技術開発

肉眼で判別できるカイコの遺伝子組換えマーカーの開発


[要約]
簡便に判別可能な遺伝子組換えマーカーを開発するため、カイコゲノム情報を活用し、カイコの卵と眼の紫色の色素合成に必要な遺伝子を新たに発見するとともに、黒色の色素合成を抑える遺伝子を用いて昆虫の黒い色素の合成を抑える方法を発見した。
生物研遺伝子組換え研究センター遺伝子組換えカイコ研究開発ユニット、
農業生物先端ゲノム研究センター昆虫ゲノム研究ユニット、
昆虫科学研究領域昆虫成長制御研究ユニット
[連絡先]029-838-6091
[キーワード]遺伝子組換えマーカー、色素、体色、卵色、遺伝子機能解析、有用物質生産

[背景・ねらい]
カイコでは、遺伝子組換え技術を用いて、遺伝子の機能解析や、医療などに役立つ有用物質の生産、高機能シルクの開発に向けた研究が近年盛んに進められている。遺伝子組換えカイコを作出する際には、目的とする遺伝子が導入されているか否かを確認するために、卵や眼で光る蛍光タンパク質を「遺伝子組換えマーカー」として用いて、遺伝子組換えが起こったカイコを判別している。しかしこの遺伝子組換えマーカーには、①判別作業に高価な蛍光顕微鏡が必要、②卵で判別可能な時期は2日間しかない、③卵が白い特殊な系統でないと判別が困難なため絹の生産量が高い実用系統(卵が着色する)の使用には向かない、という欠点がある。そのため、卵または幼虫の時期に肉眼で判別でき、さらに幅広い系統で利用可能な優性形質を持つ遺伝子組換えマーカーの開発が望まれている。そこで、カイコ等のゲノム情報を活用して、卵と眼の紫色や体表の黒色の合成に関わる遺伝子を解析し、それらの遺伝子をマーカーとして利用することを目指した。
[成果の内容・特徴]
  1. 野生型のカイコは紫色の卵、黒い眼をしているが、突然変異体「赤卵」は紫色のオモクローム系色素の合成に異常があり、卵や眼の色が赤い(図1)。今回、赤卵のゲノム解析により、眼や卵の紫色の色素合成に必要な新規の遺伝子「Bm-re 」を発見した。
  2. Bm-re 遺伝子は、甲虫目のモデル昆虫であるコクヌストモドキにも見つかった。コクヌストモドキは黒い眼をしているが、この遺伝子の機能を抑制すると、眼の色が薄くなり、カイコ以外の昆虫の眼の色の違いにも関わることが示唆された。一方、元々赤い眼のキイロショウジョウバエには、Bm-re 遺伝子が存在していないことが分かった。
  3. 一方、昆虫の体表の黒い色は「ドーパミンメラニン」が主要な色素であると考えられている。今回、カイコ、キイロショウジョウバエ、テントウムシ(ナミテントウ)の3種の昆虫において、カイコのアリールアルキルアミンN アセチルトランスフェラーゼ(Bm-aaNAT )遺伝子を強く働かせると、ドーパミンメラニンの合成が阻害され、その結果体表の黒い色素の合成が抑えられて体色が薄くなることを発見した(図2)。
  4. Bm-aaNAT 遺伝子は、色の変化を肉眼で判別可能でかつ優性形質を持つ遺伝子組換えマーカーとして複数種の昆虫に対して幅広く利用できるという特徴がある。また、カイコでは卵が着色する実用系統でも利用可能であることが分かった。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. 卵と眼の紫色に関わるBm-re 遺伝子の利用により、卵色で判別可能な遺伝子組換えマーカーの開発が期待される。それによって遺伝子組換え体の早期判別が可能となる。
  2. 体表の黒色に関わるBm-aaNAT 遺伝子を利用することで、これまで組換え体の判別が困難であった、卵が着色している実用系統での遺伝子組換え体の選抜が格段に簡便になる。その結果カイコを用いた遺伝子機能解析や、有用物質生産へ向けた研究開発の加速化が期待される。さらにBm-aaNAT 遺伝子は、カイコ以外の昆虫でも、遺伝子組換え体を選抜する際に優性マーカーとして利用できると期待される。

[具体的データ]
図1 野生型のカイコと紫色の色素を作れない赤卵変異体 野生型のカイコの卵(A)と成虫(C)、及び赤卵変異体の卵(B)と成虫(D)。野生型のカイコ(C)は眼が黒い。一方赤卵変異体(D)は、紫色のオモクローム系色素の合成に必要な遺伝子(Bm-re 遺伝子)に異常があり、紫色の色素を正常に合成することができないため、眼と卵が赤くなる。
図1 野生型のカイコと紫色の色素を作れない赤卵変異体
野生型のカイコの卵(A)と成虫(C)、及び赤卵変異体の卵(B)と成虫(D)。野生型のカイコ(C)は眼が黒い。一方赤卵変異体(D)は、紫色のオモクローム系色素の合成に必要な遺伝子(Bm-re 遺伝子)に異常があり、紫色の色素を正常に合成することができないため、眼と卵が赤くなる。


図2 カイコの黒色の色素の合成を抑える遺伝子を強く発現させた昆虫 カイコのふ化直後の幼虫(A)、キイロショウジョウバエの成虫(B)、テントウムシ(ナミテントウ)の幼虫(C)。いずれも矢印が組換え体。カイコの黒いメラニン系色素の合成を抑える遺伝子(Bm-aaNAT 遺伝子)を働かせることにより、組換え体では体表の黒い色素が薄くなった。
図2 カイコの黒色の色素の合成を抑える遺伝子を強く発現させた昆虫
カイコのふ化直後の幼虫(A)、キイロショウジョウバエの成虫(B)、テントウムシ(ナミテントウ)の幼虫(C)。いずれも矢印が組換え体。カイコの黒いメラニン系色素の合成を抑える遺伝子(Bm-aaNAT 遺伝子)を働かせることにより、組換え体では体表の黒い色素が薄くなった。
[その他]
研究課題名遺伝子組換えカイコの開発技術の高度化
予算区分農水受託「動物ゲノム」、交付金
中期計画課題コード3-02
研究期間2009〜2012年度
研究担当者二橋美瑞子、立松謙一郎、山本公子、生川潤子、内野恵郎、粥川琢巳、 篠田徹郎、田村俊樹、伴野豊(九大)、大出高弘(名大)、平田隼也(名大)、二橋亮(産総研)、新美輝幸(名大)、瀬筒秀樹
発表論文等1) Osanai-Futahashi M, Tatematsu K, Yamamoto K, Narukawa J, Uchino K, Kayukawa T, Shinoda T, Banno Y, Tamura T, Sezutsu H (2012) Identification of the Bombyx red egg gene reveals the involvement of a novel transporter family gene in the late steps of the insect ommochrome biosynthesis pathway Journal of Biological Chemistry 287(21):17706-17714
2) Osanai-Futahashi M, Ohde T, Hirata J, Uchino K, Futahashi R, Tamura T, Niimi T, Sezutsu H (2012) A visible dominant marker for insect transgenesis Nature Communications 3:1295
3) 瀬筒秀樹、内野恵郎、二橋美瑞子「アリールアルキルアミン-N-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子とその利用」特開2013-005740
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