新規に同定されたカイコ前胸腺抑制ペプチド受容体
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[要約]
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カイコの脱皮ホルモン合成を抑制する前胸腺抑制ペプチドの受容体を同定した。前胸腺における脱皮ホルモン合成は、従来知られていた中枢神経で合成される神経ペプチドばかりでなく、末梢の神経分泌細胞で生成される前胸腺抑制ペプチドによっても制御されることを解明した。
農業生物資源研究所・昆虫科学研究領域・制御剤標的遺伝子研究ユニット
[連 絡 先]029-838-6104
[分 類]知的貢献
[キーワード]脱皮、脱皮ホルモン、前胸腺抑制因子、神経ペプチド、受容体
[背景・ねらい]
- 昆虫の脱皮・変態は前胸腺から分泌される脱皮ホルモンによって引き起こされる。脱皮ホルモンの合成は、脳から分泌される前胸腺刺激ホルモン(PTTH)によって制御されると長い間考えられていたが、最近の研究から、PTTH以外にも様々な物質によって制御されることが明らかになりつつある。こうした複雑なメカニズムの全容を解明するためには、前胸腺に作用する物質とその物質と特異的に結合して情報を伝達する受容体を全て同定することが必要である。
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[成果の内容・特徴]
- カイコ幼虫の前胸腺における神経ペプチド受容体の発現を調べたところ、ショウジョウバエで性ペプチド受容体として同定されたものと同じ構造を持つ受容体が発現していた。
- 哺乳動物の培養細胞で発現させたこの受容体は、前胸腺抑制ペプチド(PTSP)のみに応答した(表1)。この結果から、この受容体をPTSP/性ペプチド受容体(PTSPR/SPR)と名付けた。この受容体は脱皮期の前胸腺で特に強く発現することが明らかとなった(図1)。
- 前胸腺におけるPTSPR/SPRの発現パターンは、結腸上の末梢神経に付着した神経分泌細胞であるepiproctodeal glandにおけるPTSPの発現パターンと一致した。すなわち、脱皮ホルモン濃度が低い摂食期では低い発現のままであるが、脱皮ホルモン濃度が高まる脱皮期になると両者とも発現が高まり、脱皮直後まで発現が持続した。しかし、脳など中枢神経系におけるPTSPの発現パターンとは一致しなかった。このことから、末梢神経によっても脱皮ホルモンの合成が制御されることが初めて明らかになり、脱皮ホルモン合成がこれまで考えられていたものより複雑な仕組みで調節されていることが明らかとなった(図2)。
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[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
- 前胸腺で発現する受容体の発現やその機能解析をさらに進めることで、昆虫の脱皮・変態を制御する内分泌メカニズムの全体像が見えてくることが期待される。
- 今後、カイコで得られた神経ペプチド受容体の情報を利用して、ウンカなどの害虫防除に有効な受容体分子を標的とした新規の農薬開発につながることが期待される。
[具体的データ]
[その他]
研究課題名 :昆虫制御剤標的遺伝子の探索と利用技術の開発
予算区分 :科研費
中期計画課題コード:B21
研究期間 :2009年度
研究担当者 :田中良明、山中直岐・片岡宏誌(東大院新領域)、溝口明(名大院理)
発表論文等 :1)Yamanaka N, Hua Y-J, Roller L, Spalovská-Valachová I, Mizoguchi A, Kataoka H,
Tanaka Y (2010) Bombyx prothoracicostatic peptides activate the sex peptide
receptor to regulate ecdysteroid biosynthesis. Proceedings of the National
Academy of Sciences of the United States of America 107(5):2060-2065.
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