開花期を制御するためにイネが持つ正確な日長認識機構の解明


[要約]
イネは、季節変化にともなうわずか30分の日の長さ(日長)の違いを認識する精度で、開花期(出穂期)制御に必須な開花誘導ホルモンであるフロリゲン遺伝子の発現を制御できることを明らかとした。この日長認識は、体内時計が開花を促進する働きをもつ遺伝子と開花を抑制する働きをもつ遺伝子を日長に応じて使い分けることにより可能となる。

農業生物資源研究所・植物科学研究領域・光環境応答研究ユニット、
          基盤研究領域・QTLゲノム育種センター

[連 絡 先]029-838-7446 [分   類]知的貢献 [キーワード]イネ、出穂期制御、フロリゲン、体内時計、遺伝子発現


[背景・ねらい]

作物の開花期が早いか遅いかは、収量性に大きな影響を与える農業形質のひとつである。イネをはじめとする短日植物では、日長が短くなると開花が誘導されるが、日長がわずかに長くなると著しく開花が抑制されることが知られている。本研究では、開花誘導ホルモンとして働くフロリゲン遺伝子の発現を指標に、イネが日長の違いを認識する精度を評価すると共に、その日長認識機構における主要遺伝子の役割の解明を進めた。

[成果の内容・特徴]
  1. 開花を誘導する短日条件下で誘導されるイネのフロリゲン遺伝子(Hd3a)の発現は、13時間日長では夜明け後に高く観察されるのに対して、わずか30分だけ日長が長い13.5時間日長では急激に減少することを発見した。また、Hd3a の発現を誘導する開花促進遺伝子Ehd1 も13.5時間日長ではほとんど発現していなかった(図1)。
  2. 朝に観察されるEhd1 遺伝子の発現は、青色光により誘導されることを見出した。このEhd1 遺伝子発現の青色光に対する光応答性は、1日の中で一様ではなく、体内時計の制御を受けて、日長条件に関わらず、朝方の青色光により最も強く誘導されることを明らかにした。
  3. 開花抑制遺伝子Ghd7 が、赤色光の主たる光受容体であるフィトクロムを介して誘導されることを見出した。Ghd7 の発現も、体内時計の制御を受け、長日条件では朝に、短日条件では夜中に与えた赤色光により強く誘導される光応答性を示した。つまり、開花促進遺伝子Ehd1 が光で誘導される時間帯は日長で変化しないのに対し、開花抑制遺伝子Ghd7 では日長により大きく変わることを示している。
  4. 光中断実験により、短日条件の真夜中に与えた赤色光が、その後の青色光依存的なEhd1 遺伝子の発現を強く抑制することを明らかにした(図2)。また、Ghd7 遺伝子欠損イネでは、日長に関わらず、Ehd1 の発現の脱抑制が起きていた。
  5. 体内時計が開花促進遺伝子Ehd1 と開花抑制遺伝子Ghd7 の光応答性を制御することにより、日長に応じて開花促進と開花抑制を行い、厳密な日長認識を可能にするモデルを提案した(図3)。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. 本研究で得られた知見を基に、イネの体内時計を人為的に調節することにより、品種の食味や収量、成長特性を損なうことなく、出穂期だけを変化させることができるようになると期待される。
  2. 正確に時間を認識する転写制御の機構解明は、目的の遺伝子を決まった時間に働かせるという技術開発につながる成果である。
  3. これまでの研究から、イネにはEhd1 やGhd7 に加えて、開花を制御する別の遺伝子が存在することがわかっている。従って、他の開花制御遺伝子の働きがGhd7 とEhd1 を介した日長認識とどのような関係にあるのかを明らかにすることが課題である。

[具体的データ]

図1.フロリゲン遺伝子(Hd3a)と開花促進遺伝子(Ehd1)のmRNA量の日長刺激による変化  野生型としての農林8号を通常の日長で10日間生育後、4日間の日長刺激を与え、5日目の朝のmRNA量を解析した。

   図3.イネがもつ正確な日長認識のモデル  (上段)Ehd1とGhd7の各日長条件における光応答性の体内リズム。(中段)短日条件下での開花促進モデル:朝の光に対するGhd7の光応答性は低いため、Ehd1は朝の青色光に応答し開花を誘導する【左】。Ghd7の光応答性が高い夜中に赤色光を与えるとGhd7が発現し、朝のEhd1の誘導を抑制する【右、図2参照】。(下段)長日条件での開花抑制モデル:長日では、Ghd7の赤色光応答性が朝に高くなるため、朝日で誘導を受けたGhd7が、次の日のEhd1の発現を抑制する。
図1.フロリゲン遺伝子(Hd3a )と開花促進遺伝子(Ehd1 )のmRNA量の日長刺激による変化
野生型としての農林8号を通常の日長で10日間生育後、4日間の日長刺激を与え、5日目の朝のmRNA量を解析した。
 

図2.赤色光処理による青色光誘導的なEhd1の転写抑制  Ehd1の転写は、日没後9時間および12時間後に与えた青色光により強く誘導される。一方、予め赤色光を与えると、青色光によるEhd1の転写誘導が観察されない。

   図3.イネがもつ正確な日長認識のモデル
(上段)Ehd1 とGhd7 の各日長条件における光応答性の体内リズム。(中段)短日条件下での開花促進モデル:朝の光に対するGhd7 の光応答性は低いため、Ehd1 は朝の青色光に応答し開花を誘導する[左]。Ghd7 の光応答性が高い夜中に赤色光を与えるとGhd7 が発現し、朝のEhd1 の誘導を抑制する[右、図2参照]。(下段)長日条件での開花抑制モデル:長日では、Ghd7 の赤色光応答性が朝に高くなるため、朝日で誘導を受けたGhd7 が、次の日のEhd1 の発現を抑制する。
図2.赤色光処理による青色光誘導的なEhd1 の転写抑制
Ehd1 の転写は、日没後9時間および12時間後に与えた青色光により強く誘導される。一方、予め赤色光を与えると、青色光によるEhd1 の転写誘導が観察されない。
 

[その他]

研究課題名    :イネの光環境応答の解明と利用技術の開発
          栽培環境に応答するイネ出穂期制御遺伝子ネットワークの解明
          青色光依存的かつOsGI依存的なフロリゲン遺伝子の転写制御機構の解明 予算区分     :農水受託「新農業展開ゲノム」、科研費 中期計画課題コード:B12 研究期間     :2007〜2011年度 研究担当者    :井澤毅、伊藤博紀、矢野昌裕、野々上慈徳 発表論文等    :
1) Itoh H, Nonoue Y, Yano M, Izawa T (2010) A pair of floral regulators sets
  critical day length for Hd3a florigen expression in rice. Nat Genet 42:635-638
2) 井澤毅 (2010) 一日に30分の日の長さの違いを認識できるイネの出穂期制御の潜在能力
  米麦改良誌 2-10
3) 伊藤博紀、井澤毅 (2011) 光応答と開花制御―日の長さの変化を認識して花を咲かせる   メカニズム― 細胞工学 30:161-166

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