知的貢献 知的貢献

イネにおける新規な除草剤耐性遺伝子の単離とその利用


[要約]
特定の除草剤に対して耐性を示すイネ品種を解析し、除草剤の解毒代謝に関与する新規のシトクロムP450遺伝子「CYP72A31」を単離した。CYP72A31遺伝子の過剰発現により、イネ及びシロイヌナズナの除草剤耐性を向上させることに成功した。
[キーワード]
イネ、アセト乳酸合成酵素、除草剤耐性、解毒代謝、シトクロムP450
[担当]
生物研 農業生物先端ゲノム研究センター
ゲノム機能改変研究ユニット、イネゲノム育種研究ユニット、
ゲノムインフォマティックスユニット、作物ゲノム研究ユニット
[連絡先]
029-838-8450

[背景・ねらい]
 植物の除草剤耐性機構は、除草剤が結合する標的タンパク質の変化(標的変異)、または解毒代謝等による植物体内での有効除草剤量の減少に大別される。解毒代謝は複数の除草剤耐性に関与することが多いため、難防除雑草の発生や除草剤耐性作物品種の育成の観点から重要な形質である。しかしながら、その分子機構が解明された例はほとんどない。
 ビスピリバックナトリウム塩(BS)は、アセト乳酸合成酵素(ALS)を阻害する除草剤である。近年、BS耐性に関してイネに品種間差が認められ、その原因が解毒代謝である可能性が示唆されていた。本研究では、BS耐性に関わるイネの遺伝子を単離するとともに、単離した遺伝子が除草剤耐性作物の育成に応用できるか検討した。
[成果の内容・特徴]
  1. BS耐性を示すイネ品種「Kasalath」と感受性を示すイネ品種「コシヒカリ」の交雑後代を作出し、マップベースクローニング法によって第1染色体の23.6Mbに存在するBS耐性遺伝子CYP72A31(Os01g0602200)を単離した(図1)。
  2. コシヒカリと同様にBS感受性を示すイネ品種「日本晴」において、CYP72A31を過剰発現させたところ、形質転換イネのカルスや幼苗は、非形質転換体と比較して強いBS耐性を示した。またBS耐性品種であるKasalathにおいても、CYP72A31の過剰発現によって非形質転換体よりBS耐性が向上した(図2)。日本晴、Kasalathいずれの品種においても、CYP72A31遺伝子のmRNA量が多い形質転換カルス系統は、より高い濃度のBSに対しても耐性を示した。
  3. CYP72A31を過剰発現させたシロイヌナズナの幼苗は、非形質転換体より強いBS耐性を示した(図3)だけではなく、BSとは構造が異なるALS阻害型除草剤であるベンスルフロンメチル(BSM)に対しても強い耐性を示した。
  4. BSM耐性に関与するイネの遺伝子として、CYP72A31遺伝子とは異なるグループのシトクロムP450遺伝子CYP81A6が既に同定されている。RNAi法によりCYP81A6遺伝子の発現を抑制したイネは、非形質転換体とほぼ同程度のBS感受性を示した。以上の結果から、BSMの解毒代謝にはCYP72A31とCYP81A6の両者が関与しているのに対し、BSの解毒代謝にはCYP72A31は関与しているが、CYP81A6はほとんど関与していないことが示唆された。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. DNAマーカー選抜によってCYP72A31遺伝子を導入することにより、除草剤耐性イネ品種育成が可能である。また、CYP72A31遺伝子を形質転換することにより、イネ以外の作物にも除草剤耐性を付与できると期待される。
  2. CYP72A31遺伝子の機能解析を進めることにより、除草剤の解毒代謝に関する基礎的知見が得られる。また、得られた知見は、新規の除草剤開発や除草剤耐性作物の品種育成に利用することができる。
  3. CYP72A31遺伝子は、形質転換細胞・個体の選抜マーカーや、F1ハイブリッドなどの交配種子・個体の選抜等、様々な分野に応用できる可能性がある。

[具体的データ]
図1 遺伝子アノテーションの概要(赤い部分はオオムギ完全長cDNAによる遺伝子予測)
図1 CYP72A31遺伝子の構造
CYP72A31遺伝子の模式図。KasatathのCYP72A31遺伝子は機能的であると考えられる。一方、コシヒカリのCYP72A31遺伝子において、コード領域の塩基配列を比較した結果、複数の変異が確認された。中でも、CYP72A31遺伝子の第4エキソンには1塩基欠失が生じており、シトクロムP450に特徴的な保存領域(桃色の部分)の上流で終始コドンが生じていた。これにより、コシヒカリのCYP72A31遺伝子は機能的ではないと考えられた。
図2 完全長cDNAによって正確に構造決定された遺伝子の例 図2 完全長cDNAによって正確に構造決定された遺伝子の例
図2 CYP72A31遺伝子過剰発現KasakathのBS耐性試験
CYP72A31遺伝子を過剰発現させたKasakathをBSを含む
培地に播種した。写真は7日間栽培した時の植物体の様子。
図3 CYP72A31遺伝子過剰発現シロイヌナズナのBS耐性試験
CYP72A31遺伝子を過剰発現させたシロイヌナズナをBSを含む培地に播種した。写真は10日間栽培した時の植物体の様子。過剰発現系統1では、過剰発現系統2と比較して、CYP72A31遺伝子のmRNA量が多い。

 

[その他]

研究課題名

イネ及びタイヌビエにおけるアセト乳酸合成酵素阻害型除草剤抵抗性遺伝子の単離・解析、及びその活用に関する研究
中期計画課題コード 1-21、1-23
研究期間2007〜2013年度

研究担当者

 

雑賀啓明、堀田順子(クミアイ化学)、田口(塩原)文緒、野中聡子(筑波大)、
横井(西澤)彩子、岩上哲史(京都大)、堀清純、松本隆、田中剛、伊藤剛、矢野昌裕、角康一郎(クミアイ化学)、清水力(クミアイ化学)、土岐精一
発表論文等1) 雑賀啓明、田口文緒、堀清純、松本隆、田中剛、堀田順子、角康一郎、清水力「チトクロームP450をコードする遺伝子及びその利用」WO2013/054890
2) Saika H, Horita J, Taguchi-Shiobara F, Nonaka S, Nishizawa-Yokoi A, Iwakami S, Hori K, Matsumoto T, Tanaka T, Itoh T, Yano M, Kaku K, Shimizu T, Toki S (2014) A novel rice cytochrome P450 gene, CYP72A31, confers tolerance to acetolactate synthase-inhibiting herbicides in rice and Arabidopsis Plant Physiology (Published online):before print DOI:10.1104/pp.113.231266
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