知的貢献 技術開発

“遺伝子不活性化を防ぐDNA配列”の探索法


[要約]
遺伝子組換え体において生じる導入遺伝子の不活性化(サイレンシング)を抑制するDNA配列を、ハイグロマイシン抵抗性の獲得を指標として、DNAライブラリーから探す方法を開発し、この手法によってミヤコグサゲノムから3種類のDNA配列を単離・同定した。
生物研農業生物先端ゲノム研究センター ゲノム機能改変研究ユニット、
植物科学研究領域植物微生物相互作用研究ユニット
[連絡先]029-838-7406
[キーワード]遺伝子不活性化、遺伝子サイレンシング、遺伝子組換え植物、形質転換

[背景・ねらい]
形質転換法による組換え植物の作製は、作物に新しい有用形質を付与する育種手段としてばかりでなく、遺伝子の機能を解析する研究手段としても、非常に重要である。しかしながら、導入した遺伝子が機能しなくなる遺伝子不活性化(サイレンシング)と呼ばれる現象が知られており、組換え育種や遺伝子機能研究の大きな障害となっている。こうしたサイレンシング現象を抑制することが可能になれば、遺伝子組換え体の作出は大きく効率化・加速化できると考えられる。本研究では“サイレンシングを抑制する能力”そのものを指標にして“導入遺伝子の転写型遺伝子不活性化(TGS: Transcriptional gene silencing)を防ぐDNA配列” を探索する方法を考案し、サイレンシング抑制機能を有するDNA配列を単離・同定することに成功した。
[成果の内容・特徴]
  1. 「35S プロモーター(P35S)で制御される導入遺伝子が必ずTGS を起こす組換えタバコ植物」を選抜した。更にハイグロマイシン抵抗性獲得を指標として“TGS を抑制するDNA 配列(ASR:anti-silencing region)”をスクリーニングする手法を考案した(図1)。この組換えタバコに、P35Sで制御されるハイグロマイシン抵抗性遺伝子(HPT)を導入すると、導入された遺伝子は必ずTGS を起こすため、ハイグロマイシンを含む培地上で致死となり、組換え体は得られない(図1左)。一方、同じHPTの上流にDNAライブラリーを連結して、この組換えタバコに導入した場合、もしライブラリー由来DNAの中に“TGS を抑制する能力”が有れば、ハイグロマイシン培地上で組換え体が得られる(図1右)
  2. 考案した方法によって、ミヤコグサのゲノムDNAライブラリーを用いたスクリーニングを実施し、得られたハイグロマイシン抵抗性組換え体3個体から、異なる配列を有する3種類のASRを単離した(各々の長さは、3kb、0.3kb、0.2kb)。また、これらのASRは、P35Sで制御される遺伝子を導入するとサイレンシングを起こしやすい(スクリーニングに用いたものとは別の)組換えタバコ系統を用いた実験においても、サイレンシングを抑制する能力を示した(図2)
  3. 3種類の配列のうち2つの配列は、サツマイモやシロイヌナズナにおいても導入遺伝子のサイレンシングを抑える能力を持つことが明らかとなった。
  4. 本方法によって、“TGSを抑制するDNA配列”の同定が、初めて可能となった。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. 得られたDNA配列を用いることで、サイレンシングが起こりにくい形質転換用ベクターの改良や組換え育種への応用が可能になる。また、得られた配列中でTGS抑制能力を有する領域をより短く絞り込む事が出来れば、改良ベクターの構築が更に容易になる。
  2. 本方法により、植物DNAに限らず、あらゆるDNAから“ 植物の導入遺伝子のTGS”を抑制するDNA配列をスクリーニングすることが可能になる。
  3. 今後、ASRに結合するタンパク質の解析により、遺伝子不活性化メカニズムの解明が進むと期待される。

[具体的データ]
図1 組換えタバコを用いた“遺伝子不活性化を防ぐDNA配列(ASR)を見つける方法”
図1 組換えタバコを用いた“遺伝子不活性化を防ぐDNA配列(ASR)を見つける方法”
図2 3種のASRのサイレンシング抑制能力    ある組換えタバコ系統に「P35Sで駆動するGUS 遺伝子(組織が青色に染まる)」を導入したところ、高頻度でサイレンシングが起こった(CST)。同じGUS 遺伝子にASRを連結して導入すると、その組み換え体(AST ARの3系統)では、サイレンシングが抑制され、通常のタバコ植物で作った組み換え体(CT)と同程度の発現レベルを示した。CT: 通常のタバコで作った組み換え体、CST: TGSを起こしやすい系統の組み換え体、ASR ST: ASRを含む組換えタバコ3系統。図中の横棒は中央値。
図2 3種のASRのサイレンシング抑制能力

ある組換えタバコ系統に「P35Sで駆動するGUS 遺伝子(組織が青色に染まる)」を導入したところ、高頻度でサイレンシングが起こった(CST)。同じGUS 遺伝子にASRを連結して導入すると、その組み換え体(AST ARの3系統)では、サイレンシングが抑制され、通常のタバコ植物で作った組み換え体(CT)と同程度の発現レベルを示した。
CT: 通常のタバコで作った組み換え体、CST: TGSを起こしやすい系統の組み換え体、ASR ST: ASRを含む組換えタバコ3系統。図中の横棒は中央値。

[その他]
研究課題名遺伝子発現を安定化させるDNA配列の検索と解析
予算区分生研センター、科研費、交付金
中期計画課題コード1-21
研究期間2005〜2012年度
研究担当者岸本直己、長井純一(鹿児島県農総センター)、木下剛仁(佐賀県農試)、上野敬一郎(鹿児島県農総センター)、大橋祐子、光原一朗
発表論文等1) Kishimoto N, Nagai J, Kinoshita T, Ueno K, Ohashi Y, Mitsuhara I (2013) DNA elements reducing transcriptional gene silencing revealed by a novel screening strategy PLoS ONE 8(1): e54670
2) 光原一朗、岸本直己「サイレンシング抑制因子およびその取得方法」特開2013-63041
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