トップページ > 科学コミュニケーション サイエンス・キャステイング> サイエンスキャスティング2013レポート

 ■サイエンスキャスティング2013  レポート

  2013年8月9・10日に「サイエンスキャスティング」というプログラムで、遺伝子組換え研究センターの昆虫機能研究開発ユニット・奥田隆さんと遺伝子組換えカイコ研究開発ユニット・瀬筒秀樹さんのそれぞれのラボで、合わせて4名の高校生が研究体験をしました。
 「サイエンスキャスティング」はつくば国際会議場・株式会社JTB法人東京が主催の、高校生を対象とした科学研究体験企画で、2010年より開催されています。毎年、高校生は初日午後、つくば市内の研究機関の研究室で研究体験をし、学んだことをまとめ、次の日の午後に国際会議場にてプレゼンテーションを行います。生物研では、今年も上記2つのラボで高校生を受け入れました。

 瀬筒さんのラボでは「遺伝子組換え技術で光るカイコをつくる」という調査テーマで、都内の高校生3名が講義を聞き、実験をしました。瀬筒さんの他、研究員の内野恵郎さん、立松謙一郎さん、坪田拓也さん、笠嶋めぐみさんが実験の指導にあたりました。
 講義では、日本の一大産業であった養蚕業にカイコが貢献しただけでなく、メンデルの遺伝の法則が動物でも成り立つことを初めて示したのがカイコであることや、真核生物で初めてメッセンジャーRNAが単離されたのもカイコであったことなどの紹介がありました。また、遺伝子組換えカイコの作出原理、応用例などの他、この日行う実験は遺伝子組換えカイコを扱う「遺伝子組換え実験」であることから、その注意事項についても説明がありました。
 実験は、遺伝子組換え繭からの組換えタンパク質抽出実験、遺伝子組換えカイコの解剖、カイコの卵へのDNA導入実験の模擬体験を行いました。遺伝子組換え繭からタンパク質等を抽出し、製品化している事例はすでにあります。そこで、そのデモンストレーションとして、繭糸のセリシンに緑色蛍光タンパク質(GFP)を作らせた遺伝子組換え繭を約5mm角ほどに切り、セリシンを溶解さえる溶解液に浸してGFPを溶解させる実験を行いました。この時、フィブロインにGFPを作らせた繭も同じ溶解液で処理しましたが、この溶液ではフィブロインは溶解しないため、溶液中にGFPは溶解しません。セリシンとフィブロインの性質の違いを利用して、組換えタンパク質等の抽出を行っていることが分かりました。
 

写真1   写真2
2種類の繭を、それぞれ溶解液に浸して変化を観察しました。 左側がフィブロインに、右側がセリシンにそれぞれGFPを作らせた繭を溶解した結果。右側の溶液のみにGFPが溶解しています。

 

 解剖実験では、今回参加した高校生は3名ともカイコを見るのも初めてということでしたが、そのことがさらに興味を増したのか、解剖したカイコの幼虫の体内をしっかりと観察し、指導について研究員にたくさんの質問をしながらメモを取っていました。また、カイコの体内の絹糸腺で蛍光タンパク質が作られている事を確認するため、蛍光顕微鏡を利用して蛍光タンパク質を光らせてカイコの体内を観察しました。
 

写真3   写真4
カイコ幼虫の解剖のお手本を真剣に見ていました。 初めての解剖実験に取り組む様子。
写真5   写真6
氷上で仮死状態になったカイコをピンで留め、表皮を切っていきました。 顕微鏡でカイコの体内を観察、各器官がどこにあるのか、観察しました。

 

 カイコの卵へ遺伝子を導入する実験では顕微鏡を覗きながら、シャーレに等間隔に並べられた大きさ約1.3mmのカイコの卵に針で穴をあけ、同じ穴にシリンジを刺してDNA溶液(今回は体験のため水)を注入しました。カイコへの遺伝子組換え技術が開発された当時、この作業は全て手作業で行われていましたが、現在は機械で制御できるようになっています。そのため、実験経験のない高校生でも行うことが可能ですが、このような体験をした高校生は世界中でもほんのわずかだけです。今回参加した3名の高校生も、このような貴重な体験をしました。
 参加した高校生たちは次の日のプレゼンに向けて資料を作成しますので、その際に使えるような実験メモや写真を撮るように、などというアドバイスを研究者からもらいながら、記録を残していました。

 奥田さんのラボでは「ネムリユスリカの驚異的な乾燥耐性から学ぶ」という調査テーマで、高校生1名が実験を行い、引率の高校教員2名も一緒に講義を受け、奥田さんとディスカッションを行いました。奥田さんの他、研究員の志村幸子さんが実験の指導にあたりました。
 ネムリユスリカはアフリカに生息するユスリカの仲間で、幼虫は花崗岩の岩盤にできた水たまりに生息します。乾季に暑さで水たまりがなくなると「無代謝の乾燥休眠(クリプトビオシス)」状態になり、雨季に水たまりができると水で“戻り”生き返る、不思議な昆虫です。クリプトビオシス状態では乾燥状態であるだけでなく、熱や放射線などにも耐性があることが分かっています。そのしくみについて、簡単な実験で得られた結果を通して考えていきました。
 高校生はまず、ネムリユスリカがどういった昆虫なのか、簡単に説明を受けた後、クリプトビオシス状態と水で戻った状態の幼虫が、温度や有機溶媒に対してどのくらい耐性が違うのかを確認する実験をしました。水、90℃の湯、アセトンの中にそれぞれを置くとどう変化するのかを観察し、記録をしました。また、今年12月に国際宇宙ステーション(ISS)の実験モジュール「きぼう」の中での「水戻し実験」が予定されており、幸運にも船内で使用する蘇生観察装置の試作品が届いていました。その蘇生観察装置を使用して、実際に宇宙飛行士が行う実験のデモンストレーションも体験しました。
 

写真7   写真8
水で戻る時の条件を変えて、乾燥状態から生き返る様子を顕微鏡で観察しました。 ISSの実験モジュール「きぼう」内で使用する蘇生観察装置を使った水戻し実験も体験しました。
写真9   写真10
乾燥状態から生き返る途中のネムリユスリカ。赤色はヘモグロビンの色です。 引率の先生も加わって議論が白熱しました。

 

 その後、奥田さんからネムリユスリカの持つクリプトビオシスのしくみについて講義を受けました。その中には実験結果を説明するポイントがちりばめられていて、高校生だけでなく引率の先生方も「そういうことか!」と、ネムリユスリカのクリプトビオシスのしくみの不思議さに感嘆していました。ネムリユスリカが鉄イオンを含むヘモグロビンを持つことやクリプトビオシスに重要な物質として植物にしかないと言われていたLEAタンパク質を持つことなどの特徴が、生息場所が花崗岩の岩であること、水たまりにいるシアノバクテリアの存在などの環境因子とリンクしている可能性を引率の先生方から指摘があり、高校生だけでなく先生方も目を輝かせながら、議論が盛り上がりました。また、乾燥する際に発生する活性酸素などによって脂肪体(ほ乳類の肝臓に相当)細胞の約8割でDNA損傷がみられたが、水戻し後約4日目でほぼすべてが修復されることが分かっています。これは寿命の短い昆虫が、動物のような細胞死とは別の生き残るための戦略としてDNA修復能力を高めるという方法を取ったためではないか、とのお話もありました。
 その他、工夫された幼虫の乾燥方法なども紹介があり、実際に研究してみないとわからないような苦労なども聞くことができました。また、アフリカの国々では宅地化などによりネムリユスリカの生殖場所が減っていることなども紹介がありました。奥田さんはネムリユスリカを魚のエサや教材として販売し、売り上げの一部をマラウイでのネムリユスリカ保護活動に役立てたい、ということです。

 高校生はこれらの研究体験の後、国際会議場に戻り、他のグループや研究機関の研究者と共に夕食会をしたのち、次の日のプレゼンテーションの準備に入りました。サイエンスキャスティング全体の発表の様子は8月11日(日)の茨城新聞19面にも掲載されました。
 

写真11  
瀬筒さんのラボで研究したグループのプレゼンテーションの様子 (瀬筒さん撮影)。