着シートにおいておきます。そうすると、クワコのオスはカイコのフェロモンに引き寄せられて集まってくるのですが、粘着シートにくっついてしまうので、逃げられません。このようにして全国およそ60箇所でクワコを採集し、4200以上の個体の遺伝子を調べました。結果、クワコでカイコが他の遺伝子を見つからず、交配による遺伝子流入は起こってなかったと考えられます。

(質疑応答)

カイコは桑しか食べられないけれど、クワコは他のものも食べるの?野生化した桑の大木がたくさんあるように思うし、そこにクワコがたくさんいるのではないかと思うのだが?→そのとおりだと思う。

クワコの繭からも糸をとることはできる?→難しいけれど取れる。通販で販売しているものもある。 クワコの繭はフラボノイドで黄色い色をしているが、カイコは飼育を続ける中で白い繭を選抜してきた。

カイコの幼虫が頭をあげてじっとしていることがあるが、あれも擬態しているつもり?→そうかもしれない。本能的なものだと思う。

演奏
宮尾安藝雄さん(右)と石田あやさん(左)の演奏に
来場者のみなさんもうっとり。

<4月20日>

この日の2回のサイエンスカフェでは、研究者のお話の前に音楽の生演奏がありました。音楽はゲノムリソースユニットの宮尾安藝雄さん(バイオリン)と守谷アンサンブルオーケストラのお仲間である石田あやさん(オーボエ)のデュオで、「ハイドンのテーマによるバリエーションよりテーマ」、「見上げてごらん夜の星を」、「マイ・フェイバリット・シングス」、「星に願いを」の4曲を演奏してくださいました。音楽が終わると会場の雰囲気がすっかり和み、参加者もスピーカーもリラックスした中でカフェを始めることができました。

4.20第1回sc
熱のこもったお話をされた内藤さん。

第1回 ワリとイケてるアズキのなかま 〜食料問題解決の糸口を探る〜
スピーカー:多様性活用研究ユニット 内藤健

小学生の頃までは工学部志望でした。しかし、17歳のころにNHKで遺伝子組換えの話題を見て、変わりました。遺伝子組換え技術を使って砂漠で育つ植物を作れたらカッコいいではないか。これからは農学部の時代だ!と。ところが、大学に入ってみると現実はそんなに甘くはないことを悟り、17歳の夢は敢え無く挫折しました。でも大学で学んでいるうちに、生物の進化の世界が深くて面白いとも思いました。35億年前に誕生し、少しずつ変化して多様性がうまれます。キリンの首が長いのはキリンが高い木の葉っぱを食べたいと望んだからではなく、あるとき偶然首の長い動物が生まれ、それがたまたま生存に有利だったからです。そんな進化にはまだまだ謎が多く、その謎を解き明かしたいと思って、アメリカに渡って研究することにしました。幸い大きな成果を出すことができ、研究者としての一歩は踏み出せました。17歳の頃の思いが燻っていたのも事実です。世界の食糧問題を考えた時、人口70億人中8億人が飢えています。飢餓の子供達を減らしたいけれど、世界はその方向になかなか進んでいません。農学で博士号を取った人間が、悠長に進化の研究などしてていいのか、という思いは常に燻っていたのです。

食糧確保のためには農地の拡大が欠かせません。現在地球上の陸地全体のうち、農業に使われている土地は1割ほどです。しかし実は、残り9割の土地のほとんどが、乾燥地・塩害地・酸性土壌・アルカリ土壌の何れかに覆われてしまっています。つまり、農業に適した土地は、もう地球上にはほとんど残っていないのです。だから食糧問題に対して何かやるべきだと思いつつも、そんな研究なんかやっても仕方がない、と思っていました。そんな葛藤を抱えながら生物研に赴任したとき、アズキに出会ったのです。

自然環境に生育しているアズキのなかまはたくさんあります。例えば、ハマアズキは2%食塩水をかけても生育できます。他にも、酸性土壌が大好きだったり、石灰岩の上で直に生育したり、砂漠に生えるものまでいます。これらのアズキのなかまを目にしたとき、これなら戦えると思いました。

れらアズキの仲間の祖先は同じ植物のはずです。その植物の設計図がどのように書き換わったことで様々な環境に対応できるようになったのか、これらの植物の設計図を調べて比較してやればわかるはずです。そこで、現在は高額な装置を利用して、設計図のデータを出して、この膨大なデータを扱うプログラミングの専門家と組んで進めています。今後、設計図の違いがわかってくれば、他の作物にも応用していたいと考えています。農地に適していない土地は全陸地の9割を占めていますが、そのうちの1割でも農業ができるようにすれば、農地は現在の2倍になります。そうなるまでに50年くらいは掛かるかも知れませんが、今の僕は、そこを目指して研究を続けていきたいと思っています。

(質疑応答)

大豆のようにアズキを直接たべたらどうか?→今日紹介した野生種は食べられるけど小さかったり、収穫しにくかったりする。そういう野生種を栽培化する、という考え方もある。野生の栽培化は組換えでなくてもいいけれど、他の作物に応用するにはアズキと交配できないので、遺伝子組換えをしないといけない。

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苦労して撮影した動画も見せつつお話してくださった西澤さん。

第2回 植物と病原菌の攻防戦 〜ミクロの世界をのぞいてみると〜
スピーカー:

:耐病性作物研究開発ユニット 西澤洋子

今日は植物、主にイネのお話をミクロの視点からします。植物にはたくさんの病気があります。世界のお米の生産6億4500万トンのうち10〜30%は病害虫によるロスがあると言われています。これは3.5〜10億人分の食料に相当します。どうにかしてこれを阻止したい、という思いでイネを病気に強くする研究をしています。

作物は品種によって病気に対する抵抗性が違います。イネにもいろいろな品種があり、その品種ごとに病気のかかりやすさが違います。お天気などの環境によっても病気にかかりやすかったり、かかりにくかったりします。この違いが何かがわかれば、今のイネをさらに強くできます。

肉眼では病徴が見えますが、何が起こっているのかは目で見てもわかりません。そこで、顕微鏡で葉の断面を見てみます。それでも、病原菌がどこにいるのかよく見えません。ですので、もっと大きくして見てみます。ここでは、カビの仲間のいもち病菌が感染する様子を見ています。いもち病菌は付着器という器官がないとイネに感染できません。付着器から侵入菌糸をぶすっとイネの細胞に刺し、伸ばしていきます。菌糸が侵入して元気に生育していくと、イネは病気になります。この様子をもっとはっきり見るために、光るいもち病菌を作って観察しました。その様子をご覧いただきたいと思います。(動画で緑色に光っているいもち病の菌糸がイネの葉の中に広がっていく様子を見せてくださいました)緑に光っているところを見ると、いもち病の菌糸が広がっていくのが良くわかります。実はムービーを撮影するのはとても難しいのです。顕微鏡のレンズの下で葉にいもち病菌を感染させて、長い時間見続けなくてはいけません。数分ごとに顕微鏡写真をとる作業を何時間も続けて、このムービーができました。

これまではいもち病菌がイネに感染するお話でしたが、いもち病にもいろいろな種類があります。では、イネはどのようにいもち病菌から身を守っているのでしょうか?

実際は、人間が敵から身を守るのと同じような対応をしています。例えば、人間は頑丈な壁をつくりますが、植物は細胞壁を補強します。武器の代わりに病原菌をやっつける物質を放出しますし、網で捉える代わりに菌を封じ込めるために自分の細胞を殺すことをします。また、病原菌が感染した後、時間によっても方法が違います。活性酸素を出したり、病原菌を溶かす酵素を作ったり、菌を封じ込める抗菌物質を作ったり、様々な防御反応を起こしますが、それでも病気になってしまいます。これはどうしてでしょうか?

病原菌もあの手この手でイネの細胞の中に入ろうとするからです。菌の種類によって対策がいろいろとあります。うどんこ病菌は、自分は植物の中に入らずに、吸器を差し込んで細胞内の栄養だけを吸い取ります。植物細胞に麻酔薬を注入したり、細胞を殺しながら感染する病原菌もいます。いもち病菌はイネの細胞中にタンパク質を分泌しながら増えていくのですが、どのように広がっていくのかを調べました。調べてみると、いもち病菌が広がっていくのと同時にタンパク質も増えていき、最後はイネの細胞がパンクしてしまい、次の細胞に菌糸が入っていくことがわかりました。このタンパク質はいもち病菌が広がっていくのに大事な役割を果たしているのだと思います。

このように病原菌の感染メカニズムと、それに対する植物側の防御反応がわかってきました。では、どのようにしたら植物に味方することができるのでしょうか?1つの考え方として、植物の抵抗力を強くすることが考えられます。植物の抵抗力を強くして、病原菌と戦う植物の後押しをしてあげたいと考えています。もし、病気にかかっている植物を見かけたら、ただやられているだけではなくて、植物も戦っているんだと思ってもらえるとうれしいです。

(質疑応答)

途中スライドに出てきた、いもち病菌が作る2つのタンパク質の作用は?→これらのタンパク質があるとイネが病気にかかりやすくなることがわかってきている。抵抗反応を抑えているらしい。

植物側の免疫力があるのはわかったが、品種による差はどこからくるのか?→それは今まさに研究者の研究テーマの1つ。菌を溶かす酵素の量などが違う場合がある。酵素を作る遺伝子が違うため。ただ、このような場合は時間が経つと、病原菌側が新しい武器を持ってしまい、植物側の抵抗性がなくなってしまうことがある。

イネの遺伝子、遺伝情報はわかっている?→わかっている。ただし、ある特定の品種だけなので全部の品種の情報がわかっているわけではない。

スライドにあった、サプレッサーとは?→麻酔薬と考えて。イネの抵抗力のうち、敵が来た!と感知するメカニズムを阻止する物質を病原菌が作っている。