アブラナ科自家不和合性遺伝子の進化機構
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[要約]
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アブラナ科植物の自家不和合性を制御する遺伝子 SLG とSRK
を多数のS 遺伝子型から単離した。その塩基配列の解析等から、アブラナ科自家不和合性遺伝子の進化には、遺伝子内組換え、遺伝子変換が関与していたこと、その進化において生物集団規模が非常に小さくなる過程(ボトルネック)を経ていたことが明らかになった。
農業生物資源研究所・放射線育種場・放射線育種法第一研究室
[連絡先] 02955-2-1138
[部会名] 生物資源・生物工学
[専 門] バイテク
[対 象] 葉茎菜類
[分 類] 研 究
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[背景・ねらい]
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自家不和合性とは自己花粉の受精を阻害し、集団内の遺伝的変異を維持する機構である。これは複対立遺伝子座(
S )により制御されており、花粉と雌しべの S 遺伝子型が一致した時に不和合性反応が引き起こされる。雌しべ側の認識にはS
遺伝子座に存在する多様性に富む遺伝子SLG と SRK が関与する。SRKは受容体型タンパク質リン酸化酵素であり、細胞外Sドメインと花粉側リガンドの結合が不和合性反応を引き起こすと考えられている。SLGはSドメインに高い相同性を示す。S
遺伝子型には 50以上の種類があり、その進化機構は昔から研究者の関心を集めてきた。
[成果の内容・特徴]
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多数のSLGを Brassica oleracea、B. campestris、Raphanus sativus から単離し、その塩基配列から系統樹を作成した結果、それぞれの種のSLG は独立のクラスターを形成しなかった(図1)。これは、その多型がBrassica 属とRaphanus 属の属分化以前から存在していたことを示す。
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Brassica連(Brassica 属やRaphanus 属)以外のアブラナ科のSLG・SRK の存在を検討したが、Brassica連のそれに高い相同性を示す遺伝子は検出されなかった。古代のSLG 及びSRK にはBrassica連のそれとは相同性の低い遺伝子も含まれており、進化の過程で集団規模の極めて小さい時期を経たため、ごく一部だけがBrassica連に受け継がれたと考えられる。
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B. oleracea のS35遺伝子型のSLG とSRK は後半部分の約650bpの塩基配列が完全に一致する。これは両遺伝子間で遺伝子変換が起きたことを示す。
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SLGに存在する4つの多型的な領域を用いていくつかのS 遺伝子型について系統樹を作成したところ、領域ごとにクラスタリングが異なっていた。このことは異なるS 遺伝子型間でSLG の遺伝子内組換えが起きていたことを示唆する(図2)。
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以上のように、アブラナ科自家不和合性遺伝子はBrassica連の分化に際して多数の対立遺伝子のうちごく一部だけがBrassica連に受け継がれたが、その後、属分化以前に多数の対立遺伝子が分化したと考えられる。また、その高い多型性は点突然変異だけではなく、SLG・SRK 間の遺伝子変換あるいは遺伝子内組換えが関与して生まれたものと考えられる。
[成果の活用面・留意点]
今後は Brassica連以外の種のSLG・SRK を単離するとともに、未知の花粉側認識遺伝子を単離することにより、アブラナ科自家不和合性進化についての理解が一層進むものと考えられる。
[その他]
研究課題名:植物における自己・非自己認識機構の解明
予算区分 :省際基礎
研究期間 :平成9年(平成7年~9年)
発表論文等:1)Kusaba,M., T. Nishio, Y. Satta, K. Hinata, D. Ockendon (1997)
Striking sequence similarity in inter- and intra-specific comparisons
of class I SLG alleles from Brassica oleracea and Brassica campestris:
Implications for the evolution and recognition mechanism.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94, 7673-7678
2)Sakamoto, K., M. Kusaba, T. Nishio (1998) Polymorphism of S-locus
glycoprotein gene (SLG ) and S -locus related gene (SLR 1 ) in Raphanus
sativus L. and self-incompatible ornamental plants in the Brassicaceae.
Mol. Gen. Genet. 258,397-403
3)草場 信・坂本浩司・西尾 剛 (1996) Brassica 属のSLG 遺伝子と SRK 遺伝子
Sドメインの塩基配列比較ー自家不和合性における自己認識機構の1モデル
育雑46, 別冊2:140
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