イネの誘導抵抗性に関わる転写因子WRKY45の発見とその利用


[要約]
イネにおいて抵抗性誘導剤ベンゾチアジアゾールの作用に必須の役割を担う転写因子WRKY45を見出し、この転写因子を過剰発現させたイネが、いもち病および白葉枯病に極めて強い抵抗性を示すことを明らかにした。

農業生物資源研究所・植物科学研究領域・耐病性研究ユニット

[連 絡 先]029-838-8383 [分   類]技術開発・知的貢献 [キーワード]イネ、抵抗性誘導剤、転写因子、いもち病、白葉枯病


[背景・ねらい]
ベンゾチアジアゾール(BTH)などの抵抗性誘導剤は、植物の防御応答シグナル伝達経路(サリチル酸経路)に作用し、病原体感染時における迅速な抵抗性発現への準備効果(プライミング効果)により病害抵抗性を高めることが知られている。この過程において、多数の防御遺伝子を統括的に制御し、プライミング効果のキーとなる転写因子の存在が想定された(図1)。本研究では、BTHの作用の中核を担う転写因子を同定し、これを用いてイネの耐病性を飛躍的に向上させ、無農薬栽培を実現する手法を開発することを目指した。

[成果の内容・特徴]
  1. BTH処理により、イネにおいて発現誘導される転写因子WRKY45(ワーキー45)を見出した。RNAi法によりWRKY45 遺伝子を発現抑制したイネでは、BTHによるいもち病抵抗性誘導が損なわれていることから、本転写因子がBTHの作用に必須であることが示された(図1)。また、WRKY45は約300種の防御遺伝子を制御していることがわかった(図1)
  2. 構成的プロモーター(トウモロコシ・ユビキチン・プロモーター)の制御下にWRKY45 遺伝子をイネで過剰発現させた結果(WRKY45 -oxイネ)、いもち病(糸状菌病)に対して極めて強い抵抗性が認められた(図2)。また、WRKY45 -oxイネのいもち病抵抗性の強さは極強品種の「戦捷」よりも強いことがわかった。
  3. WRKY45 -oxイネは、細菌病の白葉枯病にも極めて強い抵抗性を示した(図2)。このことから、BTHなどの抵抗性誘導剤と同様、WRKY45 -oxイネは多種の病原体に対して抵抗性を有すると考えられる(複合病害抵抗性)。
  4. 防御応答に関わる転写因子の過剰発現は生育障害をともなう場合が多いが、WRKY45-oxイネでは、プライミング効果により抵抗性反応が病原体感染後にのみ活性化するため、生育障害が比較的少ない(図1、図3)。しかしながら、環境の影響により恒常的に抵抗性反応が誘導され、生育障害が強くなる場合があることがわかった(図3)。
  5. イネのサリチル酸経路は、WRKY45の経路とOsNPR1の経路に分岐していることがわかり(図4)、WRKY45に対応する転写因子をもたないシロイヌナズナのサリチル酸経路とは異なることが明らかになった。WRKY45経路とOsNPR1経路の機能分担により、より高度な病害応答を可能にしていると推測される。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. 環境により影響を受ける生育遅延を最小化するため、プロモーターの選択による導入WRKY45 の発現レベルの最適化を試みている。
  2. WRKY45 導入による飼料用イネの複合病害抵抗性強化により、WRKY45の実用利用を図る。
  3. WRKY45の機能はイネ科作物に共通している可能性が高く、コムギやトウモロコシへの応用が期待できる。

[具体的データ]

図1 BTHによるプライミングにおける転写因子WRKY45の役割


図1 BTHによるプライミングにおける転写因子WRKY45の役割

 

図2 WRKY45 -oxイネのいもち病および白葉枯
病抵抗性
いもち病抵抗性(A)および白葉枯病
抵抗性(B)。いもち病抵抗性は極強
の抵抗性品種‘戦捷’より強い(C)。

図3 WRKY45-oxイネの生育と遺伝子発現に及ぼす生育環境の影響 温室で育成したWRKY45-oxイネでは抵抗性反応の指標となるPR1bおよびPR2が発現していないが、人工気象室で生育したWRKY45-oxイネではPR1bおよびPR2が発現しており、抵抗性反応の結果と推測される初期生育の遅延が認められた。 図4 イネとシロイヌナズナのSA経路の相違シロイヌナズナでは、SA下流の遺伝子の99%以上がNPR1に制御されているのに対し、イネではSAの下流でWRKY45とOsNPR1の経路に分岐している。

図3 WRKY45 -oxイネの生育と遺伝子発現に及ぼ
す生育環境の影響
温室で育成したWRKY45 -oxイネでは抵抗性
反応の指標となるPR1b およびPR2 が発現
していないが、人工気象室で生育した
WRKY45 -oxイネではPR1b およびPR2 が発現
しており、抵抗性反応の結果と推測される
初期生育の遅延が認められた。

図4 イネとシロイヌナズナのSA経路の相違
シロイヌナズナでは、SA下流の遺伝子の
99%以上がNPR1に制御されているのに対
し、イネではSAの下流でWRKY45とOsNPR1
の経路に分岐している。

[その他]

研究課題名    :病害抵抗性に関与する転写因子の同定と作用機構の解明 予算区分     :重要形質 中期計画課題コード:B13 研究期間     :2003〜2007年度 研究担当者    :高辻博志、霜野真幸、菅野正治、中山明、姜昌杰、林長生、加来久敏 発表論文等    :1)Shimono M, Sugano S, Nakayama A, Jiang C-J, Ono K, Toki S, Takatsuji H (2007) Rice WRKY45 plays a crucial role
           in benzothiadiazole-inducible blast resistance. The Plant Cell 19(6):2064-2076.           2)特許申請:国内出願 高辻博志、菅野正治、霜野真幸、姜昌杰、加来久敏「転写因子遺伝子の導入による植物の病害抵抗性の改良」
           特願2007-517912(および同国際出願)

目次へ戻る